
桃色茸
むかしむかし茸のお話し。PDF縦書きでお読みください。
朝早く、かみさんが鉄砲打の夫を山に送り出した。
「たんと、気いつけるだよ」
「ああ、今日はいつもの山のもう一つ奥に入ってみるでな」
「うちの子が今日で八つになるぞ、なんかいいもん獲ってきておくれよ」
この家族はその時代にしては珍しく、誕生日を祝う習慣をもっていたようだ。
「そうか、そのうち、見習いに山に連れていってやろう、今日の土産は鹿の角さおもしれいかもしれんな、いたら仕留めてやろう」
筋肉粒々で黒い顎鬚を生やした鉄砲打は自信満々に家を出た。
かみさんは、頼もしい父ちゃんだと後姿を見送った。
そうして、鉄砲打はいつもの山を越え、奥の山の深くに入っていった。登っていくと、かなり大きな滝があり、滝壷の脇に上に登る岩の道があった。彼が鉄砲を担いでよっこらよっこら歩いていくと、話し声が聞こえてきた。
「ああ、いい湯だ」
「ほんとに、いい湯だねえ、わたしゃ、はじめて来たものでねえ」
「ここはわしらにゃ天国じゃ」
「みなさんも元気で、よかったですな」
「そうそう、今年はほんにいい気候でしたな」
「そうですら、だからこうやってみな会えましたがな」
「へい、まっことに、そうですな」
「おおきくなることができましたな」
楽しそうな話し声に誘われて、鉄砲打は声のするほうに近寄った。
そこには大きな石に囲まれた天然風呂があった。
そうっと覗いてみた。
なんだろう、湯気の中で、赤や黄、白や黒の傘が水面にポコポコと浮いている。
大きなからだをせり出してよく見ると、お湯の中にいくつもの茸がプカプカと浮かんでいるではないか。
まさかと思って、じっくりと見ていると、黒い茸の傘がパクパク動いた。声が聞こえた。
「来年はどうでしょうな」
今度は白い茸の傘が動いた。
「雨が多くて胞子が流れるからあまりよくないな」
茶色の茸がゆるゆる流れて白い茸のそばに寄ってきた。
「じゃが、あそこだけはたんと生えるじゃろうな」
「そうそう、椎茸、榎茸、占地、香茸、舞茸、栗茸、それに珍しい万年茸も生えるだろうじゃ」
「あそこにゃ赤松も何本かあったな」
「ああ、きっと立派な松茸も生えるじゃろ」
鉄砲打はどこのことを言っているのだろうと、もっとからだを乗り出した。足の下の石ががさっと崩れた。
赤い傘がこっちを向いた。
「ほれ、岩陰にいる、鉄砲打の旦那さんよ、一緒に風呂に入らんかい」
鉄砲打はびっくりして逃げるのも忘れてぽかんとしていると、別の茸も温泉に入れと言う。
「鉄砲屋入っておいで、着物脱いで、ほら、いい湯だよ」
どうしようか迷っていると、赤い茸が、
「来年茸がよく生えるところを教えてやるから、お入り」
と声をかけてきた。
そう言われると気になる。
鉄砲打は服をぬぐと、もじもじしながらも、茸たちが浸かっている温泉に入った。
茸たちが一斉に鉄砲打を見た。
「おまえさんの茸は小さいね」
黄色い茸が言うと、鉄砲打は前を隠した。
白い茸が「そんなこと言うと、人間の男は傷つくんだぞ」と注意した。
「そうかい、小さくたって、必要のとき大きくなりゃいいじゃないか」
「そうだよ、まあ、鉄砲打の旦那、湯に沈みなよ」
鉄砲打は肩まで浸かった。
いろいろな色の茸が顔の周りでぷかぷか浮いている。だがいい湯加減だ。
「ところで、鉄砲打の旦那、我々の話を聞いていなすったな」
鉄砲打はどぎまぎして、曖昧にうなずいた。
「いや、心配しなくていいんだよ、どうだい、鉄砲捨てないかい」
鉄砲打はもっとびっくりした。十年も鉄砲で暮らしている。
「茸採りにおなりよ、鉄砲で生き物を殺すよりずーっといいよ」
黒い茸が傘を上下に動かした。水面が揺れる。
「今日聞いた場所を覚えておけば、おたくさん、来年の茸は大収穫になるじゃ」
鉄砲打は確かにそうだと思った。なじみの深い茸の世界も面白そうではある。
