掌編集 34
331 突然の……
14年勤めていたブティックが倒産した。今月末で……という知らせもなかった。
店は途中社名が変わっている。その頃は給料遅配が続いていた。その後、株式会社から有限会社のグループ会社に。当時の部長たちが社長になり、しばらくは予算を達成した。
その頃はかなりの利益があったのだろう。ご褒美の旅行が毎年あった。店長とスタッフひとり。
北海道、韓国。京都等々。
私がお供したのは春の京都だった。一生分の桜を見た。食事は和風の庭のある素晴らしい店だった。
スタッフ全員ご招待の食事会も。行ったことがない豪華なところだった。鎌倉のローストビーフ。別室を貸切で。給仕がワゴンで運び切り分けてくれる。
六本木ヒルズの上階のレストラン……2度と行けまい。
それが、毎月予算が達成できなくなってきた。客も歳をとる。年齢層が高かった。出かけるところもなくなれば服は必要ない。宝石やバッグのイベントが次から次に。しかし客は皆、ひと通り持っているのだ。
売り上げは景気の良い数人の客頼み。買っていただくために店長は食事に付き合い、カラオケに付き合い、デパートに付き合い、旅行に付き合った。店長はストレスが溜まりスタッフに鬱憤を晴らした。ひとり辞めたが補充されなかった。終日スタッフがひとりで、という日も多くなった。レジが動かなければ自分で何か買う。しかし辞めるに辞められない状態。
そんな時にまた宝石のイベント。メーカーの人が来てセッティング……
もういやだ!
売れなければスタッフの誰かが買わなければならない。
もうスタッフは客だ。10万円以下なら買っても仕方ない……
何のために働いているのか?
翌日、黒のスーツを着ていった。宝石が映えるように黒を着るのだ。ところがメーカーの人が慌てて商品を片付け始めた。他のグループ会社の支払いが滞ったまま倒産。
驚いた。店長は聞いた。
うちの社長はちゃんと払っているよね?
しかし、時間の問題だった。倒産のファックスが流れてきた時には喜んでしまった。皆同じだったのではないか?
翌日は商品の返品作業をした。合間に雇用保険のことを調べた。皆で貰える額を計算した。
近くの写真屋に順番で証明写真を撮りに行った。
片付いた店、空っぽになった写真を撮り社長に送信した。
お疲れ様。
【お題】 今月末で閉店します。
332 雪だるまたちは……
歳をとると眠れなくなる。
ブティックの客の話題のひとつだった。
「アタクシ、入眠剤をいただいてますのよ」
そんなの、疲れてないからでしょ? なんて思っていた。
介護士さんに聞いたら、若い人も飲んでいる。夜勤続きで眠れないから。変な時間に飲んで朦朧として休んだり。
飲んでないのは最年長の私だけ?
眠れないとサイトを見る。
羊を数えたって意味ないし。
でも雪だるまを数えるのはやったことがない。
やった人いますか?
