夢幻

夢見心地という作品で、夢を選んだ方へ
まだ読んでいない方は、ぜひ読んでからどうぞ

夢かどうか。そんなことは簡単にわかる。これは夢だ。現実だというには一つ決定的に欠けている出来事が起こったからだ。この目の前の奴、男か女かもはっきりしないこいつが一体どこから現れたのかということだ。テーブルに掛かっている布の下に隠れることも出来るだろうが、もし現れるのが最初からでは無く、途中から、つまり私が目覚めた後でという話なら、私はテーブルを見ていた瞬間しかない。それ以前なら流石に気づくからだ。ではテーブルを見ていた時ならば可能なのかという話だが、無理だ。もちろんテーブルを見ているわけだから、布を搔きわける姿、またはテーブルが揺れるなりしているところを見ていたはずだ。そしてそんな姿は見ていない。つまりこれは夢で無くては説明がつかない。・・・まるで探偵の気分だ。
「なるほど。熟考されたのですね。そして結論は夢に至ったわけですか。」
・・・そうか忘れていた。こいつは私の声を聞いていない、にもかかわらず、会話が成立するなんていう状況に慣れてしまっていた。これが一番の理由じゃないか。こいつがどこから出てきたのかなんてそれに比べれば些細な理由だ。
「その通り。しかしあなたはすでに選択されております。よって理由に違いこそあれど、結論は変わりません。そして・・・」
そういいながら、テーブル中央のポットに手を伸ばした。しかしそれは先ほど空だと自ら言っていた筈だが。
「いいえ。これは夢なのです。あなたがそう認めてくれましたから、当然。ゆめというものは得てして突然変化するものです。そうして、意味不明で稚拙な物語が生まれる、その過程でドラゴンがいようが、あなたが宇宙飛行士だろうが、さして変化もございませんでしょう?」
傾けたポットの先には当然のように置かれていたティーカップが、本来役目を遂げることなく終えるはずのポットの中から注がれた紅茶を適量、いや、多少入れ過ぎだと思うほどの量が注がれた。
なるほど、自分の夢の中の出来事だ、ならば自分の思い通りにすることも可能なはずだ。たとえばこうして、コーヒーが飲みたいと思うならば・・・当然、コーヒーを用意しなければ飲めるわけもない。しかしどうゆうことだ。私の夢の中ならば私が絶対のはずだ。だいいちあいつはそうして紅茶を出した。そこに違いがあるとすれば・・・この夢は私の夢ではないのか。
「さすがです。確かにそれも考えられる可能性の一つなのです。たとえばあなたはこうして私を見ていますが、それは「あなた」がみているのですか?それとも「あなた」が自分だと思い込んでいるその体の持ち主がみているのですか?どうです、なにかご自分だと証明なさる物をお持ちでしたらばぜひ、あなた様本人だと立証されては。」
