霧と湿地と私と猫
気配
私と猫を残して、私の両親は山の神にさらわれてしまった。
湿地に ぽつんと浮かぶ私と猫の家。
窓から外を眺めると、雲が立ち込める空と、霧がかった山。
薄暗い湿地には、私と猫を街につなぐ、一本の道路がある。
道路は左右がぬかるんでおり、うっかりすると水で足を濡らしてしまう。
車一台がやっと通れる、せまい道。
私と猫はこの湿地の数少ない住人で、二人きりのちいさい世界でひっそり暮らしている。
空がどんよりと重く、滴り落ちそうだ。
こんな日の夜は神々が現われて、私か、猫のどちらかをさらってしまうかもしれない。
夜は、山の神の時間。
この辺りはいまだに神々が土地を支配する、あの世とこの世の間のような土地なのだ。
見る間に、雲は水をたっぷり含んだ雑巾のように、膨らんできた。
雲に蓄えられた水が臨界点に達し、一気に流れ出した時、
辺り一面が水浸しになり、私と猫の小さな家は陸の孤島と化してしまう。
そして暗くて静かな夜に、私と猫は震えて耐える他ない。
そうなったら、せめてもの反逆に、
部屋を暖かくして、温かいスープを飲もう。明るい映画を見よう。
ふと猫の表情を見ると、
何も考えていないように見えた。
猫はもしかしたら、相棒は人間ではなくて、同じ猫がよかったかもしれない。
猫と人間は言葉をかわすことができないのだから。
でも、私には猫しかいないのだ。
猫にはたっぷり、この不安な夜への反逆に付き合ってもらおう。
霧と湿地と私と猫