春霞

春霞

宮城での年明け

春        霞

                          作  杉 山  実

                5-1
「20世紀最後に成った!」
年末のカウントダウンのテレビを見ながら、高校二年の由美は何故か今夜は特別はしゃぐ弟を見ていた。
「隆、今夜は嬉しそうだよ」
明日の朝四人で初詣に行く衣類を用意する母、美代に言った。
「は。な。び」
隆が片言の様にテレビの画面を見て言った。
美代が「21世紀に成ったら、隆の病気も治るのかね」と期待を込めて言う。
由美が「お父さんもうすぐ帰るかな?」と掛け時計を見て、待ち遠しそうに言った。
父貴之は蒲鉾の工場に勤めていて、年末迄は大変忙しく毎年歳が開けての帰宅だった。
弟は中程度の精神薄弱で施設の学校の中学クラスに通っている。
二人の上にもう一人姉の里美が居るのだが、美容師なので年末年始は中々帰れない。
まだ国家試験に合格をしていないので、美容学校に行きながら美容院に勤めていた。
二人の姉妹は弟の病気の事が有るので、進学は里美が中学の時に「由美、私達は高校卒業したら手に職をつけて、両親の負担を減らそう」そう話していた。
それは弟の将来の為に両親の蓄えは使って、自分達は自立しようと云う意味だった。
由美は勉強が多少出来たので、短大にでも行きたいと思っていたが、姉の言葉と弟を見ていると、とても言い出せる雰囲気ではなかった。
高校生に成ってからはバイトをしてお金を貯めていた。
由美は小さい時からお金を貯めるのが好きだった。
友達にケチ由美と言われる事も多かった。
でも何故かその様に云われるのが、いつの間にか自分の使命の様に思っていた。
「由美!今年は進学か、就職?専門学校を決めないといけないね、お母さんは由美が勉強出来るから進学が良いと思うのだよ」と母が言った。
「ダメよ、お姉さんがもう働いて居るのに、私だけ学校には行けないわよ」と否定する。
「お金なら、何とか成るよ」と美代が言う。
由美が「隆の為に必要でしょう?」と残す様に言う。
「そりゃ、そうだけれどね、由美も勉強して良い所に就職して、良い人と結婚したいだろう?」
「。。。。」夢はそうだけれど、現実は無理だよ、二人はお互いに判っていた。
美代は隆が居るから中々難しい事を、由美も経済的に難しい事を、でも新年から夢の無い話しが出来ない二人だった。

宮城の冬は寒い「ただいま!」と玄関が開いて「あっ、お父さんだ」由美が出迎えに走って行った。
後を追う様に隆が付いて行くと「お。か。え。り」隆が言うと、貴之が隆の頭を撫でて「明けまして、おめでとう」と笑った。
「お父さん、お疲れ様」由美が言うと、奥から美代が「お疲れ様、お風呂に入る?」と労う様に話す。
「そうだな、今年はカウントダウンのイベント用の蒲鉾で、会社は儲かったのじゃないかな?」
「臨時ボーナス?」嬉しそうに言う美代に「それは無いだろう」と笑う貴之。
「明日は十一時には出ましょうね」由美が確かめる様に言うと「大崎八幡宮は久しぶりね」由美が嬉しそうに言った。
「初詣の人が多いから、隆と手を繋いでいてよ」
「はい」
「ぼ。く。だ。い。じょう。ぶ」と隆も判ったのか、嬉しそうだ。
「去年は小さい神社でも迷子だったじゃない」
父の貴之に似て子供は背が高く、由美も高校二年で165センチのスラリとしたスリムな体型だった。
由美は専門学校に行って就職しようと心では決めていた。
でも何を勉強しなさいと云われるとか、何がしたいわけでも無かった。
本当は大学に行きたい気持が有った。
クラスの友達の大半は大学、短大で専門学校、就職は極少なかった。

その年の春、看護師に成ると友人の一人に聞かされて、自分も看護師の仕事をしてみようと決めるのだった。
弟、隆の病気が心の何処かに有ったのかも知れなかった。
ある日「お母さん、友達の美由紀がね、東京の看護学校に行くらしいの、私も一緒に行こうと思うのだけれど良いかな?」と突然話した。
母が「東京は物価が高いから大変だろう?」心配そうな由美に言った。
「学生寮に入るから、大丈夫みたいだよ」
「学費は何とか出してあげるけれどね」
「学費有れば、後は大丈夫だよ、バイトするから、東京は田舎と違って一杯就職有るから」
「変なバイトしたらダメだよ、お嫁に行けなくなるからね」
「判っているわ、美由紀がね、今度の連休に下見に行こうと言うのよ、行っても良いかな?」
「東京は恐い所だからね、よく見て来るのだよ、自分に合ってなかったら地元にも学校は有るからね」
「はい」とは答えたが都会に憧れが有ったのは事実だった。
由美は姉の影響も有って、美容関係にも興味が有った。
時々姉の道具を使って叱られた事も有ったのだ。

高校二年の新間由美が、友達の須藤美由紀と一緒に東京に出かけたのは一月の連休だった。
二度目の東京、今日は学校を見て東京に宿泊して、明日の夜に宮城に帰る予定に成っていた。
新幹線を降りて中央線に移動する。
沢山の人に飲み込まれそうに成る二人、行き先の掲示板だけが頼りで長いエスカレーターに乗る。
「凄い、高いね」と由美が言うと「田舎者だと思われるから」と小声でと、美由紀が言うと廻りの人が聞いていたのか笑っていた。
その中に山下巧美もいて、勿論友人二人と一緒に目で合図をする。
美由紀は比較的可愛い垢抜けした学生で、由美は普通の学生だった。
唯背丈が高い靴を履くと百七十センチを超えるから、あだ名はジャイアントと呼ばれていた。
毎日の様に背丈が伸びている様な気がするのだ。
中央線のエスカレーターを登り切るとホームに始発の電車が停車している。
乗り込む二人はバックを持っているから、直ぐに田舎から来た学生だと山下達には判っていて、美由紀に目を着けたのだ。
由美達が座ると前の席に三人は腰を下ろした。
しばらくすると車内は混んで来て、年老いたお婆さんが乗り込んできた。
由美は素早く立ち上がってその老婆に席を譲って座らせると、今度は子供を抱いた女性が二人乗り込んで来る。
美由紀が席を譲ると遠慮しながら座る女性、発車するとお茶の水駅でまた老人が二人乗り込んで来た。
すると由美が山下達の処に行って「席を譲ってあげたら?」と話しかける。
「何故?譲るの?」と山下が言うと「元気な若者が譲るのは当然よ」と言う由美。
「田舎者の姉ちゃんが何、格好付けている」由美の袖を美由紀が引っ張る。
「止めてよ、此処は東京よ」
田舎では時々由美は同じ行動をするから、美由紀が怯えて止めた。
立ち上がる三人「わあ、良い感じ、譲ってくれました」と言って老人に席を指さした由美だった。
「降りな、姉ちゃん」と怒る。
「判ったわ」ドアに近づくと、扉の閉まるのを見計らって三人を押した。
二人が押されて電車の外に、山下だけが車内に残って電車が発車した。
「何をするのだ」と怒る山下に「早く降りないから、はぐれたね」と笑った由美、この連中は一人に成ると大人しい事をよく知っていた。
「よく見ると可愛いね、」
そう言われて怖く成る山下、殆ど背が変わらないので、小柄な山下には由美達が女番長に見えていた。
次の駅で慌てて降りる山下は「覚えていろー」の捨て台詞でホームに消えて行った。
田舎なら拍手喝采なのに、何事も無かった様に電車は新宿を過ぎて走るのだ。
こうして二人の東京は始まった。

ダブルデート

5-2
国分寺で二人は降りた。
「結構、田舎よね」
「仙台から少し離れるのと変わらないわね」
住所調べて国分寺看護学校に向かう、バスで十五分、住宅地が続いた。
「あっ、見えて来たわ」
「大きい建物ね」
二人は建物で気に入ったのか、この学校に入学を決めて、その後は高校三年生を満喫する事に成るのだ。
進学先とか就職先が決まると気楽に成ったからだ。

夏休みには、高校の同級生との好奇心からの初体験もして、興味が有ったけれど呆気なく終わった。
それは好きと云う感情よりも興味が勝っていたから、愛のないSEXは駄目ねと思う由美だった。
色気づくと、化粧もする、由美も姉が美容師だから、化粧をする機会が増えていた。
里美が由美をモデルにするから、自然とその様に成る、隆に化粧をして一度叱られたから、もっぱら由美がモデルを引き受けていたのだ。
化粧で変わる自分に驚きと優越感を感じる事も有った。
休みの日に化粧をして町に行くと、二十歳に見られて嬉しい時も有った。

卒業式が終わると、美代が用意してくれた生活に必要な物を看護学校の寮に送るのだが、ケチ由美の異名の通り、美由紀の荷物に便乗させて、送り付ける周到さだ。
美由紀には姉の美容院に二人で行って、餞別代わりに、髪を茶髪に染めて貰う、里美も呆れる行動だったのだ。
美由紀は変身してご満悦、由美も少し短い髪に成っていた。
二人は明日東京に向かう予定だ。
三年間の看護学校を卒業すれば、地元に戻って看護師として働こう、隆の面倒もやがて自分が見る事に成るのだろうと考えての看護学校なのだ。

しばらくすると、悪魔の町東京が二人を大きく口を開けて飲み込むのだが今は知らない。
お金が有れば、こんな楽しい町は無い事を知ってしまう、二人なのだ。
欲しい物は何でも有る。
テレビでしか見ていない、劇場の芝居も、歌も、音楽もそして食事も、同級生が色々な話しを教えてくれる。
タレントの話、装飾品、美容関係も、病院に近いので、美容整形にも興味を持つ二人、普通の人に比べて怖さが無かった。
唯お金が無い、学校の空き時間にバイトを考える二人、寮の規則を破って、夜のバイトに出掛ける美由紀、コンビニで十二時迄のバイトを始める。
由美もファミレスのバイトにこっそり出掛ける、
それ程お金が欲しかった。
ケチ由美も美容の魅力には勝てなかった。
綺麗に成りたい願望が二人には有って、田舎者と思われたくないのだ。
「お金を貯めて、整形して、良い男を掴むわ」と美由紀が言うと「私は、男は要らないけれど、綺麗には成りたい」
「プチ整形なら、安いわ」と二人は秋までには、お金を貯めようと努力していた。
由美に比べて、男遊びも好きな美由紀は、ある日若い男を由美に紹介した。
もう何度もラブホに行ったと自慢していた。
高校を出て仕事をしている工場勤めの男だ。
前田純と言う二十歳の男にお金を出させて美由紀は遊んでいた。
前田は殆ど給料を美由紀と遊ぶ事に使っている様だ。
寮の部屋で、煙草も吸い始める美由紀だった。
「身体悪くするよ」
「大丈夫よ、少ないから」
「純なんて、日に二箱も吸うらしいよ」
「私、煙草の煙に弱いから、ベランダで吸ってね」
由美は美由紀を見て、女は付き合う男で変わるなあ、高校の時は自分の影に隠れていた美由紀が、今では肩で風を切って歩いていると不思議だった。

そんな美由紀が彼氏の友達と四人でドライブに行く事に成った。
由美は乗り気でなかったが、前田が自分の友達が彼女を欲しがっているから機会を与えるのだと、美由紀に頼んでいた。
同部屋の由美が一番頼みやすい美由紀は、日曜日の昼間なら由美のバイトも無いからだ。
「お願いよ、付き合ってよ、純の友達、最近彼女居ないらしいのよ」
「昼ご馳走してくれる?」
「いいよ、昼くらい簡単だわ」
「でも、七時からバイトだからね、それまでに帰るならだよ」
「判ったわ」早速電話で返事をする美由紀だった。

日曜日に黒のデラックスな車が女子寮の横の道路に止まった。
窓から見ていた美由紀が「来たわ、行こう」と先に出て行った。
付いて行く由美、気乗りしていなかった。
車の中の煙草の煙が嫌いだった。
車から降りて来た二人の男を見て、何処かで見た様なと思ったが、そのまま車に乗り込む。
後ろの席に二人が座って「俺、前田純、美由紀の友達、こいつ山下って言うのだ、宜しくな」
山下と呼ばれた男は軽く会釈をしただけだった。
「私、須藤美由紀、彼女は新間由美、故郷が同じなのよ」と紹介すると「新間由美と言います、よろしく」と会釈をする。
車は早速高速に「純、由美バイトだから、夕方六時には帰らないと駄目だからね」
「オーケー」と言うと早速煙草を吸い始める三人、車内の空気の悪さに窓を開ける由美だった。
「何処に行くの?」
「河口湖」
中央高速を高速で走る車、
「良い車ね」
「兄貴の車、借りてきたのだ」
それは嘘で、勝手に乗って来ていた。
山下巧美は女性にもてたい為に、兄寿実の留守に拝借していた。
兄は一流商社マンでよく海外に出張に行く、山下巧美は山下家の異端児で父も商社マンで重役、寿実もその関係での就職だった。
国立大学を卒業して、入社五年目の将来を約束された男だった。
巧美は高校がギリギリで卒業、とても大学に行ける学力は無く、予備校に一年行ったがその後は何をしても、長続きせずに現在に至っている。
寿実の母が亡くなって、数年後に父が再婚で巧美が生まれたのだ。
母瑠璃子は姉妹で姉寿子の後添いに妹が嫁いだ形だった。
再婚で甘やかした巧美がこの様に育ってしまったと、父俊武は嘆くのだった。
中央高速を百キロ以上で走って、河口湖に到着した四人は「何処に、行くの?」美由紀の質問に「まかせろって」と言う純だった。
「富士山が鮮やかに見えるわね」
「雲が切れて」
車は大石公園に「わー、綺麗」一面にラベンダーが咲き誇って、河口湖に富士山が映って絶景だ。
「純、良い処知っていたね、ラブホしか知らないと思っていた」美由紀が馬鹿にした様に言った。
「本当に綺麗ね」由美も携帯で撮影をしている。
腕を組む純と美由紀、別れて歩く由美と巧美、腕を組みたい巧美だが中々出来ない。
美由紀が「三人並んで、写真写すわ」と交代で写す。
昼は名物の富士吉田うどんを食べる。
「名物に美味い物は無しだな」そう言う巧美、ようやく由美も巧美と話しをし始める。
だが何回見ても何処かで会った気がして仕方が無かったので「巧美さん、私の事知らないですか?」と聞いて見た。
「知らない、会った事もない」と言った。

由美と美由紀は化粧に髪が茶髪に変わっている。
四ヶ月の東京生活で昔の高校生のイメージは消えていたから判らない筈だった。
河口湖の遊覧船に乗って、少し汗ばむ身体を涼しげな風が包む。
「気持ち良いわね」
「朝少し雲が有ったけれど、雲が切れてからは快晴ね」
「ところで、あの山下って人何処かで見たのだけれど思い出せないのよね」
「由美最初から、同じ事言っているよ」
「そうなのよ、気に成るのはね、良い印象では無かったからよ」
「そうなの?」
二人が話しをしていると、缶コーヒーを持って二人がやって来た。
差し出した缶コーヒーに「ごめん、私飲めないのよ」と由美が言った。
「そうなの、由美ね、コーヒー飲まないのよ」
そう言われて、巧美がコーヒー缶を純に渡すと、直ぐに走って行って、ジュースの缶を持って来た。
「これなら、飲めるか?」と由美に差し出した。
「ありがとう」そう言って遠慮しながら受け取る由美、中々気が利く男ね、と初めて良い印象を持つ由美だった。

垢抜けした二人

  5-3
山下巧美二十一歳無職、その男の印象が少し良く成ったが、もう帰る時間に成る。
バイト迄に帰らないと、船を下りると「もう帰らないと、バイト間に合わないわ」
「今日は、病気で休めば」と美由紀が言うと「駄目よ、今のバイト、学校の時間とか考えると場所も最高なのよ」
何も言わない男二人、車は河口湖を後に高速に向かって走り出した。
「間に合う様に走るよ」と一言言って巧美は車を走らせる。
高速の掲示板には渋滞の表示が、日曜日の上りの中央線夕方は必ず混んでいる。
焦る巧美を見て由美は「焦らなくても良いわよ、事故でも起こしたら大変だから」と言ったので、巧美に少し好意を持った由美だ。

その後、二人は時々会う様に成る。
それはバイト先に巧美が来るからだ。
食事をする為に、何度か会うと情が出来るのが常で、付き合う様に成った。
由美には初めて付き合った男性なのかも知れない。
高校の同級生との好奇心のSEX付き合いとは少し違っていた。
しかし、巧美が就職はするが長続きはしない。
その為、小遣いは母親頼みが現実だった。
巧美は実母を早く亡くした寿実に哀れみを感じていたのかも知れなかった。
母の顔を全く知らないで育った兄と、両親に甘やかされて育った巧美の違いかも知れなかった。
母は姉の子供を必死で育てた。
寿実が二歳で姉が心臓麻痺で他界して、途方に暮れる俊武を葬儀で見た妹だった瑠璃子は、家政婦代わりで寿実の面倒を見ていた。
商社マンの俊武は出張も多くて、子供の面倒を見る事が出来なかった。
そのうちに二人に愛が芽生えて、再婚に成った。
母は姉の子供を立派に育てると云う使命感が有って、その為厳しく育てた。
反面巧美は、父俊武が甘やかすのを、黙って見ていた母だった。
いつも、兄は偉い、偉いで育てられ、巧美は落ち溢れの典型、高校生からは不良仲間との付き合いも増えて、今でも続いていたのだ。

