鎌倉の思い出
大学2年まで、鎌倉にいたことがある。
正確にいえば、江ノ島電鉄「極楽寺」西北の山の中だ。
見通しの悪い谷戸だらけの町でも、意外に治安はいい。
それでも田舎町の特徴で、スーパーは「七里ガ浜」、病院は「長谷」か「鎌倉高校前」まで行かないとない。
400坪ほどの山林傾斜の自宅からダラダラと下ると、江ノ電の線路に突き当たる。
左に行けばほどなく「極楽寺駅」と跨線橋の赤い「桜橋」。
すぐわきの「導き地蔵堂」には、昼間なら観光客がいつも集っている。
その周りをささやかな駅前商店街が、昔ながらに取り囲む。
八百屋、肉屋、日用品の店、食堂。
高齢者の多い住民たちは、それらに十分満足して暮らしていた。
東京に住居を移す、最後の夏休みのある日、カノが遊びに来た。
海と街並み、女子が好みそうな店やカフェを案内した夕暮れ。
なぜか2人で「極楽洞」という江ノ電のトンネルを見下ろす、山側に上がってみた。
街灯のある石段の先は一軒家があるだけで、あとは空き地と山林だ。
線路ぎわの木々にさえぎられて車や電車の響きも聞こえない。
傍らの家を過ぎると、もう、完全に自然の領域だった。
陽が暮れて間もない、ほの暗い夜の入り口を散策する。
「あ、海が見える」
「えっ、あれっ?そうだっけ?」
まだ薄明るい空の下に黒い海が見えていた。
湾曲した海岸線を街の明かりがきれいに縁取っている。
こんなところからも見えるのだ。
新しい発見だった。
海を見わたせるのは、すぐそばの「極楽寺切通し」が有名だから、たそがれ時は常に人がいる。
観光客は迷惑ではないけれど、住民としてはやっぱり静かな場所のひとつも確保しておきたいのが本音だ。
その辺の乾いた倒木に腰かける。
上がったばかりの中秋の月が意外に明るく、濃い影ができるほどあたりを照らしている。
やわらかな秋風が吹いてはいても、すだく虫の音は聞こえない。
妙に音のない空間は不思議ではあっても不快ではない。
海と対峙したまま、静かな時に身を任せた。
夜浅い外気がしんしんと澄んでいて、心がのびやかに鎮まる。
「船が行くよ」
「そうね」
まるで吐息のような、言葉少なの会話。
「寒くね?」
「ううん、丁度いい」
なんだか静謐過ぎて、手を握るのもためらってしまう。
2人ともなぜか背を伸ばして、黙って海に見入っていた。
「あ、あっ、…ほら、なにか飛んでる」
カノが伸びあがるように言う。
「え?あ、ああ…。なんだろう?」
ちらちらと瞬く弱い明かりが、こちらに向かってやって来ていた。
人工的な光ではなく、ろうそくの炎のような、ものやわらかなオレンジの色。
木間隠れに電柱ほどの高さだろうか。
はっきりと目的を持ったものの確実さで、海から海岸を越え、山林の枝を抜けてくる。
ふっと息を詰めるようにして、光の行方を目で追う。
両手のひらで包みこめるほどの火だった。
ためらいもなく瞬きながら、ほんの数メートル先を流れて行く。
いつの間にか、2人とも立ちあがっていた。
明かりは咲き残った月見草の群落の上を越え、木立の奥の崖ぎわに向かうように見えた。
カノが呆然と月見草の中に踏みこんだ時だった。
くすんだ白い光が柱のように舞い上がった。
すこし青い月の光に照らされて、ちらちらと舞い飛ぶ紋白蝶の群れ。
2人の白い夏服の反射もあって、あたりが紗をかけたように茫洋と輝く。
「きれい…」
立ち止ってつぶやくカノの後ろ肩を胸に抱いていた。
炎は崖に穿たれた古い矢倉の前に進み、つかの間とどまったようだった。
そしてその高さのまま、線香花火の火玉が重く地面に燃え落ちるように、はさりと消え落ちて見えなくなった。
ちらちらと舞っていた紋白蝶は、ふたたび葉裏に帰って行く。
人の突然の侵入に、単に驚いただけだったのかも…。
それでも眠りの場をさまたげてはいけなかった。
カノの肩を抱いたまま、そっとその場を離れる。
石段を下って下界に降り立った時、カノが言った。
「神様を見ちゃったんだね」
そうかも知れないし、そうでなかったかも知れない。
こうしたことがあるのは、ここが古都であるがゆえの気がする。
長い歴史のはざまに、時は想いもよらない秘密を隠し持つのだ。
その後、カノとは縁がなかったようで、どちらともなく連絡を絶った。
時に彼女も思い起こすことがあるのだろうか?
澄んだ秋の夜に2人で見た、海から帰る明かりを。
ちなみにそこからは海は見えないのだ。
古都鎌倉の静かで短い、思い出の物語である。
鎌倉の思い出