時を超えて

まだ見ぬ世界へ

まだ見ぬ世界へ
 
平成29年3月。
田中由美、21歳。熊本大学附属看護大学の3年生である。由美は市街地から少し離れた実家で、弟、妹、両親、そしてお婆ちゃんと暮らしている。
「由美、ビール頼んで!」
「あ、そうだね。でも門限が21時だから……」
「今日は大丈夫だよ!」
由美は、三日後に熊本県南部に位置する精神病院での実習を控えた仲間二人と、熊本市の繁華街にある居酒屋「権吉」に集まった。彼女たちは作業療法士を目指しており、精神疾患についてはまだ基本的な知識しか持っていなかった。由美はミカン農家の娘で、実家での門限21時は、もうすぐ60歳になるお婆ちゃんが定めたルールだった。しかし由美はそれに文句を言うことはなかった。由美の家系では、お婆ちゃんをはじめ、母親も20歳で結婚し、子供を授かっていた。両親は健在だが、同居するお婆ちゃんは結婚後すぐにお爺ちゃんを亡くしていたらしい。聞くところによると、亡くなった原因はガンだったという。熊本の街は、熊本地震からだいぶ復興が進んでいる。幸いにも、由美の実家は大きな被害を受けなかった。
「精神病院って怖いイメージがあるよね」と由美は思う。隣接する熊本大学病院の精神科外来も、建物の隅にあると聞いた。敷地内を歩くと、精神科病棟に近づくにつれて、なぜか冷気が漂っているように感じるという。しかし、この日居酒屋での話題はそんな不安とは無縁だった。話題の中心は、イケメンのシンガーソングライターである川口先輩のこと。彼の「あれこれ」で盛り上がっていた。川口先輩は看護学部の学生ではなく、熊本大学法学部の4年生だ。さらに彼は盲目のピアニストでもあるという。熊本大学法学部4年生、川口学。彼は軽度の知的障害を持っていたが、幼い頃から母の勧めでピアノを習い始めた。その後、高校3年生の時に福岡で観た長渕剛のライブに深く感動する。自分の思いを歌で表現する姿に惹かれた彼は、フォークギターでの演奏も得意とするようになった。
隣接する熊本大学の川口先輩に、田中由美は少し恋をしていた。飲み会の帰り、実家にタクシーで戻ったのは深夜を過ぎてからだった。今日も川口先輩の夢を見ながら眠りにつく。翌朝、二日目の朝がやってきた。いよいよ今日は実習先の精神科病院での初日。由美は普段より1時間早く、午前6時に起床する。実習先までは父親が車で送ってくれることになっていた。彼女は最近運転免許を取得したばかりだったが、父親は交通事故を心配し、会社に出勤する前に送ると言ってくれた。由美の実家はみかん農家で、祖母たちがまだ元気に営んでいる。病院には予定より1時間も早く到着した。最近改装されたばかりの近代的な外観に、由美は驚きを隠せなかった。「えっ、これが精神病院?」と呟く。どこからか奇妙な叫び声が聞こえてくる。精神病院には、身体拘束を伴う隔離室という部屋がある。現在でも、インドネシアでは動物園の檻のような部屋が存在するという話を聞いたことがあった。出勤時間になると、女性実習生3人が揃った。彼女たちは事務所で手続きを済ませた後、デイケア室という部屋で2週間の研修計画を受け取り、指定された部屋へ向かう。そこでは患者たちが集まり、様々な質問をしてくる。9時になると精神科医がやってきて、軽い診察が始まった。相馬龍太郎は順番を待ちながら椅子に座っていた。その横に由美がやってきた。龍太郎は彼女の顔を見て、若い頃に結婚の約束をした康子に似ていると思った。その記憶がよみがえり、思わず微笑みを浮かべた。由美もにっこりと笑顔を返し、龍太郎は軽く挨拶をしたが、それ以上の言葉を交わすことはなかった。相馬龍太郎は間もなく還暦を迎える。40年にわたり精神病院の敷地内で生活していたが、その風貌からは長期入院の印象を受けない健康的な雰囲気を感じさせた。由美の目にもそのように映っていた。午前中のプログラムでは書道が行われ、由美たち実習生も参加した。患者たちが達者に筆を使う様子に驚かされた。その時、ひとりの患者が駆け寄ってきてこう言った。
「今日は午後から体育館でシンガーソングライターのミニライブがあるよ」と言ってチラシを見せてくれた。それを見た由美は思わず「えっ!」と声を上げた。そこに書かれていた名前は、川口学。由美は全身が震えるような衝撃を覚えた。それまで経験したことのない感情だった。