半年前に二人は会っていたが中々思い出さない由美だ。
髪型とか化粧で変わった由美を思い出す事は巧美にはもっと困難なのだ。
二人は時々ファミレス以外でも会う様に成るが、仕事をしない巧美を由美はそれ以上好きには成れない。
巧美はその頃の由美に対して、姉貴的な感覚で付き合っていた。
でも適当な身体の付き合いも有った。
美由紀が純と別れるまで関係は続いた。
二人は異性に対して割り切って付き合っていた。
美由紀はSEXをするから結婚イコールの考えが全く無かった。
四人の付き合いは年を越えると自然消滅をしてしまった。
美由紀が純と喧嘩別れをしたから、連鎖的な別れだ。
その後も美由紀は男性と付き合うが短期間で別れるを繰り返すのだった。

看護学校の勉強は真面目に受けるから、成績は中位で安定している。
同級生の友達も沢山増えて、バイトで稼いだお金で念願の美容整形をする二人。
美由紀は、元々美人顔で少しバランスが悪いからそこを少し治せば綺麗な顔に変身した。
額が広いのと、歯並びが良ければ完璧だと自分では自信を持っていた。
二学年目に成る前に変身した二人なのだ。
髪の色も茶から少し暗くしてイメージを大きく変えた。
化粧が変わって上手に成ったのよと言ったが、同級生は信用していなかった。
時々田舎に帰ると二人は東京に行って垢抜けしたな、と言われて喜んでいた。
二年目に成ると実習とかが始まって、三年生に成ると就職先を決める。
二人は近くの総合病院に就職しようと考えていた。
それは、実習で何度か行って好みの先生が居たと云う単純な理由だった。
二人のどちらが落とすか、それが二人のこの府中総合病院に就職する訳だった。
整形をしてから自信が出来た。
綺麗な化粧をして、派手な感じから、落ち着いた髪に化粧に変身する二人、実習から良い印象を与えて、出来れば玉の輿を狙う二人だ。
美由紀は将来お金が出来たら歯並びも治したいとの希望を持っていた。
ケチ由美の真似をして最近は煙草も吸わなくなっていた。
女性は付き合う男で良くも悪くも変わるのだと、由美は美由紀を見て呆れていた。
今は病院の先生佐藤和夫に気に入られ様と必死だった。
殆ど佐藤の事は知らない二人、結婚はしていない、国立の医学部卒業年齢は二十七歳、将来有望、美男子それだけで充分だった。
二十一歳に成る二人にはそれで良かったのだ。
週に一度の実習が楽しみな二人、正月には就職も決まって、二人揃って地元の成人式に、垢抜けした二人に同級生達が「流石は東京ね、綺麗に成ったわね」と褒め称える。
男子も二人にアプローチをするが、今は眼中にないので田舎の同級生には目も触れないのだ。

この看護学校は合格率百パーセントで全員が資格を習得するので、地方から出て来た生徒は卒業と同時に半分以上は東京都内の病院に就職が決まって、地元に帰る生徒はごく僅かで、東京の空気を吸うと中々田舎には帰れないのが現状だった。
美由紀も由美も当初は宮城に帰って就職の予定だったが、もうその考えは消えていた。
こうして、宮城の田舎から東京に出て来た二人の少女が大人に成って、東京の都会で恋と未来に希望を持って生活を始めた。
二千三年の春、桜の花の満開の頃だった。

柏木廣一が東京に仕事で関西から行く様に成ったのはこの年からだった。
小さな食品製造メーカーの営業として、この春から関東の大手の問屋との取引が始まった為にだった。
柏木は大学を卒業して住宅資材の会社の営業で十五年以上勤めていたが、建築不況で業界に見切りをつけて転職をしたのだ。
食べ物は不況に強いと云う友人の言葉を信じての転職だった。
三十九歳独身、いつの間にか結婚も出来ないで四十歳を迎えようとしていた。
最近髪も薄くなって歳を感じ初めて、もう一生独身も覚悟の柏木だった。
職種は異なるが同じ営業で簡単だと思ったが、食品と建築資材では相当営業スタイルが異なり戸惑う柏木だ。
東京の大手の問屋は日本の隅々のスーパーとか生協、デパートと取引が有り、柏木はその後、問屋の営業の下部の様な日々を過ごして、遠くは北海道まで同行販売に出掛ける様に成るのだ。
柏木廣一は一人っ子で両親はサラリーマンの共働き、九州の福岡が実家だと父は語るが、一度も廣一は行った事が無かった。
父孝治は母眞悠子と結婚の時、両親に反対されて飛び出して来ていた。
謂わば、頑固な親父との喧嘩で勘当されたが正しかった。
父には弟孝介が居たから、安心も有ったのだろう、その後連絡もしないで、母眞悠子と生活をしていた。
その父も去年病で他界をして、今では母との二人での生活に成っていた。
母は廣一が嫁を貰って、安心させて欲しいと口癖の様に云うのだが、息子の容姿と別に財産が有る訳でもない。
会社は二流、給料は転職で入社の後は殆ど昇給が無い。
最近は出張が多いので、持ち出しも多いのではと思うのだ。
僅かな蓄えでマンションの頭金位は出せるから、嫁を貰ってこの家から出て欲しいが本音の眞悠子なのだ。
それを知ってか知らずか、無情に歳を重ねるのと、髪だけは少なく成る息子に諦め顔の眞悠子なのだ。

運命の出会い

 5-4
府中総合病院に就職した二人に、先輩看護師が美由紀に「看護師が医師を好きに成っても、遊ばれて捨てられるだけだから、希望を持たない様にしなさいよ」とまるで二人の気持ちを察した様な忠告を言った。
美由紀が配属された外科病棟の先輩なのだが、この言葉にあっさりと美由紀は佐藤医師を諦めたのだ。
「由美に譲るわ、私、医者とか医療の関係の人とは結婚したくないから」と本当の理由を由美には教えなかったのだ。
美由紀は美容に給与の半分を使う、徹底ぶりでいつの間にか再び整形をして、より美しく成っていた。
唯、歯の矯正には大金が必要な為と時間が必要で思案をするのだ。
由美は半年経過しても佐藤医師との交際の切掛けさえも見つけられない状態が続いていた。
それは初めての勤務も手伝って、中々気持ちに余裕がなかった事も理由のひとつだった。
二人は病院の近くにマンションを借りて共同生活だったが、秋に成ると美由紀が突然「もう、二人共彼氏が出来るから、別々に暮らそう」
そう言って近くの立派なマンションに引っ越してしまった。
毎度の事だったが美由紀は自分勝手で男と付き合って、何か嫌な事が有ると、直ぐに別れるを繰り返すのだ。
今回もまた病院に来る薬の営業との関係が出来た様だ。
由美が知っているだけでも十人近くは付き合った男性が居た。
化粧も上手で、整形もしているから、直ぐに男性が声をかけて、気に入ったら付き合うそんな軽い感じなのだ。
半年を過ぎると、夜勤のローテーションに入る。
そうなると、また付き合う男性が変わってしまう、それは生活リズムが変わるから、世の中の休みは仕事で、自分の休みの時は相手が仕事で
美由紀の彼氏も半年も経過しないで別れていた。
今度はまた合コンを覚えて、由美にも誘いをしてくる。
一人では参加出来ないのでまた由美を誘う美由紀、次々と異なる合コンに参加する二人、気に入った男性を見つけると積極的に、煙草が嫌いな男性には吸わないと言い、酒を飲む男性には合わせると云った感じで付き合いを始めるまではその様に振る舞う長年の処世術なのだ。

二年が瞬く間に過ぎ去り、結局由美は佐藤医師とは何も無く、佐藤の転院で儚い恋は消えていた。
美由紀はその年の秋に一大決心をして、歯の矯正資金を貯めるのだと、風俗の門を叩くのだ。
夜勤を利用して働くのだと云う、そして由美に一緒に行こうと誘うのだが、流石に風俗は由美には出来そうも無かった。
断ると美由紀は自分一人でも行くと、デリヘルに働く為に面接に行ってしまったから、唖然とする由美だ。

何人もの男性と経験の有った。
美由紀にはお金の為に身体を売る事事態、そんなに大きな問題では無かったのだろう、合コンでは外人の友人とも関係が出来たと笑っていた。
そして、白人は合わないわ、臭いし、サイズも、堅さも、黄色人種が一番良いわと話していたから、デリヘルで働くのに抵抗はなかった様だ。
唯、自分の身元がバレる事を極端に嫌っていた。
それは、まだ良い彼氏が見つかって結婚しようと絶えず考えていたからだ。
高校時代は大柄な由美の陰に隠れて、由美に付いて歩いた美由紀が今では完全に逆転していたのだ。
「デリヘルの仕事はどうなの?」と聞いたら「知らない男のペニスを咥えるのは抵抗が有るわ、だからゴムを被せてSEXをするのよ、その方が楽だし、衛生的よ、男なんて一度出たら終わりだからね」そう云って笑う、フェラが嫌いな美由紀なのだ。
由美には判らない感覚だった。
そんな美由紀が「良い客捕まえたのよ」
「どんな?」
「大手の家電の重役さんだと思うのよ、今度テレビ貰えるのよ!」
「家がバレても、良いの?」
「山田さん良い人だから、大丈夫よ」
山田真二郎、六十歳関西から月に一度東京に会議で来るらしい。
数日後、美由紀のマンションに行くと、大きな液晶テレビが居間に置いて有って、話しは本当だったのだ。
「凄いでしょう、良いお客を捕まえれば、給与以上に成るわ、もう直ぐ店は辞めるわ」
「まだ、半年程しか働いて居ないのに?」
「山田さんが辞めてって言うから、お金もくれるのよ」
「それって、パトロン?」
「まあ、そうかも知れないわね」
しばらくして、デリヘルを辞めてしまう美由紀に由美は困惑した。
結婚に憧れているのに、パトロンを捕まえるとは?
そんな頃、由美には以前付き合っていた巧美がまた近づいて来て、また交際を迫っていた。
相変わらず、定職には就いていなかった。
「就職が安定しなければ、もう何度来ても付き合いませんから!」と強い調子で言うと「何処かで聞いたな、覚えが有るな?」と大昔の電車をお互いが思い出したのだ。
「お前、あの時の高校生?」
「貴方、あの時のチンピラ?」
人間の感情とは不思議な物でその事が二人を懐かしく思わせて、また付き合い始めるのだから判らない話しだ。
美由紀は月に一度の山田の上京は楽しみにしているのだが、今度は時間が余ってまた合コンに行く、そこでまた別の男性と付き合う、
この頃はまだ、デリヘルの仕事で知り合った人と普段付き合う人の区別を付けていなかった様だった。

その半年後、山田が上京した時、美由紀は気分が乗らなくてSEXを断った事から関係が悪く成って、決別の喧嘩をしてしまった。
山田はお金も電化製品も多数、美由紀に与えていたので怒りは大きかった。
その後しばらくして、美由紀はまたデリヘルに働きに行くと言い出した。
もう少しで歯の矯正の代金が捻出出来るからが理由だったが、また良い男性を見つけたいが本音だった。
今度は絶対に本名は教えない、住所も教えないと硬く心に決めてデリヘル(メルヘン)に勤めるのだ。
今回は自宅マンションから遠い品川のデリヘルに決めて、イメージも黒髪のセミロング清楚系に変身していた。
(メルヘン)のキャッチが清楚な女性、そして何より美由紀が気に入ったのは、客は上客が多いと云われた事だ。
今年で二十五歳、そろそろ結婚の準備も必要だと変身したのだ。
由美はこの美由紀の行動に唯呆れるだけだった。

その後も山田は上京すると、コンタクトを美由紀にしていたが着信拒否が続いていた。
山田は病院に電話をしてきた時に由美が代わりに電話を聞いて、山田の不満が少し和らいだ。
でも基本的には何とか、美由紀とまたお付き合いをしたいが結論だったのだ。

イメージチェンジをした美由紀は春から(メルヘン)に勤めだした。
以前と同じく、フェラよりSEXが楽で衛生的だと思っていた。
美由紀は殆どの客と本番をする。
月に一度来ていた山田真二郎が、全く来なくなって、連絡も無くなったて、。
由美も諦めたのか美由紀は頑固だから、一度嫌いに成ったら、もう戻らない事を由美は知っていた。

デリヘル店の源氏名は陽奈に成っていた。
美由紀はその日、久々にデリヘルに仕事に出た。
「今夜のお客さん、指名のみどりさんが急に退職されたので、代理で行って貰えませんか?」店の店長が美由紀にその様に伝えた。
「黒髪の清楚が好きみたいだから、今陽奈さんしか居ないからお願いしますよ」
「私もそんなに、多く入って居ないから、指名も少ないから良いですよ」
「じゃあ、お願い、みどりさんは三時間コースなのだけれど、何分に成るか判りませんので宜しく」
美由紀はドライバーに送られて、品川のホテルに向かった。
運命の出会いの為に。

出会いは一目惚れ

 5-5
柏木廣一は食品の営業にも慣れて、最近では取引先の問屋も安定して、月に一度東京の営業に二泊三日で来るのだ。
もう髪はすっかり薄くなって、禿げ親父に見える。
東京に出張に行きだして、もう五年の歳月が流れていた。
最近は母の眞悠子も息子の結婚は諦めた様に何も言は無く成っていた。
廣一の頭を見ると、完全に親父の顔だった。
そんな廣一に楽しみが出来たのは、二ヶ月前からだった。
以前時々ソープで遊んで居た廣一がデリヘルを友人から教えて貰ったのだ。
最初は全く信じてなかったが、二ヶ月前初めて来た(メルヘン)のみどりと云う女の子が気に入って、でもデリヘルでは本番が無いのが普通だ。
今夜は三回目、前回「次回に村田さんの希望は叶えるわ、呼んでね」と云われて来たのだ。
それが突然の退職のメールに落胆の廣一、デリヘルでは村田廣一と名乗っていた。
丁重に謝る(メルヘン)の係が「陽奈さんも、最高ですよ、みどりさん以上かも知れませんよ」と云うが、廣一の落胆は大きいのだ。
ソープの機械的な性処理より世間話しをして、気に入れば食事も行けるデリヘルに親しみを感じ始めていた矢先の出来事だったから期待も無く、部屋で待つ廣一「気に入らなければ、六十分ですよ!」と強い調子で言うと「良いですよ」と係との電話での応対、チャイムが鳴って、入って来た陽奈を廣一が見て一目惚れをしてしまった。
おまけに美由紀は廣一の希望の本番を「私、フェラ上手じゃないから、ゴム着ければ本番で良いわ」と言ったから、益々廣一は気に入ってしまったのだ。
メールアドレスを聞くと美由紀は簡単に教えた。
廣一はこの陽奈さんが自分に好意を持っていると簡単に解釈していた。
美由紀は以前の失敗から、何人かのパトロンを用意して、三人から五人を交代で相手をしてお金を貰おう、デリヘルで不特定多数の男性とSEXするより効率が良い、デリヘルに努めて変な噂が出るのも困る。
今度は夜の顔と昼の顔は使い分けしようと思っていたのだ。
美由紀は由美には大体の事を教えてくれたのだ。
この時の事を後で美由紀は「禿の変な関西人だったわ、SEXは意外と合うから候補の一人ね!」と由美に話していた。
翌月も廣一は三時間のコースを美由紀の為に予約してくれた。
美由紀はこの廣一をパトロンの一人に入れようと考えていた。
一晩に七万も使うからお金は持っているのだろうと思っていたのだ。
翌月は遂にお泊まりコースに成って、SEXも合うから決まりだね!と簡単に決めた。
他に堀越富夫と云う北陸の建築会社の社長も候補に成っていた。
後二、三人は必要だわ、廣一に四回目の時、話しを切りだした。
「店、通さないで会えない?」
「えー!良いのですか?」
「私も店通さない方が、時間も楽だから」
廣一もそれが良かったから、直ぐに話しは成立して、翌月から夕方会って翌朝別れる事に成った。
堀越も同じ方式で納得して、これで二名が決まったと美由紀は嬉しそうに由美に話した。
話しを聞く由美も恐い行動の美由紀なのだ。
デリヘルのホームページには顔は写ってはいないが、知り合いなら直ぐに判る写真が数枚掲載されている。
美由紀大丈夫かな?とこの頃心配していたのだ。
久保正と云う九州の運送会社の叔父さんが、三人目の美由紀の客に成ったのは秋の初めだった。
そして続けて、黒岩悦夫が四人目の客として美由紀のポケットは一杯に成った。
最初の廣一とは話が合うから、最初の三回から進んで、旅行に行こうと誘われる様に成っていた。
昼には戻らないと夕方の仕事に間に合わないから、国分寺から行ける範囲は限られていた。
夕方四時から翌日昼迄の近場の旅行に廣一と美由紀は出かけた。
この時美由紀は名前だけは教えて、陽奈と呼ばれても返事出来ないから、村田のままで廣一だけが本名、美由紀と全く同じだ。
美由紀はお金の為、廣一は好みのタイプの美由紀の事を本気で好きになりそうだった。
美由紀は由美の姉の職業の美容師と名乗って誤魔化す、決して看護師とは言わないのだ。
山田真二郎に本名と仕事を喋って大変な事に成ったからだ。
その山田が数ヶ月振りに電話を掛けて着たのだ。
少しの間九州に応援の仕事で行っていたと由美に話した。
依然美由紀は電話には出なかった。
山田は「職場に喋るが良いのか?」と美由紀に伝える様に言ったのだ。
事態は大変な事に成ったのだ。
病院にデリヘルの話しをされる恐怖を美由紀は感じて、仕方無く来月会うと、連絡をしたのだ。
美由紀はもう頭の中では、病院を変わろうと考えていた。
山田にもう会って抱かれる気分ではなかった。
美由紀は一度嫌いに成ると、もう戻れない性格だった。
由美は病院を変わる相談を受けて、逃げる事を考えて居ると思った。
そして、自分にも変われと言う身勝手な性格なのだ。
病院には盆も正月も無い、交代で休暇、由美には今年もまた、美由紀に振り回されそうな予感を感じていた。
一月の半ばには、山田の事は忘れたかの様に、柏木廣一と温泉旅行に出かけて、お土産を由美にくれたのだ。
山田は二月に東京に来ると連絡してきた。
美由紀は二月を乗り切れば三月にはこの府中総合病院から、品川の総合病院に変わる準備を着々としていた。
どの病院も看護師不足で、直ぐに採用されたのだ。
由美はこの時、一緒には退職を申し出なかった。
余りにも身勝手な理由だったから、腹が立った由美なのだ。
だが、美由紀は由美に山田さんに会って自分の代わりに、病気で会えないと話して欲しいと頼んで来た。
「自分で何とか、しなさいよ」
「冷たいわね、頼みを聞いてくれたら、電動自転車あげるよ」と品物で釣るのだ。
それでも嫌だと言うと、床に頭を擦りつけて「由美だけが頼りだよ、お願い」と頼む由美も美由紀の性格を知っていたから、多分会わないだろうとの想像はしていた。
二月にも柏木と近くの温泉に出かけて、饅頭を買ってくるのだが、山田が来る日に出掛ける周到な美由紀だった。
山田は由美の説得と病気を半分信じて関西に帰って行った。

