チーズの冒険
ピーナッツ王国の端に位置するちゅーちゅーランドは、僕らの敵であるネズミが人間の城、灰被りが輿入れした城が鎮座する王国に巣食っている島であって、奴等は言葉も口にできずにいる僕ら……チーズの塊のチーズーズを食い荒らす大敵である。
僕らチーズーズを食べるのが人間共だけならまだしも、奴等ネズミの極悪カップル、例の二匹に食いかじられてチーズホールから顔をこんばんわさせたとコック長に知られたとなった次の瞬間、僕らは人間共の口に入ることすら無く、あの馬鹿みたいにドレスとか頭に羽根とかつけた人間共の前に現れることすらなく、ぐつぐつの鍋に入れられてスープにされることも叶わずに、ドシャッと何かの箱に入れられてしまうのだ。
ちゅーちゅー共は城の片隅にこしらえた愛のちゅーちゅータウンでちゅっちゅしあって、それで敵の国から時々、現代の人間の服に乗って襲来するあの無表情で能天気な子女等から「顔が怒って見えたり、悲しんで見えたりするの」と目をとろんとさせながら言い張る白猫の対象、僕らの間では口が無いわりにネズミ共を追い掛け回してくる「恐ろしい奴」で世界中にいる噂のネズミの敵をどうすればもっとこのちゅーちゅーランドに呼び込んで、外来種であるあの黒耳のちゅーちゅー共を追い払って我が国の内陸の国が誇る枕に似た純真無垢な国が在来種として世界を圧巻するのかを研究するものである。
まず、僕はお盆のときの飾りもの改め、チーズの体にグリッシーニで足と手をつけて森に行くために城を飛び出た。何故森に行くのかって? 僕らの助っ人になってくれる老婆がいるからだ。
僕は駆けてゆく。そのグリッシーニ……細長くて硬質なパンのようなものの足で走って行く。いつもはこのグリッシーニはドロドロに溶かされた僕につけられて人間共に食べられるんだ。これって本国由来の食べ物じゃないけれど、グリッシーニなのはいいんだ。いいんだ。いいんだ。ピッツァとかが美味しいかの愛国はチーズ大国、僕らのいわゆる母国なんだから。
まずはネズミに出くわさないようにお肌が真っ白けで髪が真っ黒けで林檎ばっか喰ってる姫がいた森に行く。
あの姫は灰被りが嫁いでったまともな王国とは別に、トチ狂った王子に拾われた中学生一年生ぐらいの姫で、今は生き返って生気溢れる姫に悔しがっているネクロフィリアンの王子と一緒に暮す目に見え無い透明な城にいるようだ。この灰被りが嫁いでった城以外に、このランドに城は無い。なぜか。眠りこけている内に百年経ってた姫も、林檎喰ってぶったおれた姫もここに遊びに来て、まだ魔の森で老婆に追いかけられつづけていたり、歯車のある部屋で眠りつづけて王子とちゅっちゅし続けていたりして、お分かりだろう。あの灰被りの姫は、姉妹二人を牽制して城に鎮座してまともな王子と暮らしているだけにあきらたず、他の姫まで幻惑を見せたり睡眠薬で眠らせつづけながらも第一の姫と呼ばれ続ける陶酔に浸っている姫なのだ。
その城にいる奴等、ちゅーちゅー共もそれはそれは性格も……。
しかし、あの在来種の白猫だって実は油断が出来ない。あの白猫、口が無いことをいいことにネズミのお友達ジョーイがいいることを僕に黙っていた。しかもそれはそれは実物のネズミっぽい色形をしたお友達だったのだ。僕の仲間が見た。現代人の服に刺繍されてのっかった例の白猫とそのネズミが真横にいたのを。
そんなことを思っていると、森に到着だ。
お婆さんの真っ黒いローブの裾を引っ張ると、相手は振り返って前を見ている。
「ここ。ここ」
老婆が僕のいる下方を見ると、途端に美人に変貌した。というよりも姿を戻した。一番初めの頃なんて、僕は老婆に籠の林檎を驚きついでにぼこっぼっこぶつけ投げられて、チーズに林檎がめり込んだりぶちあたったりして酷い眼にあってその場に崩れ落ちた。だが相手はもう慣れたことで、紫の袖と黒い裾のビロードドレスで僕を見下ろすと、真っ白く細長い手で僕を持ち上げた。
