騎士物語 第十三話 ~二度目のランク戦~ 第一章 あちこち集会

冬休み明け、本年度最後のランク戦の始まりです。

第一章 あちこち集会

 一年に二回あるセイリオス学院のランク戦。一回目が夏休み明けで二回目が冬休み明けという、「休暇中も修行を怠るなよ」と言わんばかりの日程にフェルブランド王国で一番の騎士学校と言われる所以を感じ、休み明け初日だというのにどことなく学院の空気がキリッとしている気がするわけだけど、夏休み明けの時とは……何というか、緊張度合いが違う。
 ミラちゃんに教えてもらった、この二回目のランク戦が持つ意味――卒業を間近に控える三年生にとっては進路に関わってくるアピールの場というのも勿論あるのだが、それ以外にも理由があった。

「ホントに女子寮に住んでるんだね。モテモテだって聞いてるし、今日から「プレイボーイ」って呼ぼうかな。」

 休み明け初日という事もあっていつもの朝の鍛錬はお休みにし、みんなと一緒に寮から直接校舎に向かって歩いているのだが、その中に昨日初めて会ったアンジュのルームメイトであるチロル・フォンタナ――フォンタナ先輩が加わっている。
 外見的には初等の女の子……よくサイズの合う制服があったなと思うくらいに背の低い先輩なのだけど、そんなフォンタナ先輩を見た周りの生徒の反応は学院内で場違いな少女を見つけた時のそれとは異なり――

「フォンタナ!? そうか、戻って来たのか……」
「わ、フォンタナ先輩がいる……」
「『レインボーパレット』参戦かぁ……やっぱ後半のランク戦はやべぇな……」

 ――長い事姿を見せていなかった猛者が久しぶりに顔を出したようなそれだった。
 というのもまさにその通りで、フォンタナ先輩は三年生になって最初の二週間以降から昨日まで、現役の騎士と一緒に実際の任務を受けて実戦を積んでいたらしく、最後のランク戦だけは受けないといけない……というルールなのか周りからのススメなのかわからないけれど、先輩は数か月ぶりに学院にやって来たのだ。
 そしてそういう、優秀であるが故に姿を見せていなかった三年生というのがフォンタナ先輩以外にもチラホラといるらしく、一年生はともかくそんな凄い先輩たちの事を知る二年生たちは盛り上がり、反面三年生たちは強敵の帰還に緊張が高まっているのだ。
「結局先輩が戦ってるところって見たことなかったんだけど、やっぱりすごいんだねー。しかも実戦をたくさん経験してもっと強くなってるんでしょー?」
「あはは、みんな実戦経験っていう単語に期待し過ぎだよ。セラームとか十二騎士ならともかく現役の騎士が全員毎日強敵と戦ってるわけじゃないし、いわゆる小悪党にオシオキするような仕事の方が多かったりするの。そもそも学生が重大な任務に参加する事はないしね。お仕事体験って言った方が正確かもしれないよ。」
 お仕事体験……でもまぁ確かに、デルフさんとかは卒業したらすぐにでも活躍できる実力って言われているけど、だからっていきなりA級とかS級の犯罪者との戦いに引っ張り出すのはさすがに無茶というか、実際はフォンタナ先輩が言ったような内容になるんだろう。
「たぶん、わたしたちよりも勲章とかもらっちゃってるアンジュちゃんたちの方がヤバイ敵との戦闘経験多いんじゃなーいー?」
「あー、それはあるかもねー。あたしたちの団長はヤバイ敵を引き寄せるみたいだからー。」
 ツンツンと背中をつつかれるオレ……
「そんなすごい経験をしてきた『ビックリ箱騎士団』は前のランク戦でAランクだったから今回は三年生のトーナメントに乗り込んでくるのかな? 他のみんながどう考えてるかわかんないけど、ヤバイ敵との戦いで強くなってきたアンジュちゃんたちとぶつかるのはちょっと楽しみだね。じゃ、わたしはこっちだから、またねー。」
 三年生と一年生とでは教室のある場所が違うのでフォンタナ先輩とは途中で別れ、オレたちは久しぶりの教室にやってきた。冬休みの間も色々あって、騎士の間で話題になるとしたらS級犯罪者の『フランケン』との戦いだろうけど、それが同級生の間に広まっている様子はなく、「久しぶりー」という軽い挨拶で済んだ。
 自分の席につき、隣にエリルが座るとここ最近の……色んな意味で濃い日々から日常に戻って来た感じを覚えて妙にほっとした。
「あのチロルって先輩、優秀って事は強いんでしょうけど全然そう見えないわね。少なくとも格闘はできると思えないし。」
「そうだな……魔法が主体なのかもしれないし実はあの姿も……エリル、あの人を見た時何か感じなかったか?」
「は? どういう意味よ……」
 エリルに「何言ってんのこいつ」という顔をされたという事は、少なくともエリルは何も感じなかったらしい。オレも最初の時だけで、今日とかは別に何も感じなかったから……単純にオレが疲れていただけかもしれないな。
「あー……うん、たぶん勘違いだ。」
「……実は旅の途中で会った事のある知り合いでしたとかいうパターンじゃないわよね……」
「い、いやいや、そんなオレガノさんが寮長さんだったみたいな偶然はそうそうないよ……」
「ルベロのとこで見た赤い糸によればまだ増えるみたいだし、あの小さい先輩がそうなってもあんまり驚かないわよ……?」
「そ、それは……そうじゃないと……ちゃんと否定できないのがその……はい……」
「それで片っ端から……カーミラとやったみたいにやらしーことしまくるわけよね……変態。」
「びゃ、そ、それはあの、こここ、今回のミラちゃんとのはミラちゃんが吸血鬼パワー全開というのも、アリマシテ……」
 冬休みの間に起きた色々の中で、オレにとって一番の衝撃というかダメージが大きかったのはミラちゃんをお、おそ……ヤッテシマッタことで……数日の間毎夜毎晩繰り広げられたメクルメクあれやこれやは、シ、シテイル時はミラちゃんの吸血鬼の力の影響下だったせいかそこまでだったのだが、思い返すと過去最強にやらしくて恥ずかしくて……!!
「……また思い出してるみたいね……?」
「ふぁ、ふぁひ、ふひはへん!」
 両のほっぺをつねられるオレだが、真正面からオレを睨むエリルの顔を見るとミラちゃんとのあれこれと共に引っ張り出される別の記憶で更に顔が熱くなった。というのも、正直エリルたちが戻って来てからの方がトンデモナク、ミ、ミラちゃんにしたあれやこれやを自分にもとリリーちゃんやローゼルさんがセマッタリなんてのもあって、結局みんなとも……勿論エリルとのアレコレも……!!
「……あ、あによ、その変な顔は……」
「あ、あの……エ、エリルとのを……思い出し――」
 言い終わる前に目にも止まらぬパンチを受け、オレは席からふっ飛んだ。

「よしお前ら始めるぞ! 床に転がってるサードニクスは座れよ!」

 ほっぺをさすりつつ、オレを殴り飛ばしたエリルが真っ赤な顔でそっぽを向いている光景をかわいいなと思いながら席に戻り、気合の入った声と共に入ってきた先生に視線を移す。いつもと同じ、上下を黒でビシッと決めた教員スタイルでカツカツと教卓まできた先生は、バンッと黒板を叩き――
「ランク戦だ!」
 ――と、楽しそうに言った。い、いかんいかん、流石に頭の中が桃色過ぎる……前回のランク戦も夏休み明けの初日に説明があって二日目からいきなり開始だったから、たぶん今回もそんな流れだろうし、き、切り替えないと……
「ルールだのやり方だのは前回経験済みだから説明しないが、代わりに前回と今回の違いを教えておく。」

 深呼吸だ……よしロイド、情報を整理して落ち着くんだ……ランク戦――たぶん他の騎士学校にも似たようなモノはあるのだろうけど、セイリオス学院のランク戦と言うとかなり有名らしく、学年ごとに分かれて生徒全員で行われるこのトーナメント戦の結果で生徒たちはA、B、Cの三つのランクに分けられ、全部ではないけど授業の内容もランクで変わってくる。
 つまりは生徒の実力に合わせた授業をする為にそれを測るイベントなわけだけど、結果的に各学年の強さランキングを決める事になるから生徒は勿論、名門セイリオス学院に注目している外部の人も見に来る大イベントだ。

