今日の相手
「またお願いしますねっ」
そう言って私はホテルの一室を後にした。
2年前から知人の紹介で風俗の仕事をしている。
私は特にお金にすごく困っているわけでもなかったが、心の穴を埋めるのにはちょうどよかった。
私には結婚を決めた相手がいた。彼は私の2個うえで会社の先輩だった。
会社の飲み会で意気投合し、付き合うまでにそう時間はかからなかった。
付き合って4年目の今頃だったと思う。
記念日に思い出のレストランに二人で行った。
もともと結婚の話をしていたこともあり、今思えばうぬぼれていたのかもしれないが、プロポーズされると思っていた。
突然告げられた別れ、まるでドラマみたいだった。
「好きな子ができた。ごめん」
なんともありきたりな理由だった。こんなに一緒に過ごしてきて好きな子ができたらしい。
いや、逆に一緒にずっと過ごしてきたからだろうか。
少しの沈黙。
「・・・・・いつからなの」
なんで今日なんだろう、おしゃれもしてきたのに。
「2か月前から・・・・・・・」
「なんで今日言ったの」
「そろそろ言わなきゃいけないと思って君の予定も考えて、それで・・・・」
おどおどしながら申し訳なさそうにそう言った。
「今日何の日か分かってる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あっ・・・・・」
青ざめた顔。
「ごめん!!あの・・・本当にごめん!」
謝るなら、好きな子なんてできないはずなんじゃないの
と、言おうと思ったけどやめた。
「そっか。じゃあね」
心にぽっかりと空いた穴。
けどなぜか泣かなかったのを今でも覚えている。
きっと仕事の忙しさがそれを紛らわしてくれたのだろう。
しかし、元彼と同じ職場ということもあり、半年ほどで退社してしまった。
周りもうすうす気づいていたと思う。
会社を辞めた私は結婚のために貯めた貯金を使って、のんびりと次の仕事を探していた。
ただ、この年で雇ってくれるところはそう見つからず、日に日に焦りが出てきた。
と、同時に元彼を心のどこかで恨んでしまっていた。
会社からの不採用の通知。
「なんで私だけ……」
ボソッとつぶやいた。無意識だった。
貯金も当たり前のように減っていき、気が滅入り始めてきたのだろう。
そんなとき、どこからか私を呼ぶ声がした。
「あれ?久しぶりじゃん!俺のこと覚えてる?」
なんだこの人は。急に話しかけて、俺のこと覚えてる?ってなんなんだ。
「あー……その顔は、誰お前?って感じだね(笑)」
どうやら顔に出ていたらしい。
「あの……誰だか知らないですけど、ナンパなら辞めてくれます?今急いでるんで。」
「ひどいなぁ、中学同じだったじゃん!隣のクラスの佐々木だよ!」
隣のクラスなんて、覚えてるわけないじゃん……
佐々木って誰だよ…
私とは対照的な明るい話し方の彼にイライラし始めてしまった。
「まあ、覚えてないのも無理ないか、俺、中学のときと見た目変わってるし(笑)
今より太っててメガネかけてたしね〜」
「あ……佐々木って佐々木涼介?」
「そうそう!!よく思い出したね〜!」
まあ、太ってメガネかけてるのってこの人くらいしかいなかったしね……しかし、人って変わるなぁ、全然別人じゃん。
「久しぶりだしさ、どっかでお茶でもしない?」
佐々木とはそんなに話したことはなかったが、誰かに愚痴を聞いて欲しくなっていたから近くのファミレスでお茶をすることにした。
今日の相手