決して雪だるまを数えてはいけません。
雪だるまがひとり。雪だるまがふたり……
ここは雪だるまの町。
寒い。凍えそうだ。
あの雪だるまは皆、眠れなくて雪だるまを数えた人たちなんだ。
信じないならやってごらん。
そうして眠りに落ちたら、2度と暖かいあの場所には戻れない……
【お題】 雪だるま界隈では
333 チキンとケーキ
娘の産後の手伝いから帰った翌日、熱を出した。
熱は滅多に出さないが、あっという間に38,9度。丸一日なにも食べず倒れ込んで寝ていた。
夫が風邪でもらっていた医者の薬があったのでそれを飲んだ。
翌日には37度台に。翌々日には平熱。
3日が過ぎ、夜1錠のを毎食ごとに飲んでいたことに気がつき、恐ろしくなった。調べたら医者に相談しろ、と。飲んだのは自分に処方されたものではない。
どうしよう? 気がつかなければよかった。アナフラキシーとか起きませんように……
翌日は薬抜き。
何事も起きなかったが、その後痰が絡み辛いのなんの。
ここ数年風邪をこじらせると喘息のようになってしまうので気をつけていたのに。
痰が出せれば楽になるが、出すのが辛いのなんの……
おなかがつるほど頑張っても、ほんの少ししか出ない。血圧上がっているだろうな。
それで今日は医者に行ってきた。
そもそも、娘の家から戻った日に、耳鼻科に行って移ったのだ。きっと。
11月にめまいで通い、ひと月後に来るよう言われていたのだ。混んでいたが用事はひとつずつ済ませていこうと、咳する人の多い狭い待合室で待つこと1時間。いや〜な予感がしたのだ。
コロナもインフルも予防注射はしてある。
症状を話したらレントゲンを撮られた。娘の旦那も肺炎だったとか。孫もマイコプラズマ肺炎だと言っていた。
久しぶりのレントゲン。定期検診も受けていないなあ。来年こそ受けなきゃ、と毎年思うが。
結果、風邪でしょう、って。
薬をもらい歩いて帰る。
ごはんに納豆をかけて、インスタント味噌汁で昼食。薬を飲んで寝た。
夫には、食べたいもの買ってきて、と1万円札を渡した。お年玉用の五千円札が欲しい。銀行行けないから。
でも、全部使ってくるんだろうな。
夫が用意してくれた夕食。
枝豆の大盛り。(冷凍)
ローストチキン。
大きな器のシーザーサラダ。
クリスマスケーキ。(直径10センチくらい。いちごがふたつ)
今日はクリスマスだからね。
【お題】 「今日はクリスマスだからね。」で終わる物語
334 ある作品
【お題】 心震えたコンテンツ〜2024年編〜
コンテンツ? また年寄りには意味のわからないお題。
例えば書籍の「中身の情報」は、小説や評論であって、それがコンテンツである。
最近読んだ某サイトの中の小説。
ランキングに上がってたので1話を読んだら……
怖いのなんの!
ドラマ『24』で⚪︎⚪︎をえぐり出す、と脅す場面があったけど……
この小説では自分でえぐり出すんです。恐怖から逃れるために。そして、それを投げつける……
そして、その行為が感染していく……
ネタバレですよね。
でも怖かった。
◇
あるお題で調べたことなのですが、思い出すと心が震え寒くなります。母親は有名ですが、その息子がこんな仕打ちを……
僕はわずか10歳で死んだフランス国王ルイ17世。
悲劇の王妃マリー・アントワネットの2番目の息子だ。
兄は死んだ。
革命が起きて、父は殺された。母とは引き離され、幼い僕は貴族的なものを忘れるため再教育された。
王室の家族を否定し冒涜する言葉、わいせつな言葉を教え込まれた。やがて教育には虐待が加わった。
具合が悪くなるまで無理やり酒を飲まされたり、「ギロチンにかけて殺す」と脅された。
暴力は激しく日常茶飯事となり、番兵までもが暴力に加担した。
母が処刑されると、ほとんど光が入らない不潔な部屋に監禁された。室内用便器は置かれなかった。
僕、フランス国王ルイ17世は部屋の床で用を足した。ろうそくの使用、着替えの差し入れも禁止された。
この頃、僕は下痢が慢性化していたが、治療は行われなかった。
食事は1日2回、厚切りのパンとスープだけが監視窓の鉄格子から入れられた。
呼び鈴を与えられたが、暴力や罵倒を恐れたため使うことはなかった。監禁から数週間は差し入れの水で自ら体を洗い、部屋の清掃も行っていたが、くる病になり歩けなくなった。
その後は不潔なぼろ服を着たまま、排泄物だらけの部屋の床や、のみとしらみだらけのベッドで一日中横になっていた。