 対戦相手を決めるカード――たぶんマジックアイテムなのだろうけど、そこに表示される相手と指示された闘技場で戦い、勝利したなら次の対戦が決まるまで待ち、負けたらそこでその人のランク戦は終了。人数が多いから試合数も多く、かつ長引く試合もあったりするから一週間くらいはランク戦の期間となっていて……勝ち進むと連戦で結構疲れ、一回戦で負けると長い観戦の日々になる。

 闘技場は……学院内には一つしかないのだけど学院長の凄い魔法によって同じ場所なのだけど空間の位相? がズレている所に合計十二個の闘技場が存在していて、そのどこかで戦う事になる。
 観客席はかなり強い魔法の壁で守られている上、普通じゃ視認できないような状況を見やすくしてくれるスクリーンなんかもあってかなり面白い。そして戦う生徒も武器や魔法で致命傷を負うなんてことはない……のだけど、ダメージが無いわけではなくて、例えば腕がふっ飛ぶような一撃を受けた場合、腕が飛んだり血が出たりという事は起きないのだけどふっ飛んだ時と同等の痛みが走るし、その腕は動かせなくなる。騎士の道が終わってしまうようなケガは起きないけど限りなく実戦に近い……そんな感じだ。

「二回目のランク戦における一回目との違い、一番デカいのは一回目でAランクだった奴らが上の学年に挑めるって点だ。んま、一年生のAランクってのはイコールそこのサードニクスのとこの『ビックリ箱騎士団』になるわけだが、お前らは二年か三年のランク戦に混ざる事ができる。」
 正確には我ら『ビックリ箱騎士団』からアレクを除き、カルクさんを加えた八人なのだけど……要するにオレたちは、例えば三年生のデルフさんとも戦えるチャンスがあるというわけだ。
「んで、サードニクスたちはどうするべきかって話だが先生として――っつーか一人の騎士として言うが、どう考えてもこれは三年生に挑む一択で、ついでに言うと他の奴らも観戦するなら三年生だ。」
 先生が教室にいる全員の顔をたまに見せる真面目な表情で見る。
「お前らには何度も言ってるが、一年生と二年生、三年生の差はデカい。ざっくり言えば一年生は各系統の単純な使い方を学び、学年が上がるほどにより専門的で深い部分を勉強する。ぶっちゃけ一回目の時点で三年生の戦いを見ても何が何やらだったろうが、一年生も終わりが近づいた今なら理解できるだろう。上の学年の連中がどんな技術を持ってるのかって事を。それを実戦の中で見せてもらえるんだ、これ以上ない学びの機会だぞ。」
「先生。」
 先生の言いたい事が、S級犯罪者を何度か見てきた経験的に何となくわかりそうなところでクラスメイトの一人が手を挙げた。
「その、技術っていうのがおれよくわからなくて……騎士の強さってやっぱりこう……技の威力とかのような気がして、細かい技術が全部無駄とは思わないですけど、結局は圧倒的なパワーに負けてしまうんじゃ……」
「んああ、私が言う技術ってのは技の威力を上げる技術も含んでるんだがお前の言いたい事はわかるぞ。小手先のテクニックだけじゃ埋まらないパワーの差ってのは確かにある。だが言い換えると、パワーの差はある程度テクニックで埋められるって事だ。」
 そう言うと先生は腕の裾をまくり上げ、ググッと力を入れて力こぶを作った。
「見ろ、私はどこかのゴリラみたいなムキムキマッチョじゃない。一般人よりは力あるだろうが、育ち盛りでパワーに溢れたお前たちと力比べすれば負ける場合もあるだろう。」
「そ、そんなわけ……」
「そう思うよな? 実際私はお前たちの数十倍強い。だけど測定器を持ってきてパンチ力とかを測ったらお前たちの方が上の可能性は充分ある。この矛盾を成立させてるのが技術なんだ。魔法の使い方、その時々の攻防の最善手に戦闘時の心理……例を挙げだすとキリがないが……そうだな、分かりやすく言うなら機械とか道具がいいか。素手のパンチで石ころを砕けと言われるとそんな事ができるのはムキムキの奴くらいだが、ハンマーを持ってくればたぶん誰にでもできるだろう? 自分の持ってるパワーを石ころを砕く為に特化させてくれるのがハンマーっつー道具であり、非力なはずの私がお前らを圧倒してる技術なんだよ。」

 先生の言っているゴリラっていうのはフィリウスの事なんだろうけど……確かに、力が全てなら世の中の騎士は全員あんな感じになっちゃうけど、実際はパッと見強そうに見えなくても実は滅茶苦茶強いなんてパターンばっかりだ。その人たちが強いと思うのは技の威力が凄まじいから……というのもあるけど、やっぱり目を引くのは独自の魔法や戦闘技術。それぞれの創意工夫だ。

「それに技術は選択肢を増やす。結局はパワーが全てっつって魔法の威力を……例えば火の魔法の使い手が火力のアップだけに力を注いで、あらゆるモノを一撃で破壊するパワーをゲットしたとしても、仮にそれを避けられたらどうするか。次の一撃を準備するまで相手の攻撃を耐える手段がないと詰みだし、敵がマジックアイテムとかで周囲のマナを枯渇させたりなんかしたらせっかくの一撃を出せずにやられる場合もある。そんな時に魔法無しでも戦える、せめて時間を稼げる程度の体術があれば何とかできる。それ以前に必殺の一撃を相手に必中させる別の魔法を会得していれば良かったんじゃないかって話もある。相手や周囲の状況で無限に変わる戦況に対して、攻防の選択肢を得られる――知識、経験、技術、この辺のモノはあればあるだけお得なのさ。」

 こういう時はあの時と同じ対応でいけるはず、あの人が使っていた技を応用できないか、あの本に載っていた事が活かせるかも……先生の言う「あればあるだけいいモノ」の積み重ねがふとした時に助けてくれるかもしれないし、自分の成長のキッカケになるかもしれない。どこまで言っても「その可能性がある」っていう域を出ないけど、全く無いと確率は完全にゼロになる。
 きっと色んな場面で言える事なんだろうけど、命の危険がある騎士という……お仕事? には特に重要な事なんだな……

「ま、こういう話は体験してみないと納得は難しかったりするからな。とりあえず二回目のランク戦には「戻り組」と「元組」っつーたぶん誰の目にもわかりやすく凄い連中がいるからそれを見るだけでも楽しいはずだぞ。」
「モド……モト……?」
 先生の口から不意に出てきた聞き慣れない単語に思わずそう呟くと、毎度よく聞こえるなと思うが先生がニヤリと笑う。
「サードニクスが新種の魔法生物の名前みたいなのを口にしてるから説明してやろう。まず「戻り組」だがこれは今日登校してくる時に何人か見たんじゃないか?」
 先生の言葉で思い浮かべるのはフォンタナ先輩。一足早く現役の騎士と一緒に任務を受けていた三年生がランク戦の為に戻ってきている――なるほど、これを「戻り組」と呼ぶのか。
「ざっくり言えば成績優秀だから授業免除で実戦経験を積んできた生徒。三年で学ぶ専門的な知識を得るよりも前にそいつの戦闘スタイルが完成されていて、学院で学ぶよりも経験を積む方が成長につながると判断された連中だ。現役の騎士に劣らない実力を持っている事が最低条件で、その上で実戦を経験して戻って来るんだから、そいつらは既に学生の域を出ている実力者になってるだろうな。」
 知識や技術を得ることが大事だと言われたばかりだけど、三年生の授業内容はより専門的になるという事だから……いくら知識が多い方がいいと言っても、自分が使う武器や魔法とは関係のない分野の専門的な内容を勉強するというのはちょっとズレているだろうし、それなら実戦を――って感じに選ばれた生徒なのだろう。
 でも……そうなると一つ疑問が出てくる。
「あ、あの先生。」
「なんだサードニクス。」
「ちょっと疑問なんですけど、成績優秀で即戦力と聞くとデルフさんとかが思い浮かぶんですが……デルフさんはそれに選ばれなかったんですか? 生徒会長になったから対象外に……?」
「おう、サードニクス、いい質問だ。「戻り組」ってのは学院側が選ぶんだがあくまで提案で、実戦に出るか学院に残るかは本人の自由でな。選ばれても三年の授業を受けたいとか、話に出たソグディアナイトみたいに生徒会長をやるからって理由で断る生徒もいる。ここで関わってくんのが「元組」――即ち、元生徒会長や元委員長だ。」
「あ、元ってそういう……」
「この前の選挙を通してお前たちも噂なんかを聞いたと思うが、委員会や生徒会は所属すると得られるモノがかなりデカい。実戦経験よりもそっちを求める奴もいるってわけだ。」
 選挙の時にレイテッドさんが教えてくれたけど、生徒会の各役職にはそれぞれ将来に繋がるメリットがたくさんあって、委員会も似たようなモノだという。成績優秀で実力もあるけど、名門セイリオスの生徒会や委員会で得られる何か――強さの他にも人脈や研究成果なんかを優先して学院に残る方を選ぶ人もいて、デルフさんもそのパターンという事か。
「んで、この前の選挙で代替わりした結果「元」なんちゃらって生徒が何人か出来上がったわけだがこいつらも強い。元々委員会や生徒会に入れる時点で実力はあって、そこから丸一年その所属でしか得られないモノを吸収し尽して出てきたのが「元組」だ。こいつらは学院にいるから一回目のランク戦にも出てて、今更注目しなくてもと思うかもしれないがお前たちが一回目の頃から成長しているように「元組」の連中も、各所属の中で成長している。実戦経験とはまた違ったモノを積んでるわけだな。」
 正直デルフさんなんかは初めて会った時点でとんでもなく強い印象で更に強くなったかどうかもわからないくらいのハイレベルなのだけど……三年生のランク戦に混じるという事は、「戻り組」と「元組」という、セイリオス学院が育て上げた最強クラスの騎士の卵に挑むという事なんだ。
「ちなみに三年のランク戦に混じった場合は上の学年に挑んでるって事を考慮してランクが決められるからその辺はあんまり心配しなくていい。正当かつ順当な格上に挑んで来い。」