今由美が乗っている自転車はその後三月に美由紀が残して行った自転車なのだ。
三月に美由紀が府中総合病院を去った。
山田が再び電話をしてきたが「美由紀さんは、病院を退職しました、今は何処に行ったか私も知りません」と答えた由美なのだ。
でも信用しない山田は病院迄三月の末に尋ねて来た。
相当沢山のお金を美由紀の為に使ったのだろうと思った。
引っ越しの時の電化製品の多さ、多分職員販売で少しは安く買っているだろうが、山田の出費は相当だろうと思われた。

柏木廣一も毎回相当なお金を使っていた。
安月給のサラリーマン、長い間仕事をして貯めたお金を毎回少しずつ使って、美由紀を楽しませていた。
一度旅行に行くと美由紀の小遣いと旅費に相当使うのだ。
廣一には美由紀の恐い部分が見えていなかった。
四月は流石に品川のホテルで会うだけに成っていた。
美由紀もこの病院では新人だから、それと知り合いが誰も居ないのが不安に成っていた。
来月から夜勤のローテーションにも組み込まれて、忙しい美由紀なのだ。
何度も由美を誘う美由紀、此処の病院には綺麗なマンションの寮が有って最高よと言っていた。

パトロン

  5-6
今年に成ってデリヘル(メルヘン)には殆ど出勤は無かったが、正式には三月で辞めていた。
翌月に成ると、仕事にも慣れて美由紀は四人を上手に手玉に取って、小遣いと食事、廣一にはそれプラス旅行、廣一とは気楽に付き合えた。
外見は禿げた中年の叔父さんと若くて綺麗な女性のカップル、廣一は月に一度の東京出張が待ち遠しいのだ。
一度美由紀と旅行に行くと給料の半分を使っていた。
四十五歳を過ぎた禿で独身の男性、顔も不細工な部類の廣一に、こんなに若くて綺麗な美由紀が一緒に居る事態不自然なのだが、
本人は全く気が付かないのだ。
他の三人は全員妻帯者で遊びと割り切っていた。
一度美由紀と過ごすと、小遣いと食事、五万から八万の出費だから、社長さんとか重要なポストの人だから負担も少ないのだ。
だが美由紀から見れば廣一もお金持ちに見えるのだった.
詳しく仕事の内容は聞かないから、唯、服装は廣一が一番安物には見えるのだ。

由美はこの頃はまだ府中総合病院に勤務していて、電話で時々近況を聞く程度だった。
電話の度に「会いたいよ、病院変わりなよ」と懇願するのだ。
本当は寂しい美由紀で、男性とは付き合ってもお金の為と割り切っていたから、しばらくして矯正歯科に墨田区まで行くのだと由美に連絡してきた。
「幾ら必要だと思う?」と聞くので「五十万位と答えると」
「冗談でしょう、三倍以上よ」と返事が返ってきて、驚いた由美だった。
そんなに、お金を要しても治したいのか?
八重歯が可愛いのにと由美は思うのだが、美由紀は他にも気に成る所が有るのだと笑う、一体幾らお金を整形に使うのだと呆れる。
由美がした整形は本当にプチの部類に入るらしいのだ。

四人のパトロンには矯正しているから、当分フェラは出来ないからね、と元々嫌いなフェラをしないでも納得させられるから美由紀は喜んでいたが、食事とか、不便も多い口の中にワイヤーが入って居たから、それに悪い歯を抜くから食事も大変だった。
見かけの悪い矯正なら安いのだが、美容に五月蠅い美由紀は妥協をしないから、だから高く成ったのだ。
パトロン達全員美由紀が美容師だと信じ切っていた。
化粧が上手で美容の話が多い、何より右手の薬指が曲がっている。
「ハサミを持つでしょう、だからこの様に成ったのよ」と手を見せるとみんなが納得したのだ。
子供の時の怪我だとは言わない美由紀の強かさだ。
由美もその話には呆れて、その怪我の時一緒に遊んで居たから、笑うと云うより呆れたのだ。

品川総合病院の夜勤勤務を上手に利用して、四人のパトロンをコントロールしてしばらく機嫌良く過ごしていた。
今思えばこの時期の美由紀が一番落ち着いていた時だったのかも知れない、と思う由美だった。
病院のベンチに座ってコーヒーを飲みながら遠い昔を思い出していた。

柏木廣一とは徐々に付き合いがエスカレートして、夕方に会って翌日昼に別れるパターンから夕方から夕方で少し遠方に行く様に成っていた。
「由美、先日ね、ネックレス貰ったのよ」
「へー、恋人出来たの?」
「違うのよ、パトロンの一人の村田さんよ」
「装飾品嫌いじゃあ無かったの?」
「違うわよ、今まではね、実用品を貰ったでしょう、仕事の関係で、身に着けられないでしょう?だから断っていたのよ、でもやはり装飾品は良いわ」
「勘違いするわよ」
「彼、独身だから、その気にさせれば良いのよ、金持ちよ、きっと!」
「何故?判るのよ」
「私と行くと、十五万以上使うから、今回は別に五万もする、ネックレス買ってくれたから」
「それなら、金持ちかもね、でも本気に成っているよ、大丈夫?」
「大丈夫よ、私何故、身体にお金を使っていると思う?」
「判らないわ」
「年寄りを騙す為じゃないわよ、本当に好きに成れる人に、愛されたいからよ」
「顔で惚れても飽きるよ、美人は三日で飽きると云うから」
「村田さんは、性格も合うし身体も合うのよね、でも不細工で年寄りだからね、本気に成られても困るよね」
「好きに成らないなら、程々で別れなさいよ、可愛そうだよ、独身でしょう?」
「中年、独身、禿げ、私は若い、綺麗!、正反対よ」美由紀は笑いながら云うのだ。
由美は村田と云う人には一度も会った事がないから判らないが、誠実な人で美由紀の事が好きなのだ。
そして何より、風俗で働いている事を許している。
普通は中々許さないのが常識だから、とその時思った。

一年遅れて由美は品川総合病院にやって来た。
山下巧美もようやく定職に就いて、交際を再開していた。
元々家は商社マンの家族で立派で、最近巧美がようやく実家の話しを由美に喋ったのだ。
「貴方、落ち溢れなのね」と笑うと「僻みが有ったからだよ」と笑う、小さな会社だが今回は真面目に働いていたが、父俊武の口利きとは知らない巧美なのだ。

病院の寮のマンションは防犯設備も充実して、部屋も広い「良いでしょう」
「本当ね」
「だから早く来なさいって言ったのよ」
美由紀は引っ越しで片付け終わった時に由美にその様に言うのだ。
確かに以前は寮が無かったから、待遇は格段の違いだ。
看護師不足を補う為に色々と病院は工夫をしているのだ。
何処の病院も同じだろうが、老人の入院患者が多い、介護をしているのか、病気の治療か区別がつかない程、重労働、由美も美由紀も身長が有るので良いが、背の低い小さい看護師には厳しい職場で、それに夜勤も有るので身体は相当疲れる。
由美が休みはゆっくり寝るのが一番だったが、美由紀は違って四人のパトロンとのSEXのバイトに行くのだ。
確かに美味しい物を食べて、お金が貰えるから良いのだろうが、由美にはとても出来る事ではなかった。
好きでも無い男に抱かれる気分はどの様なものなのか?想像をしても背中に悪寒が来るのだ。
夏休みと冬休みには看護師達は長期の休暇を貰える。
普段お金を使う時間が無いので、この時と海外旅行に行く事が多い、美由紀も例外では無かった。
休みの度に海外に昔の友達とか、今の病院の同僚と海外に行った。

由美はお金も使わない、将来弟の面倒を自分が見る事に成る可能性が高かったから、巧美と休みが合えば近くのレジャー施設に行く。
この頃巧美は由美を初めて実家に連れて行ってくれたのだ。
巧美の母瑠璃子は大いに喜んで手料理をご馳走してくれたのだ。
それは仕事もしないでブラブラが多かった巧美を、由美が更正させてくれたと喜んでいたからに他ならない。
休日で父の俊武も居てそれはもう喜びようが最高だった。
それ程巧美には手を焼いていたと後日語っていた。
もうすぐ東京に来て八年の歳月が流れて居たのだ。
相変わらず美由紀は廣一とは続いて由美は珍しいと思う、あの美由紀が幾らお金の為とはいえ旅行に行ったりする。
男性とこんなに長く続くのは珍しく、パトロンの内二人はもう別れていたのだ。
流石に仕事が疲れるのと「一緒に短時間居るだけでも肩が凝るのよ」そう言って別れていた。
廣一は肩が凝らないから長続きしているのだ。

東日本大震災

  5-7
「今度ね、北海道に行くのよ」と美由紀が嬉しそうに由美に話すが、由美以外の人には廣一の話は一切しないので所詮美由紀には闇の人間なのだ。
病院関係で付き合う人には本名を名乗っているが、パトロン二人には美容師で通していた。
最近廣一は美容師に疑問を持っていた。
それは本気に好きに成っていた廣一が、色々美由紀の事を調べていたから、遊びに行く日が土曜とか金曜が多いのも不思議だったのと、遠くに行くには二泊三日だと言うと日曜日が入れば簡単なのにと言ったから、普通、美容院は日曜日が一番忙しい筈だから不自然に感じていたのだ。
その廣一と美由紀が北海道に二泊三日で出掛けて行った。
自宅では眞悠子が子供の変化に気が付いて「廣一、好きな人でも出来たのかい?」と尋ねた。
「いや、まだそこまで進んでないよ」と誤魔化したが否定はしなかったので、母は遅い春が来たのかと期待をしていたのだ。
「何処の女の子なの?」
「東京かな?出身は知らない」としか答えなかった。
まさか元デリヘル嬢と付き合って、貯金が大きく目減りしているとは知らない母だった。
レンタカーを借りて北海道を二人でドライブをして、小樽の土産物店ではガラスのネックレス、ブレスレットをプレゼントして、一ヶ月の給料よりも多い出費をしていた。
それでも廣一には最高に楽しい時間だった。
飛行機に羽田から乗り、三日目の夜に帰る新婚旅行の気分を味わっていたのだ。
その後二人の旅行は徐々にランクアップしてゆくのだ。
その間にも美由紀は合コンに参加して理想の男性を捜そうとするから、由美は見ていて廣一と云う男性が気の俗に成っていた。
一度も見た事はないのだが、相当お金を使っているだろうと思われたから、今思うと一度村田さんに合うべきだったと後悔の由美なのだ。
人の気持ちとお金を弄ぶ美由紀の恐い性格をもっと早く教える必要が有ったのだ。
残ったのは堀越富夫と云う北陸の建築会社の社長と廣一の二人だけだった。
この頃から美由紀は誰に云われたのか、最近は風俗を軽蔑する発言が目立っていた。
多少は貞操観念が出来たのだろうか?と由美が不思議に思ったのだ。
しばらくして原因が判った!合コンで知り合った一流会社の男性と付き合いを始めたのが原因だった。
この男性伊達尚人が風俗の女性を軽蔑する発言をしたからが原因だったのだ。
付き合う男で直ぐに変わる美由紀の性格そのものだった。
伊達と付き合い出すと今度は堀越とも別れてしまったのだ。
伊達尚人には、自分は看護師の仕事に生き甲斐を感じていると話して、興味を引こうと努力して歯の矯正も後半に入って、完璧に成るまであと少しだと思っていた。

そんなある日「私のビラビラ、大きいと思わない?」と廣一に尋ねてきた。
「よく判らないけれど、大きいかも知れないね」
「そうでしょう、母も大きいのよ、不細工よね」と独り言の様に云う、それは伊達とSEXの時に良い印象を与えようとする考えから発した言葉で、毎回SEXをする廣一がどの様に思っているのかは、意見として大切だったのだ。
流石に由美には聞けない部分だったから、もう伊達との身体の関係が近いと美由紀が感じていたのだろう、その翌月廣一が会った時には小陰唇は綺麗に整形されていたのだ。
それは、もうすぐ伊達と肉体関係が有ると云う意味なのだ。
美由紀は伊達と上手に付き合って結婚しようとしていた。
誘われるままに身を任せて、美由紀は恥じらいを見せて、遊んで居ない事を強調する技術も覚えていた。
沢山の男性と体験をしていたし、風俗でも数々の男性を見て来て、男性を見る目は確かだと自負していた美由紀だったのだ。

翌日由美に「駄目だったわ」
「何が?駄目だったの?」
「顔も仕事も家柄も良いのだけれど、あそこが悪いね」と笑いながら言うのだ。
「あそこって?」
「鈍いわね、SEXが合わないのよ」
「そうなの?」
「駄目よ、SEXが合わないと一生楽しく無いから」と簡単に言うので「村田さんは?良いの?」と聞くと「性格と、SEXは良いわ、でも歳も顔も最低ね」と笑う美由紀に恐い部分を見た由美だった。
美由紀はもし伊達と上手く交際が出来たら直ぐに廣一と別れる予定にしていた様だ。
今月は用事で会えないと連絡をしていたのだから用意の良い事だ。
伊達との相性が悪いと判ると直ぐに廣一に甘えて、今度は九州に行きたいとお強請りをする強かな美由紀なのだ。
由美は時々宮城に帰るが美由紀は殆ど帰らない、時間が出来れば合コンか廣一との旅行に行くのだ。
由美が知っているだけでも、もう十カ所以上行っている。
驚いたのは地元に近い中尊寺に連れて行って貰って、初めて来たのと言うと廣一が喜んで色々説明をしたと笑った。
小学校の旅行から何度も行ったのに馬鹿みたいだったと由美に話した。
「そんなに、からかって面白い?」と聞くと「本人が喜んでいるから良いのでは」と笑う、何だか廣一と云う人が可愛そうな気持ちに何度も成った。
美由紀は男が居なくなると、廣一に甘えて優しく接する。
男が出来ると、いつでも捨てるよといった態度に変わるのだ。
美由紀に振り回されている中年の叔父さんそのものなのだ。
由美はそれでも長い間、二人は続くと驚いたのは九州の土産を貰った時だった。
美由紀が同じ男性とこんなに長く付き合ったのは初めて見たと思った。
九州の話しを楽しくする美由紀に「村田さんとは合うのね」
「そうね、話しは楽しい、肩が凝らないからね」
「独身だから、結婚すれば?お金持ちでしょう?」
「違うと思うわ、今回ね九州に行った時ね、祖父母は九州の出身で彼の両親は親に勘当されて出て来たみたいでね、田舎には彼は一度も行った事が無いから、場所も知らないらしい」
「じゃあ、良い会社の役職?」
「それも、違うみたいよ、それにお母さんと二人で暮らして居る様よ」
「じゃあ、相当無理して美由紀と付き合っているの?」
「多分」
「そうなんだ」
由美はその話しを聞いて尚更、村田廣一と云う男性が可愛そうな気がした。
「由美、あんな年寄りと結婚何て言わないでね、もう会えなく成るからね」
「性格が合うのが一番だって、美由紀が言っていたじゃないの?」
「大金持ちなら別だけれど、中年の叔父さんで禿げの不細工じゃあ、駄目よ」
「妥協の余地、無かな?」と笑った由美なのだが、内心この後どうするのだろう?の疑問も有った。

