クルクル
「アキラ、クルクルやらない?」
下校後、公園に行くと、サトミがそう声をかけてきた。
サトミはぼくと同じ小学6年生。
猫のような目をした美少女だ。
白いTシャツにデニムのショートパンツが、小学生離れした長い手足によく似合っている。
「あれ、ユリは? さっきユリといっしょに帰ったんじゃなかったの?」
サトミのTシャツの胸に薄く乳倫が透けて見えているのに気づき、ぼくは思わず目をそらした。
なんだか見てはいけないものを見てしまったような気がしたのだ。
「ユリなら、どっかそのへんにいるんじゃないの? あそこの林の中とか」
サトミが公園の奥を指差した。
紅葉しかけた木々が立ち並ぶ林の入口が、そこに見えている。
斜めに差し込む夕陽が綺麗だった。
「クルクルはね、タイミングが大事なの。できるようになったら呼ぶから、それまで適当に遊んでて」
「わかった」
ぼくは二つ返事でうなずいた。
クルクルって、いったいなんだろう?
と疑問に思ったが、サトミに逆らうつもりはなかった。
サトミはクラス一の人気者で、ボスなのだ。
機嫌を損ねたら、明日から学校でやっていけなくなる。
日差しは明るいものの、風の強い午後だった。
ぼくは何の気なしに、林の中に足を踏み入れた。
少し行くと開けた場所に出た。
そこはごみ置き場になっていて、可燃ごみの袋がいくつも転がっていた。
ごみ袋の間から何か白いものが突き出ているのに気づいて、ぼくは腰をかがめた。
「わ」
思わず尻餅をついた。
それは、人間の腕だった。
肩のつけ根あたりから切り取られた、細くて白い子どもの腕・・・。
「アキラ君・・・」
ふいに声が聞こえて、ぼくはまた叫びそうになった。
ごみの奥からだれかがぼくの名を呼んでいる。
つま先でごみ袋のひとつを蹴飛ばすと、黒い髪の毛が見えた。
ごみ袋の陰から、女の子の生首がじっとこっちを見つめていた。
「ユリ・・・」
ぼくはうめいた。
血を抜かれたように青白いその顔は、まぎれもなくユリのものだった。
「クルクルは、やらないで」
腰を抜かして動けないでいるぼくを正面から見つめて、ユリの首がいった。
「クルクルって、何なんだよ!」
ぼくは怒鳴った。
恐怖で頭が狂いそうだった。
「クルクルは・・・」
生首がいいかけたとき、
「教えてあげる」
すぐ後ろで声がした。
振り向くと、腰に手を当てたサトミが立っていた。
「ユリは下手すぎなんだよ。でも、アキラなら大丈夫。運動神経、いいもんね。さ、来て」
公園の中央に、つむじ風が渦巻いていた。
まるで小さな竜巻だ。
獰猛な風の唸りまで、聞こえてくるようだ。
「まず、あたしがお手本見せるね」
そういうなり、サトミがつむじ風の中にとびこんだ。
大きく手を広げ、少し顎を上げて、斜め上を向く。
そのままクルクルとコマのように回りだした。
サトミの身体が上昇する。
電柱ほどの高さまで回転しながら舞い上がる。
「やっ!」
かけ声とともに飛び降りた。
どさっとぼくの前に着地して、尻餅をついた。
「す、すごい・・・」
ぼくは素直に感心した。
「でしょ?」
サトミが頬を上気させていった。
「これがクルクル。すっごく気持ちいいんだよ!」
猫のような瞳がきらきら光っている。
「次は、アキラの番」
ぼくの手にすがって立ち上がると、サトミがいった。
「できるかな」
ぼくが尻ごみすると、
「大丈夫だって、入る角度さえ間違えなければ。あたしか見ててあげるから」
サトミがいい、ぼくの頬にキスをした。
「わかった」
なんだか力がわいてきた気がして、ぼくは駆け出した。
つむじ風が見る間に近づいてくる。
思いきって飛び込んだ。
激痛がぼくを襲った。
初めに、右腕がもげた。
次に左腕。
両脚が飛び、霧吹きで吹いたかのように、真っ赤な血がしぶいた。
カマイタチの真空の刃が、ぼくの体をずたずたに切り刻んでいく。
断面から血流を噴出させ、首だけになってぼくは地面に転がった。
サトミがサッカーでパスを止めるときのように、ぼくの頭をスニーカーの横で受け止める。
顔を踏まれた。
口にかかとが、ぐいぐいとめり込んでくる。
サトミの声がした。
「へたくそ」
ひどく冷たい、軽蔑したような声だった。
「どいつもこいつも、ほんと、使えない」
「・・・ごめん。期待に添えなくて」
かろうじて、ぼくはいった。
それが、限界だった。
後悔の念に苛まれながら、ぼくは緩慢に死んでいった。
クルクル