 田舎者の青年が久しぶりの教室でランク戦の説明を受けている頃、セイリオス学院があるフェルブランド王国の王城にある国王軍の施設にて、教室と同様に机と椅子が並んだ大きな部屋に数十人が集まって座り、全員の正面に立っている一人の人物を見ていた。
 構図としては学校の教室の風景と同じだが、そこに集っている者たちは全員が凄腕の騎士であり、漂う空気も少し張りつめている。
「国王軍の精鋭諸君、急な招集で申し訳ない。セラームの指揮を任されているアクロライト・アルジェントだ。今この場にはスローンやドルムなどの階級に関係なく、別任務などを受けていない動ける騎士が集まっている。つまるところ、動ける人員をかき集めた状況だ。」
 アクロライト・アルジェント。『光帝』の二つ名で知られる国王軍セラームのリーダーであり、十二騎士を除けばフェルブランド王国最強と称される騎士からの招集に対し、俗に下級騎士と呼ばれるドルム、中級騎士と呼ばれるスローンの面々が緊張の面持ちなのは当然として、上級騎士であるセラームたちも事態の重要性を感じて表情を険しくしていた。
「時期から考えて察している者もいるかもしれないが、もはや一騎士学校の行事にはおさまっていない、セイリオス学院の後期ランク戦に絡む件だ。フェルブランド王国で一番の騎士学校と称されるセイリオス学院からの卒業を間近に控えた三年生たちの晴れ舞台に国外問わず軍や騎士団が注目するが、同時に悪党連中の興味のマトともなってしまう事から、毎年国王軍から警備の騎士が派遣されている事は知っているだろう。これに、私たちは例年以上に注力する必要がある。」
「犯行予告でも来たのん?」
 国王軍の制服として軍服はあるものの、それを着る事が義務とはなっていない為それぞれに自由な格好をしている騎士たちだが、その中でも一際目立つ、胸元の大きく開いた真っ赤なドレスを着ている女――《オウガスト》の『ムーンナイツ』の一人にして『鮮血』の二つ名で呼ばれるセラーム、サルビア・スプレンデスの質問にアクロライトは首を横に振る。
「今のところそういう類のモノは届いていない。だが先日、水の国の騎士学校にて催されたセイリオスと同様の趣旨のトーナメント戦が襲撃された。白昼堂々と行われたそれはあまりに無計画で衝動的とも言えるモノだった為に一人の怪我人もなく処理されたのだが、この事件の意味するところは重いと世界連合が捉え、各国の主要騎士団に警戒が促されたのだ。」
「この集まりのキッカケはそれってわけねん。要するに、今の悪党連中は不安定って話よねん?」
「ああ。現状を把握し切れていない者もいるだろうから説明しておくが――」


 そこからアクロライトが話した内容は、本来騎士にとっては良い事なのだが「予測がつかない」という意味で悪い状況となってしまっている現状について。
 強さ的にも凶悪さ的にも悪党界隈で頂点とされる女、『世界の悪』ことアフューカスが他のS級犯罪者を始末し出したのが事の始まり。S級犯罪者らもただ殺されまいとチームを組んだりしているのだが、今回の件のポイントはそこではない。
 S級犯罪者の始末が終わったら次は自分たちなのではないか――そう考えたA級犯罪者たちが行動を起こした結果、裏社会の重鎮が同時期に消されるという事態が起きてしまった。
 何故重鎮がS級ではなくA級なのかと思う者もいるだろうが、元々S級とは特例や例外の意味合いの分類であり、特定の犯罪集団を指したりもするが基本的にはあまりに強すぎたり、あまりに悪すぎたりと、何をどうしたらそういう事になるのか常人には欠片も理解できない思考で動き、人智を越えた力を操る悪党に与えられる級である。
 故に、裏の世界を統率するような者がいるとすればそれは頭のネジがとんだS級ではなく、もう少しまともな悪党であるA級になるのだ。
 そして、S級の連中を文字通りの例外として勘定から除外した上で悪党たちの世界を実質的に支配していた大物A級犯罪者が三人いた。
 一人はキシドロ。裏に出回る酒と薬は全てキシドロのルートを通り、キシドロが作成した薬は効果も中毒性も最高級と称される。自身の特異な体質を利用して副作用なしに肉体をドーピングできる力を持っており、戦闘能力も高かった。
 一人はテリオン。奴隷商かつ調教師で「テリオン」というブランドは表の貴族たちもひいきにするほど。自身が育てた戦闘特化の奴隷「戦奴隷」を従え、機械のように正確なコンビネーションをさせる事で自身には戦闘能力が全くないにも関わらず多くの騎士を返り討ちにしてきた。
 一人はアシキリ。前の二人が専門とする分野を除き、全ての悪い商売にてトップクラスの影響力を持つ巨大裏組織の頂点。その兵力は勿論、自身も強力な剣を持っているため、武力もナンバーワン。悪党として全てを手に入れた男だった。
 そしてこの三人が、ほぼ同じタイミングで消されてしまった。悪党たちの世界において、それは例えるならある日突然水道が使えなくなったり、電気が発電されなくなったり、ガスが出なくなったりする事に等しい。大悪党を夢見る小悪党からすれば成り上がろうと手をかけた悪の世界の険しい壁が突然砕け散ったと同義であり、新人も古参も関係なく悪党たちは大混乱に陥った。
 そして追い打ちをかけるように、裏の世界に生きる者たち――騎士のように毎日訓練するわけではない、楽して力を手に入れたい者たちの希望であった強力な武器、S級犯罪者『フランケン』が作る兵器も、その『フランケン』が十二騎士に敗北した事で供給が止まった。
 武力や兵力や組織力である意味他の悪党たちを守り、育ててきた重鎮たちがいなくなり、騎士たちに一発逆転で勝てる可能性もなくなった。消えた三人らと同等とは行かずとも二番手三番手くらいの力を持っている者たちはともかくとして、大多数の悪党たちには不安な未来――騎士たちに捕まる未来しかない。
 つまり今、世の中の悪党たちは追い詰められているのだ。