年が変わって、また美由紀は合コンで知り合った男性と付き合いだした。
由美は付き合いで美由紀に付いて行ったが、そんなに良い男性とは思わなかったが、村田より数段良いと嬉しそうなのだ。
そう言いながら来月も村田と丹後半島に行くと言う、蟹を食べに連れて行って貰うのだと、そして一緒に東京に来て、村田はそのまま仕事をするらしい。
美由紀は村田には吸血鬼だよ、由美は毎度の事だがそう思うのだ。
美由紀には由美以外の人間には村田は存在していない、影の様な存在だったのだ。
珍しく、美由紀がお土産を丹後半島から送ってきた。
それも由美の実家に「驚いたわ、蟹を実家に送ってくれるなんて」
「両親喜んだでしょう」
「それは驚きの連続よ」
「私の実家にも送ったのよ」
「美由紀がこんな事をすると天変地異が起こるわよ」
「でも、最高だったよ、旅館も料理もSEXも」
「それで?送ってくれたの?」
「まあ、そんな感じかな」と病院の廊下で話していたら、突然大きな音と共に病院が揺れた。
「地震だ、大きいわ」
「恐い」
長い揺れが続く、叫び声が院内に響く、東日本大震災だった。

海外旅行

5-8
「震源地、東北よ」
「えー」
「実家大丈夫かな?」
「大変な、被害かも」その時また大きく揺れる。
余震が連続で来て、実家には電話もメールも届かない由美も同じだった。
「あの、叔父さんからメールだ、東京にまだ居たのだ」
「帰れないでしょう、新幹線も統べて止まっているから」
二人には村田の事はどうでも良くて、実家が心配だった。
村田は美由紀の実家が東北だとは知らないから、メールで返事が来たから安心をしていたのだ。
幸い二人の実家は無事だったのだが、連絡が出来るまで随分と時間がかかったのだ。
その後も余震が絶え間なく続く、原発の破壊による放射能の問題と東北には暗い時代に突入した。
二人は落ち着くのを待って実家に戻る。
幸い二人の実家は殆ど被害が無かったが、その後、由美の父貴之の会社は観光客の落ち込みと港から捕れる魚のイメージも有って、極端に経営不振に陥った。
由美は蓄えの殆どを実家に送らなければ、生活が苦しく成ってしまって、父は転職を考え始めた。
政府の補助が出て勤め先は辛うじて存在はするが、回復までは遠い道程で希望退職者を募集して、パートは殆ど解雇に成った。
美由紀も自分の貯金を実家に送ったのだ。
廣一からのメールに海外に旅行に行くから少しの間連絡出来ませんと返事する美由紀、実家が心配だったのだ。

廣一も東京で地震に遭遇して恐い思いをしていた。
数年前には阪神淡路大震災の時にも家が大きく揺れたのだ。
母の眞悠子が心配して何度も携帯を鳴らした全く連絡が出来なかったのだ。
眞悠子は地震よりも心配な事が有った!東京に行く度に預金が目減りしている様な気がしたから、家には幾らかの食費を入れてくれるのだが、最近息子の行動に不信感を持ち始めていた。
例えば地元の飲み屋さんに全く行かない、服装は東京に行く時以外は殆ど同じ、食事も弁当に変わっていた。
良い女性に知り合って結婚でもしてくれればそれでも良いのだが、もしかしてお金だけ使って変な女に。。。の不安だった。
眞悠子の友人が息子さん位の男性で、飲み屋の女の人に預貯金を巻き上げられた人の話を聞いて不安は増大していった。
その男性は四十代後半で浮気が妻に露見して、離婚に成って子供の養育費を払う事で離婚が成立、しかし養育費を払わない時が何度か有って、元妻は給与の差し押さえを要求した。
怒った男性は悪友の助言で勢い会社を辞めて、差し押さえを回避した。
退職金が手に入ると、元妻に幾らかの金を渡し仕事も元妻とも完全に別れた。
普段持ち慣れない金額を持った男性はスナックとかを飲み歩いて、酔った勢いで喋る。
それを狙う女に身体を餌に総てを巻き上げられて放り出された。
その後は仕事も無く哀れな生活に成ってしまった。
眞悠子は息子もその様な事に成ってないだろうか?心配は大きく成るのだ。

五月の連休明けに成って、ようやく由美も美由紀も元の生活に戻れたのだ。
この辺りから美由紀は何故か廣一と親密に成った。
理由は美容師が偽者だと廣一に見破られてしまったて、連休明けの熱海の駅前で老人が倒れたのを美由紀がいち早く介抱したので、看護師だと判ってしまったのだ。
美由紀も仕方が無かったのだ倒れた老人を放置する程の悪では無かったから、美由紀も騙していたので疲れたのか、看護師と言ったら楽に成った様だ。
でも住所も名前も、職場も言わなかったが廣一も聞かなかった。
美由紀の心の中ではこの男は私の闇の人間で、絶対に明るい場所には出ない人間だと決めていたのだ。
それはデリヘルの職業に後ろめたい気持が有ったのだ。
でも、その日から二人は会う頻度が多くなったのだ。
それは廣一の出費にも大いに影響が有ったのだ。
預貯金の管理は自分がしていたから母は知らないのだが、ある日、母が「廣一、東京に好きな女性でも出来たの?」と聞かれた。
「何故?」
「お母さんの勘だけれどね」
「実は、看護師さんと付き合っているのだよ」
眞悠子はその言葉に急に明るく成った。
飲み屋の女性に騙されてお金をつぎ込んでいると考えていたから「看護師さんなの?」
「そうだよ」
「幾つなの?」
「二十八歳かな?」
「えー、若いね、勿論初婚だよね」
「そうだよ」
「よく、そんな若い子と付き合えたね、二十歳違うよ、本当かね」と、もう母は天にも昇った気持ちに成っていた。
「東京の女の人なの?」
「多分」
「出身地も知らないのかい?」
「地元の話しはしないから」
「何年付き合っているの?」
「二年と少しかな」
「長いじゃないか、もう関係も有るのだろう」
「まあね」
「じゃあ、そろそろ来年には結婚なの?」
眞悠子は勝手に段取りを想像して夢を描いていた。
その日から心配も消えた眞悠子は、今度はマンションのチラシを見たり、結婚式場のパンフレットを見たりで夢を膨らませるのだ。

由美もこの頃、美由紀も落ち着くのだろうか?
自分は巧美の家に行く事が多くなり、交際は進んでいた。
唯、震災の影響で結婚の話しは延期に成って、巧美はその後会社を辞めないで真面目に働いていたので、両親は由美の影響が大きいと褒め称えるのだ。

美由紀はその後もデリヘル時代の約束通り、廣一にお小遣いを毎回貰っていた。
多い時には月に二回二人は会っていると由美は思って言った。
「結婚しないなら、もう村田さんから別れたら?可愛そうよ」
「本人喜んでいるわ、今度グァム島にも一緒に行くのよ」
「えー、海外旅行?」
「そうよ、変?」
「名前も判ってしまうわよ」
「あっ、そうだった、まあいいや、気楽に行けるから」
「結構費用必要でしょう?」
「全部出してくれるから、やはり、金持ちよ」と上機嫌の美由紀、由美は呆れて「新婚旅行だと、村田さん思っているわよ」
「それで、連れて行って貰えたら良いわ、私には彼と結婚なんて考えられない」
「冬のグァムって良いわね」
「良い客捕まえたでしょう、私、もう歳だからデリヘルも出来ないしね」
「友達とも正月にペルーに行くのでしょう?」
「うんうん、でもあれはケチケチ旅行、村田さんは高級旅行よ、国内でも一流の宿だから、今度も良い旅館だわ」と楽しみにしている美由紀だ。
廣一は本当に新婚旅行の気分に成っていた。
パスポート番号が届いて、廣一は須藤美由紀が本名だと知ったのだ。
母が「婚前旅行とは、中々廣一も凄いじゃないか?須藤美由紀さんなのね」とメモ書きをのぞき込んで嬉しそうに言う母「廣一、お母さんにも、写真を見せておくれよ」と言うので、パソコンで印刷の用紙にパウチをした大きな写真を見せると、母が驚きに表情に成っていた。
「廣一、これが、これがお前の付き合っている、看護師の人なの?」
「そうだよ」
「こんなに、綺麗な女の人なのかい?」
「そう、須藤美由紀さんだ」
写真を見てまた心配に成る母、眞悠子なのだ。
自分の子供ととても合わないから、歳も若いし綺麗だ。
こんな女性が禿の中年と?でもグァム旅行に行くのは事実だから、怪訝な顔の眞悠子だった。

楽しい時

-9
母、眞悠子は半月後に嬉しそうに東京に向かう息子を見送っても、まだ信じられなかった。
条件が良すぎだったから、若い、綺麗、手に職が有る女性が、年寄り、不細工、禿げ、会社は二流、金は無い、こんなに合わないカップルは居ないと思うのだった。

母の気持ちを他所に、二人は成田空港からグァムに飛び立った。
「須藤さんって云うのだね」
「村田さんも違ったのね」と美由紀が笑う。
「ビキニですか?」
「勿論、私、スタイル良いからね、胸がもう少し大きかったらモデル志望でも良かった」
二人はこの時、須藤美由紀と柏木廣一で初めての旅行に成った。
楽しい旅行で、美由紀には廣一と行くと気楽なのが、一番良かったらしい。

グァムの土産を沢山、由美に買ってくれたのだ。
そして写真が一杯有ったが、一枚も柏木廣一の写真は無かった。
「何故?柏木さんの写真無いの?」と尋ねると「証拠が残ると将来困るからよ、彼氏が出来た時にね」平気で言った。
「柏木さんも貴女を写さないの?」
「嫌なのよね、一杯写すのよ」
「一緒に旅行に行ってツーショットの写真一枚も無いの?」
「無いわ、今までも、これからもね」
「グァムまで連れて行って貰って?」
「無いわ、それよりこれ見て」と耳に着けたピアスを由美に見せた。
「それ、結構高かったでしょう」
「買ってくれたのよ」とご満悦の美由紀を見て「こんなに色々してもらっても好きには成らないの?」
「好きよ、でもそれは男と女じゃあないわね」と言い放つ、写真も無いとは哀れな人だな、一度会ってみたいと由美は思うのだ。
でも結果的には会わなかったと云うより、美由紀が会わせ無かった。
自分の住所と職場を知られて、過去のデリヘルの仕事を暴露されるのが恐かったのだ。
実際、廣一はこの旅行の後直ぐに、美由紀の住所を知ってしまう、旅行社が誤送したのだ。
その住所は品川総合病院の寮だったから、職場も知ったのだ。
でも廣一は知らない素振りを最後まで続けるのだった。
それは知っている事を話すと美由紀が自分から去るのでは?の恐怖からだった。

由美と美由紀にとっては悪夢の年が終わって、新年に成った。
今年は元日に二人は休めて、明治神宮に初詣に出掛けて、また明日から夜勤が始まる。
「何をお祈りしたの?」と美由紀が聞いた。
「そろそろ、大台だから結婚かな?」
「あの、山下さんと?」
「そうね、彼も真面目に成ったしね、それより家族の方が良いのよね」
「私も、今年は結婚を考える人と巡り会いたい」
「去年は、震災で大変だったからね」
「来週、また柏木さん来るのよ」
「早いわね」
「そう、会いたいらしいわ、伊豆に行く事に成っているのよ」
「遊ぶだけなんて可愛そうよ、五十歳じゃあ?」
「何故?由美が知っているの、もう潮時が近いなあ、良い人と巡り会います様に」そう云って柏手を打つ美由紀だ。

言葉とは逆で廣一と美由紀は月に二回のペースで会っていた。
この年から美由紀が廣一の地元の神戸迄飛行機で行く事も多く成っていた。
行動範囲が益々広くなって、鳥取砂丘、宮島、萩、輪島、有馬温泉と行く所も多種に渡っていた。
廣一の母眞悠子はいつ自宅に連れて来るのか?と心待ちにしていたが、しかしその気配は全く無かったのだ。

夏が過ぎると由美の婚約で焦る美由紀は、また積極的に病院仲間を誘って合コンに行くのだ。
もうすぐ三十歳が大きく美由紀の心にのし掛かっていた。
ボディビルの集まりの合コンに行った美由紀は、興奮して寮に帰ると由美に話した。
「凄いのよ、筋肉がピクピクと動くのよ、分厚い胸板、あの様な胸板で抱きしめられたら、興奮するわ」と今夜見た人達の感想を言った。
「良い人居たの?」
「判らないわ、二、三人名刺くれたわ」と差し出した。
「色々な仕事ね、この人外科医、この人建築、この人は?」
三枚の名刺を見て由美が聞く、MMSと名刺に書いてある柴田幸広。
「ああ、それネットワークビジネスの会社じゃない、私と同い年だったわ」
「それって、ネズミ講に近いのでは?」
「ああ、顔がネズミに似ていたわ」
「良い人、居なかったの?」
「判らない、筋肉に見とれて居たから」と笑う美由紀、初めて間近で見たマッチョだけが印象に残った様だ。
その柴田は合コンで知り合った人達に、サプリとか家庭用品、化粧品を売るのが仕事なので一度面識が出来ると、何かと理由を作って会おうと試みるのだ。
柴田は名古屋の生まれで、工業高校時代にボディビルに魅せられて始めたのだ。
仲間には遊んでいる人も多く、煙草、酒、女と誘われて遊んでいた。
勉強は全く出来ないので就職するのだが、工場勤めが合わないので人と話した方が合っていた。
ボディビルの集まりの中に、このMMSを主に行っている人が居て、元々自分はこの仕事なら出来ると始めたのだ。
だが中々簡単には客は増えないのが実情だ。
その為最近は合コンに度々参加して,女性に声をかけて徐々に販売に繋げる作戦をしていたのだった。
美由紀は筋肉以外に興味が無く忘れていたが、同じ病院仲間の加山伸子に柴田はコンタクトをとってきたのだ。
今回の合コンに加山伸子、小池佐奈、最上祥子の三人と一緒に参加していたのだ。

廣一は美由紀のパスポートで誕生日を知っていたから、誕生日にはお祝いのメールを送って,誕生日に一番近い会える日にプレゼントを渡した。
喜ぶ美由紀の顔を見て,自分も幸せを感じる廣一だったが、既に貯金通帳には残高が残り少なく成っていた。
「台湾に行きたいね」とお強請りされて、グァムが楽しかった廣一は「来年一月に行こう」と返事をするのだ。

一年が瞬く間に過ぎて、正月に加山伸子と柴田幸広、柴田の友人二人松本義彦、富沢宗佑、が初詣に行くと言い、誰か誘って欲しいと云われて仕事の空いているのは美由紀と最上祥子だったから、六人で川崎大師に行く事に成った。
三人の中では一番美由紀が化粧も上手で綺麗ので、三人の男は商売抜きで美由紀にモーションを掛ける。
三人ともMMSの仕事をしていたので女性を煽てるテクニックはずば抜けていた。
会社で研修が有るから、自然と上手に成るのだ。
会社主催のイベントに参加させれば九割の人は洗脳されてしまうので、MMSに参加して買ってしまうのだ。
彼等は集会とか会社主催のイベントに連れ込むのが最大の仕事なのだ。
元々この様な仕事をしているから,ギャンブルも大好きな三人は、川崎競馬にも六人で行った。
偶然馬券を当てて喜ぶ美由紀をまた三人の男が煽てて、夜遅くまで飲んで盛り上がったのだ。

由美がその後MMSの事を「まさかまさかの詐欺の略称じゃないの?」と美由紀に話した事が有ったが、笑って「上手に言うわね」と唖然として聞いていたのだ。

こうして、病院の中に入り込んだMMSのメンバーが、次の作戦に移る切掛けと成るイベントが近づいていたのだ。
一月末、美由紀と廣一は二度目の海外旅行で台湾に行った。
年末のボーナスを母に渡した残りを統べて使った豪華な旅行だった。

