墓場まで持っていく話


『風船爆弾』
 というとファンタジーっぽく響くが、戦争で使われた本物の兵器なのだ。
 若い頃には、私も工場で製造に参加していた。
 サイズが巨大なだけで形は普通の風船と変わらず、ただ下部には発火装置が仕掛けられている。
 風に乗って太平洋を越え、敵地に落下することを期待して、大量に打ち上げられたのだ。
 兵器工場の同僚たちはみな若く、怖い班長が見張っているのでペチャクチャ雑談などはできないが、それなりに日々をすごしていた。
 班長は中年の感じの悪い男で、背は低いが、なぜか首だけはヒョロリと長い。
 目玉が大きいこともあって、何に似ているかと言えば、
「踏みつぶされて断末魔の声を上げるウナギである」
 と同僚たちの意見は一致していた。
 風船といっても材料は和紙で、表面には化学処理がされ、ガスが漏れることはない。
 だが毎日毎日同じ仕事ばかりで、私たちは退屈しきっていた。
 そのうちにイタズラを思いつく者が出るのは、火を見るよりも明らか。
 鉛筆を手に、班長の目を盗んで、私は和紙の裏にチョイチョイと落書きしたのだ。
 だが心配は要らない。その紙も他の紙と張り合わされ、落書きは見えなくなり、風船として打ち上げられた。
 その後、戦争は終わり、そんなイタズラのことなど私もすっかり忘れていた。
 先日のニュース番組で特集していたから、人間の乗ったロケットが初めて月面着陸に成功したというニュースは私も知っている。
 それだけでなく、月面で奇妙な物体が発見されたことも。
 地球から何十万キロの旅を終えて月面に降り立った宇宙飛行士を、正体不明の物体が出迎えたのだ。
 薄茶色のシート状のものが地面に置かれ、その表面には奇妙なイラストが描かれていた。
 このイラストについてある新聞記者は「ウナギそっくりの丸い目玉をひんむいた男の似顔絵」と表現した。
 ああ。
 それを聞き、その写真をテレビで見た瞬間、私はすべてを悟ったのだ。
 自分の描いたラクガキなのだ。分からないはずがない。
 あの風船は結局、成層圏の極低温、紫外線や宇宙線にも耐え抜いたのだ。
 ジェット気流に乗って、あれから地球を何十周したのか見当もつかない。
 そして運命の日を迎えた。
 あのロケットは鉛筆のように尖り、でこぼこのないスムーズな形をしていた。
 そのどこに風船が引っかかることができたのか、とても不思議だが、事実を否定しても仕方がない。
 発見された物体は慎重に回収され、地球へと持ち帰られた。
 そして、世界を駆け巡る大ニュースとなったのだ。
『地球外生命体実在の証拠、月面上で発見される』
 これが世界中の科学者たちをうならせ、博物館の特別室に大々的に展示され、今では学校の教科書にまで載っているという事実を、私は墓場まで持っていこうと思っている。

墓場まで持っていく話

墓場まで持っていく話

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-12-09

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