さくらの話

さくらの話

今から僕が語るのは、嘘のような本当の話だ。
だから毎年4月1日のエイプリルフールの日には、必ずこの話をする。

僕が育った街には、推定樹齢1000年を超える御霊桜(みたまざくら)の木が咲く公園があった。
その桜の木を守るように四方を桜の木が囲み、その木々達を眺めながら歩けるように整備された園路と、大きな池が中央にある。

その公園の中に唯一設置された木製のベンチ。
そのベンチに座って目を閉じる。そうしていると、「今年も来てくれたんだね」と、後ろから嬉しいそうな声が聞こえてくる。

高校3年の4月1日に、僕はこの場所で初めて“さくら”と出会った。

きっかけはおいおい語られると思うが、生まれ育った街を歩いてみようと散歩に出た時に、たまたま桜公園が目について、入ってみようと思ったんだ。
小学6年に行ったきりだったから実に4年ぶりの桜公園だった。桜の花弁が絶え間なく舞っている園内は、相変わらず綺麗で幻想的だった。

花弁まみれのベンチに座って目を閉じた時「初めまして」と後ろから声がした。
振り返ると、中学時代に好きだった人にそっくりな女の子が立っていた。
「初めまして」
「花弁まみれのベンチにそのまま掛けてるの面白いですね」そう言って、さくらは笑った。
「最初は払おうかと思ったんだけど、それよりも座って一息付きたいが勝っちゃってさ」
「そうですか」
「うん。横着なんだよ」
「横着なんですね」
そんな会話を交わした。
会話が弾むにつれて、僕はさくらに自分の事をたくさん話していることに気がついた。整理できていない言葉の羅列にも、さくらはうんうんと相槌を打って聞いてくれた。
「なんだか、僕ばっかり話してるね…。さくらの話も聞かせてよ」
「私の話ですか……長くなりますよ?」
冗談混じりに言って、さくらも自分の話を聞かせてくれた。自分は御霊桜を守る精霊である事。4月1日にしかこちらの世界に来れない事。本来人間には見えない事。見える人間には“危機”が迫っている事。
そこまで話して、さくらは改めて僕をみた。
「…驚かないんですか?」
「何が?」
「私が見えるって事は、少なからず貴方に危機が訪れるという事ですよ?」
なんだ、そんな事かと思った。当時の僕は“危機”に関して、なんとなく心当たりがあったから、あまり気にならなかった。
「大丈夫。そういうのは慣れっこだから。それよりも今日しか会えない事の方が何倍も気になるよ」
そう言って笑う的外れな僕の答えに、さくらは困った顔をしていた。

そこから僕は時間の許す限りさくらと一緒にいた。ベンチで話すだけでは飽き足らず、園内を2人で歩いたり、濡れない程度に池で遊んだりした。周りからしたら恐ろしい光景だっただろう。さくらは他の人には見えないのだから。

それから毎年、僕はさくらに会いに行った。
1年の中でその日が唯一の楽しみになる程、僕はさくらに夢中だった。

でも、残念な事にこの話は唐突に終わりを迎える。
僕が24歳になる年の4月1日。その日が僕とさくらが話せる最後の日となった。

「今年も来てくれたんだね」というさくらの声に、どこか違和感を感じた。嬉しさだけじゃなく、寂しさが混じっていたからだ。
「毎年の恒例行事だからね。さくらと会わないと、新年度は始まらないとまで思っているよ」
そう言って笑う僕に、さくらも微笑み返すが、やはりどこか寂しげな表情を浮かべていた。
「…何かあった?」
「……はい」
僕の言葉に、さくらは明らかな反応を示した。それ以上は必要なかった。
「とりあえず話そっか。いつもの場所で」
僕はそれ以上何も言わず、花弁まみれのベンチをポンポンと叩いた。
何か言いたそうだったが、それをグッと堪えながら僕の横に腰掛けた。
さくらは何も話さない。話さないと言うよりは、どのように話を切り出そうか困っているようだった。
「今年で6年目か……」正面に咲く御霊桜を見ながら僕が呟く。春風に揺れる大樹からは、そこだけゆっくりと時間が流れているかのように花弁が落ちていく。
「……そうですね」
「最初にさくらに会った時、僕は懐かしい気持ちになったんだ」
「懐かしい気持ち?」
「そう。初めて話すけど、さくらの姿形は、僕が中学の頃に好きだった初恋の人によく似ているんだよ」
「そうなんですね。因みに私達の姿形は、貴方が今1番会いたい人に見えるようになっています。この6年間、ずっとその方でしたか?」
「……そうだね。ずっとその子だった」
動揺を隠しながら呟いた。
実は思い人に見えている事に関して、最初から不思議だったんだ。どこか似ていると言うわけではなく、その子そのものだったからだ。
「貴方の中でとても大切な方なんですね」
「大切なんてもんじゃないよ。その子と僕は物心着いた頃からの仲だったんだ」
微笑みながら吐いた言葉には、さっきのさくらと同じように仄かな寂しさが混じっていた。
さくらもその違和感を確かめるように言葉を選んでいるように見えた。
「……だった、というのは?」
首を傾げながら聞くさくらに、僕は少しだけ考えた末に言った。
「…もういないんだよ。この世に」
「……そうですか」
さくらはそれ以上何も言わなかった。