だが鉄砲打には解せないことがあった。
「茸が何で自分を採って食べろと言うんかねえ、動物だったら、俺を食うなと言うだろに」
茸たちは笑い声をあげた。
茸が笑うと傘が上下に動くようである。温泉に浸かっているすべての茸の傘がぴょこぴょこと上下に動く様は面白いというか、かわいい。湯がぴちゃぴちゃと揺れる。
年寄りとおぼしき茸が、傘をまわして泳いでそばにきた。というより水母のように浮いて流れてきた。
「茸は役に立ちたいのよ、この世での茸の役割の一つわなあ、食われることで、そういうことで、それだけのことだよ」
「どうだい、鉄砲打を止めないかい、そうすりゃ、もっと茸が採れるところを教えるよ」
茸たちが言うので、鉄砲打は考えた。たしかに獲物も少なくなってきている。
「来年はいいとしても、その次の年はどうなるのかわからないからな」
「大丈夫じゃ、ここにおいで、また教えてあげる」
「なぜ、俺だけに教えてくれるんかい」
「運がいいか悪いかしらんが、あんたがここに来たからだよ」
「食っていけなくなると、かみさんと坊主が飢え死にするからなあ」
「鉄砲はかみさんと坊主はかつげないが、茸は一緒に採ることができるぞ」
「たしかにそうだがな」
そんな話をして湯に浸かっているうちに、鉄砲打はとうとう、
「よっしゃ、おらあ、茸採りになる」
と宣言してしまった。
温泉の中の茸たちは、ぴちゃぴちゃ飛び跳ねて大喜び。
「来年は、兎山でよく採れるぞ」と言った。
兎山はここからさほど遠くない山である。ただ急な岩場を登らなければならず、ちょっと険しいものだから、あまり人が行かない。年寄りの茸が低い声で念を押した。
「それじゃ、約束したぞ、約束を違えると、お前の茸がすっぽ抜ける」
鉄砲打は、今茸の言ったことはどういうことか、具体的に頭に描けなかった。ぼーっとしていると、年寄り茸が「ちんちんがなくなっちゃうということだよ」と教えてくれた。そりゃ困るな、と鉄砲打ちが考え込んでいると、
「それじゃ、おれたちゃ、戻ろう」
そう言って、茸たちは温泉から飛び出た。
湯気をあげながら宙に浮かび、ふわふわと空に舞い上がった。
「来年も会おうな」
茸たちは空へ空へのぼっていくと、やがて点となって消えていった。
鉄砲打は夢うつつで温泉からあがり、鉄砲を担いで家路についた。
鉄砲打を止めるといったら、おっかあはなんと言うかな、そんなことを考えて山を降りていくと、今まで見たこともないほど立派な鹿が飛び出して来た。
そうだ、坊主に鹿の角をもっていってやらなきゃ、と誕生日のことを思い出した鉄砲打は、無意識のうちに鉄砲を構えた。
ずどんと一発、鹿は射止められた。
空の上から、茸の長老たちが見ていた。
「あああ、やっちまった」
すると、すぽんという大きな音がして、自分の前が軽くなった。と鉄砲打は感じた。
なにが起きたかと、手を前にやると、
「やや、ない」
おまけに、鉄砲打の胸が膨らんできた。
鉄砲打は胸の中に自分の手を入れてみた。
「ありゃ、乳だ、かみさんのよりでかい」
どうしようか、鉄砲打は悩んだ。これじゃ家に帰れない、だけど、帰らなければ、生きていくことも難しい。
鉄砲打は考えた。切り株にはえていた桃色の茸をとって袋に入れた。そうして鹿を担いで家に戻った。
かみさんは鹿を見て笑顔になった。
「お前さん、さすがだね、約束どおり、鹿の角をもってきたじゃないか」
鉄砲打はおずおずと、かみさんに言った。
「なあ、おまえ、実はおかしなことが起きてな」
鉄砲打は前をはだけた。
「あれー、おっぱいが生えたんけ」
かみさんは腰を抜かす始末。
「この茸を食べたらそうなった」
鉄砲打は桃色の茸を見せた。
「気味の悪い茸だなあ」
「それでな、あれもなくなった」
「あれってなんけ」