「実習生さん、どうかしましたか?」声をかけてきたのは相馬龍太郎だった。彼は書道には参加せず、ソファで横になっていた。由美は「すみません」と謝りながら隣に腰掛けた。龍太郎が重い口を開いた。
「実習生さん、名前は?」
「田中由美です。大学3年生です」
「私はもう40年間、この病院にお世話になっています」
「あなたの顔に見覚えがあるんです」
龍太郎の脳裏には、淡い過去の思い出が浮かび上がる。
「奥さんですか?」
「結婚するはずだった人です」
由美は思わず川口先輩のことを思い浮かべ、年甲斐のない妄想に駆られた。
「私もどこかでお会いしたような気がします」と答え、二人はお互いを見つめ合い、苦笑いを交わした。
「書道はやらないんですか?」
「字を書くのが苦手なんです。それに音楽を聴く方が好きです」
「どんな音楽を聴くんですか?」
「最近は三代目なんてよく聴いています」
由美はそれを聞いて、「私も好きです。けっこうノリノリじゃないですか」と嬉しそうに答えた。龍太郎は照れくさそうに苦笑いを浮かべたが、珍しく会話が弾んだ。
「誰が好きなんですか?」と尋ねる由美に、龍太郎は「今市の看板野郎が好きです」と答えた。
時計を見ると、昼近くになっていた。由美は午後のプログラムで川口学のミニライブに同行できるらしい。胸が高鳴り、期待と緊張が入り混じる時間を過ごしていた。
「一緒に行きませんか」
声を掛けたのは由美だった。龍太郎に続けて質問する。
「相馬さんは、どんな人なんですか?」
龍太郎は少し間を置いて、ぽつぽつと語り始めた。
「初めて精神病院と出会ったのは、18歳の頃だった。九州から東京に上京して、それから病気になって入院したんだ。両親も兄弟もいなくて、親戚にも見放されてな……とうとう退院できなくなったよ。その後、なんとか退院してグループホームで暮らしたけど、2年くらいだったかな。結局、人と話すのが嫌で、毎日ひとりで本ばかり読んでた」
龍太郎の口は、精神薬の副作用で乾いているらしく、言葉が少し聞き取りにくかったが、それでもなんとか話を続けた。
「由美ちゃんって、どんな感じの女性?」
「私ですか? なんだか、古風なんですよ」
二人は、川口学のミニライブ会場である病院の体育館へ向かった。体育館は病院の隅にあり、広くはないが音楽イベントには十分なスペースがある。道中、龍太郎と由美は少しずつ打ち解けていった。
「やあ」
声を掛けてきたのは、入院歴50年の森山さんだった。彼は将棋が趣味で、手には駒を打ち続けた跡が豆となって固く残っている。
「森山さん、退院しないのかい?」
「もう死ぬまでここでご臨終さ。居心地がいいんだよ」と笑顔で答える森山さんを見て、由美は安心感を覚えた。そんな中、森山さんがふと由美に尋ねた。
「ところで、学生さん、彼氏はいるの?」
「いませんよ」
由美は少し顔を赤らめながら答えた。そして、恥ずかしさを紛らわせるように言葉を続けた。
「私、川口学さんのミニライブだと聞いて驚きました! 実はファンなんです」
その話を聞いていた入院歴5年の今田君が立ち上がる。今田君は幻聴がひどく、たまに大声で幻聴と会話をすることで病院内では有名だった。だが今日は、ミニライブの前座としてカラオケを披露する予定だった。
「じゃあ、楽屋に案内してやるよ」
今田君に誘われ、由美は勉強だと思い遠慮せずついていくことにした。楽屋に入ると、数人の職員が準備をしていた。そして奥から現れたのは、川口学だった。彼は福山雅治を彷彿とさせるイケメンだ。由美は思わず声を掛けた。
「おはようございます」
学はわずかに視力が残っているのか、由美の顔を見て笑顔を返した。
「おはよう」
その隣には、学の母親らしき女性が立っていた。
「学、このお嬢さん、いつもライブに来てくれてるのよ」
母親の言葉を聞いて、由美は感動で胸が震えた。これが、由美と川口学が初めて交わした言葉だった。ライブが始まった。前座の今田君が披露したのはアリスの「冬の稲妻」だった。彼は入院中に鍛えた喉で熱唱し、観客を驚かせた。そして、歌い終えると静かに観客の中へと戻っていった。本番のライブが終わり、由美が席を立とうとしたその時、学の母親が近づいてきた。そして、彼女の手に次回ライブの前売りチケットをそっと渡した。
「これ、次のライブのチケットです」
その様子を見ていた龍太郎が、そっと声を掛けた。
「よかったね」
由美は感動と喜びの中、うっすらと涙を浮かべた。