焦る美由紀

5-10
美由紀が台湾から帰ると病院では四月に駅伝大会が行われる事に成って、美由紀も参加する事に成ってしまうのだった。
加山も由美も参加に成って、参加者が居なかったのでくじ引きで決まったのだ。
だが走った経験が殆ど無い三人、そこにMMSの三人が目を付けていた。
元々体育会系の三人だったから「陸上得意だから、コーチしますよ」と積極的だった。
朝夕のジョギング時間に交代で表れて親切を売るのだ。
徐々に「私達の頼みも一度聞いて欲しいな」
「何?」
「来月会社の集会が有るのだけれど、社員一人三人友達を連れて行かなければならないのだよ!何も買わなくても良いから来てくれない!」
そう頼まれたら参加しなければ仕方が無い、由美は丁度その日は夜勤に成っていた。
加山と美由紀、小池の三人が集会に参加するで話が纏まって、彼等はこれで目標は達成したのだ。
集会には女性の幹部が沢山来て居て、痒い場所に手の届く応対をして、MMSの虜にされてしまう、所謂洗脳なのだ。

美由紀は廣一に「海外旅行は楽しいでしょう、次回はバンコクに行きたいわ」
「誰と行くの?」
「何を言っているの?廣一さんに決まっているわ、貴方と行ったら楽しいから最高よ」
その言葉に弱い廣一「じゃあ、一度調べて見るよ」
台湾から帰った翌月会うと、またお強請りをする美由紀なのだ。
もう殆ど通帳には残っていない、一千五百万の貯金が五百万に成っていた。
それでも廣一は美由紀と遊びに行きたかった。
話しも身体も合うからが理由で、始めはデリヘル嬢との遊びだったが、最近では美由紀を愛し始めている廣一なのだ。

二月に成って毎日の様にジョギングをして、六人が交互にペアで練習をしていた。
不思議と柴田と美由紀がペアに成る事が多い、手取足取りの指導にいつしか美由紀の心の中に柴田が住み着き始めていたのかも知れない。
三月には廣一とバンコクに旅行に成っていた。
喜ぶ素振りとは裏腹に、もうこの辺りでケジメを付けて廣一とは別れよう、バンコクに行けばその後、機会が有れば別れようと美由紀は決めて、廣一ともうすぐ五年が経過しようとして、自分でも不思議な程長く続いた。
三十歳の美由紀の頭には今年中には結婚を決めたい、由美が春には結婚するから焦っていたのだ。

二月の下旬遂に、MMSの集会に参加した三人、帰ると由美に話す内容が変わっていたのだ。
サプリの見本と化粧品の見本を貰ってご満悦の三人だった。
病院に勤めて居ながら、サプリの方が効果有ると三人は言うのだから、洗脳技術は相当なものだと由美は感心させられた。
意外と専門家の方が騙しやすいのかも知れないと由美は思った。

二月に成って,廣一もようやく携帯をスマホに機種変更をして、使い方を美由紀に教えて貰って、ゲームとかラインが出来る様に成った。
フェイスブックを美由紀は廣一に教えなかった。
それは横の繋がりで友達も仕事場も廣一に知られてしまうから、デリヘル勤務を引き摺る美由紀だった。
三月にはバンコク、四月には駅伝、五月には由美の結婚式とスケジュールが満載の美由紀なのだ。
柴田との練習はいつしか,食事とか飲みに行く関係に発展して、徐々に心の中で存在が大きく成る。
当然見本品が無く成れば買う事を予想している三人の行動なのだ。
それはやがて、病院の中に浸透して、多くの人が買ってくれるのが柴田達の狙いだ。
柴田は美由紀の身体も狙って、整形美人の事も知らないがデリヘル勤務の事も知らない柴田には、真面目な看護師に見えて看護師の金と身体を狙っていた。

バンコクから帰ると美由紀は廣一と区切りを付けようと考えて、遠方への旅行を断る。
それでも何か理由が無ければ別れられないと、切掛け待ちの状態なのだ。
駅伝大会は無事に終わって、順位は真ん中で任務を果たした三人、サプリに化粧品と購入範囲が広くなる三人。
駅伝大会の打ち上げ会で柴田幸広は、美由紀に一度名古屋の町に行きませんか?地元だから、美味しい店も安い店も知っているからと誘った。
美由紀は柴田が自分に好意を持っていると解釈して、廣一と別れようと準備に入ったのだ。

その後もバンコク旅行とか、近郊の温泉旅行にお金を使った廣一は益々貯金が無く成っていた。
もう、遠方には行くのは無理だな、そう思っていると美由紀はまるでそれを知っていたかの様に、ハワイに行きたいとか、ヨーロッパに行きたいとか強請って、それは廣一が断る前提のお強請り、何とか別れ様と考えた策なのだ。
幸広は美由紀以外の二人を松本と宮沢に任せて、自分は美由紀から新たな販路を探そうとした。
ネズミ講なので上位の位置に居たら、少しは収入は有るが、子とか孫が出来ないとランクが上がらない。
実情本職とするには難しいので、アルバイトとの掛け持ち状態に成るのだ。
事実三人は夜にはスナックのバーテンとか、コンビニでバイトをしていたが、その事実は絶対に喋らない。
儲かる、そして子供や孫を作れば大金持ちに成れると思わせるのだ。
それがネズミ講、必ず限界が有るのに、友達も無くなってしまうのに、事実サプリとか化粧品の原価を聞くと思わず効果は?と聞きたくなるのだが、人間は欲には勝てないのかも知れないのだ。
誰でもリッチな生活がしてみたいのは世の常なのだ。
今では、法律の網を抜ける様に様々な工夫を会社もしている。
だからネズミとは云わないが同じ事をしているのだ。
練習のコーチの時から世話に成っているからと、最初の食事から美由紀がご馳走したから、飲みに行くのも食事もいつしか、美由紀が三対一の割合で出していた。
最近では五回に一度柴田が出すのだ。
それでも由美の結婚式から、美由紀の焦りは大きく成ったから、今目の前の結婚対象の男性は柴田に成っていた。
唯、廣一と別れないのは、少しでもお金が欲しいからだった。
でももう気持ちは完全に柴田に傾いていたのだ。
些細な事で喧嘩に成ると云っても怒るのは美由紀の方なのだ。
廣一がSEXを迫ると毛嫌いする美由紀に成っていたのだ。
これまで何度となくSEXをしていたが、今は嫌とか朝は嫌とかに成る。
そして「男性って、SEXしか頭に無いの!私嫌だと言っているのに、もう帰るわ」そう言って都内のホテルからさっさと帰ってしまったのだ。
美由紀はまだ柴田との肉体関係が無かったのだが、気持ちが向いていたからその様な態度が出て来るのだ。
ホテルから帰った美由紀は、寮の友達とヤケ酒を飲んで、付き合わされた友人は「どうしたの?振られたの?」
「違うわ、私が振ったのよ」と叫くのだ。
気持ちは柴田で身体が廣一とアンバランスな状態なのだ。
柴田は品物を売る為に、美由紀の心を掴む秘訣を会社から伝授されていたから、中々肉体関係を持たないのだ。
完全に魚篭に入れてから、所詮柴田は自分では何も出来ない男で、女の機嫌を取って身体とお金を狙うハイエナの様な生活だ。

再開、再会

  5-11
何度も廣一からメール、電話が掛かるが、着信拒否、メール、ラインは接続を切る徹底振りに廣一も諦め顔に成るのだ。
そうなると心に穴が開いた廣一、毎日が唯、呆然と過ぎて行く。
美由紀が去って、失意の底の毎日に成ったのだった。
本当に別れたのだろうか?もう会わないのだろうか?
疑心暗鬼の廣一に母の眞悠子が「最近元気が無いわね、彼女と喧嘩でもしたの?」
「まあ、そんな感じかな」と答えるのが精一杯だった。
数ヶ月前にタイまで旅行に行ったのに本当に不思議なのだ。

美由紀は念願の柴田との肉体関係に成っていた。
大阪のユニバーサルジャパンに美由紀が誘ったのだ。
これを柴田は待っていたのだ。
女性が痺れを切らせて求めてくるのを利用されて、その為美由紀は夏の賞与で旅費の総てを出した。
廣一が連れて行くホテルとは段違いに悪かったが、二人分の旅費と遊ぶお金は結構沢山必要だった。
自分で出して見て初めて、廣一と行った各地が高かったと実感させられたのだ。
でも分厚い胸板は想像以上で抱きしめられて興奮する美由紀だった。
SEXも相性としては最高とまでは行かないが我慢が出来る相手だと思うのだった。
一番は年齢が近い事、そして沢山の男性を見て来て、自分の目が確かだと自信が有ったのだ。
直ぐに美由紀の身体を求めて来ないのも、美由紀には新鮮に思えたのだ。
人を見る目なんて、その時々で変わる。
良い関係でも、ある日些細な事で嫌な物が目に付く様に成って、その逆も有るのが人間なのだ。
廣一に対する美由紀は最初から否定で始まっていた。
顔、姿、年齢、風俗で遊ぶ男と自分が働いて居るのに、遊ぶ男を軽蔑しているのだ。
柴田が美由紀の店の客で来ていたら、好きには成れないのだから、人間とは不思議な動物だ。
旅行から帰ると早速柴田の要求が始まって、それは美由紀が無理をしないで買える金額の物を買わせるのだ。
三万が限度なら三万迄買わせてそして少しずつ増やして行くのだ。
このサプリをもう一ヶ月続けて飲めば効果が表れます、医者の出す薬の効果は高いが身体には良くない、これは身体に優しいからと進めるのだと言った。
早い話有効な成分が微量だから効果が無いと云う意味だが、良い様に聞くから不思議なのだ。
こうして色々買って遊びにも行くから、お金が必要になる美由紀は三十歳で風俗にも行けないから、節約をして買いたい服を買わないで総てを柴田につぎ込むのだ。
それでも困った美由紀は病院の夜勤の掛け持ちと云う仕事をするのだ。
病院に見つかれば解雇に成る危険な事なのだが、友人の紹介で始める。
柴田との結婚を夢見て、それでも柴田の売り上げの為にサプリとか化粧品を買い続ける。
二十歳前半ならこの時点で気が付いただろうが、三十歳を超えて由美の結婚も有ったので廻りが見えない。
柴田の甘い囁きだけを頼りにはまり込んだ世界だ。

三ヶ月で精神的にも肉体的にも限界に近づいていた。
夜勤が続く、遊ぶ気力も無く成る美由紀、頭に廣一の事が浮かんだ。
久々に温泉に行きたい、美味しい物を食べてゆっくりしたい、遊んでも幸広さんには見つからないわ、彼は闇の人だから、五年間見つからなかったから、お金もピンチだから、廣一ともう一度付き合うかな?美由紀の性格は判らないのだ。
由美も柴田と付き合うのはお勧めでは無いと思っていたが、自分が巧美と幸せな姿を見せつけたのも悪いと反省をしていたのだ。

巧美の両親は二人に高級マンションを買ってくれて、金銭の援助も半端な金額では無かった。
「巧美には内緒にしてね、お金が有ると使いたがるから、将来必要に成ったら使いなさい」巧美の両親はそう云って大金をくれたのだ。
元々大企業の重役だから、お金は沢山持っているとは判っていても、これには驚く由美だった。
美由紀は反対にお金に困っていた。
普通の生活なら、看護師の給料で充分なのだが違った。
由美は結婚してから夜勤の仕事を辞めた。
巧美とすれ違いを避ける為で、寮から高級マンションに引っ越した由美を美由紀は一度も尋ねて来ていなかった。
それ程忙しくて、寝る時間が少ないから、少しの時間でも眠るのだ。
「身体を壊すわよ」と由美が忠告するが聞く耳を持たないのだ。
美由紀は廣一と再会を目論む、タイムラインに書き込んで廣一が見るのを待つ、それを何度も繰り返すのだ。
もうすぐ五十一歳の廣一と三十一歳の美由紀、由美はこの事実を知ったのはしばらくしてからだった。
その時はもう戻れない坂道を転がっていた二人だった。

(お元気でしたか?)
(病院は暇な時間が無いわ、東京に来たら、またお酒でも飲みに行きましょう)
(はい、連絡します)廣一には美由紀が戻ってきてくれた事を喜んだ。
(今までの様に旅行に行きませんか?近場に)美由紀はこれを待っていた。
いきなりSEXしましょうは言えないから、お酒でもと控えめに言ったのだ。
上手に予想通りの展開に、ほほ笑む美由紀、日時を決めて箱根に行く事にする。
幸広の売り上げを助ける為に頑張らないと、温泉にも行きたい美由紀だった。

箱根の旅館で高級旅館の旅を思い出す美由紀、毎日飲んでいるサプリの容器を取り出すと「それは?」廣一は気に成って尋ねた。
「サプリよ、健康の為に飲んでいるのよ、貴方と別れる前より肌綺麗でしょう?」
殆ど変わらないと思ったが「うん」と答える廣一だ。
「看護師なのに、何故?」
「この薬は身体に優しいのよ、だから良いのよ」
「そうなの?」
「これ、高いのよ!一粒七十円もするのよ」
「わー、その容器一杯だから、凄い金額だね」
「そうよ」
お菓子の様に飲む美由紀、廣一には不思議な光景だった。
美由紀には久々の廣一とのSEXだったが、燃えたので今更ながらに合うわと心で思っていた。
廣一にお小遣いを貰って見送ると、早速幸宏に電話で「化粧品で今月の売り上げ助けるわ」
「ありがとう」
「品川で会いましょう、友達と箱根に行って来たのよ、お土産有るから」と話した。
夕食を食べて、遊びに行くお金を渡して喜ぶ幸宏の顔に美由紀は満足をしていた。
これなら、楽出来るし美味しい物も食べられし温泉にも行けるが、幸宏に見つからない様にしなければと気をつける。、
総てが駄目になると思う美由紀に「今度、名古屋の家に一緒に行こうか?」と幸弘が言った。
「えー、本当」美由紀は有頂天に成っていた。
これは、結婚を前提の挨拶に行くのだわ!嬉しい、いよいよ結婚か?の気持ちに高ぶるのだ。
由美に翌日「柴田さんに、プロポーズされたのよ」
柴田を信じていなかった由美は驚きの表情に成った。
「驚いた様ね、貴女が結婚して私だけ結婚しない訳無いでしょう」そう言って笑った。
私のマンションにも来てない美由紀だ。
私が彼の両親から五千万も貰ったと知ったら気が狂うのでは、そう思うとマンションに来なくて良かったと思うのだった。

知った秘密

5-12
その美由紀が翌日「由美の家、一度も行ってないわね、今度の休みに行くわ」いきなり言った。
「は、はーい」
急に時間が出来たのか余裕なのか、それは廣一とまた直ぐに会うから、幸宏のお金が心配無くなった安堵感からなので根本的には同じなのだ。

数日後白金台のマンションの近くに来た美由紀が電話で「この辺りに、由美のマンション有るの?」
「今、何処よ」
「高級マンションが沢山有るけれど、無いわよ」
「コンビニが有るでしょう、その横の道に入って待ってて、迎えに行くから」
「こんな場所に、安いマンション在るの?買い取りでしょう」
「うん」とは返事はしたが、此処に来ると気が狂う?巧美は仕事で居ないから良いけれど、この後が恐い由美なのだ。
ケーキの箱を持って歩いてくる美由紀に「此処よ」と手招きをする。
マンションを見上げて「これ?なの?」と驚きの表情の美由紀だ。
入り口にはセキュリティの部屋が在り、美由紀は呆れて声も出ない。
「本当に、此処に住んで居るの?」
「そうよ、十五階」
美由紀は自分の寮に有る電化製品で由美に優越感を持った事も有ったのに、エレベーターに乗っても殆ど喋らない美由紀、空気に圧倒されていたのだ。
部屋に入ると素晴らしい丁度品、大きなテレビに、大きな寝室そしてベッド、もう美由紀には別世界なのだ。
「此処から、病院に勤めているの?」
「そうよ」
「馬鹿じゃないの?幾らお金持って居るのよ、あの巧美さんが持って居たの?宝くじが当たった?」
「違うわよ、巧美さんの両親が買って下さったのよ」
「何している人よ、こんなマンション息子に買うなんて」
「前にも話したわよ、お父様は商社の重役さんよ」
「由美は玉の輿なの?あのチンピラの親父が金持ちだったの?」
「その様だわ」
由美がコーヒーを作っている間、美由紀は部屋中を見て廻って「これって億ションって物ね」と呆れた様に言うのだ。
しばらくして意外とすんなりと帰ったと由美は思ったが、美由紀は柴田の言葉を思い出していた。
「MMSのトップセールスマンは年間軽く億は稼ぐのだよ」の言葉を、幸宏に頑張って貰えば夢ではないわと考えながら帰って行ったが、あり得ない事を夢見ていた。

