索引

一
繊維質に多くかけ、頬張るお皿に無地の作りは、ドレッシングの色を目立たせ、残りの葉野菜を食べ終わらせる。よくできました、の呼びかけには、今なお釣られる喜びがある。二人で片付け、互いに支度し、餌を二羽に与える。私がかける鍵を持ち、道を教えて確かめる。朝と降りて発つときには、約束通りに徒歩で行く。軽い手振りに別れの挨拶。小雨は意外に早く上がった。

二
顔を上げた私が写る目の前の窓ガラスの向こうの景色、そこには数々の本棚と知りたい事を調べる人たちがいて、白色灯の明かりに点在する隙間が多く、静かな雰囲気は捲るページの数を密かに記録し続けている。私は、手元の索引検索から見つけた単語に息を吹きかけて揺らす。『詩』という意味に込められないひだが数本伸びて、痺れるクラゲの毒のようにぴりぴりする想像を愉しめよと、著名な作家が生前残した決め台詞をノートに写し、直して、見間違えて書いていた文字を消した。消しゴムのカスを払った。残る痕跡を排し、記した文字の癖を見つけて、調べ物は終わりに近づいた。もう一冊、その人を代表する作品として紹介しようと思い、そばに置いてある歌集を読み、最初にいいなと思ったものを見つける予定の半分は、私の楽しみだった。そのことを意識しただけで折れてくれるペンシルを置き、直後、窓の向こうでパッと光ったのに、何の音も立てない雷を一寸待つのを止めて、表紙を開く動作を始める。風向きで外側から窓ガラスを叩く小雨に、書き手の居留守を誤魔化す黒電話の受話器が震える。それを取るガッツポーズに優勝した野球チームは、有名な球団歌の頭を取られて、違う歌になる。書き換えられたスコアシートに並ぶゼロとイチが決する勝敗に、男が鳴らした喉があった。照らされたナイターだった。私が見つけた快音だった。芝生に敷いた競馬新聞が、濡れて捨てられた帰りになった。最寄りの駅なのに徒歩二十五分かかり、途中で寄った屋台のフランクフルトから飛び出た肉汁が、取れずにシミとなるシャツを脱ぐ。残りのビールを飲み干して、ゲップを三回、生温かい路上に浮かべ、どっこいしょ、と漏らした男が跨いだロープは撓んで縮んだ。反動で飛んでいく白球は、地球第一号のスポーツ用品と化し、見送る男に少年らしい別れを告げた。動かし難い肩を可能な限り上げ、男はそれに応えた。席を譲った夢だった。今も描ける夢だった。そういう誇らしい歌たち。そして少し、寂しい歌。
耽ける夜更かしを中断し、決断して選出する一首を、自分にしか聞こえないぐらいに抑えて声に出し、一語一語とマス目に埋める。元から強い筆圧に、頼もしい鉛筆は濃い目の線を形にして、私が書いた歌を表した。踊る心が整った。紹介はこれで終わった。消灯時間を過ぎた無人の館内で立ち上がる、私の調べ物も無事に終了した。あとは帰るだけ。引いた椅子を戻して擦れる音が消え、歌集を持つ手と動く足が交互に進み、鼻歌が本棚の間を縫う。正面の窓ガラスが、迎えの車のヘッドライトの侵入を許す。司書の私の鍵が気付いていた。

三
指差し確認の戸締りを済ませ、小雨に対して開いた傘を差し、パタパタ当たる音に感触は午前中から変わっていないと判断したから、見上げる頭上の天気を目で記し、駐車場までの砂利道を踏む心地が好きだと告白する。迎えに来てくれた伴侶の姿を認めて、手を振ることを続け、鞄の中で、鳴ったはずのペンケースを思い浮かべる。買い替える予定はまだ詳細に立てていない。緑のマーカーペンで描く生き物で目立たせる目印を、あっちこっちに付けるカレンダー。潜って知らない空の高さを知り、思い出す故事を仕舞って、声をかける。返事を聞いて、閉じた傘を渡し、少しずつ濡れ出す真実を抱えて、私は開けたドアを閉じて乗り込む。勢い、歌集の男がシートのお尻に頭を打つける。借りて来た猫のようにならない者の、タイトルを私が読む。何それ？と尋ねる声があり、梨地織のざらざらとした触感とともに、表紙が開かれる。私が教える作者の名前をきっかけに、二人は出発する。ワイパーにウインカーが動いて、視界が開ける。小雨が叩く。ワイパーが動く。視界が開ける。繰り返す。
無言のままで始める読書は、助手席に座る者が行える運転の手助けの一つだよ、と言ってくれる、運転技術が未熟な伴侶の膨らませた曲がり角を超えて、赤い風船が街頭に向かって飛んで行き、私の手の中で男が歌い、手放したものの喩えに表れた幼さに、ときめく私が瞬きをした。まだ夜の八時、雨は止まず、ラジオが点かない車中が進む。
もっと調べたい気持ちを抱え、同時代に活躍した別の作家の名前、有名な一首、別の制作活動、作品、社会運動、事件、これらを繋ぐキーワードを羅列する私の心中に、棲んでいる索引。脈打つように波を立たせ、なぞればほんのりと温かい。ペーパーナイフの冷ややかな物体としての性質も利用して、私はごーしちごーの定型の奥へと入り込む。のめり込む恋のように頭を突っ込み、うつつに残した両手を結び、大きな胸を膨らませて、踏み止まる。捻る背反を利用して、溜め込む力を世界に変えて。私は好きに話しかける。私は彼に話しかける。
表紙の開いた本の男が終に黙り、二人っきりの空間が生まれる。目的地にたどり着く所要時間内が算出される。限られた距離を過ぎ去るまで、私が選ぶ言葉に敷き詰められたものにタグを付け、私が登録していく。横断歩道、涼しくなって、遠い、あの給水塔の白い壁面が汚れていた。小雨の日。跳ねる髪。私は好き。あなたはきらい。
あなたが嫌う、赤信号は撮って捨てたよ、と。