青い闇

失われつつある北国の記憶。束の間の黄昏の景色を描く、詩的な随筆。

 氷点下の黄昏、新雪の街はアイスブルーに包まれる。
 除雪車と街の人々が生み出した歪な凹凸の雪山に、オレンジ色をした車のライトが角度を変えながら通り過ぎてゆく。くっきりと落ちる影は、光の人工的な感じと対照的にゆらゆらと青い。まるで街がすっぽりと深海に沈んでしまったかのようだ。さながら私は、海の底をゆっくりと泳ぐ深海魚か。マフラーのえらをなびかせるリュウグウノツカイか。

 氷を踏むときの乾いた音は、道が一点の湿り気もなく凍り付いたしるしだ。行き交う車のタイヤから湯気のように雪が舞い上がる。本当の粉雪というものは積もってなおこういうものだ。決して儚く解け去ったりはしない。タイヤの摩擦にも硬く締まり、解けかけてはザラメのように凍り直し、春まで頑固なアイスバーンとなって残るのだ。
 あまりの寒さでハイになる。可笑しくなり、不用意に大きく口をあけて笑えば、マスク越しでも冷気で鼻毛が凍り咳が出る。指をこすって空を見上げれば、そろそろ星が瞬き始めた。
 黄昏が尽きる。魔法の時間は終わりだ。アイスブルーは一面墨絵の色に彩度を落とす。漆黒ではない。
 薄墨色の雪闇。墨絵のように色褪せた雪山の中、オレンジのライトは一層粘着質に伸び縮みする。もう街は沈んだ深海のようではない。ただじっと息をひそめ、春を待つ地上の街になる。私はその底辺をとぼとぼ歩く小さな生き物になる。
 
 あの青さは何処へ帰って行ったのだろう ? 束の間しか姿を現さないささやかな影の色は。
足元でさらさらと崩れ落ちる雪が、キュッキュッと鳴き砂のように鳴る。街はいよいよ零下十二度へと冷え込んでゆく。
 
 了

青い闇

青い闇

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-02-18

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