夢学校
第一章
◆
夕日で赤く染まる教室に硬質な音が響いた。教室には人影がひとつ。やがてその人影は教室から出てゆき、教室には紙が一枚、残っていた。床に落ちたその紙は、誰にも拾われず放置された。
◆
夜の学校に、少女はいた。少女は学校の中をただただ闇雲に走る。やがて少女は廊下の大きな穴にすっぽりと填り、意識を失った。
第一章
◆Ⅰ◆
清水梨佳が教室に入ると真っ先に松下耀子が梨佳のもとへ駆け寄ってきた。耀子は耳元で叫ぶ。
「ねえ、梨佳!これ、見て・・・・・。朝、教室で拾ったの。夢学校よっ!」
耀子は梨佳に紙面を差し出す。その紙面にはこう記されていた。
『 今日夢を見るひと
御波 茉莉・女
十一歳 』
茉莉はクラスの中で一番美人だったが、あまり気に入られていなかった。クラスのリーダー格である谷山麗華のグループには度々いじめられている。麗華がいじめると、周りの生徒も次々と茉莉をいじめはじめた。
そんな中でも、梨佳と耀子だけは積極的にいじめに関わってはいなかった。茉莉は事あるごとに梨佳や耀子に助けを求めたし、梨佳も耀子もそれを振り払ったりはしなかった。
茉莉をかばっている梨佳や耀子をクラスメイトたちは冷たい目で見たが、そんなときは耀子がいつも言い返してくれた。梨佳は、麗華に言い返すことができなかったのだ。
麗華は梨佳と耀子を目の敵にしていた。梨佳と耀子も、麗華のことはあまり心良く思っていないようだった。
そして今日、茉莉が『処刑』される。
『処刑』とは、麗華が目をつけた生徒を夢学校に行かせるものだ。梨佳と耀子のクラスでは生徒の三分の一くらいが『裁判』にかけられ、『処刑』されていた。梨佳の暗い雰囲気を見て取って、耀子はぽんと梨佳の肩を叩く。
「そんな紙切れひとつで、茉莉が消えるわけ、ないじゃん。その噂もガセだよっ。気にしない気にしないっ!」
しかし、梨佳は不安でたまらなかった。いくら耀子がガセと言い切っても、梨佳はにわかに信じられなかった。
(・・・・・・・・・・これで本当に茉莉ちゃんが消えたら、どうなるんだろう。私に番が回ってくるの?そんなの、嫌だ)
◆Ⅱ◆
その夜。茉莉は、夜の学校に立っていた。
―――夢学校だ。
それに気がついたとき、茉莉は悲鳴を上げていた。
(私は、消えてしまうんだ――――!)
夢学校へ行って無事生還した者はいない。―――少なくとも、聞いたことはない。ゆえに、茉莉は恐れおののいていた。
(―――自分という存在が消えたら・・・私はどうなるんだろう・・・・・。夢の外の世界では・・・死ぬのかな・・・)
考えていると、瞳に涙が溜まっていた。
(・・・ダメダメ。ここで立ってても、脱出なんて不可。出る努力をしなきゃ)
茉莉は歩き出した。辛いときにこそ、上を向いてみよう。―――そう思いながら。
何歩か歩いたところで何かの液体で足が滑り、茉莉は大きな穴につんのめって落ちた。頭を派手にぶつけて目蓋に火花が散る。
必死に立とうと手足を動かしていると、突然後ろから頭に何かが落ちかかってきて、茉莉の意識は絶えた。
茉莉は薄い意識の中で声を聞いた。
「―――――ゆか様、今日の収穫です。・・・成りますか?」
「成ると見ておきましょう。よく襲えたわね。今日は下がって休みなさい。処理は私がやりますから」