走馬灯

走馬灯
 
 二日目、三日目とカレンダーはめくられていくが、デイケアにやってきた3人は、それぞれ「精神病院ってこういう感じなのか」といった表情を浮かべていた。一方、龍太郎は風邪をこじらせて3日間デイケアを休んでいる。1週間が過ぎたある日、龍太郎は久しぶりにデイケアに姿を見せた。この日は、三井グリーンランドへの日帰り旅行の日だった。田中由美も同行することになり、龍太郎は彼女から「人生経験についていろいろ話してほしい」と頼まれる。しかし、彼はどう接すればよいのか、何を話せばよいのか、苦悩していた。そのため、職員の配慮で行き帰りの車中、由美が龍太郎の隣に座ることになった。龍太郎はデイケアではいつも冴えない表情でぼーっと一日を過ごしていた。しかし、その日、由美が話しかけてきた。
「今日はいつもと服装が違いますね」
その瞬間、由美の手が龍太郎の手に触れた。その途端、龍太郎の身体は震え、得体の知れない衝動に満ちた感覚が押し寄せた。額からは汗がどっと流れ落ち、由美はハンカチでその汗を拭ってくれた。そのハンカチは女性らしい可愛らしい模様で、龍太郎はその温もりが一日中身体に残るのを感じた。三井グリーンランドに到着すると、由美は龍太郎の手を握り、ジェットコースターへと向かった。還暦が近い龍太郎を巻き込んでの突然の行動だった。冴えない表情をなんとかしたいという由美の思惑だった。由美は行動力があり、活発な性格である。龍太郎は「それはいいよ」と抵抗したが、由美は切符を購入し、二人でジェットコースターに乗り込んだ。龍太郎の心中は、昭和の特攻隊員に似た覚悟であった。ジェットコースターが動き出すと、龍太郎の頭にふと昔の記憶がよみがえった。片桐康子と訪れた富士急ハイランドでの出来事である。それは龍太郎にとって、今回で2回目のジェットコースター体験だった。康子もまた、龍太郎の手を握り、強引にジェットコースターへと誘った。そして、降りた瞬間に身体中が神経麻痺のような感覚で覆われた記憶が鮮烈によみがえる。現実に戻ると、コースターはすでに頂上に達し、下降が始まった。龍太郎は目を力いっぱいつむり、上下左右に揺さぶられる中、過去の体験とは違う強烈な恐怖を感じていた。やがてコースターが終わり、地上に戻ると、龍太郎はまるで恋に落ちたかのような感覚に包まれた。身体は熱を帯び、心臓の鼓動が身体中に響いた。帰りのバスでは、皆が疲れてぐっすり眠り込んでいた。由美と龍太郎も例外ではなく、由美が龍太郎を見ると、彼は大きないびきをかきながら熟睡していた。由美もまた、深い眠りに落ちていった。龍太郎の夢の中には、愛した片桐康子が現れた。昭和53年、龍太郎は九州から早稲田大学文学部への進学を目指し上京した。その3か月前、両親を交通事故で亡くしていた。進学を諦めかけていたが、新聞奨学生制度の存在を知り、住み込みで働く決意を固めた。東京での最初の日、龍太郎は腹が減り、山手線で池袋駅に降り立ち、西武デパートへ向かった。とんかつ屋に入ると、相席になった女性が片桐康子だった。二人は自然に打ち解け、翌日には富士急ハイランドで一緒に過ごし、ジェットコースターを楽しんだ。