春になったら

春になったら

「いってらっしゃい」
 毎朝玄関まできてくれる
 か細い声が耳に届く
 肩にかかったままのブランケットを握る
 あなたの手がとても白いから
 おれは今日も靴紐を固く結んだ
 焼きうどん作ったから お昼に食べなね

 なにしろ 生まれも育ちも全然違う
 おれと違って頭良いんだ
 いろんなことに 気がついちゃうんだ

 なにしろ 生まれも育ちも全然違う
 おれと違って繊細なんだ
 いろんなことに やられちゃうんだ

 石のように意思をなくして
 のしかかる 今 やり過ごして
 終わりがないことがこんなにも残酷だなんて
 きっとあなたは知っていたんだね

 冷えて固まった焼きうどん
 箸でつまむ度ブチブチちぎれた
 それをいっぺんに頬張って
 発泡酒で流し込む そんな晩酌を
 彼女はベッドに横たわったまま
 真っ黒い目で見つめていた

 そういうときは冬の空気がやけに冷たくて
 おれもなんだか耐えられなくて
 やることなすこと 口に出すこと
 全部嘘に思えてしまった

 いつまでも待つよ
 あなたが笑えるなら
 なんだってやるよ
 また笑ってくれるなら

 いっしょうけんめいがんばった
 90点であなたを殴った おとうさん
 おれはそうはならない

 起き上がれない ただそれだけで
 朝食を残飯に捨てた おかあさん
 おれはそうはならない

 あの夜 母さんの震える背中見て
 絶対あいつみたいにならないって決めたんだ

 いつもキャミソールを脱ぎたがらない
 中々見せてくれない
「萎えちゃうから」なんて
 聞き飽きた心配も 愛おしかった
 浮き上がる肋骨を 両方の手のひらで包んで
 頬を寄せたら どくどく聞こえた

 あいつはヒモの女を養ってるって
 職場でそんな噂が流れた
 違うよ そんなんじゃないよ
 ちょっと休んでるだけなんだ
 いっぱい頑張ってきたから
 ちょっと疲れちゃっただけなんだ

 携帯の待ち受け 在りし日の彼女
 ずいぶんやせた
 思い出ごととられてくみたいに
「例のヒモカノ?」
 パンの袋 がさがさいわせながら
 覗き込んできた 奴のにやけ顔
「ヤりたい放題じゃん」
 心の中で唾吐いた

 自分の機嫌次第な上司
 あわよくばで優しくしてた野郎
 陰口叩く暇なやつら
 あなたは「もういいの」って
 でもおれ絶対許せないよ

 真夜中に
 泣き腫らした目で おれを起こした
「わたし、もうだめかも」
 また増えた 体の傷
 それ以上に抉られてる 心の傷

 そういうときは冬の空気がやけに冷たくて
 おれもなんだか耐えられなくて
 やることなすこと 口に出すこと
 全部無意味に思えてしまった

 いつまでも待つよ
 あなたが笑えるなら
 なんだってやるよ
 また二人で笑えるなら 

 いっしょうけんめいがんばった
 90点であなたを殴った おとうさん
 おれはそうはならない

 起き上がれない ただそれだけで
 朝食を残飯に捨てた おかあさん
 おれはそうはならない

 あの日 骨になった母さん抱いて
 次こそ守るって誓ったんだ

「何なら食べられそう?」
 変わらないものをあなたにあげる
 変わっていくこと こわくないように
 
 即席味噌汁を ティースプーンでちまちま飲んでる
 猫舌の彼女が愛おしかった

 こんなこと いつまで続くのか
 思わないと言ったら嘘になるけど
 少しずつでいいんだ
 春はまたやってくるんだ

 ジャージー牛乳のアイスクリーム どう?
 これ 結構おいしいみたいよ
 ミルクがきついなら氷菓にするよ?
 こたつで食べる贅沢だよ

「いいのかな」
 聞き飽きた言葉も 愛おしかった
「いいんだよ」
 なんて言葉も ほんものになる

 首元まで布団を上げて
 まどろむ彼女が愛おしかった

素敵な生活

 明るいうちから こんなことして
 滴る液体 ながめて
 遺伝子の途方も無い旅路のことを思う

(よくこんなとこまで来たね)

 明るいうちから こんなことして
 アルコールの匂い 漂わせて
 煙と涙 一寸先も分からない

 明るいうちから こんな気持ちで
 繰り返す度 きみの顔が頭を過って
 あれ もしかしてこういうのを恋って
 そこまで考えてまたやめた

 くだんねぇよ
 その場しのぎだよ

「素敵な生活」
 ソールドアウト
 いつも入荷未定

 今日もこの身体で生きた
 肯定という名の正当化
 ようは依存と自立の狭間
 何のために耐えてんの
 誰のために耐えてんの

「素敵な生活」
「晴れ晴れと生きるチケット」
 ソールドアウト
 今日も入荷未定

僕のもの

 君の時間を金で買う
 君の身体を金で買う
 君の体温を金で買う
 君の視界を金で買う
 君の感情を金で買う
 君の愛情 愛情は
 僕のもの

 誰かの特別になりたいですか?
 誰の手も掴めない
 愛さないけど愛されたい
 卑怯な人間 死ねばいい

 口に出さない そう決めて
 忘れてしまうのが最善で
 ねぇ それ 何回目?

 もう僕の感情には何の価値もないから
 同じだけ それ以上のもの
 もらえるなんて思ってないから 

 君の体液を金で買う
 その煌めきを金で買う
 君の憐憫を金で買う
 その目の色を金で買う
 君の表情を金で買う
 その声の色を金で買う
 君の記憶を金で買う
 君の過去を 君の未来を
 その痛み その痛みを

 君の時間を金で買う
 幸福の秒数 延ばす為に
 その為だけ その為だけに

春になったら

春になったら

1.春になったら 2.素敵な生活 3.僕のもの

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2025-01-02

Copyrighted
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  1. 春になったら
  2. 素敵な生活
  3. 僕のもの