ほら、鉄砲打はもっと下も見せた。
「あんた、女になっちもうたか」
「そうだ、もう鉄砲打はできねえ」
「どうするだ」
「茸採りになる、手伝え」
「だけんど、子供にどういうだ」
「いわねえ、一緒に風呂入んねえ」
「そうだな、声は男のままでよかったな」
「ほんとだ」
ということで、女になった鉄砲打は、その年から茸採りになった。
その年はそれなりの茸が採れた。かみさんもえらくがんばって、それはたくさんの茸が集まった。
しかしながら、鉄砲打は下半身に重みがなく、いつもふわふわしている気分。一方で、さらしを巻いている胸がますます重くなり、前かがみになっている。
それでも鉄砲打は山を切り開いて畑をつくり、年があけ春になるとかみさんと山菜採りにいき、町に持っていって売り、すっかり農夫、いや農婦になった。
そうこうしていると、また秋が来た。たしかに、いつもよりはるかに茸の生えかたがかんばしくなかった。
「どうだ、兎山まで、茸採りに行くが、お前も行くか」
女になった鉄砲打はかみさんにきいた。
「けわしい山じゃないか」
「この辺じゃ茸の出来がよくねえ、んだが、兎山では必ず茸が採れるとにらんだ」
「お前さんがそう言うなら、おらも行くか」
ということで、朝早く、鉄砲打とかみさんは子供を一人で遊ばせておいて茸採りに出かけた。
時間をかけて兎山の麓につき、ごつごつした岩の道を何とか登りきると、頂上付近の林の中に茸がわんさか生えているのが見えた。いた。
「こりゃあ、すげえな、毎日採りにくるべえ、町にもっていきゃあもうかるじゃ」
かみさんも喜んだ。
「そうしよう」
夫婦は遠いにもかかわらず、毎日のように兎山にやってきた。
赤松の根元には太い松茸が何本も生えておった。不思議な万年茸も生えていて、町にもっていくと、薬師が法外な値段で買い取ってくれた。
茸採りをしながら、女になった鉄砲打がかみさんに話しかけた。
「茸採りでも暮らしていけるな」
かみさんはうなずいた。
「だけんど、お前さんはもとに戻らないのかね」
「うん、鹿を撃っちまったからな」
「なんだい、それ」
鉄砲打は本当のことを話していないことを忘れていた。
「いまだからいうがな、温泉に浸かっていた茸が、この場所を教えてくれたんだよ、そのかわり、動物を撃ち殺したら、こうしちまうと言ったんだ、そこから帰る途中で、ついつい、いつもの癖で飛び出してきた鹿をやっちまったんだ」
「お前さん、桃色の茸を食べたからと言ったでねえか」
「とても信じてもらえんと思ったんだ」
「その温泉にいって、元に戻してくれるように、おねげえしてみたらどうだろう」
「そうだな、もうそろそろ、来年のことを聞きにいこうと思っていたとこだ、帰りに遠回りしてみるべ」
二人は茸のいっぱい入った籠を背負った。
「向こうの山にその温泉はあったんだ」
女になった鉄砲打は兎山から見えるその山を指差した。
「遠いなあ、でもいかなきゃ」
かみさんはそう言うと歩き始めた。
鉄砲打とかみさんは去年おとずれた野天湯にきた。
すると、やっぱり声がした。
「お前にも聞こえるだろう」
「ああ、あれが茸たちなんか」
「んだ」
二人して、のぞくと、湯の中に茸の傘がぽこぽこと浮いている。
「今年はやっぱりできが悪かったなあ」
「ほんとに、でもみなさんお元気で」
「ああ、北海道の茸のできもいま一つじゃな」
「長野の方もいま一つですな」
「だけど、兎山の茸は立派ですな」
「ほんとに」
「今年の湯はちと温度が高いようでな」
「そうだなあ」
鉄砲打は茸の前に顔を出した。
「茸のみなさん、昨年は申し訳なく思いますが、手が動いてしまって、鹿を撃ってしまいました。まったくおらが悪かったと思っているとこでごぜえます」
「おや、昨年の鉄砲打の旦那かい」
「へえ、女になりました」
