わたくしごと


ハート,を句読点の所に書いて,ボールペンに蓋をした。便箋三枚。思ったより書けた。あとは封筒に入れて,ノリをして,投函。切手は途中で買えばいいから,お家で出来るのはここまで。出かける準備をしたら,部屋を出て,ショートブーツ。声をかけて,ドアを開ける。手には財布,その下に隠す。宛先は横書き,間違えないために復唱したから,諳んじることだって難しくない。タタタンタン,とリズムよく,頭の中で続ける。外に出る。少し寒い。でも,楽しい。
赤い車が通って,黄色い車がそれを小さく,一所懸命に追いかける。青信号が快適スムーズに,道という道を整える。窓を閉めている車がほとんど。もっと日が暮れたなら,風はますます冷たくなるだろうから,でも,時々開けて走る車があったなら,聞いているものを聞かせてくれた。曲にCMにお喋り。伝えたいことに教えたいこと。気になること,車がまた走り出して,もっと知りたくなること。スマホのアプリを起動して,持って来なかったイヤホンを抜きにして,聴きたくなる。でも我慢する。歩みを止めたくなくて,遅くしたくない。
私は歩道を歩く。落ち葉をわしゃわしゃかき混ぜながら,鼻をすすって,道の間を横断して,暖かそうなお店の中を眺めて,出てきたお客様を認めて,ぶつからないように距離を取りながら,ぶつかりそうになる前に,急いで先を進みながら,一回息を整えながら,袖の長さを伸ばしながら。ラッパのマークを思い出して,クラクションの注意事項を探しながら,気にしていないという顔の対向者の何人かを見つけながら,静かになって,反対車線が活発になるのに気付きながら,点滅する一つ向こうの歩道。パパパっと明かりが点いて,いい所にあるコンビニエンスストアに入る。切手を買う。ほら,効率がいい。
ホットなお茶を飲み終えて,蓋を分別して捨てたなら,リベンジよろしく,小走りで渡り切って,振り返りもしないで歩く。小道には入らず,真っ直ぐまっすぐ。途中,見るからに寒そうな大型犬がダンディなおじさまに連れられて,散歩をしている場面に出くわして,思わずガン見していたら,おじさまに明るく話しかけられた。二,三言の他愛ない会話,どうせならしちゃえ,と思ってした質問。
「カレ,寒くないんですかね?」
ああ,と納得した笑みを浮かべたおじさまが,「よく訊かれるんですよ」と言いながら,教えてくれた答え。
「この子,寒いのに強いし,好きなんですよ。今日だって,私がカノジョに散歩に誘われた格好です。」
カノジョ?はい,カノジョ。
思わぬ失礼を正しく詫びて,アハハ,と朗らかに許してもらって,尻尾を振ってご機嫌だったカノジョにも別れを告げて,私はまた進んだ。道の勾配は緩やかな上がり坂,ボトムスに包まれた太腿に支えられて,上る,上る。そこの街路樹は並んでいて,下からライトアップされた色が目立って,なかなか様になっていて,見上げたまま,程なく見落としそうになった。背後にあるその姿。
赤いポストの投函口。
それをしたためた。それを送った。少しだけ緩やかなだけでも,下り坂は早かった。道が平坦に戻っても,切れて息が整うまで,私は歩いた。長い帰り道。
誦じたなら,たどり着く。おまわりさんは要らない。
迷子にならない。

わたくしごと

わたくしごと

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-12-12

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