幸宏も美由紀の写真とかを友人達に見せる様に成っていた。
始めは猫を被っていた美由紀だが身体は多くの男性を知っていたから、幸宏を喜ばすコツを心得ていたのだ。
何度かベッドを共にして、幸宏も美由紀の身体が忘れられなく成っていった。
商売を抜きなら美人だから、相当整形はしていたのだが、それを知っていたのは由美だけかも知れない。
矯正歯科も春で終わって、綺麗な歯に成って美由紀は完璧だと思っていた。
由美に大きく負けた気持ちは、幸宏の出世で取り返そうと、知り合いとか同僚に次々と勧誘を始めた。
美由紀に由美は怖ささえ感じたのだ。
自分でも必要の無い物まで買い込んで助ける。
その為には廣一にも、会う回数を増やす必要が有った。
廣一に会うと「フェィスブックを教えて欲しい」と言われたが「私も、そんなにやらないのよ」と上手に断る美由紀だが、廣一は美由紀のサイトは既に知っていたが、でも見る事は出来ない。
「貴方との関係が病院の人に判ると、困るのよ」
「何故?」
「だって、愛人の様な付き合いだから、デリヘルで知り合わなかったら、絶対にあり得ない付き合いよ」
「私は独身だし、貴女の話は誰にもしてないから、デリヘルの事はもう忘れたよ」
しばらく別れてまた戻った二人は噛み合わない時が多く成った。
三ヶ月の間に廣一は色々調べて居たから、友達の由美さんの事も時々美由紀が話したので調べていた。
「次回会うと、次は誕生日が来るね」
「早いなあ、三十一歳、嫌だ-」
「プレゼント何が欲しい?」
しばらく考えて「フライパンが欲しい」
「えーフライパン?」
「良い、フライパンは長持ちするし、料理も上手に出来るのよ」
この時美由紀の頭に幸宏との新婚生活を夢見ていたのだ。
廣一には何故?フライパンとの疑問だけが残ったが、地元のデパートにフライパンを見に行く廣一は哀れだったのだ。
来月伊豆に行く予定の廣一は、フライパンを買って持って行こうか?悩んでいた。
荷物に成るし、誕生日が終わって会う時に一緒に都内のデパートに行けば、好きなのを買うだろう、二人でショッピングも楽しそうだと自分で勝手に夢を描いていた。

幸宏と美由紀はその後も近くのラブホに行ったり、飲みに行ったりするが殆ど美由紀が代金を支払っていた。
廣一に貰ったお金が統べて、二人のレジャー費に消えて、サプリとか化粧品とかの購入代金は美由紀の給与と蓄えから出ていた。
病院の掛け持ち勤務で身体はボロボロ、疲れはピークに達していた。
服もブーツも節約して買わない、幸宏は自分のマンションには一度も美由紀を呼んでなかった。
友人三人でワンルームに住んで居たから、とても呼べる状態では無かった。
MMSの収入では生活が出来ないし、勿論貯蓄はゼロなのだ。
それでも、美由紀には見栄を言っていたのだ。
都会では車は不便だから持たないので、実家では弟が自分の車を乗っている。
親父は小さな会社を経営していると、実際は小さなクリーニング店をしているのだ。
大手の安いチェーン店に顧客を取られて、青息吐息の状態、弟幸司が水道工事の会社に勤めて家計を支えて居るのが現実だ。
幸宏はヤクザな仕事をしているから、幸司だけが頼りだと両親には言われていた。

その幸宏が、結婚するかも知れないと電話をしてきたのは、十一月の始めだった。
それはお金を欲しいと云う事、両親は何度も騙されていたからだ。
「娘さんを連れて来たら考えるよ、それよりまだあの詐欺の様な仕事をしているの?」
「立派な会社だよ、外国の資本だけれど大きいのだよ、お母さんが知らないだけだよ」
「お前が知り合いを騙すから肩身が狭いわ、友達も居なくなったでしょう」
「保険会社も同じだよ、最初は知り合いに頼むのだよ」
「馬鹿な!お前の仕事はネズミだろう、怒っているよ、みんな」
「判ったよ、近日中に連れて行くよ、びっくりするよ、綺麗な女だからな」
「何処の飲み屋の子を連れて来るのだい」
「違うよ、看護師さんだよ、それも大きな病院のね」
「珍しいね、期待しないで待っているよ、お前に騙される女だから、馬鹿だろうけれどね」
母親の富子は幸宏に厳しい、これまで散々騙されたから、もうコリゴリの気持ちの表れなのだ。

廣一は自分の部屋で携帯の操作をして、フェィスブックを見ていた。
美由紀のサイトはこれなのだが、入れないのだよね!と操作をしていた時、急にその時サイトに侵入出来たのだ。
そこには彼女の友達の名前が一杯並んで居た。
「わー、凄い」と独り言を言いながら、コピーをして順番に友達のサイトを調べていった。
その中に見てはいけないサイトが有って、柴田幸宏のサイトだった。
美由紀と仲良く写る写真、美由紀だけの写真、何カ所かに旅行に行った写真、ラブホの写真まで五十枚位の写真だった。
今年の春から最近までの日時が掲載されていた。
廣一はもう唖然として、中には廣一が美由紀に送ったネックレスの写真も数枚、この柴田は細かくサイトに掲載していた。
仕事がMMSと記載して有るから、どの様な会社だとネットで調べると「これって、ネットワークビジネス?」と独り言を言う廣一だった。

露見

 5-13
フライパンの意味が判った廣一だが、この写真の数々は廣一には相当なショックだった。
あのサプリもこの柴田から買ったのだ。
もう絶望なのか?自分に比べて若い、マッチョで肉体も素晴らしい、この柴田と付き合いながら私に抱かれる美由紀は?
「あっ」お金を巻き上げられているのだ。
最近の服装も少し悪い、夜勤のバイトをして「デリヘルより、収入が良いのよ」と話していた。
結婚の為にお金を節約している様には見えない、それなら品物を買う必要が無いからだ。
それじゃあ、騙されているだけのなか?そう云う自分も蓄えが無く成って、もう通帳には二百万しか残っていない。
美由紀がもし自分の様な年寄りで禿げて不細工な男を好きに成ってくれたら、結婚しても良いと最近では考えていた廣一なのだ。
そこにこの写真の衝撃は半端では無かった。
その時廣一はまだ自分の事より、美由紀が騙されて身体を酷使して稼いだお金をつぎ込んでいる事の心配をしていた。
もう、一千五百万以上を使っていた廣一なのに、まだ美由紀の心配をしていたのだ。
三ヶ月の空白の時期が廣一に美由紀に対する愛情を芽生えさせてしまったのだ。
遊びから好きに成り、今では愛していたのだ。
自分は捨てられても良いから、彼女だけは不幸に成って欲しくない廣一は毎日携帯で友達を調べた。
柴田以外誰も美由紀の事を掲載している人は誰も居なかった。
この柴田はとんでもない悪だと廣一は思う、例えば美由紀とのラブホの写真を掲載したら、もし今後彼女と別れたら、この写真は不特定多数に見られるから何を考えて居るのか不思議だった。
廣一も隠し撮りで美由紀のヌードも持って居たが勿論誰にも見せない。
この柴田は美由紀を食い物にしていると廣一は決めつけた。
伊豆の修善寺に行く時に色々聞いて、もし聞く耳を持っていたら忠告しなければと思うのだった。

加藤、小池、最上に販売をするが中々他の人には広がらない、松本も宮沢も彼女達を自分達の彼女にする程興味は無かったのだ。
美由紀の知り合いも中々買ってはくれない。
集会には参加しないし一番の友達の由美は毛嫌いしている。
「私は、美由紀には柴田さんは合ってないと思うわ」
「何故よ!由美も最初は山下さんの事、嫌いだったじゃない」
「それは家族の人が良かったのよ、美由紀は会ったの?家族の方と?」
「会ってないわ」
「じゃあ、自宅に行った?」
「彼、友達と同居しているから、来ない方が良いと言うのよ」
「そうかな?何か他に理由が有るのじゃあ?」
「何も無いわよ、由美は自分が結婚したから、私の彼にケチを付けているの?」
「何故よ、私は美由紀の事を心配しているのよ」
「放って置いて、由美には関係無いわ」
その口論から、二人は話しをしなくなってしまった。

廣一も美由紀と会う前日、柴田のサイトに表示されていた自宅を探しに向かったのだ。
どの様な住まいなのか?見れば大体その人の生活水準も判るからだ。
自分の住所とか健康診断書まで自分のサイトに掲載しているのは、多分騙す為に必要だからだろうと廣一は考えていた。
住所を探して見つけたその建物は、廻りを見渡してもこれ程見窄らしい建物は無いと云う程汚らしいワンルームのアパートだ。
柴田の部屋から二人の男が出て来た。
この部屋に三人も住んで居るのか?
表札代わりに名刺が押しピンで留めて有って、その中の一枚が柴田幸宏と書いて有るが、もう薄汚れて色が変わっていたのだ。
廣一は、フライパンの世界の話しではないな、とても付き合う相手ではないし、ましてや結婚する相手とは思えないのだ。
何も知らない素振りで新幹線のホームで待つ廣一、時間ギリギリに走り込んで来る美由紀は何となく窶れた感じに見えた。
(こだま)で熱海迄行って(踊り子)で伊豆稲取迄、車内で廣一は美由紀に予め週刊誌のマッチョの写真を用意して「こんな、男性は魅力感じる?」と聞くと、週刊誌をのぞき込んで「大好きよ、この筋肉痺れるわ」そう言って微笑む。
「これも、ライオンの鬣とよく似ていると思うよ」
「何よ、それ?」
「強く見せる見栄とか威圧感を出す為、心の弱い人が多いのでは?」
「そうなの?」
「入れ墨も同じ様なものだよ、自分を大きく見せたい象徴かも知れない」
「私はね、沢山の男性を見て来たからよく判るのよ、貴方の意見は違うと思うわ」
いつの間にか美由紀はマッチョを柴田に置き換えて話しをしていた。
「誰か結婚でもしたい人出来たの?」
「そりゃ、もう三十一歳に成るからね」
「でも両親に反対されたら?例えば相手の人がお金も仕事も無かったら?」
「そんな人は相手にしないわよ」
「もし、好きに成ったら?」
「そうなったら、出来ちゃった婚でもするかも知れないわ」
「私の様な、年寄りは?」
「柏木さんとは特別な関係よ、秘密のね!」そう言って微笑んだ。
「それって?」
「闇の人よ」
「じゃあ、いつまでこの関係を続けるの?」
「貴方が私に会いたく無くなるか?私が結婚した時ね」
「じゃあ、何年先か判らないね」
微笑んで「そんな事無いかも知れないわ」
廣一は総てを知っていたが言えなかった。
今言うと旅が終わりそうだったから、いつもの様に二人はSEXで燃えた。
彼氏が居るのに、この美由紀って何を考えているのだろう?と不思議に思った。
廣一は帰りの電車で別れる時間を測りながら「こんな、画像見つけたのだけれど」と柴田とのツーショット写真を見せた。
「。。。。。。」それを見た美由紀は凍り付いた。
「何で?貴方が持って居るの?」
「偶然、見つけたのだよ」その後の美由紀は喋らなく成った。
電車が熱海に到着すると、さよならも言わずに、急いで新幹線のホームに走っていった。
上りの新幹線の時間が無かったのも有ったが、頭の中が混乱していたのだ。
廣一はこの結末は予想していなくて、何度もメールで呼びかけても返事は無かった。
翌日夕方、もうお別れしましょう、さようなら。。。。。。。それだけの返信の後、メールもラインも電話も切断してしまって、連絡の出来ない状態に成った。
廣一には何かいい訳とか話しをすると思っていたから、その後の美由紀の態度は違った。
それほど大きかったのだろう、翌日には柴田のサイトで総ての美由紀の写真が削除されて閲覧出来なく成っていたのだ。
明らかに柴田に私の話が伝わっていると思った。
数日後には美由紀は友人達に、ストーカーにつけ回されて困っています。
私の事を聞いてくる人が居ます、相手にしないで下さいとメールと電話で伝えていた。
勿論柴田にも、病院の患者さんで退院したのだけれど、必要に誘うのよ!貴方のサイトも見ているのよ、統べて消して、話しかけられても相手にしないでってお願い!と伝えていた。
由美には本当の事を話さないと由美から総てが露見すると思って、最近話しをしなかったからだ。、
由美に「少し、時間いいかな、話が有るの」
「何?柴田さんと別れた?」
「違うわよ、柏木さんが柴田さんの事知ってしまったのよ!だから絶交したの!フェイスブックの友達検索で知ったから、由美にも問い合わせが有るかも知れないの、だから無視して欲しいの」
「逆じゃないの?柴田と別れて柏木さんとなら判るけれど」
「何、言っているの?禿の年寄りでデリヘル通いの爺と何故、私が一緒に成るのよ!馬鹿言わないで!」と大きな声で怒る。
「目を覚ました方が良いよ、柴田は駄目だと思うわ」由美がそう言うと、いきなり由美の頬を美由紀が叩いた。
「馬鹿にしないで!貴女はお金持ちの家に嫁に行って、何故?私が私が。。。。。」そう言うと泣きながら病院の廊下を走って行った。

反対!

 5-14
呆然と頬を押さえる由美、もう落ちる所迄落ちるしか無いのかもと、その時思ったが、今思えばあの時でもまだ、間に合ったのだ。
由美は大きくため息をついたのだった。

廣一と美由紀の破局の影響で柴田と美由紀は以前以上に親密に成っていた。
何か運命共同体の様な気持ちが二人をより結びつけたのだ。
廣一からの収入が無くなった美由紀は以前よりも厳しい状態に成って、服も食べ物も質素に成った。
由美はこの時の美由紀を見てもう狂っているとしか思えなかった。
一日二度の食事にサプリの生活、殆ど外食は無くなっていた。
頭の中は柴田との結婚だけを考えていたのかも、その柴田と会う時間も少なく成っていた。
バイトと疲れ、そしてお金が原因だった。

正月には久々に美由紀は実家に帰った。
由美の実家も漸く震災の傷も癒えていた。
山下の家から援助が有ったのも大きな支えに成っていたのだ。
美由紀の実家は由美の家から一キロ程離れた所で小さな雑貨店を両親が営んでいた。
弟が役所に就職していたので生活は安定していたのだ。
震災の後遺症も少なく最近では以前の客数に戻って、雑貨店も赤字からトントンに採算が上向いていた。
父、須藤啓治五十八歳、母有紀子五十歳、弟啓一二十五歳が、美由紀の家族だ。
「結婚したい人が出来たの、それで報告と許して貰おうと思って」
「それは、めでたい話しだ、正月からいい話だ」父の啓治が嬉しそうに言う。
「どんな人?病院の人?」
四人は炬燵に入りながら、おせち料理を食べながら美由紀の話しに耳を傾ける。
「病院の人では無いわ」
「薬関係の出入りの人だね」
「薬も扱っているけれど、色々よ」
「歳は?学歴は?」
「住まいは?」
「出身は?」
三人が次々と質問をするので美由紀が「歳は同い歳、高卒、出身は名古屋、仕事はMMSよ」
「何?そのMMSって?」母の有紀子が尋ねた。
「今、流行の新興産業よ」と美由紀が言うと「嘘だよ、詐欺の会社だ」と啓一が言って、部屋の空気が変わった。
「何が詐欺の会社よ、立派な外資の会社よ」
「嘘だよ、役所にも問い合わせとか苦情が沢山来て居るよ」
「そうなのかい、そりゃ駄目だよ、美由紀そんな人と結婚なんて駄目だよ」
「こら、啓一!嘘を言ったら駄目よ、お母さん達本気にするから」
そこに啓治が「役所に苦情が来る様な会社の人は駄目だな、諦めなさい」
「駄目よ、そんな人じゃあ無いわ、良い人よ」と美由紀が言うと「もう、姉貴お金無く成っているのだろう?」鋭い!弟啓一の言う通りだった。
「結婚したいのよ!」と炬燵から出て、もう帰る準備を始める美由紀、家族に反対されて立場が無かったのだ。
「待ちなさいよ、昨日帰ったのにもう帰るの?」
母の有紀子が美由紀を止めるが、啓治も啓一も止めない。
「好きにさせなさい、詐欺師の妻に成る様な娘は要らない」と啓治が怒る。
「姉貴、目を覚ませよ、相手の家族に会ったのか?」と啓一が美由紀の心を抉る様な言葉を放つ、確かに柴田の家族にも会ってない。
二人で結婚の約束もしていない、唯、美由紀が決めていただけなのだ。

一方、廣一は寂しい正月を迎えていた。
「今年には美由紀さんと正月を迎えられると思ったのにね」母眞悠子が寂しそうに言うと「もう、別れたから、会わないよ」
「えー、嘘だろう?随分彼女に色々してあげただろう」
「仕方無いよ、年寄りだし、この顔では無理だよ」と元気の無い廣一に「お前が、蓄えを統べて使って美由紀さんに尽くしていた事、母さん知っていたのだよ、でもやがて結ばれると思っていたから、黙っていたのだよ」
「えー、知っていたの?」
「お前が、三十年近く掛かって貯めたお金だから、何に使おうと私の言える事では無いけれどね、それは、余りに酷いのじゃあないの?」
「でも、この六年近くの間、楽しかったから、でもね今付き合っている美由紀の彼詐欺師の様な仕事なのだよ、だから心配で。。。。!」
「お前は本当に馬鹿だね、捨てられたのに、まだ女の心配をするのかい、呆れるよ!」
「でも、心配なのだよ」母眞悠子は息子の態度に呆れるのだ。
廣一は来週東京に行ったら、病院に行ってみよう、どうしても柴田が気に成っていたのだ。
会ったら、何を言うのだ?それが判らないが、忠告の一言を言わないと納得出来なかったのだ。