室内はネズミや害虫でいっぱいになっていた。深夜の監視人交代の際に生存確認が行われ、食事が差し入れられる鉄格子の前に立つと「戻ってよし」と言われるまで「暴君の息子」と長々と罵倒され、暴行も続いた。
もはや僕に人間的な扱いをする者は誰もいなかった。
✳︎
ルイ17世 (1785年3月27日 - 1795年6月8日)は、フランス国王ルイ16世と王妃マリー・アントワネットの次男。
兄の死により王太子となった。
革命後、国王一家と共にタンプル塔に幽閉されていたが、父ルイ16世の処刑により、名目上のフランス国王 (在位:1793年1月21日 – 1795年6月8日)に即位した。
しかし解放されることなく2年後に病死した。
335 狂騒から逃れて
年末の慌ただしさは嫌だ。
もう、寒い冬に大掃除などしない。
結婚して最初の正月。妊娠してつわりがあったので買い物はほとんど夫に任せた。買い方は豪快だ。ふたりなのに大量買い。正月明けには大量に捨てることに。それは……最近まで続いた。
屠蘇器と重箱のセット。40年前、夫は4段の立派なものを買ってきた。中身を埋めるのは大変だ。そして埋めたものは残る。残りは廃棄される。いつのまにか立派な重箱セットは正月のインテリアに。
1度やってみたい。何も作らない、何も買わない。夫の大好きなカップラーメンで過ごす正月……私はパンと紅茶だけで……浮いたお金は山分けで。
【お題】 年末狂騒曲
336 収支
夫が退職して丸2年。家計簿のアプリで収支を眺めた。
去年は大幅に赤字。
それはわかっていた。
健康保険、住民税。どっさりきたので一括で払ってやった。
なのになぜ今年の健康保険もこんなに高いの?
夫はバイトしてるけど、それこそ103万以下なんですけど。
今年も赤字だ。
老後の資金などすぐになくなりそう。
背中が寒くなる。
去年も今年も旅行した。国内だけどビジネスホテルじゃなくてね。
いいじゃない、今まで仕事が忙しくて休めなかったんだから。
ゴルフも毎月のように行った。平日だし、自分も少しだけど働いているんだから。
でも、自分の小遣いも赤字だわ。収入以上に使ってた。テレビ通販で頼んじゃう。
カルシウム摂るためにイワシせんべい。便秘に効くお茶。痩せるコーヒー。化粧品……
反省、反省。
どうしよう? どこを締めよう?
そうだ、足りないのなら働こう!
施設ではこんなばあさんでも重宝してくれるし。
腰を痛めて、年金もいただけるようになったので大幅に仕事を減らした2年を後悔した。
時間と体力はあるので、夕飯どきの2時間、仕事をしようと決めたのでした。週3日だけど。
【お題】 年の瀬エッセイ
337 注意深く
歳を取るとミスが多くなる。今年は気をつけようと思ったのに。
娘の産後1ヶ月検診があるので、孫の子守に海辺の家に来た。
その前日に、車で1時間先の息子が家を新築したので、そこに集合した。娘は4歳と生後1ヶ月の孫をチャイルドシートに乗せて来た。
皆で有名な神社にお参りに行った。
夫は渋滞になる前に昼過ぎに帰った。
私は娘の車に乗り、娘の家に……
あ〜あ。
年明け早々、やらかしてしまった。
夫には電話した。もう、戻らなくていいから、と。
娘にやらかしてしまったことを言うと、
「おかあさんなら、なにをやらかしても驚かない」
と。
あ〜あ、1泊するのにバッグは夫の車の後部座席だ。
楽ちんなジャージに、化粧品。
中国ドラマを観るために入れたiPad。
念のためのめまいの薬。足がつったときの漢方薬。
1番困るのが電動歯ブラシと歯間ブラシとフロス。
あ〜あ。
年明け早々。
歯ブラシは極細のを買い、下着とパジャマは娘に借りたがブカブカ。
波の音で目が覚めた。
今日は家で子守だけ。
夕方夫が迎えに来るから、化粧はどうでもいいけど。
しかし、夫婦2人して気が付かないなんて……
夫は先月、ゴルフバッグ忘れて宅配便で送ってもらってたし。
気をつけないと。
【お題】 年明け早々……
338 年に1度
隣の屋敷(ほとんど廃墟になった空き家)に毎年人が集まってくる。
子孫たちらしい。
毎年集まる。
年に1度。
そう、今年も去年も、その前もその前も…‥
同じ日だった。
4月の今頃。
そして、1日滞在する。
なにもしないで、なにかを待っている。
その屋敷には、財宝が隠されている。
フランス革命でギロチンにかけられた貴族が隠した財宝が。
それを子孫たちが毎年集まり、出てくるのを待つ。
ただ、待つ。
それをある男が解明した。
男は探した。
影の指図で。
日時計の方向に三角を作ったり。よくはわからないが。
宝を見つけたらしい。
その男は?
