『創造。』
そうか。これはあなたの物語なんだね。
あのひとは私の目を見て微笑んだ。
私は照れたようにはにかみ私自身が描き続けたこの街を、あのひとに見せている。
あのひとはスケッチブックに表現された私の街をしげしげと視る。
私よりも全てが現れているこの景色を。
誰の敵にもならないから倒されることはない。
怖がられないから支配されない。
しなやかで自由ないきものが闊歩する、街のスケッチだ。
描いてくれてどうもありがとう。
あのひとは私へ、何か大切な贈り物を手渡すよう言葉を伝える。
私はいたずらを思いついた男の子みたいに笑った。
あげない。
知っている。気に入ったんだね。
まあね。
私の得意げな台詞にあのひとは笑った。
でももう破ったり捨てたりしないで欲しいかな。
私は不思議そうにあのひとを見返す。
なんのはなし?
秘密かな。
ふうん。
私の興味はすぐに自身で描いた街へ向けられた。
あのひとはこの街を指差して提案した。
俺以外のひとびとへちょっと見せてみないか。
私は驚いた。変な声をあげた。
それもできるだけ多くのひとへ、だ。
私は挙動不審だ。
さあ。とりあえずこの白い部屋を出るよ。
あのひとは私のいろんな言い訳はいっさい無視した。
私の背中を両手で軽く押して、あのひとは私を開かれた扉の向こうへ押しやる。
開かれた扉をはさんで向こうに私が、部屋の中にあのひとがいる形になる。
私はふりかえる。
私の目の色は不安気に揺れているだろう。
その絵はもう無かったことにはならない。
いろんなひとへ見せてあげて。
私の表情は何か言いたげだったのだろう。
くちびるをゆるめ、あのひとは言う。
あなたの街をずっと待っている。
ほら、はやく。
人差し指を私の後ろ、さらに向こう側へ指す。
つられて私は少し遠く前へを向く。
予感がする。
きっと次。私がふりむいた時にはこの真っ白い部屋もあのひとも、無い。
そうだ。
さようならのあとも続いていく世界をうたう、私の旅のはじまり。
宝物はすでにこの胸にあるのだ。
なくすことなく見つけ出すだけ。
あのひとは私自身へ祈りを託す。
楽しんで。
私の遠い背中へ、あのひとは笑んで告げる。
私はスケッチブックの中、モノクロの街を歩き始める。
色づけよう。
そこここから色彩があふれだすような、思い出の優しさで。
『創造。』
『そして、手をふったあのひとは気配を感じてふりむいた。
真っ白い部屋に黒い猫がしっぽをゆっくりと揺らしていた。
今まで部屋のどこかに隠れていたのだろう。
ありがとう。彼女を連れてきてくれて。
あのひとの言葉に黒猫は沈黙を返す。
豊かな静けさを、あのひとは聴いた』