「お前、よく食べられずにいたね。灰被りの城は乗っ取れそうなのか」
女王は城での権利を失っていて、あの灰被りに同じ様に魔法を掛けられ、未だに継子を追いかけて林檎を持って老婆の姿にさせられている人なので、その呪術を解くチャンスを狙うことを条件に、僕らをネズミ共から少しでも回避できる小さな魔法を授けてくれている。
「今日も落としてったガラスの靴にチーズを詰め込んでやったよ。あれで灰被りも宴でガラスの靴がはけずに王子に『君は誰なんだい』と困惑の時を与えられるのだろうね」
それをする時に灰被りの味方のネズミ共まで裁縫糸も放り投げてそれを阻止しようとしてくるから困る。
「僕は優しい貴女が城にあがるのを期待してるよ」
「ええ。ほら。カビに塗れてブルーチーズ化する前にまたお戻り。またネズミ避けの魔法をかけてやろう」
どろんどろんと魔術を掛けられて、僕はグリッシーニの手を振って走って行こうとした。
「お待ち。あの女好きの魔法の鏡はまだあの灰被りにおべんちゃらを言って姫の部屋で大切に匿われているの」
「はい」
「あの浮気者。城に上がって今度会ったら……」
僕は最後まで聞かずに走って行った。
そろそろ今日も城でダンスパーチーが行なわれる時にチーズが鍋に突っ込まれる時間が迫る。
帰りがけ、現代人の頭に乗っかった白猫と目があった。その背後から、このちゅーちゅーランドを動かしているスタッフのくらーい目が黒く光って、その白猫をかぶる女子高生の背を微笑み見ている姿を見た……。あれがあの巨大ネズミだったらと思うと僕は恐ろしくなってとっとと城へ戻ったのだった。魔法はどうやら利いてるようだ。
城に着くとコック長は長い硬質のパンが突き刺さったホールチーズを持ち上げた。
「なんでグリッシーニがつきささっとるんじゃい。稀に見かけるが、まあ、ええわい、ええわい。ネズミにゃ食われとらんな」
さあ! これから僕はぐつぐつ煮だった生クリームとコンソメのスープに投入されて、あれよあれよと言う間に溶かされて、その魂は次なるチーズーズへと受け継がれこの身は昇華されるのだファイヤー!!
調理された僕は、今宵のパーチーのチーズシチューやらフォンデュとして長テーブルに並べられ、そして灰被りの城の迎賓の間で煌びやかな蝋燭の光に照らされている。アーチ窓の外では今日も人間のカップルも含めて数匹の僕らの敵であるネズーミーが花火と共に打ち揚げられていく姿が見える。それをあのあくどいちゅーちゅーカップルは笑顔を顔にはりつけて悪魔の舞を踊りながら見ているのだ。そしてパレードを見る城下町の民草バカップル共の嬌声も聞こえる。
ハッ! と気付いて僕は打ち揚げられている花火から、シャンデリアを見上げた。そこには灰被りのお針子であるネズミたちが僕を見下ろしているじゃないか。だがあいつ等には既に調理されてあっつあつになった僕らには手なんか出せないんだ。へっへっへ。奴等は遠くを見ていて、警戒している。僕が宴ゲスト達に食べられた後に始まる舞踏会で、灰被りが足を通すガラスの靴に他のチーズーズ達がチーズを詰め込まないかを見てるんだ。おのれ、監視などさせるもんか。僕は銀のカップに刺されたグリッシーニパンにとろとろチーズをゲストに絡ませられると、真っ暗い口に運ばれて行った。
僕の意識はゆらゆらと喉を通って行くごとに魂となって宙に浮く。これからまた他のチーズに憑依する。暗い亜空間を通って、それで人間共の談笑だけを聞きながら流れていくチーズ魂。
