ボーダーライン上の舞曲
閃く光を口に含んでいた。
冷えた鏡面がしだいに温もり、たぶらかすような熱を持つ。
鋼(はがね)の硬質な味と香り。
舌で背峰(せみね)をたどって、しなやかに伸びた喉に納める。
瞬間、痙攣的な吐き気。
鮮やかな鉄サビの色と味覚が、口角を伝ってしたたる。
しなやかで滑らかな皮膚とその下の筋、血管の伸びやかな流れが手首と首筋で脈動する。
怒張する確かな手ごたえを、右手に握る。
脊椎を這い上る欲情の戦慄に声が出、悶える。
腹筋の硬質な線が胸板の厚みにつながり、解剖図そのままの強靭な頸部、喘ぐ唇をまさぐる指。
ぬめ光る粘液が幾筋か伝い落ち、脳を狂い突き上げる波濤。
つま先が強く反り返り、快楽の拡縮に全身が細かく震える。
堅く立ち上がった乳首。
その淫微な劣情の極致で、自らの尊厳を凄惨に断ち切るのだ。
◇
冷厳な鋼を掌(たなごころ)に獲る。
物言わぬ顕かな存在は確かな重みで手に在り、やがて死屍に留まるのだ。
何物にも代えがたい絶頂の時のためにおれは夢想し、渇望し、欲情し、怒張する。
逝きたい。
自分への凶暴な殺戮の衝動でしか逝けなくなったのは、いつからだろう?
淫欲の噴出に、貪るように身を任せる。
抗いようもなく横たわる躯体を、喉元から乳首の間、臍を二分し、屹立する股間までを裁断する。
厚みのある生の皮膚を引きはがし、術らかで強靭な筋を割り裂き、肺呼吸に伸縮する肋間を露出する。
胸骨を断ち割り、鎖骨ごと肋骨を除外する。
生きて呼吸する胸は、恥じらいもなく胸腔内臓を露呈した。
臓器が大気に直接触れる、苦痛まじりの解放感。
◇
肺腑をおおう漿膜をめくると、くすんだ赤の肺胞。
複雑に分岐する細気管支と肺動脈に支えられて拡縮するこれを、リンパが大切に覆う。
その奥に拍動する臓器。
心嚢におおわれて、白っぽい肉色の生命維持器官。
規則的に蠢くこれをこの目に見、この手で握り持て遊び、やがて形を失うまで細断するのだ。
おれはそれにのみ激しく欲情する。
張り裂けんばかりの股間は、獰猛に胎動を繰り返す。
過度の膨張に肉壁が割れ破れる疼痛にさらに屹立し、海老反る。
内部を剥き出し曝け出す胸部に比して、皮膚だけが裂かれた腹部は、陰毛を載せたまま臓腑をまき散らすこともない。
逝きたい。
逝きたい、逝きたい。
、右手で尿道口を開く。
熱く強い弾力は手に豊かに余り、天を突く如そそり立つ。
ああ、美しいおれ。
鋼の切っ先をゆっくりと怒張に沈める。
一瞬冷たく、亀頭が昂然と直立したまま、確かな生身にそれを受け入れる。
背筋を凶暴に突破し、全身を瞬時に泡立たせる。
苦悶に彩られた苦痛の快楽にのたうち、よがり声がもれる。
鋼の鏡面が組織に強く吸着して出血を止める。
究極のサディストの欲情は常に自分に向くしかない。
◇
肉欲にわななく指が、焦れこがれるように胸の心膜を引き破る。
心筋に纏いつく冠動脈が目視でき、胴結節の電気信号不全に蠢動する。
まさぐる指先に次第に享楽の力がこもり、熱く脈動するそれに激しく爪を立て掻き毟る。
性感に痙攣する吐息に鉄の香りが満ちる。
全身の歓喜に硬直し伸びあがり、灼熱の体液が鮮やかに溢れほとばしり流れて、悦楽の極地に誘うのだ。
幾度も夢見て、たった一度だけ堪能する欲望の究極。
酔い痴れる快感の中で股間の鋼を一気に恥骨にまで突き込む。
強靭な屹立は弾ける如く体液をまき散らし、瞬時に真二つに裂けた。
性の快楽に仰け反り転げる。
睾丸が激しく競り上がり、悶え苦しみながら射精していた。
指は生きて鼓動する臓器を引き出す。
直径3㎝の大動脈に繋がれたまま、最期の脈動に濡れ光る不随意筋に鋼をぶち込み切り裂く。
断末魔の心房細動が確実に腕に伝わってきた。
瞬間、2度目の射出。
極限の激痛と呼吸困難に全身がうねり捩れる。
陰惨な淫欲まみれの死が、愛液のように纏いつくのが見えた。
もがき悶絶する美しいおれ。
耽美で凄絶な終焉は、おれにこそ相応しいものだったのだ。
ボーダーライン上の舞曲