改めて目を閉じると、色んな音が聞こえた。
風が木々を揺らす音。池で遊ぶ子供たちの声。どこか遠くでなくシジュウカラ。園外を走る車の音。
「…そんな貴方に話さなくてはならない事があります」
目を開くと、真剣な表情のさくらが僕の前に立っていた。

「どこから話そうか迷っていたのですが、どうせなので最初から話してみようと思います。本来人間に精霊は見えません。見える人には“危機”が訪れます。最初に出会った時に貴方にそう伝えましたが、実はあの時から貴方に起こる危機を私は知っていました」

「貴方、自分で命を断つつもりだったでしょう?死ぬ前に生まれ育った街の桜を見て死のう。そう思ってあの時、数年ぶりにここに来たのでしょう。これに関して、理由や答えは問いません。現にこうして貴方は生きているのだから」

「しかし貴方は、私との出会いによってその“危機”を脱した。貴方は私と話しているうちに昔を思い出し、毎年会えるのであればと、1年に1度会えるこの日を生きていく指針にした」

さくらが紡ぐ言葉は概ね正しかった。死のうとしていた事。さくらと会った事でそれを留まった事。一年に一度の楽しみにしている事。 

「ここまでは、貴方に向けた話です。ここから先は、私が犯した“罪”に関して話をします」

「私は嘘を付きました。本来人間に精霊は見えない。というのは間違いです。正確には、本来精霊は人間と接してはいけない。これが正しいです。つまりですね、私は私の意思で、貴方の前に姿を現したと言う事になります」

「……正確には“さくら”さんの意思なのかも知れません。貴方がさくらさんに抱く気持ちと、遠くの世界で貴方を思うさくらさんの気持ちが、私の中に流れ込んできたのかも知れません。そうでもない限り、精霊がこの掟を破る事はないからです」
「掟を破った精霊はどうなる?
さくらが言葉を紡ぐ前に、僕は言葉を遮るように問いかけた。
その言葉にさくらは、最初に感じさせた寂しげな声を表情と共に見せた。
「……分かりません」
「さくら、頼むから」
「分からない事にしておいて欲しいんです」
答えてくれと言う言葉を前に、今度は僕の方が言葉を遮られた。
「……嫌だ」
「貴方は強い人です」
「…嫌なんださくら」
「さくらさんはきっと、そんな貴方に惹かれたんでしょうね。だって私がそうなんですから」
さくらの言葉に、涙が溢れて止まらなくなった。
僕は嗚咽を漏らしながらそれを堪えたが、そうしようとすればするほど、涙は溢れていった。
ややあって、無理やり言葉を吐き出した。
「これから先も会いたいよ…。さくら」
顔をあげた僕の視界に飛び込んできたのは、波打つ水面に反射しているような風景だった。
袖で数回拭って顔をあげたが、さくらはもういなかった。

「……その嘘はいつ思いついたんですか?」
カントリー調の喫茶店の中で、僕の前に座る後輩が問いかけた。
「いつだったかな…もう随分前な気がするよ」
後輩にではなく、空中に吐き出すように言って、テーブルに置いてある角砂糖を一つ摘んでカップに入れた。小さじで混ぜてもなかなか溶けない砂糖だった。
「もしも私が先輩なら、精霊に一言言ってやりたいです。『どうして何も言わずに消えてしまったんだ』って」
ムスッとした顔でいう後輩に、僕は微笑む。
「それ以上の言葉はいらなかったんだよ。きっと」
嫌です。納得できません。と顔を顰める後輩を宥めながら、僕はコーヒーを啜った。
『そうだよね。さくら』と、心で呟きながら。

さくらの話

さくらの話

エイプリルフールになると、僕はこの話をしたくなるんだ。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-04-02

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