『存在。』

この夜と思い出は、僕たちの身体で育つだろう。
やがて開花し朝と未知を呼ぶ。
顔を上げそこに僕たちは()る。
夜の希望と夢の名残(なご)り。


始まりはいつも静かだ。
夜と思い出が呼んだ朝の光が、僕たちの存在を照らし(あば)く。


夜と思い出に名前をつけよう。
乗りこえられないものをゆらゆらと乗りこなすため。
忘れられないものを確かなかたちにするため。


終わりや始まりを僕たち自身で日常にする。
歩いてきた道を僕たち自身が受けとめる。
広い世界のなかで僕たちは必ず生活していく。


そんなふうに大地へ根を()傲慢(ごうまん)さと可能性を、僕たちは自ら信じた。
迷い立ち(すく)み、正しくはなく、それでも本当は自分自身だけではなく何かを大切に(まも)りたがっている。


ずっと前の、夜と思い出は僕たちの存在を不意(ふい)に揺るがす。
日常という現実の手触(てざわ)りを思い知る僕たちはそれでも、朝と未知を認めたい。
それが乗りこえられない夜と忘れられない思い出を、色濃く生きる僕たちの決意だから。


僕たちは今。
それぞれの場所で誰かから呼ばれる名前に返事をする。
同時に美しかった夢から目覚めるようにこころのなかで名乗(なの)った。
僕は僕である、と。



そうすることで僕たちは、まだ知らないけれど(なつ)かしい。
朝を両のてのひらでやっと受けとる。
終わりを(つな)げてはじまりにすることを()り返していく。
存在に名前をつけ、その名前を呼び、存在に名前を呼ばれ、自分自身のかたちを覚えていく。
ただ僕たちの内側はずっとさようならできないもので、あふれている。
存在の重さを知る(たび)に誰かへ伝えたいこころが、世界に(のこ)したい願いが増えていく。



いつか僕たちの存在は誰かの夜と思い出となる。
彼らは、僕たちに名前をつける。
乗りこえられないものを乗りこなすよう。
忘れられないものをちゃんと思い出すように。
それらを日常として彼らは迷い、ときに立ち竦み、正しくはなく、それでも歩き出す。



僕たちが呼んだ朝は、彼らの存在を照らし噓無く暴いてしまう。
朝と未知を彼らもまた目に焼きつける。
僕たちをとおして、自分たちの存在を彼ら自身が知る。
人間である傲慢と可能性を諦めきれないまま、生きるのだ。



朝を生き抜いて夜と思い出になった僕たちはもう知っていた。
僕たちは他の存在を壊さなくていいこと。
世界が僕たちの思いどおりにならなくてもいいこと。
誰かを何かへ無理に変えなくてもいいこと。
でも僕たちは。
僕たちは変わることがいつだってできること。
僕たちの存在が朝と未知を選択することは、僕たちにゆるされている。
だから彼らに僕たちを乗りこえて欲しいこと。
前に進んで欲しいこと。



聞こえるだろう。
きみもいつか、誰かの夜と思い出になったらわかる。
でもできれば。
この朝と、きみの未来のまっただなかで気がついて欲しい。
せっかく花が開いたのだ。


きみのなかで僕たちは深く呼吸をしている。
きみは静かなまなざしで再び前を向く。
光のあたたかさを享受(きょうじゅ)し自由に広がっていく学びをたずさえて。


何を願おう。次世代へ世界を(たく)すために。
きみをこえてのびやかに生き残る存在。
おはよう。
彼らの名前を、きみは無理に呼ばない。
ただ明日へ穿(うが)つよう笑って声をかける。
暗がりを灯す優しさの意味を、贈るように。

『存在。』

『茎』

彼女はゆるしませんでした。
でもそれは。
彼等がゆるされたくはなかったからです。

彼等は恐ろしかったのです。
なんでもゆるされてきた彼等はなんでも思いどおりになるこの世界がとても恐ろしかったのです。

あまねくひとびとと同じように彼等はいつか死なねばなりません。
そこだけは神さまは彼等を皆と同じようにお創りになられました。


彼等は知り尽くしています。
この地上の無常と退屈さを心底。
そして、なんでもゆるされてきた自分たちが死後永遠にゆるされるはずがないと確かに信じていました。
彼等の力や金は後世にのこせても神さまの故郷にはなんら必要はありません。


彼女は、彼等をゆるしませんでした。
彼等はその言葉を強く望んでいました。
彼女がゆるさなければ神さまは少しくらいは彼等を哀れんでくださるかもしれません。


彼女は彼等をゆるしません。
彼女は彼等のために彼等をゆるしません。

彼女は知っています。
それでも神さまはその光に彼等を抱くだろうと。
彼等が苦しむほど優しい海を神さまは彼等にお与えになるだろうと。
彼女は知っています。
神さまは彼等をゆるされるだろうと。

彼等は何も知ろうとしません。
大事なことは、何一つ。

『存在。』

世界はいつからあなたのものになったの。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-01-13

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