第二週目に病院に行った廣一は入院病棟に向かった。
美由紀の姿を見つけた廣一、自分の職場を知らないと思っていた美由紀が凍り付いた。
急いで近づいて来て「何故?此処が判ったのよ」
「前から知っていましたよ」
「今、話し出来ないから、夜会いましょう」美由紀は廣一を追い返す事しか考えて居なくて、頭がパニックに成っていた。
十一月に別れて二ヶ月振りに会ったのだが、闇の人間が表に出て来た事は恐怖の何ものでも無かったのだ。
一度切断したメールを廣一に送って(今夜、九時に貴方のホテルのロビーに行くわ、いつものホテルでしょう?)
(はい、待っています)
美由紀は今更何をしに来たのよ、もうこの病院では働けない。
いつ廣一が来るか判らないので、今夜は適当に話して時間稼ぎをして病院を変わろう、それが美由紀の結論だった。
夜に成って美由紀は自転車でホテルに向う、近いからタクシー代の節約なのだ。
「職場に来るなんて、最低ですね」
「メールも電話も出来ないから仕方が無いでしょう」
「もう、貴方とは終わったのよ、今更何を言われても戻れないわ」
「私は、戻って貰おうと来た訳では有りません」
「じゃあ、何よ」
「美由紀さんが今付き合っている人が、大丈夫かな?と心配に成ったので忠告に来ました」
「余計なお世話よ、貴方には関係ないわ、私の彼氏に何故?みんな、ケチをつけるの?」
「他にもいましたか?」
「そうよ、両親も、弟も友達もみんなよ、もー嫌よ!私の事放って置いてよ」と怒り出した。
「私もみなさんと同じで、貴女の事を愛しているのですよ、だから美由紀さんに不幸に成って貰いたくないからですよ」
「貴方、自分の姿見た事有るの?禿げていて、不細工な体型で年寄り、そんな貴方が私の様な若くて綺麗な女の子と遊ぶにはお金しかないのよ」
「それは、知っていますよ、でも私は美由紀さんを愛してしまったのですよ」
「私には、貴方は金よ、それしか無いわ」
「それでも、心配で。。。」
「じゃあ、今一千万頂戴、そうすれば今からでも部屋に行くわ、お金だから」
「。。。。。。。」
「無理でしょう」
「もうお金は有りません、統べて使ってしまいました」
「それなら、大人しく帰る事よ、もう終わったのよ!愛情はお金では買えないのよ」
「はい」
「柴田さんとは愛情で結ばれているのよ、彼には色々してあげたいと思うのよ、私の総てを捧げられるの、それが愛なのよ!」
「。。。。。。」
「貴方とは、たまたまデリヘルで知り合っただけなの、それが長かっただけなのよ」
「美由紀さん程の美人で手に職も有るから、何も柴田さんの様な男を。。。」
「貴方に柴田さんの何が判ると言うの?」と益々怒る美由紀
「本当に愛情で結ばれているのでしょうか?私と美由紀さんの関係に近くないですか?」
「もういいー、聞きたくないわ、一度も女性に愛された事無いのでしょう?だから判らないのよ、とにかく一千万持って来たら考えるから!」
そう言って無理矢理に笑った。
「無理の様ですね、柴田さんと別れるのは?」
「何度言わせるの、私達は愛し合っているのよ!」そこまで言うとさっさと帰ろうとした。
振り返ると「お金有れば、会うわよ」と捨て台詞を残して去って行った。

両親の苦悩

 5-15
そう言われても、何とか助けたい廣一だったが、何処にもお金は無かった。
翌日由美が「昨日病院に来ていた人、美由紀の話していた柏木さんに似ていたわよね」
「違うわ、宮城の親戚の叔父さんが尋ねて来たのよ」と誤魔化す美由紀。
その日から仕事先を探し始める美由紀だが、中々良い条件の職場が無い、掛け持ちが出来ないと働けないからなのだ。
それと寮の完備も問題なのだ。

柴田と会うのはいつもラブホで「一度、家に行きたいな」
「無理だよ、友達と一緒だからな」
「貴方が住んでいる部屋を一度見たいわ、沢山仕事の資料も置いてあるのでしょう」
部屋には漫画しかないし、友人二人も漫画を見て寝るだけで、バイトとMMSの仕事で殆ど寝るだけの場所で、汚い部屋に来たらもう終わりだ。
柴田は「何処かにマンション借りないか?」と矛先を変えた。
「えー、私達の住むマンション?」
「そうだよ、いつもラブホは高いからね」
「そうよね、二人のマンションか」
そう言われて夢が広がる美由紀に続けて「名古屋に行こう、一度両親に会って欲しい」プロポーズされたと思う。
「ほんと!」喜ぶ美由紀だが、柴田は実家からお金を貰おうと考えていたのだ。
せめてマンションの頭金は用意して、美由紀と結婚して看護師の給料で生活をして、片手間にMMSの仕事をするのが理想だと考え始めていた。
頑張っても所詮小遣い銭にしか成らないので収入が不安定なのだ。
逆に美由紀は完全に舞い上がった。
実家に行けば家族構成も判るし、彼の事がもっとはっきり判る。
みんなが言うのが出鱈目だと思い知るわ!と喜んで幸宏の胸に抱かれる美由紀、嫌いなフェラも進んでするのだ。
愛する人には尽くすのよ私は!そう自分に言い聞かせていた。

翌日、柴田は実家に美由紀を連れて帰ると電話をして、柴田は自分の言った事を忘れていた。
「実家は小さな会社を経営している」と言った事を、月末に二人は名古屋の実家に行く事に成った。
「今度は、美由紀の実家にも行かないと。。。。」
「うん」と元気の無い返事、先日の家族の態度を思い出していたのだ。
連れて帰ったら何を言われるか、恐ろしいのだ。

廣一は考え込んでいた。
お金が有れば彼女は別れるのだろうか?自分と遊ぶだけなのか?でも肝心のお金は何処にも無い。
家でも売れば一千万には成るが住む場所が無くなる。
五十歳を過ぎた哀れな、恋する男性の姿がそこには在った。
廣一が人生で六年も付き合った女性は皆無だった。
昔は二度程見合いをしたが、断られていた。
その当時から髪が薄く不細工な風貌だったから、それから見合いはしなくなった。
二度断られたのがショックだったから、その後は風俗で発散して、仕事以外趣味も少ない。
もう父親が亡くなって随分時間が過ぎてしまった。
母の眞悠子ももう廣一の結婚は諦めてしまった。
唯一の望みの美由紀に逃げられても、まだ諦めない息子に呆れるばかりだ。
自分が死んだら廣一はどうするのだろう?
今の会社の退職金は微々たる物だろう、年金も僅かだ。
孝治さんも若死にして何も残していないし、この家のローンが終わっただけでも良かったのだ。
死亡保険で完済に成るローンだったからだった。

月末に成って美由紀は幸宏と名古屋の実家に向かっていた。
新幹線の車内で「幸宏さんの実家って小さな会社をされているのよね、どんな会社?」
「えー、会社ではないよ、クリーニング屋だよ」すっかり忘れていた柴田は笑って誤魔化した。
「クリーニング屋さんも会社かもしれないわね」と笑ったが、美由紀はなーんだ、と心で残念な気持ちだった。
実家に着くと本当に小さなお店だった。
「こんにちは、初めまして、須藤美由紀と申します」と丁寧に挨拶をする美由紀に、両親は「幸宏の母の富子です、はじめまして」
「父の宏一です、遠路大変でしたね」そう言って笑顔に成った。
「弟の幸司がもうすぐ戻りますので、お寿司でも食べて下さい」とテーブルに寿司桶を置いた。
「綺麗な方ですね」
「有難うございます」
「幸宏には勿体ないわ」
「そうだな、看護師さんだそうですね」
「はい、品川総合病院に勤めて居ます」
「そこ、有名よね!時々テレビに出ているから知っています」
「はい有名な先生と有名人が入院しますからね」そう言って笑う美由紀、寿司をみんなで食べ始めた時。
弟の幸司が帰って来て「いらっしゃい、弟の幸司です、宜しく」と会釈をした。
「幸司、美由紀さん綺麗な方だろう?」
「本当に美人さんですね、兄貴に騙されましたか?」といきなり言うと「こら、何を言うのだ!幸司、冗談が多いぞ」と怒る幸宏だ。
和やかに時間は過ぎてゆくが、美由紀は様子から此処には泊まれないから帰る事にしたのだ、
小さな家で、店の奥に両親、二階に幸司の部屋で一杯だろうと思ったから、これからラブホで幸宏と一緒も考えたが、お金を無駄に使いたく無かった。
「私、明日仕事なので、これで帰ります」と美由紀は幸宏を残して家を出た。
「幸宏さんご両親と話が有るでしょう、私先に帰るわ」美由紀はバッグの中に着替えも用意していたが、今の家では泊まれないと感じて出て来たのだ。
帰りの新幹線で、彼の家金持ちでは無かったのね、まあ、いいわ、これからMMSで稼げば、家族は家族よ!でも良い感じの家族だったなあ、と印象を良くして帰って行ったのだ。

柴田の家では「幸宏にはぴったりの女性ね」
「そうだよ、兄貴には合っているよ、品川総合病院の看護師なら収入も有るから」と幸司が言うと「本当だ、怠け者のお前には似合いだよ」と父も言った。
開き直って「そうだろう、俺もそれで決めたのだよ」と笑うのだ。

夜、父の宏一に富子が「幸宏にも嫁さんが来るとは思いませんでしたよ」
「今でも信じられないよ、あの事件が無ければあの様には成って居なかったのだがなあ」
「そうですね、気の弱い、優しい子供だったのに」
「まさか、こんな形で、大人に成るとは想像出来なかったな」二人は遠い昔を思い出しながら話していた。

中学一年生の時、細くて気の弱い少年幸宏は、いつもいじめられっ子だった。
ある日体育の授業中、担任の先生が急用で、席を外した時クラスの悪餓鬼が幸宏を体育館のマットに幸宏を巻き付けて虐めようとした。
先生が戻った時幸宏はマットに巻かれて消えていた。
次の授業でマットを使う為に広げたら、意識不明の幸宏が居たのだ。
救急車で病院に運ばれて危機一髪助かったのだが、それは殺人未遂事件に成った。
体育教師はその事件が原因で退職、犯行を行った生徒は少年院送りに成った。
その事件後幸宏は変わって、ボディビルの集まりに参加して強く成りたいと変身したのだ。
だが仲間の中には悪い人も沢山居て、煙草、酒、女、博打と遊びの総てを覚えてしまって、その後誘われるままにMMSの仕事をする様に成った。
集会に参加をすると洗脳されて、いつの間にかMMSに浸かった生活に成って居た。
始めは知り合い、友達を勧誘するが、誰も始めは協力するのだが離れて行く。
勧誘した人も最初の半年程は真面目に勧誘をするが、難しい為に諦めてしまう、サプリもそれと全く同じで続けるのは難しいのだ。
これが続くなら全員億万長者なのだ。
会社の上層部は、入会する人が十退会する人が九なら大成功なのだ。
実際、中に居る人間にはそれが判らないのだ。
外から見ればこれ程簡単な方程式は無いのがこの商売なのだ。
人は欲に弱い、それを利用しているのだ。
ギャンブルの要素も有るから、人間の三大欲を利用すると何事も儲かる。
性欲、物欲、食欲。。。。。。。
「あの女性で幸宏が立ち直れば良いのだが。。。。。」宏一のその言葉が苦悩を感じさせた。

ネットワークビジネスはネズミ

5-16
新幹線の中で美由紀は、家族の人は良い人だったわ、家は金持ちではないけれど、由美に良い人達だったと報告した。
今までの不安を消さないと、と思いながら帰った。

廣一はお金も無い、でも美由紀が気に成る。
来月の東京に行った時、一度柴田幸宏に会ってみよう、本当に美由紀を幸せにしてくれる男なのか?この目で確かめてみよう。
自分で納得出来れば、本当に喜んで祝福しようと結論づけた。
お金も無いし、もう美由紀の気持ちが戻らない事を先日のホテルで判ったから、でも恋しい廣一だ。
母眞悠子はそんな廣一を哀れな息子だと思う以外何もする事が無かったのだ。

そんな事を考えていた昼下がり、変な電話が掛かって来た。
「つかぬ事をお聞きしますが?」
「はい、何でしょう?」
「柏木孝治さんの、自宅でしょうか?」
「はい、そうですが?」
「ご主人は九州の方でしょうか?」
「そうですが、何か?」
「ご主人はお仕事ですよね、どちらにお勤めでしょうか?」
「失礼ですけれど、どちら様でしょうか?」
「佐伯と申します、ご主人の会社の電話番号教えて貰えませんか?」
「お友達の方でしょうか?」
「は、はい」
「もう、仕事はしていませんわ」
「あっ、そうでしたね、年金暮らしですか?子供さんは何人いらっしゃいますか?」
「一人ですが?本当にお友達の方ですか?」
「今、ご主人いらっしゃいますか?」
「はい、おりますが?」
「変わって、頂けませんか?」
「電話には出られませんよ」
「何か手が離せない事でも?とても大事な事なのですが?」
「無理ですわ、位牌ですからね」
「えーーー、ようやく探したのに」と残念そうな声が受話器の向こうに聞こえた。
「何か?ご用?」
「良いです、また」で電話が切れた。
何なの?今の電話?主人の友達?声が若いから違うわね、眞悠子は理解不能の電話に驚くのだ。
孝治の借金?隠し子?もう亡くなってから年数が経過し過ぎている。
どちらも違う何?気持悪いわね、廣一が帰るとその電話の話をすると「親父の実家でトラブルかも知れないね、」
「そうなのね、弟が一人居たから、保証人でも頼もうとしたのかな?」
「親父の実家って何をしていたの?」
「農業だと思うわよ、子供の時、稲刈り、田植えが大変だったとお父さん話していたからね!」
「農家か!気楽で良いかも、親父は弟と二人?」
「そうだと、思うわ、私一度も行った事無いのよ!」
「何故?」
「お父様に反対されて、いたから結局勘当だったのよ」
「お母さんの実家も行った事無いね」
「もう無いからね、私叔父さんの家で育ったのよ、お母さんが私を連れて実家に帰ったからね、でもお母さん私が高校の時に亡くなって、祖父母と叔父さんに育てて貰ったの、でも祖父母が亡くなって私も働ける歳に成って居たから家を出たのよ、それでお父さんと知り合ったのよ」
「成る程、それで親父の両親が反対したのか?」
「格式が高い家だったのかも知れないわね、昔の農家だからね、お父さん実家の事は何も言わなかったからね」
「弟さんの保証人かな?両親は今、生きて居たら九十歳を超えて居るからね」
「そうね、葬式とかなら、いきなり言うわね」
二人には電話の主が弟の知り合いで結論づけていた。

柴田幸宏の両親は、結婚が決まったら三百万お祝いを出すと約束して、今後はMMSを辞めない場合は名古屋に来ない事を条件にしていて、それ程困っていたのだ。
翌月、廣一は東京の柴田のアパートに勇気を持って訪れた。
チャイムも無い、外に臭いそうな男の匂いがその扉からする。
「トントン」中から、寒そうな感じで男が出て来て「あんた、誰?」
「村田と言いますが、柴田さんいらっしゃいますか?」
「柴田?おっさん、借金取りか?」
「違いますが、用事が有りまして」
「借金取りじゃあ無いなら、教えても良いか」
「違いますから」
「幸宏は今の時間は移動中だ。七時に成ったら、五反田の駅の近くのキャバクラの呼び込みしているよ(ドリーム)だったかな」
「ありがとうございます」
廣一は息をするのも大変な程の匂いに耐えて扉を閉めると、アパートから離れて大きく深呼吸をした。
耐えられない匂いだそう思いながら、五反田方面に向かった。
そうだ、病院にもう一度行ってみよう、何か変化が有るかも知れないと微かなきたいで、廣一は病院に向かった。
しかし姿が見えない、ウロウロしていたら「何方かお探しでしょうか?」と看護師の小池が尋ねた。
「今日は、須藤さんは?」
「夜勤明けでお休みです、何か伝言でも?」
「いいえ、また来ます」
「明日も休みですよ」
「有難うございます」と廣一はエレベーターの方に向かった。
小池に由美が「何方?」
「美由紀さんのお父さんかな?」
「どんな感じの人?」
「六十歳位かな?禿げて、ピカピカだった」
「あっ」由美は廣一だと閃いた。
慌てて追い掛けるが、寸前でタクシーに乗り込んでしまった。
あの時話せていたら、由美は最後のチャンスだったのよねと思い出していた。
美由紀の不幸を防げる最後の機会だったのだ。

