TRIANGLE-WAR【Aozora】
都心にそびえる東京タワーを遠く背景に、ごく平凡な高等学校の校舎に強く眩しい西日が降り注ぐ。生徒の騒がしい声が放課後の校内を賑わせている。
昇降口正面玄関の屋根に『第10回・光彼方高校文化祭』の看板。
ある教室で、天使の描かれた壁画を四人の生徒が支えながら壁に立て掛けている。
机に座って絵を眺めている水輝青空と奥村亜樹。二人は絵の側へ寄り、青空が胸の前で十字をきった。
「何とか明日には間に合いました。アーメン」
亜樹も同じようにして、胸の前で両手を握り合わせる。
「ああ、こんなに素晴らしい壁画が出来上がるなんて。ありがとう。神様」
絵の上部を見上げた青空は目をパチクリさせた。
「あ、いけねえ……ここ塗るの忘れてた。この色もう無いんだよなあ……。なあ、奥村、ここどうする? 他の色で埋めておくか……」
「そうだなあ……いや、色はすべて水輝にまかせておくよ」
「そうか。やっぱこの部分はスカイブルーにかぎるな。オレ、店に行って買ってくるわ」
「ああ、頼む」
校門を駆けて出てきた青空は、制服のボタンを外してバタバタと扇ぎ、額に流れる汗を拭く。
「しかし今日は蒸してるな……暑いや……」
そう言いながら向かいの公園に目を向けた。
「あー、水、水」
園内の水道に飛びつくように駆けていき、急いで蛇口をひねりガブガブと水を飲む。
「あー、うめえー」
ピシピシピシ……
突然として奇妙な音が青空の耳に入る。水を口に含んだまま、その音のする方へ首を傾げた。
「ん?」
噴水から湧き出た水の上に小さな空間がポッカリと開く。
「な、なんだ……?」
恐る恐る不思議そうにその穴を覗いた。
すると突然、少女の声がその穴の中から突き抜けるように聞こえてきた。
「どいてえー!」
「あ?」
「どいてってばあー!」
「はあ?」
凄い勢いで飛び出してきたポニーテールの少女。青空におもいきりぶつかった。
少女の手にしていた杖が空に舞う。
ギイィーーーーン
地面に倒れ込んだ際に青空と少女の口が触れ合い、一瞬眩しい光が公園中に照らし出された。
「ブエッ、な、なにしやがる!」
「痛あー……」
「おい、コラッ!」
「ど……どうしよう……」
少女は座り込んでうつむいている。
「お、おい、どうしようじゃねえぞ」
少女は青空にバッと振り向き、
「どうしよう!」
声を上げる少女に顔がひきつる青空。
「ど、どうしようってどうしようもないだろ。そっちがいきなりわけのわかんねえとこから出てきやがったくせに、何がどうしようだよ」
パーカーにキュロット姿の少女は、頬をぷくっと膨らませ、深く息を吸い、
「どいてって何度も言ったでしょうがあ! もー、バカ!!」
青空はさらに顔をヒクヒクさせ、
「バ、バカぁ? あ?バカだとお!?」
「そうよ、あんたばかよ。おばかさんよ。もうこの世界がどうなっても知らないんだから」
少女の言葉に青空は身の力が抜ける。
「はあ? なに言ってんだおまえ……いや、オレが頭おかしいんだ。空中から人が出てくるし……そうだ、オレは今、夢を見てんだな」
青空は何事もなかったように立ち振舞い、少女に背を向け一、二歩離れた。
少女はパンパンと服を払い、杖を拾いながら小声で、
「あなたは今から人間ではなくなる……」
一瞬立ち止まり振り返る青空。
「なんだと?」
「いいからよく聞きなさい。あなたはたった今から人間ではなくなるの」
「わっはっは」
青空は少女の思わぬ言葉に爆笑した。
「なに言い出すかと思えば、イッヒッヒッ」
「……ちょっとまって。これは冗談じゃないの」
「わ、わかった。よくわかったから子供は早くお家に帰って寝てなさい」
少女は笑い転げる青空をそのまま見つめ、
「ま、いいわ……あなた、そのうち体中が痛くなって本当に死ぬ思いをするわよ」
青空は少女が何を言ってもおかしく聞こえ笑い転げた。
「まったく……」
ズキンッ
突然、青空の全身に激痛が走る。
「うぐっ、な、なんだ……痛てえ」
「ほらみなさい」
「ぐああっ」
地面に膝を落としてうずくまる。
「い……痛え……マジで痛えよ……体が……ど……どうしたら……いいんだ……」
少女は青空の腕を掴んだ。
「気を落ち着かせて」
「気を……?」
胸を押さえて必死に息を整える青空。
少女は屈んで目の高さに合わせ、
「いい? 今から話すことをちゃんと聞いて」
「わ、わかったよ……」
地に這いつくばりながらフーフーと息継ぎして少女の方を向く。
「私は天界の者。名前はレモン。そしてついさっき、卯の刻の……そうね、ここの日本の時刻で言うと午後三時三十分。魔界の王子がこの東京の地に降り立ったわ……」
目を見開く青空。
「なんだって? 天界? 魔界!?」
「いいから黙って聞いて……その王子はこの人間界を潰そうと企んでいるのよ」
青空は口をポカンと開ける。
「そ、それで……その……私が、あなたが、あの……なんていうか……と、とにかく……」
「……な、なんだよ、はっきり言ってくれよ」
レモンは頬を赤らめ、手にした杖を青空の目の前に突き出した。
「聞いて驚くな。たった今、あなたと私は身も心も結ばれてしまったのだ!」
青空はレモンの目をじいーと見る。
「なに言ってんだ、ガキ」
レモンはさらに顔を赤くして、
「ガキじゃない。ちゃんと聞いて!」
「わかってるって。体が痛くて笑える状態じゃねえって」
「笑わなくていい。だから、天界の者の力を受け継いだあなたは人間ではなくなるの」
真顔のレモンを見て焦る青空。
「そ、それ……ふざけてんじゃないのか……?」
「ふざけてなんかないわ。だから笑いごとじゃないって言ってるでしょ」
「ちょっ、ちょっとまってくれよ。オレは嫌だ。元に戻してくれ。冗談じゃねえぞ!」
「どうにもならないわよ……こうなったらあなたに魔界の王子を倒してもらうんだから」
「な、なんだと!?」
青空は唖然とした表情で立ちすくんだ。
「魔界の者っていえば、すっげえ化け物なんじゃねえのかよ……?」
「ええ。たしかに」
「そ、そうだよな……魔界の王子はデビルやサタンを引き連れて人間を食べに来たってわけだな……ああ、なんという悪夢だ……オレはこれでおわりなのかあーー!」
ジタバタする青空を見て目を細めるレモン。
「ハアー……、まったくあきれるわね。いくら魔界の者でも人間なんて食べないわよ」
シュウッ
すると青空の腕が青白い光を放った。
「な、なんだこれ……す……すげえ……なんかすげえ力が全身に漲ってくる!」
TRIANGLE-WAR【Aozora】