ホームズか?
乱歩の小説か?
いや、その男は、
アルセーヌ・ルパン。
【お題】 奇妙な隣人
339 彼女は?
隣の家は古い。
ご主人は先祖代々の家に住み、アパートと駐車場の収入で暮らしていた。仕事はせずに、病弱な奥さんの世話をしていた。
奥さんは見たことはないが美しい人だという噂だ。
娘さんは幼い頃はよく自慢していた。
しかし、奥さんは体が弱く外には出られず、娘さんは友達を連れてくることも禁止されたようだ。
私は窓から観察した。いけないことだがオペラグラスで覗いた。
日中カーテンは閉まっていた。日が暮れると窓を開ける。
奥さんは元気そうだった。昼は寝ていて、夕暮れから酒を飲んでいた。ご主人は1滴も飲まない人だ。
その頃、ワインは大衆的な酒ではなかった。葡萄酒と呼ばれていた赤い液体を、病弱だという奥さんは毎日飲んでいた。
お嬢さんは小学校の低学年まではおかあさんのことが好きだったようだ。高学年になると、もうわかったようだ。
奥さんは娘さんのことなど考えてはいない。
奥さんは依存症なのだ。
料理も洗濯も掃除もすべてご主人がやっていた。
お嬢さんが熱を出した時も、医者に連れて行ったのはご主人だった。
ご主人は奥さんを愛しているようだった。
ある日、お隣からいい匂いがした。
高校生になった娘さんが作るようになったのだろう。
ニンニクを炒めている匂い。
おいしそう……トマトソースか?
しかし、それはできなかったようだ。
庭に鍋ごと放り投げられた。
次いで、網に入ったニンニクも捨てられた。
私はあっけに取られた。
ご主人は留守のはず。では、捨てたのは奥さんか?
いったいなにが起きたのか? そんなにニンニクが嫌いなのか?
お嬢さんは就職して家を出た。あんな家にはいたくないようだ。
ご主人にも奥さんにも娘さんはいない方がよかったのだ。
お嬢さんは滅多に帰って来なくなった。
覗いて見える影はいつ見ても若々しかった。アルコールに蝕まれている様子もない。
お嬢さんは結婚もせず、ますます実家とは距離を置いたようだ。
ご主人は60歳前に亡くなった。
奥さんが病院に行った気配はない。知らせを受け、病院で看取ったのはお嬢さんだけのようだった。
葬儀の間も奥さんは出て来なかった。
奥さんの部屋のカーテンが開けられた。
お嬢さんがご主人の遺骨を奥さんの部屋に持って来たようだ。
オペラグラス越しに初めて見た奥さんは美しかった。お嬢さんより若かった。
信じられないが、納得した。
翌朝、奥さんの姿はなかった。
【お題】 奇妙な隣人
『掌編集1』第7話『苦手なの』を、改筆しました。
340 優しさに包まれて
結婚前から持っていた長〜いマフラー。彼女からのプレゼントらしかった。かぎ針で編んだ特にどうということもないマフラー。
私はその頃手編みのセーターを編んでいた。アラン模様の素敵な出来栄え。当時はアイボリーが似合う男だった。おなかもえぐれていたし。
いつのまにかマフラーは消えていたけど、彼女にすれば良かった、なんて思うこともあるのだろうか?
私が編んだセーターもサイズが合わなくなってとうにないけどね。
もう、年寄りなんだから優しくしてよね、だって。
こんな優しい女がいたら探して来い!
寒がりだから、あったかい毛布を頼んであげた。2,000円引きになっていたから。
あたたかい毛布に包まれてお休みなさい。
お休みなさい。永遠に……
なんて、嘘。
早朝バイト、ご苦労様。
働き者の旦那様。
【お題】 マフラーに包まれて
掌編集 34