会話が途絶え、小さな足音がパタパタと去っていったところで茉莉の意識は再び闇に包まれた。
◆Ⅲ◆
梨佳は、茉莉が消えたことを登校中に知った。教室に入ったらすぐ、耀子のもとへ向かう。茉莉が消えたことを知らせた。
「嘘―――・・・じゃ、ないんだ!これ、ガセじゃなかったの?」
取り乱す耀子を鎮めてから梨佳は口を開く。とっておきの考えが頭に浮かんでいた。
「麗華を、消してやろう・・・・・。あの、イジワル女め・・・」
耀子も賛成した。
「そうね。アイツがいなくなったら幸せになるんだ!」
耀子が賛成してくれると分かると、梨佳と耀子は昨日拾ってそのまま耀子のカバンに入っていた紙に麗華の名前を書いた。
『 今日夢を見るひと
谷山麗華・女
12歳 』
紙は、耀子のポケットに隠した。
放課後、先生が出て行くと、麗華が下校しようとしている生徒たちを呼び止めた。
「みなさん、帰るのは待ってください。今から<裁判>を始めますから」
麗華は言って、梨佳と耀子の席に歩み寄る。二人は机の下で手を握り合わせた。
机の上に置いてあった梨佳と耀子のカバンを手に取った。
そして麗華は教壇の上に立つ。冷たい視線を梨佳と耀子の席に向けながら言う。
「今日、<裁判>にかけるのは・・・・・清水梨佳さん、松下耀子さん、あなたです」
間髪を入れずに耀子が返す。
「何故?私達は、あんたに害をなした覚えはない。裁判にかける理由がないでしょ?どうして私たちなの?理由を言って?」
麗華はキッパリとした、鋭い声で言う。
「貴方は・・・いいえ、貴方たちは、私がイケニエと決めた御波茉莉さんをかばいましたね?私の方針に背くのは、大変重い罪です。貴方たちはその罪を償わなければいけません」
耀子は麗華をにらみつける。
「何故、あんたの方針に背くのがそんなに重い罪なの?あんたが世界の中心になったなんて、聞いたことがない」
その時、初めて梨佳が声を出した。麗華への非難を露わにした強い声だった。
「なんで、私らが裁判にかけられてんの?あんたの方針なんて、イジワルなクソ規則じゃない!ひとをイケニエなんてっ!」
麗華は、さっきよりも数段冷たくなった声で叫ぶ。
「クソ、ですって!?私の方針は絶対です!それに背いたのだから、罰が与えられて当然です。悪いことをしたら、罰を受けるのがあたりまえなのですよ?」
梨佳は冷たく言い放つ。
「そうですか。―――勝手にしておけば?ひとをイケニエにして、口を拭ってのうのうと暮らしていなさいっ!
――ひとつ、言葉を教えてあげる。『盛者必衰』ってね・・・。帰ろう、耀子」
◆Ⅳ◆
麗華はベッドにもぐり込む。妙に目が冴えて眠れないが、明日は耀子と梨佳を『処刑』しなければいけない。しかし、『裁判』で梨佳が投げかけた「盛者必衰」の言葉が胸にひっかかる。―――あれはどういう意味で麗華に投げかけられ たのだろうか。―――まさか、自分が滅びる、という意味合いだろうか・・・・・。
考えていると、ウトウトとしてきた。まだ眠りたくない。もう少し思考を弄んでいたい・・・・・。
麗華の意識はなくなっていった。
意識が戻ったときには、麗華は夜の学校にいた。最初、麗華は自分がどこにいるのかがわからなかったが、意識がはっきりするにつれ、自分がいるところが分かってきた。――――何故、こんな所にいるの?
