譲れないもの
私に譲れないものなんてあるんだろうか。
ふと、そんなことを考えた頃には、もうお昼を過ぎていた。
多分、今度の面接も落ちたんだろうなと小さくため息をついた。
特にしたいこともない。目標もない。ただ漫然と生きていて、周りに合わせるだけの人生。
親がうるさいから面接を受けてるだけで、別に行きたい会社もない。友人もたくさん会社の面接を受けてる様だが、私からみると、なんでそんなに頑張れるのか分からない。
昔はもう少し夢があったはずなのに、いつからなのか無気力に生きていくだけになってしまった。
もう一度ため息をついて、どこか軽く食べれるカフェを探した。
少し気分転換でもしなければ、夕方からの面接まで気持ちが沈んだままだ。
小さいカフェを見つけて夕方までダラダラと長居した。とても落ち着く雰囲気だったので、何も言わない店主に甘えて、面接時間までの時間を潰してしまった。
「そろそろ行かないと………」
お会計を済ませて、外に出ると肌寒かった。最近まで暑かったのに、もう秋だ。これからどんどん冷え込む。
そんな寒さに身震いしながら、面接会場まで早足で歩いて行った。会場に着いたころには、他の人も来ていた。あまり大きな会社ではないのに、それなりに人がいたことに驚く。
皆、就職に必死なのだろうか。
どこでもいいから入りたいという気持ちで、手当たり次第受けているのかもしれない。もし、そうであるなら、私もその一人だ。
友人の中には既に就職の決まった子もいる。だから、私は遅れているんじゃないかと思った。けれど、まだこんなに面接にくる人たちがいて少し安堵した。
しばらくすると、名前を呼ばれ、幾つのグループに分けられて面接が始まった。
「それでは、面接を始めさせて頂きます。」
担当の面接官は初めの挨拶を言った。こちらもよろしくお願いしますとそれぞれに頭をさげる。
私たち全員が座ると面接官は面接内容を話し始めた。
「こちらが質問したことに答えてください。答えられる方から答えて結構ですので、必ず全員答えてください。質問は一問だけで、答えた方から帰ってくださいね。合否の有無は、手紙にてお知らせ致します。」
周りがざわめいた。少しだけ緊張感が増す。
しかし、
「譲れないものはありますか?」
と、こちらの緊張はお構いなしに言った質問に、皆の緊張は緩んだ。
え?と誰かが声にだした気がした。けれど、面接官はニコニコと笑っている。どうやら、これがたった一問の質問らしかった。
私自身、驚いた。それは、お昼に考えていたことだったから。そして、心の中でため息をつくしかなかった。
また落ちたなと思った。
だって、譲れないものなんてない。そもそも、何の為に生きているかも分からない。ただ、何もないまま生きている。
けれど、面接に来た以上、何か言わなくてはならない。
喋り始めた人がいたが、そんなことは頭にないくらい、グルグルと譲れないものについて考えていた。
考えていたものも本当に何もないことに気づいて、他の人はどうかと周りを見ると、私と一人の男の子しかいなかった。どうやら、グルグル考えている間に他の人たちは帰っていたらしい。
男の子というより同い年くらいの男性は、綺麗な顔立ちをしていた。女性と見間違うほどの端整な顔つきだった。
「譲れないものになるかどうかは分からないですが、自分らしくあろうと思っています。」
「自分らしく、?」
思わず口にでた。すると、男性はこちらをみて言った。
「そう、自分らしく。作らない………そうだな、自然体。」
「え、でも、それって、自分を知らないと無理じゃない、?」
そう私が言うと、彼はサラリと言った。
「知ればいい。そして、自分に嘘をつかないことだ。」
衝撃だった。そんなことをサラリと言ってのける人がいるなんて思いもしなかった。
唖然としていると、彼は私に聞いた。
「あんたにはないのか?」
あるわけがない。今まで、ただ生きてきただけだったから。好きなこともしたいことも将来の夢も何もない。恥ずかしいくらいに悔しいくらいになかった。
「………ないよ。そんなの。あるんだったら、手当たり次第に面接なんて受けてない。」
ぽつりと言葉が零れた。すると、自然と想いが溢れてくる。
「何がしたいかなんて分からない。夢も好きなこともない。」
彼も面接官も黙って聞いている。
「何が出来るかも分からない。たくさんしたいことはあったのに、どうしてこれがしたいのか聞かれても何も答えられない。自分の中には何もない。どうしていいかも分からない。」
分からないよ………と零すと涙が溢れてきた。ぽたっと落ちた。
泣いていても声もでない。大声で泣くこともなくなってしまった。
ぽんっと頭を撫でられた。
「無くてもいいんだ。今は自信がないだけ。やってみるといい。怖くても少しだけ前に出てみるといい。失敗も成功も君の大事な経験だから。」
そういう言われて、また泣きたくなった。そんな温かい雰囲気が流れているところに不釣り合いな声が入った。
「はい、二人とも合格。」
「え?」
私と彼の声が重なる。前をみると、面接官がニコニコ笑っている。
「合格?」
「そ、合格。譲れないものに対しての答えが良かったから。」
なんとも私的な答えが返ってきて、私の涙は止まった。
「ここは、探偵事務所だからね。そういうちゃんと自分のことが分かってる子じゃないと、すぐ自分を見失っちゃうからね〜。」
………探偵事務所、?
「え、ここって、探偵事務所なんですか?」
困惑して質問すると、面接官も彼も驚いた表情をする。
「知らなかったのか!?」
「本当に手当たり次第受けてたんだ。」
面接官は楽しそうに笑っている。
「色んなことがあるけどいい?」
色んなこと?と首をかしげると面接官は説明してくれた。
「事務的なこともするし、探偵として依頼を遂行するときもあるし、時々体張ったこととか、?まぁ、いろいろ。それでも、働いてみる?」
その含みのある言い方はなんなんだろう。
けれど、どっちにしろ、もう就職活動をするのも疲れたし、同僚も彼のような人と一緒がいい。ほかにやることもなかったので、不安になるようなことは言われたが頷いた。
それからは、怒涛の日々が続いた。親には心配されたが、この業界では名の知れた探偵事務所のようで、社会保険も充実していて、お給料も良かった。
というより、お給料は良すぎた。
本当にこれは初任給なのかと頭を抱えるほどだったが、仕事をしていく内に、確かにこれは給料も良いはずだと思うようになった。
時々、命がかかってることを知って、割と大変な依頼もある。
それでも、今までよりは充実した毎日を送っていた。
まだ、譲れないものが何かは分からない。けれど、何もないと言葉にしたあの時から、あまり背伸びもせずに自分らしくやれていると思う。少しだけ友達は減ったけど、会社の人とは上手く付き合えいるし、楽しいと思うことも増えた。
だから、今は、楽しいと思えるようになった自分を好きになることから始めてみようと思う。
「貴方は、譲れないものがありますか?」
譲れないもの
久しぶりの更新ですね。
といっても、いつも久しぶりのような気がします。
この作品は、僕自身だと思います。譲れないものなんて無くて、何の為に生きているんだろうと時々自問自答します。けれど、答えは見つからず、自身が何者かも言えない僕です。
恥ずかしいことにヘタレで見栄っ張りな僕は、自分に素直になることができません。
少し後書きが長くなってしまいましたが、少しでも作品を見てくださる方、いつもありがとうございます。
こんな僕ですが、時々おヒマがあれば、僕の作品を覗いて、楽しんで頂けたら幸いです。