「水の国で騎士学校を襲撃する無謀な悪党が出たのもこれの影響だろうというのが世界連合の考えで、私も要因の大部分は占めていると思っている。地位はともかくその強さが圧倒的な抑止力となっているS級が始末され、A級の重鎮もいなくなっているというのに騎士の学校では次代を担う優秀な者が育っている――卒業間近という時期も重なり、いわゆる学生狩りや新人狩りと呼ばれる現象が非常に起きやすい状況になっているのだ。」
「それはだいぶ良くないわねん……小悪党がちょっと暴れる程度ならいいけどん、追い詰められてるっていう状況を利用して上にいた連中の後釜を狙う奴らは当然いて、そういう輩が周りにわかりやすい実績を見せつける絶好の機会になるじゃない。」
 サルビアの言葉にその場に集まった騎士たちがざわつく。自分たちが集められた理由はこれなのだと。
 学生狩りや新人狩りと呼ばれる現象は騎士の卵たちが卒業し、騎士として活動していく中で将来的に名をはせるだろうと期待される者が明確になってきた辺りで起きる悪党たちの襲撃である。要するに「危険の芽を摘む」行為なわけだが、追い詰められた悪党側が卒業を待たずに行動を起こしたのが先の水の国での事件であり、セイリオス学院でもそれが起きる可能性は高い。
 しかも名門であるがゆえに、襲撃を仕掛ける悪党はサルビアが懸念するような、いなくなった重鎮たちの席を狙うくらいの実力者。例年以上の注力はこの為である。
「私たちの警護も含め、期間中のセイリオス学院の守りは鉄壁と言っていいが油断は禁物。仮に襲撃が起き、生徒や観に来た者たちの誰か一人でもケガを負えば「セイリオスですら完璧ではない」という認識が悪党の間に広がり、各地の騎士学校襲撃のキッカケとなりかねない。私たちが守るモノは思っている以上に巨大で重い――故にこうして緊急招集を行った次第だ。」
「もしや、既に怪しい動きをしている者の情報があるのですか?」
 すぅっと手を挙げてそう尋ねたのは、サルビアとはまた違った理由で場違い感のする男。休日に家でのんびりしているお父さんのような気の抜ける雰囲気と服装の騎士の名はトクサ・リシアンサス。田舎者の青年率いる『ビックリ箱騎士団』の一人の父親である。
 実のところ、トクサのように自身の子供ないし関係者がセイリオス学院の生徒という騎士は少なくなく、現状に対して最も大きな心配事を抱えているのは彼らになるだろう。
「推測にはなるのだが、ここ一週間ほどの間にA級犯罪者が何者かの手によって倒されるという事が世界のあちこちで起きているのだ。タイミング的に、後釜争いの可能性が高い。」
「先にライバルを消しとこうってわけねん。フィリウスじゃないけど、悪党同士で潰し合うだけなら歓迎なのにねん。」
「潰し合い……それだけならば私たちが対処するべき相手が限られますが、最悪の場合、この学生狩りを統率するような者が出てくると厄介ですね。」
 トクサの懸念にアクロライトが険しい表情になる。
「ああ……その上、稀に見る悪党側の一致団結の機会を前に、後釜だの悪党の将来だのを無視して利益に走る者もいるだろう。『ブックメーカー』や『罪人』辺りが稼ぎ時と判断してもおかしくない。」
「あっは、原因の一つに関わってる身として言うのもあれだけど、うねりが大きくなってるわねん。どこかで大々的な対策が必要かもしれないわん。」



 赤いドレスを着た騎士がため息交じりに笑った頃より数日前。まるで選挙の演説を聞く為に集まった者たちの人だかり、もしくは何かの反対運動の激励会のように、廃墟と化しているとある大きな建物の中で騒いでいる者たちがいた。

「B級の奴が出しゃばってんじゃねぇぞ! 俺が仕切るっつってんだ馬鹿が!」
「騎士が決めたランクをかざしてる時点で三流、四流だろうが! うちの組織が動くから手ぇ出すなって言ってんだよ!」
「どっちもただの雑魚だろ。こっちは『光帝』とやり合った事もあるんだ、実力ある奴がやんのがスジだよなぁ?」

 壇上――とは言えないが、瓦礫が積み重ねって他よりも一段高くなっている場所で取っ組み合いに近い事をしている数人を、一段下に集まった大勢が応援なりブーイングなりを飛ばしている。
 アクロライトが懸念した通りに、水の国で起きた事件を皮切りに裏の世界に広がった「学生狩り」の流れに乗ろうとしている者たちの主導権争い、その内の一つがこの場所で起きているのだ。
 A級の重鎮たちがいない今、ある程度の力を持つ者は空席を狙い、力の無い者は誰がその席に座るのか見極めるないし自分に利益のある者を座らせる為、壇上の周囲や人だかりの近くには既に数人の重傷者や死体が転がっていた。
 サルビアが言ったようにこのまま潰し合って全員倒れてくれれば騎士としてはありがたかったのだが……トクサの心配は的中してしまっていた。

「少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか。」

 一体いつそこに現れたのか、その一言でこの場に集まった者たちが初めてそこに誰かが立っている事に気づくという異常。壇上で争う面々のすぐ横に、服装こそ襟付きのシャツにジーパンという平凡そのものだが目も鼻も口もないのっぺりとした白い仮面をつけている人物と、二メートルはあろう体躯を黒い鳥の羽が敷き詰められたローブで覆い、長い黒髪をうねうねと逆立ちさせて眉間にしわを寄せる大男が立っていた。
「見たところ話は平行線のご様子。一つ提案させていただきたいのですがいかがでしょう。」
 白い仮面の人物の、奇怪な外見に反する丁寧なしゃべり方で増大する異様さに気圧されつつも、壇上にいた一人が強きに前に出る。
「何だてめぇらは、ここは仮装大会の会場じゃねぇぞ!」
「私たちは……そうですね、『罪人』と言えば伝わるでしょうか。」
「! 『罪人』だと……?」
「そ、そうか、あいつオセルタだ!」
 騎士の間では勿論、悪党の中でもそれなりに知られている組織名に驚く壇上の者とは別に、下に集まった連中の中の一人が黒い男を指差してそう言った。
「凄腕の騎士を何人も殺してるはずなのに指名手配されてないっつー、『罪人』で一番有名な奴だぜ!」
 そんな解説に一層ざわつく集団の中、壇上近くに立つ別の男が鼻で笑う。
「は、聞いた事あるぜ、その名前。でもいかにもな格好過ぎておめぇらが本物の『罪人』かどうか怪しいもんだ。腕が立つってんなら技の一つも――」
 ――と、疑う者の挑発が途中で止まったのは黒い男のローブの下から伸びた槍の先端が男の目の数センチ先に突き付けられたからだが、厳密には男の頭部を貫く予定だった槍を白い仮面の人物が掴んで止めており、この場の誰一人黒い男の槍さばきと白い仮面の人物の対応に気づけなかった事が、少なくとも両名をただ者ではないという認識にした。
「連れが失礼を。ですがある程度の実力はご理解していただけたご様子ですね。これだけで私たちの身分を証明するのは難しいですが、話だけでも聞いてはいただけないでしょうか。」
 白い仮面の人物が黒い男に槍を引かせながら言うと、壇上で騒いでいた者たちは顔を見合わせ、内一人が一歩前に出た。
「……そうだな、お前らが本当に『罪人』かどうかは置いといて、アイデアぐらいは聞いてやる。」
「ありがとうございます。ただ、内容的には私たちが『罪人』と呼ばれる者であるという前提が必要なのですが……」
 申し訳なさそうに首を傾げながら、白い仮面の人物が集まっている者たちの方に顔を向ける。
「ここに集まった皆さん――S級犯罪者が狩られ、A級犯罪者のリーダーたちが消えて騎士に捕まる不安を抱く方々と私たちでは状況が異なり、私たちが『罪人』と呼ばれる悪事の証拠を一切残さない集団であるなら今回の件があろうとなかろうと何も心配する必要が無いはずだと思われるでしょう。確かに私たちの懸念は本筋からはズレますが目的は同じ。結局のところ腕のいい騎士が育つ事は面倒の種であり、悪党側が総出でそれに対応しようとしている今、協力しない理由はないのです。」
「なるほど……協力ってのは具体的に?」
「作戦の立案です。私たちもそれなりの組織ですが、ここに集まった皆さんの数には遠く及びません。先ほども触れたように私たちには自身がした事を無かったことにするノウハウがありますが、多くの人員がいなければなし得ず断念してきた計画もいくつかあります。もしここにいる皆さん――ひいては世界各地で行動を起こそうとしている方々の協力を得られるのなら、将来有望な騎士たちを一人残らず……というのは流石に現実的ではありませんが、相当数を排除する事ができるでしょう。」
「ははぁ……確かに実績抜群の『罪人』のテクニックを借りれるのは嬉しいが、そうすると手柄が全部お前らのモンになるじゃねぇか。今回のこれがただガキを殺すだけじゃねぇ、面子が絡む事だってのはわかってんだろ?」
「勿論です。ですからこちらは作戦や物資のバックアップをメインに、実際に有望株を仕留めるのは皆さんです。どんなに優秀な軍師、策士がいようとも、結局のところ手柄を得るのは実際に首を取った大将――そうでしょう?」
「てめぇらは直接手を出さねぇと? 虫のいい話だな、おい。」
「ゼロというわけではありませんが、私たちは裏工作に専念させていただければと思います。それにこれだけの人数とこうして壇上に上がっている方々のような実力者、そこにこれらが加われば私たちは裏方に徹する事ができるというモノ。」
 そう言って白い仮面の人物がパンパンと手を叩くと、不意に部屋の壁際で大量の何かが崩れるような音がした。
「あ? んだこれ、武器……っておいこれ、『フランケン』のじゃねぇか!」
 一番近くにいた者がそう叫ぶと人だかりが一斉にそこへ集まり、騎士や悪党が一般的に使用する武器とは一線を画した兵器をそれぞれが手にした。
「『フランケン』の武器だ!? あいつは十二騎士にやられたはずだぞ!」
「製作者が捕らえられたとしても市場に出回る武器が突然消えるわけではありませんからね。過去『フランケン』が流してきた様々な武器を出来る限り集めました。なかなかの出費でしたが、今回の機会はそうするだけの価値があると私たちは考えているのです。」
「は、気前が良くて何よりだが……お前らだけ損してねぇか? お前らが考える計画がいいもんならのらせてもらうが、そう思えなかったとしてもああやって風呂敷広げて見せられた以上、『フランケン』の武器は使わせてもらうぜ? それとも、この場の全員殺して回収するか?」
「まさか。こちらの計画には従えないというのならそれでも構いません。皆さんが襲撃を行う前提さえ得られれば、こちらはこちらで別の計画で動くのみ――こういった集まりが行われている時点で利は得ているのですよ。」
「そういうことか。んなら遠慮なくもらうぜ。」
「どうぞ。ここと同じような決起集会があちこちで催されていますから、それらの状況をまとめ次第、計画をお伝えしますね。」
 壇上から降り、その場に集まっている面々が『フランケン』印の武器に群がるのを横目に、白い仮面の人物と黒い男はその場を後にする。そんな二人の背中を眺める、壇上に立っていた者の一人に、その者の仲間らしき男が怪訝な顔で話しかける。
「オセルタの外見は有名だが、だからこそ真似もしやすい。実力はともかく、あいつら本当に『罪人』だったのか?」
「さぁな。本人が言ったように既に利益があるってんならお互い勝手にやりゃあいい。一応、『フランケン』の武器に細工がねぇか見とく必要はあるだろうがな。」
「だな……というかあの仮面の方は何だったんだ? あんな感じの『罪人』メンバーの話は聞いた事ないぞ。オセルタを従えてた感じだったが、まさかあいつがリーダーなのか?」
「もしくは幹部の一人か、ただの保護者か。何にしたって気味がわりぃぜ……」