そういわれると、なかなか不安になる。自分が自分だと証明する方法。手をみたがあまり自信がない。そもそも他人の手との違いが判らなかった。足も同じく、服装はといえば・・・服?そもそもわたしは普段どんな服を着ていたのだろうか。自分の名前はわかる。性別だってわかるし、生年月日、血液型、いや。待て。これが本当に私の情報なのか?そもそも私は記憶喪失で、これは催眠かなにかで刷り込まれた誰かの情報ではないのか。ダメだ。その先は地獄だ。自分がここに居ないとすれば、その先に待つのは文字どおりの自己破綻だ。
自分だと認識できないのではない。すくなくともここに居て考えているのは私で、いや。それすらも・・・
「失礼ながら。あなた様のおっしゃる通り、その先は無意味と存じておりますので。ご自分を確認する方法として、私自身の落ち度として提唱させていただけますか。でしたら、鏡でご自分を見るのが一番と思います。」
鏡。そうか鏡だ。それならばなんの虚偽もなく真実が見れる。ではその鏡はどこに?鏡がないのにそんなことを言ってきたのか?
「その鏡ならば、こちらに。先ほどから持っていたのですが、ひどくご乱心されているようでしたから、気づけないのも無理ないかと。ともかくお使いください。」
その鏡で見れば、自分がわかる。落ち着け、はなしはそこからじゃないと進まない。ともかく鏡を見れば・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「どうされました?」
その、鏡が・・・曇っているのか?ともかく、見えない。水垢がひどい風呂場の鏡みたいだ。顔のパーツすらわからない。どうなっているんだ。
「なんですって?そんなはずは・・・御冗談を申しているのですか?わたしにははっきりと見えるただの鏡に見えるのですが。」
そんなわけがない。ならどうして見えない。ゆめの中だからか?夢の中ではわたしはなにもできずなにも干渉も行えないと?ならもういい。さっさと覚ましてくれ。もうこんな意味のない夢は充分だ。
「落ち着いてください。取り乱しては・・・」
いや、待てよ。こいつはなんなんだ?他人の夢のなかに入りこんできて、勝手に俺を試すこいつはなんなんだ。こいつが原因なのか?こいつがいるからこんな悪夢になってるのか!そうなんだな!これは私の夢だ。そしてお前がいるから俺はこんな目に・・・ふざけるな!
『テーブル越しにでも手は充分届いた。鏡でやつの顔を殴りつけた。ガラスが割れて俺の手からも血が出たが、逆に好都合だった。割れたガラスの方がよっぽど切れる。なんども、何度も何度も何度も。殴る。叩く。蹴る。ぶつける。殺す。殺す。斃す。』
『壁が赤い。元からだったからかこいつの血の色がそうさせているのかもうわからない。手も真っ赤。俺の血も交じっているから、赤というより泥に血を混ぜたような、拭っても跡が残るほどに濁って、汚い色だ。』
『こいつは完全に死んだ。心臓がどれかもわからないから、適当に潰しておいた。生きていてもじきに死ぬ』
『意識が消える。もうそれもどうでもいい。これはわたしの夢だからだ。』