脱出しようと走ると、深い穴に落ちた。「う゛ぇぅえ・・・」意識が、絶えた。
意識が戻ると、女の声を聞いた。 「残念。この子は成らないわ。成らないから、殺しなさい」と。
殺されたくない、逃げなきゃ、と思った瞬間、胸に走る激痛。直後、麗華は体中が熱くなるのを感じた。いや、体に熱いものがつけられているのだ。そして、体中に走る灼け付く様な痛み。
――――私は、死ぬのかな・・・。痛い・・・。殺さないで・・・。死ぬ・・・。燃える・・・。苦しい・・・。辛い・・・。
思いながら麗華はのたうつ。色々なところがぶつかるが、気にならない。
麗華の眼がついに開いた。―――開いてしまった。麗華の瞳は絶望的な風景を映していた。
体中が炎に包まれ、胸に大きな穴が開き、そこから大量の血液が溢れ出している。
麗華は口を限界まで開いて悲鳴を上げた。
「ギィャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!!!!」
次の瞬間、女が言った。
「うるさいガキんちょめ。黙れ」
言って女が蝋燭の火を麗華の口許に持ってくる。唇に液体がかかった。それが熱くて、また麗華は悲鳴を上げようとした。しかし、口が開かない。―――――蠟が固まって口に封がされているのだ。
それは、鼻から抜けて頼りない声を出した。女が寄ってくる。
「まだ喋れるかっ!!このガキッ」
女は手に持っているナイフを麗華の口に突き立てる。。方々が切れる。口から血が溢れ出してきた。直後、喉を貫かれる痛みが走る。口から喉にナイフが突き刺さったのだ。喉から口から、大量の血液が呼吸をするたび溢れ出す。
やがて、麗華の意識はフェイドアウトするように絶え果てた。麗華は、殺されてしまったのだ。
◆Ⅴ◆
翌日、梨佳と耀子が学校へ行くとクラスメイトが噂をしていた。
「麗華さまが消えた!?」
「うん・・・・・・。お母様が起こしにいくと、消えておられたんだって」
「十中八九梨佳と耀子が犯人だな。喧嘩したじゃんかー。あれの逆恨みだぜ、きっと」
「女って、怖ぇ・・・」
そこへ梨佳と耀子が入ってきたから、クラスメイトは一斉に梨佳と耀子を非難した。
「魔女!悪魔!ひと殺し!化け物!この・・・バカ!」
「――――――――――――――――――え・・・・・・・・・・・・・・?」
梨佳にも、そして耀子にもその意味が分からなかった。
「あなた達・・・何言ってるの?」
梨佳が疑問を投げかけた瞬間、クラスには罵声が溢れた。
「とぼけるなっ!麗華さまは、お前たちに消された。―――きっとお前たちが夢学校に連れて行ったんだ!
「いいえ。いいえ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!ちがう!違うの、違う。私たちは、そ・・・・・・そんなこと・・・・・・・・・・・・・・・・・し、して・・・ない・・・・・わ」
呂律の怪しい耀子の言葉を聞いて、やはり、と思った。――こいつらは、麗華を消したのがバレて、焦っているんだ。
それがクラスメイトの解釈だった。―――確かに、耀子は焦っていた。麗華を消したとバレたら、厳しい制裁を受けるだろう。もしかすると、殺されるかもしれない。だから焦っていた。
しかし、梨佳はキッパリ言う。
「もし、私が夢学校の黒幕だと言うなら、私達が今夜夢学校に行くわ」
周囲からどよめきが起こった。耀子は眼を見開いた。
「―――梨佳・・・・・・・・・」
梨佳は耀子に目配せする。耀子はその眼の色に悲しみを感じ取って押し黙る。
「―――仕方、ないよね・・・」
梨佳が呟いたのを耀子は見たように、思った。
◆第一章 終了◆
第二章
◆Ⅵ◆
休み時間、梨佳と耀子は夢学校に行く打ち合わせをしていた。
「まず、茉莉が最優先だね」「麗華なんて、どうでもいいじゃん」「麗華なんて、死んでればいいのに」
悪しき言霊ばかり、伝わってゆく。麗華の暗い運命の象徴だろうか。二人は茉莉のことしか頭にないのだった。
――――そんな二人は、気付いていなかった。何日も経って、茉莉を助けられるはずがないことに。
「茉莉ちゃん、どうか無事でいてね・・・」
窓の外に向かって願う梨佳を耀子は睨みつける。
「そんなこと言ってないでさー、ちょっとは作戦言ってよね。うちら一緒に夢学校に行く仲じゃん!」
「ねぇ。もう三日だよ」
梨佳は厳しい声を出す。それは、耀子に何らかの注意を促しているようだった。その声で、はっと耀子は気付いた。
「―――あーっ!・・・もしかして・・・もう、茉莉が消えて三日だから、茉莉は生きていないってこと?まさか・・・・・・・・・!!!」
耀子は叫ぶ。周囲の視線がさっとこちらを向く。梨佳は耀子を小突く。
「――黙ったほうが」
梨佳はあまりクラスで目立ちたくなかった。夢学校の紙を見せるのもやめてほしかった。盗んだとバレたらどんな制裁を受けることか・・・。
◆Ⅶ◆
放課後、先生が出て行くと同時に梨佳と耀子は教室を飛び出した。廊下を思い切り駆け抜けて昇降口を飛び出す。夜には一緒の時間に寝て夢学校で合流する約束だ。茉莉は生きているのだろうか。梨佳は心配でたまらなかった。
夢学校