 廃墟に集った悪党らが『フランケン』の武器の試し撃ちを始めた頃、そこを去ってから五分と経っていないというのに廃墟から十数キロ離れた場所で別の集会が行われているのを遠目に眺めている白い仮面の人物に対し――
「すんませんでした、ボス!」
 小さい子供が見たら泣き出しそうな外見とそれにマッチした深く迫力のある声であるのに反し、黒い男は先輩に自分の失態を謝罪する後輩のように深々と頭を下げた。
「俺、つい手が出ちまいました! あそこで殺してたらボスの作戦が失敗してたかもしれないっす! 申し訳ないっす!」
「そうですね。結果として話を聞いていただけましたし、その気の短さ故にあなたがよく知られていたからこそ、私たちが『罪人』と呼ばれている集団であると仮定できていたようですが、基本的には悪い方向に転がる要因。短気は損気です。」
「うっす、以後気をつけます! 次はあそこっすか!」
「ええ……しかし先ほどとは違い、かなりの組織力を持つ方が参加しているようですね。用心棒付きです。」
 そう言いながら白い仮面の人物が集会とは逆の方向を指差すと、その指の先――二人の背後に男が一人立っていた。
「あそこで何が行われてるのかは把握してるようだが、参加するには招待状がいる。お前らみたいな見るからに怪しいのにはお引き取り願うぜ?」
「確かに招待状は持っていませんが、乱入しようというわけではありません。いくつかご提案したい事が――」
「ん? そっちの黒いのは知ってるぞ。お前『罪人』のオセルタだな? 有名な完全犯罪集団が何の用だ。」
 相手が名の知れた悪党だとわかって警戒のレベルを上げた男に対し、黒い男は眉間のしわを一層深くしながら一歩前に出る。
「……そんなおかしな名前のチームに入った覚えはないが確かに俺はオセルタだ。だけどお前……まだボスが喋ってる途中だったろうが、殺すぞ。」
「今言ったばかりですよ、オセルタ。申し訳ありません、どうか落ち着いて話を――」
 ――と、白い仮面の人物が両手を挙げて敵意が無い事を示した瞬間、男がパンッと両手を叩いた。
「!? 何で――」
 何がしたかったのか、男が目を見開くと同時に合わさった両手が腕から離れて地面に落ちた。
「――っがあああああ!!」
 手の無くなった腕から鮮血をまき散らしながら転げまわる男を前に、血の付いた自分の槍を見てハッとした黒い男は再度頭を下げる。
「すんません!」
「やれやれ、仕方がありませんね。どちらにせよ気位の高い部類でしたでしょうし、今回は脅しを混ぜつつ行きましょうか。それはもういいですよ。」
「うっす!」
 集会が行われている方へ歩き出した白い仮面の人物に黒い男が元気よく返事をすると響き渡っていた悲鳴がパタリと止み、その場を後にした二人の背後で首から離れた頭部が一つ転がった。



「あー……これは何の集まりだい?」
 田舎者の青年の予想通り翌日からランク戦開始という事で授業もなく早々に終わったセイリオス学院にて、申請すれば自由に使える空き教室に今回の主役と言っていい三年生の内、教師や生徒の間で「戻り組」と「元組」と呼ばれている面々が集合していた。
 そしておそらくその面子の中で誰もが最も厄介な相手と認識している――言ってしまえば最強であると考えている元生徒会長、デルフ・ソグディアナイトが目をぱちくりさせていた。
「三年生として後半のランク戦に参加するのは当然初めてなのだけど、もしかして「戻り組」と「元組」は毎年こういう事前集会をしていたの?」
「こんな談合雰囲気の会議が恒例であってたまるか。おい、主催はどいつだ、早く説明しろ。」
 デルフと同様に詳細を知らされていないらしい元選挙管理委員長が他の生徒らにギロリと睨みを利かす。