気が付くとどこか知らない部屋に倒れていた。コンクリートがむき出しで灰色が、いや、ところどころに赤い点やしぶきが飛んでいる。
トマトか塗料なのかと現実を遮ろうともしたが、眼下に倒れているそれが原因だと頭が催促して逃げ切れなかった。
部屋の天井には裸電球がつられているが、点滅を繰り返している。真ん中を位置する場所にはテーブルを囲んで二つのイスが置いてあった。片方のイスからは見えないが、反対のイスの下には箱が置いてあった。見えないのは箱の片面、対面のイス側にはマジックミラーがついていたからだ。箱の中にはティーカップが二つと、ティーポッドも二つ。うち一つには中身が入っていない。中身は紅茶らしかった。テーブルの付近に白いシーツが落ちていた。拾い上げるとその下から割れたティーカップ二つと中身の入っていないティーポットが見つかった。おそらく喧嘩があったのだろう。そして片方はその後死亡した、というのが現状か。
死体をみたが、これは死体ではなかった。人形だった。とても精巧に作られており、腹部と胸部が重点的に壊されている。傷跡から切り裂き跡が多く見られた。おそらく割れたティーカップの破片などで行ったのだろう。そして驚いたのが、腹部の中にあった血のりだ。
袋と思しきものが三つ出てきた。なぜか腹部に入っていたが、おそらく内臓を意識したものだろう。
さて、周辺事実はこのあたりで、次はわたしの確認だ。手は擦りむいた跡が多くあり、血は出ていなかった。服装はやけにこった貴族風の礼服だ。茶色が大部分を占めていた。が、所かしこに血のりが飛び散ってしまっている。身に着けていたのは服だけで、時計も財布もなかった。パーティーにでも来たのだろうか。ではなぜこんなところに?と、一つ見落としていた。私はずっと大事そうに左手で鏡を持っていた。割れてしまっているが、外枠には文字が彫られていた。「真実に気付いた者へ」
誰かへのプレゼントなのだろうか。それともそんな高名な名がある誰かへ・・・いや、これはわたしへのプレゼントか。
つまりこれは。喧嘩ではなかった、と。何かがそう言いたがっている。
真実とは、現実の事であり、またそれは残酷さを伴うものでもある。真実は時に残酷だ、というのは昔からのいわれだ。
では、真実とはなにを意味するのか。つじつまを無理にでも合わせよう。そうして見えるほど遠い真実もある。
とある文献より、発狂することが必要な状況というものを見知った。絶対的窮地に陥った際に、人は限界を迎え発狂する。しかし発狂することで終わりを意味することは一切なく、むしろきわめて理性的と言える。それは選択に及ぶ決意や、現状打破の方法、いかに生き残るのかを一切の余裕を持たずに、また自分への俯瞰的意見を出した結果だと、その文献は書いてあった。最悪の方法とは、裏を返せばもっとも現実的で、もっとも成功率のある方法でもあるのだ。それが真実と仮定しよう。
まず、絶対的事実として、私は発狂した。原因は不明だが、なにかしらがあった。では、そこから何があったのか。起こったのは簡単な結果だ。まずこの部屋へ移動した。この部屋は恐らく部屋そのものを作品としたもので、人形はこの部屋に置かれていたのだろう。
次に、ティーポットの数からして、私は恐らく茶会に興じた筈だ。人形がマジックミラーのある箱側で、私は招かれた。さながら不思議の国のように。そして、楽しい茶会は終わりを迎え、ティーポットに入っている紅茶の匂いを嗅いだ。そこで私は暴れ、人形を破壊。そして同じように自分も倒れた。というのが筋書だろう。
・・・ばかげている。しかしこの状況、自分の名前すら思い出せない今、それしか思いつかない。名前さえ思い出せれば・・・
「名前・・・そうだ、自分を確かめる方法。鏡!」
鏡?なぜだろう。思い出したくない記憶がそう言う。現に鏡はさっき見た。真実に気付いた者への贈り物ではないのか?
「鏡には!何が見えた?何が映った?」
やめてくれ。頭が痛い。まるで鈍器で殴られているようだ。いや、酒に酔って酩酊しきった気分・・・映った?
鏡は割れていて、映るものなんか・・・いや、もしもがある。
「鏡だ!鏡を・・・」
焦るな。過去の自分はそうして何かに気付いたのか。では、鏡を見れば元通りというわけだ。望み通り、見てやろう。そら、なにが見えた
「鏡を見るな!」

それから何時間たった?今もこうして立っている。鏡を見てはいけない、と。自分の記憶が言った瞬間からの記憶がまるでない。
しかし・・・以前の発狂した記憶も思い出した。しかしおかしい。この部屋に出口がないとは。出口どころか、朽ちて穴だらけで、どこからでも出入りできそうだ。まったく、へんな夢を見たものだ。いや、これが夢なのか?
わかるのは一つ。私が壊したのは人形ではなかったことだけだ。

夢幻

とある文献とは、ラヴ・クラフトの有名なあれです。発狂した方が良い、とまではありませんが、殺人鬼に追いつめられた人が、発狂し、意識が数時間とんだ時、その人は警察を訪れ、殺人鬼は警察により既に亡くなった状態で発見された、というような、ご察しのような展開がありえます。さて、後半血なまぐさいところがありました。気分を害されましたら申し訳ございません、しかし。謎はまだのこっています。そのあたりを解くには、現実だと認めなければなりません。あの不思議な出来事は夢ではなかった、と。
回答を予想すると恐らく、そんな程度か。と落胆されるでしょうから、ふーん。で?くらいの気持ちで見てやってください。

夢幻

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日
2017-12-30

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