そして、夜には横浜の山下公園を散歩し、ホテルで一夜を共にした。だが、翌朝、康子が目を覚ますと、龍太郎の姿はなかった。その頃、龍太郎は東京の夜をさまよい、感情が高まりすぎた挙句、品川駅のホームから電車に飛び込もうとした。しかし、電車は急ブレーキで停止し、警察官に保護された。身元を証明するものがなかったため、精神病院に医療保護入院となり、以来40年間、社会生活に戻ることはなかった。とうとう田中由美の研修も終了となる。この日は朝から龍太郎の姿が見えなかった。龍太郎は部屋で小説を書いていた。その小説のストーリーは「走馬灯で完結した」というタイトルだった。
 小説を書き終えた龍太郎が時計を覗くと、すでにお昼を回っていた。急いで洒落た服に着替え、デイケア室に向かう。ちょうど由美たち研修生が、最後の実習として企画したプログラムを披露しているところだった。龍太郎の顔を見た由美は、安堵の表情を浮かべる。研修生たちが企画したのは、ちぎり絵を貼った灯篭作りだった。龍太郎もぎこちない手つきで制作に参加し、なんとか完成させた。プログラムが終了すると、龍太郎は由美たちを見送る。そして記念に、徹夜で書き上げた小説を由美に手渡した。由美は「辛いときの励みにします」と言いながら、それを受け取った。夕食を済ませた龍太郎は、喫煙室のあるベンチシートに座り、煙草をプカプカ吸っていた。ふと視界に由美の姿が入る。
「どうしたんだい?」
「お父さんを待っているんです」
「じゃあ、まだ時間があるね」
龍太郎は自販機でコーヒーを買い、一緒に飲むことにした。
「相馬さんって、おじいちゃんみたいですね」
「私はね、二度も成人式を迎えてるからさ」
「私、おじいちゃんを知らないんです」
「それは残念だね」
会話を交わしたあと、由美が誘う。
「よかったら今度、川口学のライブを見に行きませんか?」
「こんなおじいちゃんでいいのかい?」
「いいですよ」
「それじゃあ、元気で。今度会えるのを楽しみにしてるよ」
そんなやり取りをした後だった。突然、龍太郎が鼻血を出して倒れる。
「おーい、誰か!」
 同行していた今田君が職員を呼ぶ。そこへ駆けつけたのは、若いワーカーの小池さんだった。カーテンを開け、アダルトコーナーの扉を開いた小池さんにとって、それは初めて触れる世界だった。思わず小池さんの鼻も痛くなり、鼻血を出しそうになるが、看護師の取手君が応急処置を行い、事なきを得た。龍太郎は「自慰」というものにはあまり興味がなかった。これは精神薬のおかげでもある。その薬には性欲を抑える作用があり、患者の間では副作用が両極端に出ると噂されていた。送迎車に横たわる龍太郎のもとに小池さんがやって来る。龍太郎は照れ臭そうに笑みを浮かべた。そんな出来事を経て、退院支援プログラムを終えた龍太郎はホームに戻る。還暦を迎えるというのに、身体がほてり、下半身がムズムズしてくる。頭の中では、実習生の由美のピチピチした肉体が踊り狂っていた。夕日が沈まないうちに布団を敷き、龍太郎はその中に潜り込む。そして夢の中で、由美を抱いた。