「人聞きの悪い表現をしないでくれるかな、『ゲイルブラスター』。」

 元選挙管理委員長の言葉にやれやれという顔を返したのは一人の男子生徒。白色と黒色が入り乱れる不思議な髪をハーフアップにし、デルフが女性と間違えられるような「美しい」顔立ちであるならば、「かっこいい」に全振りしたような文句なしのイケメン顔で爽やかに笑うその人物を見た二人は――デルフは何故か安心したような顔になり、元選挙管理委員長はあきれたような顔になった。
「悪だくみをしようって言うんじゃないんだ。ただちょっと、何かしらの対策が必要だろうという話さ。」
「……オレは帰っていいか……?」
「まぁまぁ話だけでも聞こうじゃないか。一体何についての対策なんだい?」
「会長――ああいや、『神速』がお気に入りの彼ら、『ビックリ箱騎士団』だよ。一応確認するけど、このランク戦は三年生にとってとても大事なモノで、騎士としての将来がかかった戦い――セイリオス学院で過ごした三年間の集大成のお披露目という認識は持ってくれているかな。」
「勿論だけど――ははぁ、なるほど。」
 隣で面倒くさそうな顔をしている元選挙管理委員長を横目に、デルフはニヤリと笑う。
「ランク戦のルール上、後半は下の学年の優秀な生徒たちがトーナメントに混ざる。大体は三年生との力量差で敗れていく後輩たちだけど、たまに三年生と同等かそれ以上の実力で勝ち上がる子がいて、今回で言えばサードニクスくんたちがそれにあたる。実績を考えればかなり上位までいくだろうし、そうでなくても勲章なんかの影響で注目度はとても高い。見て欲しい三年生たちよりも騎士団や軍の関係者の視線を集めてしまうから三年生の卒業後の進路にも支障が出かねない――そういう事だね?」
「おまえ……集大成云々だけでそこまで読めんのか? 頭大丈夫か?」
「ひどいなぁ、これでも定期テストはいつも一位だよ。」
「さすがというべきかな。正に、その通りだ。」
「その通りってお前、こんなん対策どうこうの話じゃねぇだろ。あいつらが三年のトーナメントに混ざる、ぶつかったら戦う、それだけだろうが。」
「大多数の三年生はそうだけどここに集まった生徒は違う。「戻り組」や「元組」と呼ばれて強さを認められているオレたちは、ランク戦の他にも色々な所で実力をアピールする機会を得てきただろう? 中には卒業後の行先が内定している者もいるくらいなのだから、オレたちはそれを得ていない同級生たちの為に動くのが誇り高い騎士道というものさ。」
「はぁ? ここにいる面子に機会が与えられたのはそいつの努力の結果だろうが。素直に受け取るだけでいいのに、何を上から目線で人助けなんかすんだよ、アホらしい。」
「努力は勿論あるけど、運だって絡んでいる。活躍する機会を得られていないだけで実は高い実力を持つ騎士というのは大勢いるが、オレたちは同級生たちに機会を与えられる立場と力を持っている。騎士の明るい未来の為にも、認められるべき騎士には注目して欲しいのさ。」
「立場と力だぁ? おまえ何様――」
「まぁまぁ、落ち着いて。それで、動機は理解できたけど具体的にどうしようっていうんだい?」
「それをここで話し合うのさ。彼らに詳しい『神速』を交えてね。」
「なるほど、それじゃあ集会の目的を設定し直しだね。僕はサードニクスくんたちにちょっかい出すつもりはないから。」
「おや? それはちょっと意外かな。この前のランク戦……あれ、交流祭の時だったかな? 生徒全員に成長する機会をどうこう言っていたじゃないか。正に今、不平等が目の前にあるというのに。」
「僕から与える事はあっても僕が奪う事はしないよ。サードニクスくんたちからすれば、努力をした結果三年生のトーナメントに混じる権利を得て、今回上級生と真っ向勝負できる。その影響で一部の三年生が割を食うというだけで、ここに僕の介入する隙間はない。だから僕はこれで失礼するよ。」
 デルフがガタリと席を立ち、それにならうように立ち上がる元選挙管理委員長を見て他の何人かの生徒も教室の出口へと歩き出した。
「まいったね。同級生への仲間意識や同情のない者がこんなにいるとは。」
「あはは、十二騎士だって十二人しかいないんだ、騎士に限らず実力差によるふるい落とし、蹴落とし合いはあるさ。仮にサードニクスくんらがいなかったとしても、満足のいく進路を得られない生徒はいるだろう。キミは同級生全員の進路を面倒見るつもりなのかい? それなら先生になる事を勧めるよ。」
 デルフ他数名の生徒がいなくなった教室に微妙な空気が流れる中、元選挙管理委員長が言うところの主催らしい白黒の髪の生徒がやれやれと首を振る。
「薄情なモノだ。同級生はそのまま同世代の騎士で共に戦う機会が最も多いというのに、その重要性がわかっていないのかな。仕方がない、『神速』がいれば幾分か楽だったというだけだし、オレらだけで動くとしようか。」


 空き教室を後にした生徒たちがゾロゾロと歩く中、先頭を行くデルフと元選挙管理委員長がこちらもこちらで「やれやれ」という顔をしていた。
「ったく、しょーもねぇ事で呼びつけやがって。ランク戦前の景気づけに美味いモン食う予定だったのに、待ち合わせに遅れちまうじゃねぇか。」
「おや、誰かとご飯なのかい?」
「ああ、彼女とな。」
「彼女いたのかい? 紹介してもらってないのだけど。」
「何でてめぇに紹介しなきゃなんねぇんだよ。」
「つれないなぁ……まぁともあれ、この前の選挙みたいに余計な事をしようとしているのかと思ったけど、心配なさそうだね。」
「余計な事をして仕事を爆増させたのはてめぇだったがな。」
「余計じゃないさ、僕の趣味だもの。」
「てめぇ……まぁ、心配なさそうってのは同感だ。何かやらかしそうではあるがあいつは――」
「うん、彼は――」
 先ほどの部屋で白黒の髪の生徒を見た時と同じ顔になった二人は、口調こそ違えど同じ評価を口にする。
「「バカだから。」」



 ランク戦は明日から始まるから今更何かを準備できるわけではないのだけど、習慣というべきか、我ら『ビックリ箱騎士団』は部室に集合していた。
「久しぶり、カラード、アレク。」
 冬休みの後半……ミラちゃんとのじ、時間を終えてエリルたちがスピエルドルフに戻って来た時はいなかったから約二週間ぶりの二人にそう言ったのだけど……そうか、二週間か……濃すぎる日々のせいで一か月くらい会っていなかったような感覚だ……
「二人はずっと新しい武器の鍛錬をしていたんだろう? その……何というか、どんな感じなんだ?」

 オレのご先祖様のマトリアさん――ベルナーク最後の代を担った姉弟のお姉さんの方である彼女が、自身が使っていたベルナークシリーズの双剣と一緒に残してくれていた……いや、正確には隠していたんだろうけど、ベルナークシリーズを作る際に使う特殊な金属をコーティングする事で進化したみんなの武器。オリジナルのベルナークシリーズには劣るものの、強力な武器となったそれらで休みの間に色々試しただろう二人への質問だったのだけど、答えたのはローゼルさんだった。

