アナタと貴女
私とアナタ
「私は誰……?」
そう鏡に向かって言い続けると、頭がおかしくなって本当に自分が誰なのかわからなくなってしまうらしい。それが本当なのか確かめたことはないし、確かめる勇気もないのできっと噂だろうと私は思っている。
「アナタはどう思う?」
「私に聞いたって答えは同じでしょう?……私は貴女なんだから、ね?」
鏡の中の私はそう言って笑った。
私と同じ表情で。
彼女と話ができるようになったのはいつのことだったか……多分、半年くらい前だと思う。
ある日、部屋においてあった姿見に問いかけたんだ、アナタはどう思う、と。
軽い気持ちで、とても。
まさか鏡の中の私が、私と同じ口調で、表情で、今と同じように答えると誰が想像しただろうか。
けれど、どうやら彼女は私が話しかけない限り、話しだすことはないようだった。
これは私の幻聴なのか、それとも本当に鏡の中の私と会話しているのか……考えても答えはまとまらなかったのでその時は一旦置いておくことにした。
それからも、私がその奇妙な鏡を処分しなかったのは単純に捨ててしまっていいのかわからなかったからだ。鏡が割れると不吉なことが起こるだとか、そんな噂を聞いたことがあったので慎重に扱ったほうがいいと考えた。
もう一つは怖いもの見たさ……というやつだと思う。
「ねえ、本当にアナタは私なの?」
「そうね、貴女よ」
「じゃあ私の考えていることも、思っていることも……わかるの?」
「さあ……多分そうなんじゃないかな?」
「今、欲しいもの」
「うーん……夢の国のハロウィン限定のクマのぬいぐるみ」
「……まあ、欲しいけど」
当たったね、と、少しだけ笑った。
その姿を見て思ったのは、私はこんなに笑うのが下手だっただろうか……なんてどうでもいいこと。
「たまたまかも」
「じゃあ……三日前に書いて、ごみ箱に捨てちゃった遺書の内容とか言おうか?」
「……」
「机からこの姿見は離れたところにあるし、それに必要な時以外は布かけてあるから書いてある内容なんて見えないよね?」
「もう、いい」
遺書なんて、ちゃんとしたものではない。ただ死ぬ前に、私の意志を残しておきたかっただけだ。でも実際死ぬつもりはなかったし、死にたいと思ってもそう簡単に死ねるほど追いつめられてもいないので馬鹿らしくなって捨ててしまった。
「死にたい?」
「別に、そこそこには……って、アナタならわかるでしょう?」
「そうね……貴女にお願いがあるんだけど、いいかな?」
「なに?」
「鏡に手をつけて」
彼女は、ゆっくり手を私のほうに向けた。私も同じように手を彼女のほうに向けて、鏡を一枚はさんでお互いの手の平が重なった。
一瞬目の前が真っ暗になってふと目を開けると、相変わらず私がいた。
けれど、その鏡の中の風景は……反転していた。
「貴女の望みは、私の望み……でもそれは反転されるみたい。
貴女は死にたいなって思った、でも私は……生きたいなって思ったの、貴女の世界で」
彼女がいつになく饒舌に話すので、私は何も言えずに聞くばかりだった。
けれど、私は多分……あちら側には戻れないだろう。
彼女がいる限り。
「ありがとう、貴女……アナタは優しいね」
嬉しそうに笑った顔は、やっぱり少しだけ下手くそな笑顔だった。
アナタと貴女
ホラーは苦手です。