時を超えて

時を超えて
 
龍太郎が布団から目を覚ますと、下半身が濡れている。夢精なんて、3年に一度あるかないかの出来事だ。龍太郎はひとり笑みをこぼした。今日は、実習生としてやって来た由美と川口学のライブに行く日だ。龍太郎はカジュアルな服装にしようと思ったが、結局スーツにネクタイを締めた。スーツを着るのは40年ぶりのことだった。グループホームの前で、ワーカーの小池さんに記念写真を撮ってもらった。
「由美、今日はデートかい?」
「そう、川口学のライブなの。帰りはお父さん、迎えに来てね」
由美は帰りが遅くなるので、父に心配をかけまいと配慮した。そこへ母が現れた。
「どこにあったの?」
母は大きな温度計を持っていた。一週間前に床の間に置いていたそれが行方不明になり、どこを探しても見つからなかったのだ。
「お母さん、どこにあったの?」
「動かした家具と壁の間にきれいに挟まってたよ」
「そこ、何度も見たのにね」
「今日はいいことあるよ」
「まかしといて!」と由美はガッツポーズをして見せた。そこへ祖母がやってきた。祖母と言ってもまだ60歳で若々しい。とはいえ、祖母は一緒に行くと言う由美に不安を感じた。いくら年配とはいえ、龍太郎は男である。
「相馬さん、ライブが終わったら迎えに来ますからね」
ワーカーの小池さんは、久しぶりの龍太郎の外出にOKを出したが、内心は心配だった。そこでライブ会場の近くの喫茶店で待つことにした。龍太郎は小池さんに語りかけた。
「40年前の出来事は鮮明に覚えているんだ。今でもね。愛したと言っても付き合ったのは二日間。一夜を共にして、気がついたら精神病院の隔離室にぶち込まれていた」
「全然覚えてないんですか?」
「夢と現実が混ざっていて、今となってはかすかな想い出さ」
二人が話をしていると、ライブ会場の入り口に到着した。遠くの方から由美の姿が見えた。
「待たせた? まだ時間あるね」
「由美ちゃん、川口学に首ったけかい?」
「どうかな……」
「相馬さん、私、そんなに愛した人に似てるの?」
「もう40年も昔の出来事だ。曖昧な記憶の中だけど、あの女性の面影は忘れない」
「そんなものかなあ……」
「私の祖母も相馬さんと同い年です」
「そうか、他界したって言ってたね」
「昨日、祖母に聞いたの。祖父のことを」
「40年前といえば、私と同じ頃だ。亡くなったのは」
「お婆ちゃんね、その祖父とは運命の赤い糸を感じたんだって。でも付き合ったのはほんのわずかな時間で、それからは涙が止まらなかったって……」
龍太郎は、由美の祖母に会いたいと思った。ライブが始まり、龍太郎は演奏を聴きながら昔の出来事を思い浮かべていた。ライブ会場の入り口には由美の祖母・康子が迎えに来ていた。康子は60歳とは思えない若々しさで、40代半ばに見えるほどだった。龍太郎はその名を心の中で叫んだ。
「相馬龍太郎……」
「由美の祖母の旧姓は片桐康子……!」
まだ婚姻届を出せる状況ではなかった二人。たった二日間の付き合いだったが、その夜に由美の母が授かったのだ。龍太郎は康子の姿を見た瞬間、40年の記憶が猛スピードで蘇った。そして康子も口を開いた。
「龍太郎さん……相馬龍太郎!」
二人は秒速で20歳の頃の記憶に衝突した。驚いたのは由美だった。
「えっ!?」
3人は同時に叫んだ。
「孫!?」
由美のはからいで、龍太郎と康子は最後尾の席に座った。演奏が尾崎豊の「I LOVE YOU」に変わった瞬間、二人の時間は止まった。龍太郎は慣れない手つきで康子の身体を引き寄せた。その震える手が康子の鼓動に伝わった。二人の唇が重なり、曲が終わるまで余韻に浸っていた。
 
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
 

時を超えて

時を超えて

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-12-23

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  1. まだ見ぬ世界へ
  2. 走馬灯
  3. 時を超えて