「そりゃあなあ、わしらにはどうしようもできんのよ、茸の閻魔さんがなさったことなのでなあ」
「わしの体を男に戻すことはできませんでしょうか、あれから茸採りになって、一匹も動物を撃ち殺したりはしておりません」
「ああ、わかっておるがな、茸の閻魔さんも、元にもどせないのよ」
「どうしてもで」
「時間が経てば何とかなるかもしれんがな」
「どのくらい経てばよいんで」
「茸の閻魔様のところに行かないとわからんな」
「わしは閻魔様に聞いたことがある」
一番年寄りの黒い茸が言った。
「お前さんの場合には、故意ではないようなので重々酌量のうちに入ると思うから、十五年が妥当だろう」
「それじゃ、あっしらは四十を過ぎてしまう、もう子供がつくれやせん」
すると、それを聞いていた鉄砲打のかみさんが顔を出した。
「女房でございます、亭主を男に戻すことができないなら、わしを男にしてくれないかね」
これには、女に変わった鉄砲打が驚いた。茸もワサワサと驚いた。
「そりゃあ無理だよ、男に変わって鉄砲打をするようになるのは、茸のみなさんはいやなのだ」
「男に変わっても茸採りになります」
それをきいた茸たちの傘が動いた。
「ふーん、どうだろうな」
「やってやんなさいよ」
黄色い茸が声をかけた。
「ふーむ、それじゃ、湯に入りなされ」
鉄砲打の女房は着物を脱ぐと、湯に入った。
茸たちが一斉に女房を見た。
「あんたの胸は小さいな」
白い茸がぽろっというと、黒い茸が注意をした。
「人間の女にそんなことを言うと、傷つくよ、気の毒だよ」
「あんりゃ、茸さんにそんなに気を使ってもらわんでもええだ、小さくたって、ちゃんと乳は出る、子供を育てたんで」
「やっぱり男とは違う、女はしっかりしているもんだ」
「そいじゃ、男にしてくださるか」
女房が頼むと、年をとった茸がうなずいた。
「これ、鉄砲打の旦那、旦那も入りなされ」
茸に促されて鉄砲打も湯に入った。お乳がゆっさゆっさと湯に揺れた。
「お前さん、大きな乳だなあ」
女房が鉄砲打を見て目を丸くしていると、自分のお乳がどんどん平らになっていった。そして叫んだ。
「あれえ、股のところが重くなってきよった」
そうして女房の股間に茸が生えた。
「勝手に大きくなりよる」
女房が気味悪そうに自分の股間を見た。
とうとう鉄砲打の女房は男になった。
「来年はな、天狗山で茸がよく採れる」
茸の長老が言った。
「ありがとうごぜえました」
鉄砲打は茸たちに礼を言うと湯からあがった。
「またおいで」
茸たちが声をかけた。
二人は茸がたくさん入った籠を背負って家に戻った。
「父ちゃん、母ちゃん、お帰り」
男の子が両親の帰りを待っていた。
女房が言った。
「今日からな、母ちゃんが父ちゃんで、父ちゃんが母ちゃんになるからな」
子供はうなずいた。
「いいよ、おいらは、きょうから女の子になる」
男の子が前をはだけると、おちんちんがなくなっていた。
「どうしただ」
びっくりした男になった女房と女になった鉄砲打は子供に問いただした。
「おいらも、昨日、茸の温泉に遊びにいったんだ、茸のおじさんが、女の子になりたきゃならしてくれるといったんだ」
「そんで、どして、女の子になりたかったんだ」
「だってよ、近ごろ、ここにあったのが大きくなって困ったからだよう」
女になった鉄砲打はなんとなくうなずいた。しかし、男になったばかりの女房には全く分からなかった。
それから二人は忙しかった。
女になった鉄砲うちは男の子を産んだ。
男になった女房は畑を耕し広くした。
女の子になった男の子は、生まれてきた男の子の面倒をよくみた。
こうして、桃色茸の家族は、茸を採りながら、末永く幸せに暮らした。
めでたしめでたし
桃色茸
私家版第二茸小説集「茸女譚、2017、265p、一粒書房」所収
茸写真:著者 東京都日野市南平 2015-7-12