「ロイドくん、その言い方だとわたしたちは鍛錬していないようではないか。ロイドくんがカーミラくんとイチャイチャしている間、ヤキモキした感情を糧に訓練していたというのに。」
「ご、ごめんなさい……」
「はっはっは、おれたちの方がリシアンサスさんたちよりも長く鍛錬したと思っての質問なのだろうが、正直言って時間はあまり関係ないぞ、ロイド。」
「? どういう意味だ?」
「ベルナークシリーズのもととなっていた例の金属の特性は魔法との高い親和性と、それを通して発動させる魔法の洗練化。ベルナークシリーズに共通する、誰が手にしても長年使い続けた武器のように馴染むという現象はこの金属とは異なる由来なのだろうが、もともとおれたちが使っていた武器に性質を付与したわけだから問題はない。故にいつもの武器に高い魔法性能が加わった状態だが、結果何が起こったか。」
「? えぇっと……コーティングしてもらった時も言っていたけど、魔法の発動がスムーズになる感じなんだろう?」
「それもある。だがいざ集中し、この武器なら何が出来るだろうかと考えながら魔法を試すと、親和性や洗練化という言葉の意味を想像以上に実感する。今まではイメージ力が足りなくて出来なかった事が魔法側の後押しで鮮明な姿で現実に至る……少々刃の鈍った彫刻刀で一生懸命に頭の中のイメージを形にしていたところに、かつてない切れ味の彫刻刀を渡されたような感覚と言えばわかりやすいだろうか。アイデアはあっても今までの彫刻刀では作るのに何時間もかかると諦めていたモノに十数分で手が届くレベルになる――新しい魔法の一つや二つ、手にしてすぐに思い浮かばない方がおかしいと言ってもいいくらいだ。」
「新しい魔法……カラードも……というかみんな?」
 みんなを見ると全員ニヤリと笑ったり親指を立てたりした。これはランク戦が楽しみだ。
「あ、くそ、そういや俺以外全員三年に殴り込みに行くんだよな? マリーゴールドにリベンジできねぇじゃねぇか!」
 ハッとしたアレクにジトッと睨まれ、ティアナがすすすーっとローゼルさんの後ろに隠れた。
「ふむ、リベンジと言えばわたしはアンジュくんに負けていたな。」
「そのあたしはお姫様に負けちゃってるねー。」
「そっか、ボクはブレイブナイトに負けたんだっけ。」
「おれはロイドにリベンジできれば、だな。」
「あ、あたしも、ロイドくんに負けちゃったから……」
 みんなが前回の戦績をそれぞれ確かめる。オレはというとエリルに負けているのだが、あれは二人共準決勝で全力を出し尽くした結果まともに決勝戦が出来る状態じゃなく、結局ジャンケンで決めった勝敗だったから、できれば全力でぶつかりたいけど……
「リベンジの前に三年生だよなぁ……デルフさんとか、戦ってみたいのはあるけど勝てるイメージが全然わかない……」
「……あれは速度が異常なのよね……攻撃をあてられればこっちにも勝機はあるはずだけど……」
 そう言いながら真剣な顔で装着したガントレットを見つめるエリル。何かエリルの場合、爆発を利用した加速であっさり追い付きそうではあるんだよな……
「おお、そうだぞロイドくん! 前回同様、勝ち進んだらご褒美が欲しいぞ、団長!」
「えぇっ!? い、いやでも――そそそ、それって今だと……」
 前回の時点では……み、みんなからすすす、スキ――と言われていなかったというかランク戦で知ったと言うか、その後も事あるごとにご褒美と言う名の……ス、スキンシップというかデデデ、デートというか、ソーユー感じのあれこれを頼まれるのが困った事に恒例になっていて非常に困るわけで、もはやアレもコレもシテシマッテいる現状でご褒美となったらどうなるのか見当もつかない……!
「今だと? ふむ、まぁ確かにカーミラくんのところでやったアレコレを考えると現状の「ご褒美」はなかなかスゴイモノになりそうだからな。」
 オレの頭の中を読んだかのようにニヤリと笑うローゼルさん……! そしてあれこれを何となく察していつもの見守るような笑顔になる強化コンビを除いて、みんなの顔が赤く……勿論オレも――あぁ、ダメだぞロイド! あ、あんな光景を思い出しては……あああああ……
「……何思い出してんのよ、変態……」
「えー? お姫様ってば、自分もけっこーヤラシーことしてたくせにー。」
「う、うっさいわね!」
「ロ、ロイドくんも言ってたけど、さ、三年生が相手だし……い、一回戦勝てるだけでも……ご、ご褒美でいい、気もするね……」
「ふむ、ティアナの意見もわかるが前回のランク戦から今日までの間に経験した事は現役の騎士でもそうそうない事ばかりな上に半分ベルナークシリーズの武器を手にした状態だからな。侮るわけではないがオズマンドの幹部やら魔法生物の大軍やらS級犯罪者やらと比較するとあまり脅威に感じない今日この頃というのが正直なところだ。せめて「戻り組」や「元組」を倒したら、というのが妥当なところだろう。これならロイドくんも「しっかりとした」ご褒美を用意せざるを得まい。」
「うわ、優等生ちゃんがちゃっかりハードル上げてるー。ほんっとヤラシーねー。」
「否定はしないが買い物や食事も含めていくぞ。」
「ひ、否定して欲しいんですケド……」
 ま、まずい、もう完全にご褒美の流れ……! これは「戻り組」と「元組」の人たちが怪物みたいな強さである事を願うしか……!
「ち、ちなみにどんな人がいるんデショーカ! 今のところフォンタナ先輩しか知りませんけど!」
「む? 「元組」は生徒会メンバーで三年生だった面々と、各委員会の元委員長だから調べればすぐにわかるだろうが、「戻り組」はあまりハッキリしないな。しばらく学院にいなかったというのもあるから、三年生に聞いてまわるしかないだろう。」

「お教えしましょうか?」

 不意に聞こえたその声は部室の入口からで、書類らしき紙束を持った女子生徒――上品な紫色の髪をツインテールにしてキリリッとした表情がカッコイイ現生徒会長、ヴェロニカ・レイテッドさんがそこに立っていた。
「レイテッドさん? えぇっと、どうして……」
「選挙の結果を受けて各部活の中でも部長の交代などが起こりますからね。『ビックリ箱騎士団』の偵察ついでに関連する書類を持って来たのです。」
「て、偵察ですか。」
「ええ。お気づきでないかもしれませんが、三年生のトーナメントには二年生も混ざるのですよ。」
「あ、そうか、そうですよね……じゃあレイテッドさんとも戦う可能性が……」
 現生徒会長であり、前回のランク戦で二年生優勝のレイテッドさんは通称『デモンハンドラー』。得意な系統は第六系統の闇の魔法で、強力な重力魔法と色んな召喚魔法の使い手だ。
「私からすれば「戻り組」や「元組」と呼ばれる先輩方は当然として、ここにいる皆さんも警戒するべき相手ですからね。休みの間にどんな事件に巻き込まれてどんな経験を積んできたのか、確認できればと思ったのですよ。」
「あははー、事件に巻き込まれてる前提になってるよー。困った団長だよねー。」
「ぜ、全部オレのせいというわけでは……しょ、正直休みの間でみんながどれくらい強くなったのかはオレも知らないというか今さっきそういう話を聞いたところでして、ランク戦のお楽しみという感じですね……」
「おや、それは残念ですね。」
「はい……えぇっと、それでも三年生の情報は貰えるでしょうか……?」
「ふふふ、別に構いませんよ。なんとなく、会長……デルフさんがまだ会長であったならこの場に来て情報を渡していくような気がしますからね。」
「えぇ? イメージはできますけど理由が……」
「サードニクスさんたちを買っているという事ですよ。」


 レイテッドさんの言葉の通りというか、今までデルフさんがしてくれていた事をそのままレイテッドさんがしてくれている状況に妙に納得していると、レイテッドさんは部室の壁をトントンと叩き、そこに黒板……じゃないな、画面? を出現させて、消しゴムくらいのサイズの何かを画面の端っこに突き刺した。
 ……この部室、色々便利なのは知っていたけどこんな機能まであったのか……
「これは私が個人的に整理している情報なので綺麗にはまとまっていませんが、「戻り組」と「元組」についてお伝えしますね。」
 早速表示された一人目の情報は……た、確かに「綺麗にまとまって」はいないのだが、今日の朝ご飯は何を食べたのかという情報まで載っているのではないかと思うくらいにびっしりと色々な事が書かれていた。
「とはいえさすがに私が知っている事を全てお教えするのは勿体ないので、誰で何の使い手か――という程度にしておきますね。」
 レイテッドさんがそう言いながら画面を叩くと、字で埋め尽くされていた画面が顔写真と二、三行の情報だけになり、それが三人分並んだ。
「身近な方から行きますが、元生徒会メンバーの中で三年生なのはこの三名。デルフさんはさておき、元広報のアルクさんと、元書記のバリスさんです。アルクさんは放送部にも所属していまして、ランク戦の司会もされていましたから知っているかもしれませんね。」
 レイテッドさんの言う通り前回のランク戦で何度も声を聞いたし顔も知っている……のだけど、それがオレたちと同じく一年生でAランクのカルクさんとそっくりというか同じなのはどういう事なのだろうか。今更ながら思い返すとランク戦の時に各闘技場の司会をしていた放送部の人ってみんな同じ声で同じ顔だった気が……
「アルクさんの得意な系統は第一系統の強化で体術特化の近距離タイプです。バリスさんは第七系統の水の使い手で……そうですね、言葉で説明するのが難しいのですが液体を使います。」
「ほう、液体。水と言わない点から想像するに、様々な性質の液体を操る魔法だろうか。」
 オレがアルクさんやカルクさんの謎に気を取られる横でローゼルさんがバリスさんについて考察する。
「バリスさんのアレは百聞は一見に如かずですが、何にせよお二人共生徒会メンバーだったわけですからかなり強いですよ。私が自分で言うのもあれですが。」
 現生徒会長のレイテッドさんが少し照れるが、選挙戦を見る限りその通りなのだろう。デルフさんの印象が強いから、正直「戻り組」や「元組」と呼ばれる強い先輩たちの中では元生徒会の面々が一番ヤバイ人たちなのではと思ってしまう。
「次は他の「元組」――つまり元委員長ですね。」
 表示されたのは六人。基本的に全員知らないのだけど、一人だけ……選挙管理委員長だった人がオレの記憶に残っている。
 選挙の最後、迷惑をかけたお詫び? みたいな形でデルフさんが選挙管理委員長と勝負をして、その時に選挙管理委員長――『ゲイルブラスター』の二つ名の先輩の力をオレたちは見ている。
 第八系統の風の魔法の使い手で、ガントレットに内蔵されたリボルバーに圧縮空気を装填して放つというスタイルなのだけど、どういう圧縮率なのか破壊力がとんでもない。その上発射する圧縮空気の形状を変える事で衝撃波のような広範囲攻撃に加えて砲撃も斬撃も可能ときている。
 そしてたぶんこの人の一番の強みは、デルフさんの光速に反応する天才的な戦闘勘。空気の動きを読んでの先読みもしてはいるのだろうけど、それだけでデルフさんについていけるとは思えないし、才能のなせる業というヤツだとう。
 三年生最強はデルフさん、というのは周知の事実だけど、破壊力で言えばこの人だとレイテッドさんは言っていた。純粋なパワーの強化ではなく、爆破という圧倒的な威力を持つ火でもない、風の魔法でそう言われているという点に、オレはフィリウスに似た雰囲気を感じている。
 この人と戦う事ができたら、それはきっとオレに色んな気づきを与えてくれる経験になるだろう。
 元選挙管理委員長……そうか、あの人の名前はジェット・ベルガーというのか……
 ……名前もカッコイイな……



