オートマティズム


 オートマティズムを信じない私が爪を立て、真っ白な背表紙に痕を残した事に気付いたのだから、私の頭をぽんっと叩き、とても優しく褒めて欲しい。
 真っ赤な顔して恥ずかしがり、唇をむにむにさせて気持ちを込めた心を表そうと頑張る君を前にして、あらゆる期待を従えて、私は一つを待ち望む。夢のような両目を開けて、こうして地上に立つのだから。今履いている厚手の靴下の絵柄に見える、子犬は怯えてなんていない。素足になって、見せてあげるよ。君が言えない台詞みたいに、素直に鳴いて、鼻を鳴らして。
 アーチを描いた痕跡の通り道、ハードカバーから消せない誤り。
 ただ指でなぞっても分からず、文字を描くのと同じように、出発点が大事なのだと分かってから、その閃きに従って、痕をなぞった。背表紙とばかり向かい合う。入り込む朝は寒くて明るい。日の入りと日付けを書き込む、君の日記が遠くにある。
 私の傍から離れない、君の大きな身体の影とその中に居るニットの私。集中して、見えない関係。
 一文字、やっと分かったところ。


 自動記述って何なのさ、と口を尖らせている子供は、私みたいに疑い深い。
 はいはい、と曇らせてばかりの窓を拭いた。袖を巻くし上げて力を込めた。がたん、と建て付けが驚いた。古くて、淡くて、暖かい感じの造りは、何代も続いた生活の証し。風に流れなかった埃が無くなって見える木材の傷みと、それを直して固まった修繕。
 机の上にいる私が下りずに、君に語りかける時間は五分早い。換えたばかりの電池のせいでなく、裏面にあるツマミを回さない私の怠慢が原因。
 さて、君はボールペンを持ったまま、生返事を繰り返し、降りてくる、というものを待っているけれど。
 私は、記憶を正確に思い出そうと頑張って、喚起できた思い出を置き、粗い描写に直接的な感想は手元にぶら下げた。ステンドグラスの力を借り、放つ光が色を変えた。
 上を向いている顔立ちと、手元ばかりを見ている片付け方と。
 唇を尖らせてばかりだった子は、空想であることをやめて、私の膝の上に身を寄せた。見せて見せてとせがみ、はいはい、と言って渡した思い出。全てが消えて、アルバムとなる。
 無言で動く硬筆が走る紙の上、堅い机に触れられる音で君の時間が始まった。
 既に机の上に居ない私の名前を呼ぶ声が遠くから聞こえた。


 抽象画を前にして唸った日、二人は前に進んだ。
 君が脇に抱えた手帳に付箋された宛先の中に、私にとって大切な人もいる。伝えるべき報告を推敲して、完成させた原稿から漏れた比喩を連れて、長い長い散歩に出た。みんなで喜び、宙に舞う。
 口頭で嫌味を言い合う遊びもした。ちくちくと、乾燥肌を刺激した。オートマティズムを信じる君と、君の隣にいる私で。
 海外の野菜専門店に入るとき、カゴを持った君に小さな感謝を述べたくなった始まりは、あまりべたべたし過ぎるのもどうかと思い、迷った私の誤魔化しで続く。爪を立てて掻いた肌の赤みに綴る。
 食べたい物は、好きな物は。

オートマティズム

オートマティズム

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-12-07

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