目を覚ますと、三日ぐらい経ってたみたいだ。他のチーズーズが棚に並べられえる保管庫。九時の鐘の音を聞いてドンッと棚から転げ落ちた。夜の九時! 舞踏会の時間が迫っている。僕は新しい体で転がると今度は束ねたパスタを手足に走って行った。
仲間のチーズーズが虎視眈々と灰被りの座る椅子を幕から見ている。僕も駆けつけると一緒にガラスの靴が乗ったクッションを見た。頷き合って静かにころころ転がっていく。そしたら灰被りの座る椅子の下から針を持ったお針子ネズミたちが現れて僕らを突付いてくる。だがこれが狙い目なのだ。ネズミは威嚇してきて僕らの仲間をかじってチーズがバラッバラの欠片になる。それをすかさず僕はガラスの靴に仕込んでほくそえんだ。お針子ネズミがハッと向き直って、王子に手をとられ立ち上がった灰被りのドレスの裾に糸針を突き刺してそれに捕まってターザンの如く移動していき、ガラスの靴を履く前にチーズを抜き取ろうという魂胆だ。僕はパスタの手足を放って絨毯を勢い良く転がっていって灰被りのドレスに入ってお針子ネズミとの決戦を繰り広げると、足元を取られた灰被りが「きゃっ」と叫んで転がって、皆の目の前にホールチーズとネズミが転がった。
「ネズミ!」
誰かが叫んだ。
「ち、違うわ! 彼女はわたくしのお針子で」
王子は驚いてネズミを見て、灰被りはネズミを手で掬った。そこに現れたのが黒いローブの老婆だった。さっきの声の持ち主だった。女王だ。
「お嬢さん、あんたの悪事はもうそこまでだよ。見ない間に鏡におだてられて美しさに磨きをかけおってからに、またここのNO.1の姫に君臨するために皆に呪術をかけてるんだからね!」
「な、なんの事かしら」
「どういうことなんだい。聡明な君が呪術だって?」
王子は困惑していて、僕は文字通り今は手も足も出ないから転がっていた。
そこで老婆がどろんどろんと女王の姿になると、灰被りは驚いて声を荒げた。
「なんですって! あの子からはあなたは熱した鉄の靴を履かされて踊り狂ってからは、このランドでは老婆の姿でしかいられなくなったし、迷路の森から出られなくしたというのに!」
「え?」
「あ、……しまった」
灰被りは口許を押さえ、そしてその途端、何かの魔法が溶けてしまった。引き裂かれた服、裸足、そして乱されてしまった髪……。彼女は咄嗟にガラスの靴に足を通した。だが、やはりチーズに気付かずに入らない。その場に涙が流れて崩れた。
「うう……」
しかし、そんなボロボロの灰被りを見た途端に王子は異常な程に頬を染め、そして手を引き上げて灰被りを見た。
「美しい! 僕は今まで何を見ていたんだろう。何故君のことが今までに無い程に綺麗に見えるのだろう」
灰被りは僕らがどろんどろんに溶けちまいそうな程王子とちゅっちゅし始めやがって、女王も一瞬白目を向いて口を歪めた。
「そうだ。飾ることなど、なんと愚かしい事だったのだろうか! 君の涙のなんときよらかな事だろうか。ああ。今日から僕も灰をかぶって生活して民草共と共にゆくよ!」
「な、何を言うのです」
妃が驚いて王子の頬をバシバシやるが時既に遅し、僕らの見上げる場で王子は自分の服をばらばらに髪をぐちゃぐちゃにハハハハハと笑いながら灰被りの手を引っ張って走って行ってしまった。そして城下の花火打ち揚げ場所へ狂い走って行ったらそのまま二人は花火で打ち揚げられてどかーんとなってしまった。驚いた僕はごろごろ転がっていってあっという間に花火の筒に勝手に職人に仕込まれてどかーんと夜空に打ち上げられてしまった。そして下方から民草カップル共の悲鳴が聞こえる。どろどろに溶けたチーズが雨の如く降り注いで奴等を攻撃し、そしてちゅーちゅーランドは僕らチーズーズの思惑通り、カップル共の叫びが響き渡ったのだった。
2015.
チーズの冒険