 ヴェロニカが生徒会以外の「元組」の説明を始めた辺りから、ロイドの表情がちょっと真剣になった。たぶん、元選挙管理委員長――ジェットって名前だったらしい三年生について考えてるわね。風の魔法であの破壊力ってフィリウスさんっぽいからロイドは意識しちゃうだろうし、そもそもの魔法技術もかなり高いみたいだから興味が出ると思う。
 他の元委員長……図書、風紀、環境美化、飼育、保健についての説明をヴェロニカがしたけど、あたしも「元組」で注目するとしたら自分と同じような武器のジェットか、やっぱり最強って言われてるデルフぐらいね。
「続いて「戻り組」ですが、今年は八名いますね。」
 画面に八人分の写真が並んだけど……つまり「元組」が三人の元生徒会メンバーと六人の元委員長だから、合計で十七人の「強い三年生」がいるわけね。
 ……なんか多いわね……
「授業を免除されて実戦に参加し始めた時期に差はありますし、免除の理由は一概に「強いから」ではありませんが最低条件に一定の実力という項目がありますから、「元組」と同等の実力者と考えて差し支えありません。加えて早々に自身の戦闘スタイルを完成させている方が多いからか、一般的なスタイルからは少しズレたトリッキーな使い手が多い印象ですね。今年で言えばダントツに彼女でしょうか。」
 そう言ってヴェロニカがアップにしたのはアンジュのルームメイトのチロルって先輩だった。
「他の方……いえ、ほとんどの生徒が戦う為に様々な戦闘スタイルや魔法を編み出し、結果強さという実力を手にしているのに対し、彼女は芸術の腕を磨いた結果、言わば「副産物」として強さを得ています。」
「芸術の腕? それじゃあフォンタナ先輩は……騎士じゃなくて芸術家を目指しているって事ですか?」
「私たちのような、所謂騎士の卵として学院に通っている者からすると違和感がありますし、それが大多数ではありますが全くない事例というわけではありません。どの国においても魔法の勉強をしたいと思ったらどこかの魔法研究機関直属の魔法学校に入るか、騎士の学校に入るのが主な手段です。少なくともフェルブランド王国において魔法教育は厳重に管理されていまして、教える内容にもよりますが資格のない者が誰かに魔法を教える事は禁止されていますから、何らかの理由で魔法学校に入学出来なかったり、個人的な理由からあえて選んだりで、将来騎士になるつもりはなくても騎士学校に通う方はそれなりにいるのです。」
「ふーむ……確かに世間的な魔法事情はそうだろうが、国内で一番の騎士学校と言われているこのセイリオスはいわば騎士になる事に特化しているわけで、騎士になるつもりは無いが魔法は学びたいというタイプが入学試験に模擬戦まであるようなところにわざわざ入学するだろうか。」
「リシアンサスさんのおっしゃる通りセイリオス学院においては稀ですが、一番の騎士学校だからこそ高度な魔法を学ぶ事が出来るという判断をして入学する方もいるのです。尋ねたわけではありませんがフォンタナ先輩はこのパターンで……結果、騎士を目指している方よりも強くなってしまったわけですね。」
 その気は無かったのに強くなっちゃった……今の《エイプリル》――十二騎士だけど騎士じゃなくて本職はメイドっていうアイリスみたいだわ。まぁ、アイリスはいざって時に主人を守れるようにって理由で戦闘訓練を積んでいたタイプだけど、まさか十二騎士クラスになるなんて周りも本人も思ってなかったわよね。
 ……そう、例えるならアイリスなんだけど……強くなろうとしたわけじゃないけど、自分が学びたい事とか好きな事を突き詰めてたら強くなっちゃったっていうのは……さすがにチロルに失礼だとは思うけど、どこか……S級犯罪者みたいよね……



 田舎者の青年が生徒会長から三年生のランク戦において注目するべき生徒の情報を聞いている事、一般的な学校に比べれば部員は少ないがセイリオス学院という騎士学校にも存在している美術部の部室にて、明日からランク戦という事もあって他の部員がいない中、一人でキャンパスに筆を入れている生徒がいた。
 金髪のポニーテールを揺らし、その低い身長故に床に足が届いていない椅子の上で身体を揺らしながら何かを描いているその生徒の名前はチロル・フォンタナ。生徒会長がダントツにトリッキーと評した女子生徒である。

「あぁ……ちょっとやばいなぁ……」

 嬉しさと憂鬱さが混ざったような顔でチロルはため息をついた。

「間近で見るとわかるよねー……あれは普通じゃない。センセーがこの街で動いたっていうのも、絶対あの子を見つけたからだよねー。そりゃあ直接出向きたくなっちゃうよー。」

 椅子に座ると足が届かない程の身長――だったはずの彼女はいつの間にか、どういうわけか女子生徒の平均的な身長になっており、急に数年成長したような容姿でニヤニヤと笑う。

「魔人族と繋がりを持ってる《オウガスト》の弟子なわけだし、実は魔人族……か、それと人間の混血とかかな……血は赤色? 緑とかだったりするのかな……」

 ノイズが入る映像のようにぶれる外見が再び小さな女の子に戻った彼女は、ぴょんと椅子から降りてペチペチと自分のほっぺを叩く。

「ダメだよわたし、こればっかりはちゃんと考えないと。勢い任せにすると十二騎士と魔人族が飛んでくる相手って事をこの前知ったばかりでしょー。あんな題材、そう出会えるモノじゃないんだから、じっくり楽しむ為にも我慢しないと……」

 何かを我慢――というよりは発作か何かを抑えるかのように、胸に手を当てながら深呼吸して部室を後にする彼女が去り際にパチンと指を鳴らすと、先ほどまで何かを描いていたキャンパスに火が付き、灰も残さず焼失した。

騎士物語 第十三話 ~二度目のランク戦~ 第一章 あちこち集会

前回の、夏休みの後に行われたランク戦は「第四話」の事というのが驚きです。あの頃から色々と成長したロイドくんたちとデルフら三年生の試合が始まっていきますが、先生の言う「一年生と三年生の差」とはどのようなモノなのでしょうね。

喋らせやすいので登場回数が増えつつある元選挙管理委員長ですが、選挙の時に登場させた時はまさかロイドくんらの注目する先輩になるとは思ってもいませんでした。他の三年生も楽しい事になりそうです。

そんな裏では厳戒態勢の騎士と『罪人』が糸を引く悪党集団がぶつかりそうですが、フォンタナ先輩が一番怖いですね……

次は『ビックリ箱騎士団』の新技お披露目と、「戻り組」と「元組」の登場になりそうですね。

騎士物語 第十三話 ~二度目のランク戦~ 第一章 あちこち集会

怒涛の冬休みを終え、本年度最後のランク戦を迎えるロイドたち。 前回の成績から三年生のトーナメントに参戦するロイドたちを前に、三年生の実力者たちが動き始める。 一方、アフューカスの影響で混乱状態の裏の世界にて暗躍する者がおり――

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-12-30

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著作権法内での利用のみを許可します。

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