夜に成って五反田のキャバクラ(ドリーム、ドリーム)に行くと、今から開店なのか忙しく女性が入店している。
柴田が見えないので「すみません、こちらに、柴田さんって男性働いて居ませんか?」
「借金取り?」
「違いますが」
「今夜は女と会うから、遅いと連絡が有ったから九時以降か、もっと遅いか判らん」
「連絡先、判りますか、彼の親父の用事で来ましたので」
「そうなの?待って携帯に入って居るから」そう言いながら番号を教えてくれた。
「少し飲んで行かない?」
廣一は、無駄なお金は使いたく無かったが、柴田の噂を聞けると思って「そうですね、少し飲んでいきますかね」
「話が判る、お兄さんだ、流石だね」と言いながら案内した。
「指名とか、好きなタイプの女いますか?」
「柴田君の事を知っている人が良いな」
「おおー、それなら(ゆか)さんだ」座ると(ゆか)が直ぐにやって来て、細身の長身の女性だ。
「叔父さん柴田さんの知り合い?」
「まあね、地元のね」
「じゃあ、名古屋の方ね」
「そうだよ」
早速彼の出身が名古屋だと知った。
「此処での仕事とか、彼女はどう?」
「叔父さん探偵?」
「お父さんの友達だよ、東京に行ったら見てきてくれと言われてね、近々結婚とかでね」
「ああ、結婚ね、看護師さんでしょう、そこの病院の?」
「そうそう、それで親父が心配に成ってね」
「幸宏、上手くするよ、安心よ」
「どう言う意味?」
「上手に巻き上げるって意味よ」
「じゃあ、結婚とは名だけで、紐かな?」
「いつも、そうよ、私が知っているだけでも三人は居たわ」
「上手なのだね」
「上手と云うより、怠け者ね、ネットワークビジネスとか言っているけれど、結局ネズミでしょう?所詮人に働かせて食べる訳でしょう」
廣一は美由紀が完全に騙されていると確信をしたのだ。
携帯の番号さえ、手に入ればいつでも連絡出来る。
廣一は成果が有ったと喜んで帰って来たのだ。

帰ると母が「先日の佐伯さんって変な人がまた電話を掛けて着たのだよ」
「今度は何を聞いたの?」
「柏木廣一さんは、孝治さんの息子さんですか?だって」
「はい、と答えたのだろう」
「勿論、答えたよ、そうしたら、ご兄弟は?と聞かれたのよ、一人っ子ですと答えたわ」
「何て、言ったの?」
「近日中に息子さんにお目に掛かりに行きますって言って切れたわ」
「何?それって借金取り?美由紀の差し金?」
二人は全く心辺りのない電話に怪訝な顔だった。

柴田は(ゆか)から三日後に廣一の話を聞いたが、親父が調べていると思った。
三百万貰うまでは大人しくしていなければ、貰えないと思うのだった。

祖母との対面

  5-17
(また、病院に来たでしょう)と美由紀から怒りのメールが届いたのは翌日だった
(知らない、東京には入って居ない)と送り返すと、その後は無反応に成っていた。
美由紀は何とか実家の許しを貰わないと、結婚出来ないと幸宏に「子供でも出来たら、許して貰えるわ」
「子供はまだ、早いよ」
「私、もう三十一歳よ」
「他に方法は無いの?」
幸宏には子供が出来ると、美由紀が働けないから、収入が無くなるのが困るのだ。
美由紀は一度田舎に幸宏を連れて行けば、両親も認めてくれるのでは?
そうよ、幸宏さんを見れば考えも変わるわ、少し暖かくなる来月に幸宏を連れて、宮城の実家に行く段取りを決める美由紀だった。

三月に成って自宅に電話が有って、廣一が在宅の時に伺いたいと、以前電話をしてきた佐伯が連絡をしてきた。
眞悠子も理解不能の電話の意味を知りたいと言ったが、本人に直接会って話したいと、言うので三月の二週目の日曜日に自宅に来て貰う事にした。
廣一も母が言う様に理解出来ない電話なので、会わないと始まらないと決めた。
佐伯真三は約束の午後に成って表れた。
差し出した名刺には特別介護老人ホームの従業員に成っていた。
「初めまして、柏木久代さんの件で参りました」
二人には初めて聞く名前だったが、柏木の名前と九州の老人ホームの名刺で父孝治の関係者だと推測できた。
「私との関係は?初めて聞く名前ですが?」
「廣一さんのお婆さんですよ」
「親父のお母さん?」と驚く廣一に母眞悠子が「もう、亡くなられた方でしょうか?」
「いいえ、足は弱っていらっしゃいますがお元気です」
「えー、もう百歳位では?」
「はい、今年九十六歳ですね」
「ハー、長生きですね」
「ご用件は何でしょうか?」
「実は、半年前にご主人の孝吉さんが亡くなられまして、多額の借金を残されていまして、お婆さんに話しましたら息子さんが居るから、そこで貰ってくれと言われまして、探していたのです」
眞悠子が青ざめて「そんなの、全く知らないのに、借金だけ言われても困りますわ」
「他の、借金は相続を拒否されれば、簡単なのですが。。。。」
「幾ら位ですか?」廣一が聞くと、眞悠子が「廣一聞かなくても良いわよ、拒否するのだから」
「お爺さんの借金は五千万程らしいですよ」
「えー、五千万!」眞悠子の声のトーンが変わった。
「私が参りましたのは、その借金の事では有りません、今、久代さんが居られる老人ホームの代金の事なのです、お支払い頂かなければ、退居をお願いしなければ成りませんので、ご親族の方にローンでも結構ですので、お支払い頂きたいのです」
「えー、そんな、会ってもいないお婆さんの老人ホームのお金なんて払えませんわ」眞悠子が驚いて言った。
廣一が「幾らなのですか?」と尋ねると「廣一聞かなくても」と眞悠子が言った。
そして続けて真悠子が「確か、孝治さんには弟さんがいらっしゃったと思うのですが?」言う。
「孝介さんですか?随分昔に亡くなられました」
「じゃあ、子供さんは?」
「結婚される前に亡く成られていますから、いらっしゃいません」
「えー、それじゃあ、お婆さんの血の繋がった人間は僕だけ?」
「はい、そうです、誰もいらっしゃいません!今回お邪魔しましたのは、そのお婆さんがお孫さんに会いたがっておられます、お金も頂かなければいけませんが、来ていただけたら、私も助かります!」そう言って微笑む。
「それで、幾らでしょう?」
「多分一千五百万位必要かと」
「一千五百万?」眞悠子の驚く顔「そんなの、払えません」
「それじゃあ、退居の手続きをしなければ成りませんね、来て頂くのは?」
「悪いけれど、我が家にはそんな大金は有りませんし、息子も行きませんよ」と眞悠子が怒ると「お母さん、たった一人の肉親だよ、お父さんのお母さんだろう、僕は会いたいよ!お父さんの若い時の話しも聞きたい。ローンでも良いのですよね、老人ホームのお金は?」
「来て頂けるのですか?お金はローンで結構ですよ」佐伯は急に嬉しそうな顔に成る。
「廣一何を言い出すのよ、お前はそんな甘い考えだから、悪い女にお金を騙し獲られるのよ」と眞悠子が怒る。
「でも、可愛そうじゃないか、もう身寄りも誰も居ないお婆さんが。。。。」廣一は涙目で訴える。
「お母さんは、お前には呆れるよ、二千万近いお金を騙し獲られて、嫁も無し、子供も居ないオマケに今度は身寄りの無いお婆さんの面倒を見るの?私はお婆さんよりお前の老後が心配だよ」と呆れる眞悠子だ。
「それでは、来週の日曜日にでも、来て頂けますか?契約書も用意して待っています」
「そうですね、老人だから早く行った方が良いですね」
「宜しく、お願いします」佐伯は丁寧にお辞儀をして帰って行った。
佐伯が帰ると、眞悠子は廣一に再三愚痴を言うが「一人しか居ないから」としか言わなかった廣一。
一千五百万を何年のローンで払うのだろう?それが心配に成る眞悠子だった。

翌週美由紀は幸宏と宮城に、廣一は一人福岡の老人ホームに向かって行った。
宮城の雑貨店で待ち構える両親、二人の間ではもう娘を諦めようかとまで話していた。
もう三十歳を過ぎていたし、反対しても出来ちゃった婚をされても同じ事だ。
此処は許して娘の目が覚めるのを待つのが良いのでは?
弟の啓一は「多分子供は中々作らないと思うよ」と言った。
「何故なの?」
「姉貴の収入を充てにしているからな」
「そうか、子供出来たら稼げない」
「成る程」
「それなら、許しても、気が付いた時には子供は居ないから、楽に別れられる」
三人は美由紀が柴田に騙されているで意見が一致していた。
そのうちボロが出て、二人は別れると考えていた。
もう反対するより許す方が目に届くと考えたのだ。
気合いを入れて帰った美由紀に両親も弟も先日とは段違いの対応で、結婚を許したのだ。
呆れる美由紀、美由紀から聞いていた話とまるで異なる状況に面食らう柴田なのだった。
帰りの新幹線で、喜んで手を繋いでラブラブで帰る二人、後は新居の用意が調えば入籍をして、マンションで新婚生活だと美由紀の心は晴れ晴れとしていたのだ。

福岡の駅に佐伯が車で迎えに来ていた。
運転しているのは綺麗な女性だった。
「ホームの事務員の有馬靖子さんです」と佐伯が紹介した。
年齢は二十五歳位だろうか?
何故か美由紀に似ている気がする廣一だったが、しばらく走ると大きな老人ホームに到着する。
「大きいですね、此処」
「まだ、新しいでしょう、昨年お爺さんが契約されて入られて、半年で亡くなられました」
「そうでしたか、会いたかったです」と目頭を押さえる廣一だ。
「このホームでも一番小さい部屋ですよ」そう言って案内された。
部屋に車椅子に腰掛けた見窄らしい姿の老婆が窓の外を見ていた。
廣一達に気づいて振り返ると、廣一を見ると同時に「おおーお爺さんの若い時にそっくりだ!、間違い無い」と叫んだ。
「お婆さんですか?孫の廣一です、初めまして」と会釈をした。
「こちらに来ておくれ、もっと近くで顔を見せておくれ」
「はい、お父さんの子供の頃の話が聞きたいと思ってやって来ました」
「そうかい、お前は優しいね、一度も会った事も無い、私に態々遠くから来てくれたのか?」
「だって、僕には唯一の肉親でしょう?そりゃあ来ますよ」
もう久代は涙を流して喜んでいた。
「ホームのお金も出してくれたのだってね」
「はい、安心して長生きして下さい」
横に居た靖子がハンカチを久代に渡すと、ハンカチで目頭を押さえて「孝治がお爺さんと喧嘩して、家を飛び出してから、三年後に孝介が事故で亡くなって、それから肉親に会うのは初めてだよ!二人共頑固だったから最後まで許さなかったのだね、お爺さんより子供達は二人共先に死んでいたのね」
「探さなかったの?」
「お爺さんが五月蠅くてね、去年亡くなる前に初めて許したのだよ、それから此処のお金の為に探してくれたのだよ、佐伯さん達が頑張ってくださったのですよ」
「大変でしたね」
久代は「ホームも踏み倒されたら困るから必死だよ」と微笑んだ。
「会いたかったです」と廣一は久代を抱き抱えた。
しばらく抱き合い「ありがとう、ありがとう」久代は泣きながらお礼を言った。
昔話にその後の二人は時間を使って夜に成った。
優しい廣一に久代は好印象を持った。

博多の町

5-18
「帰るのか?」
「連休ですから、近くのホテルに泊まりますよ」
「そうなのかい」嬉しそうに成る久代は「靖子さん、明日車用意して外に行きたい」
「はい、判りました」靖子が出て行くと「廣一、可愛い女の子だろう?」と意外な事を言う久代。
「はい、ホームの従業員にしては綺麗な方ですね」
「そう?気に入った?」
「はい、まあ」
「お前、独身だろう?」
「はい」
「あの様な娘さんを、嫁さんにしなければ駄目だよ」
「お婆さん、何を言っているのですか?叱られますよ」
「そうかい、私が男なら付き合うがね」
「僕は五十二歳ですよ、この頭を見て下さい」と禿頭を撫でる。
「男は顔じゃあ無いよ、お前は優しいから大丈夫だ」
「何が大丈夫ですか?そろそろ帰りますよ」
「此処に泊まれば良い、佐伯が用意しているだろうから泊まりなさい」
「此処に、ですか?」
「この部屋じゃあないよ、別の部屋だ」
しばらくして、佐伯が「部屋を用意しましたのでこちらに」と案内された。
少し広い部屋に廣一は泊まる事にした。
明日朝から久代とドライブに行く事に成ったので、ここに泊まれば便利だった。
運転は靖子がするらしい、廣一は悪い気はしい好みのタイプだった。

九十歳を超えている祖母の明解な話し方、全く頭も普通、寝付けない廣一は祖母との会話を思い出していた。
とてもホームのお金の支払いで問題を起こす人には見えなくて、呆けとかとは無縁な感じがしたのだ。
あの佐伯さんを呼び捨てにしていたのを廣一は聞き逃してはいなかった。
確かに足は衰えて居る様だが頭は極めて、正常だと思うのだった。
明日は何処に行くのだろう?あの靖子さんも、此処の職員では無い様な気がしていた。
熟睡出来ないまま朝を迎えた廣一、朝食を食べようと祖母が呼ぶので廣一が行くと、靖子も佐伯も同じテーブルに座って待っていた。
「おはよう、ございます」と会釈をすると、三人が声を揃えて「おはよう」と挨拶をする。
祖母は粥を食べて、他の二人は、焼き魚の朝定食、何故か廣一には洋食、パンとコーヒーが運ばれて来た。
しばらくすると、ワンボックスの車に四人が乗り込んで発車した。
車椅子のまま祖母は乗り込んだ。
「有馬さん、こちらにはいつからお勤めですか?」廣一はぎこちない靖子に尋ねた。
「まだ、二週間程ですわ」と答えたので廣一は納得した。
「廣一も見る処はみているのね」久代はそう言って笑う、意味がよく判らない廣一なのだ。
車は博多の町の中を走り回るだけで、郊外とか景色の良い場所には向かわない。
二時間程繁華街を廻って車を止めて「佐伯さん、計算出来たの?ホームのローンの金額?」
「はい、出来ました!月に十二万の二十年払いです」
「廣一、すまないね、十二万月々必要みたいだよ、大丈夫かい?」
「僕には大金ですが、それでお婆さんがあのホームにそのまま住めるのなら頑張ります」
「凄い、孫だね、五十年で初めて会ったのに、こんな老婆の為にお金を払ってくれるのかい?」
「だって僕には母とお婆さんしか身内が居ませんから、それも五十年も会っていなかったのだから、もっと以前に会えたら、色々な所に連れて行ってあげられたのに残念です、お爺さんにも会いたかったですよ」
「そうかい嬉しいね、有馬さん!私の孫どう思う?」
「優しいですね、こんな人居ませんよ」と涙目に成ったのだ。
「廣一は女性に好かれないのかい?今まで結婚したいと思った事は無いのかい?」
廣一は笑いながら「若い時から、禿げでしたから、見合いを二度程しましたが断られました、それからは最近まで無いですね」
「最近まで無い?最近好きな女性が出来たのかい?」
「まあ、私の片思いでしたが」
「その女性は、何をしている人なの?」
「お婆さんには恥ずかしいのですが、風俗で知り合って好きに成りました、本当の職業は看護師さんです」
「えー、看護師さんが、風俗で働いて居たのかい?」
「そうです、バイトです」
「どんな、女性なの?」
「もういいです、彼氏が出来た様で私は捨てられました」
「何年、付き合ったの?」
「六年弱です」
「おお、長いじゃないか、幾ら使ったのその女に?」久代は楽しそうに聞いて来る。
「判りません、計算していませんから」
「そうか、凄く使ったのだね、廣一は馬鹿だね」
「はい、馬鹿です、母にも言われましたから」
「この有馬さんは廣一のタイプの人かい?」
「お婆さん、急に変な事聞かないで下さいよ、答え難いですよ!」
「有馬さんは廣一をどう思う?」
「心の優しい人だと思いますわ、今もその女の人の事を心配しているのでしょう?」靖子の意外な言葉に、廣一は背筋が凍り付いた。
何故?知っているのだ?すると久代が「眠く成った、帰ってお昼を食べて昼寝をしよう」と急に言い始めた。
「はい」車はホームに向かって走り出した。
「廣一、時々会いに来ておくれ、お願いするよ!私も孫に会いたい、後何度会えるか判らないけれど、出来るだけ会いたいよ」
「良いですよ、また会いに来ますよ」
「電車代が多く必要に成るわね、ごめんよ」
「良いですよ、月に一度は見に来ますよ」そう話すと嬉しそうな顔で祖母は笑ったが眠ってしまった。
その後は沈黙が続いて、佐伯も靖子も何も喋らないでホームに到着するまで無言だった。
ホームに到着して昼食を終わると「そろそろ帰ります、お婆さんお元気でね、また来ますから」廣一はそう言って、優しく久代の肩を抱いた。
「ありがとう、ありがとう」と言う久代だ。
佐伯が「お帰りの前に、この書類にサインと拇印を頂けますか?」と支払いの明細書を持参して来た。
「もし、幾らか纏めて払えば変更に成りますか?」
「勿論です、その場合は計算をやり直します」
廣一がサインをすると「有馬さん、駅迄送ってくれませんか?」
「はい、判りました」と自分の車を取りに駐車場に向かった。
「良い、娘さんだろう?」
「はい、お婆さんの世話をしてくれますよ」
「お前にも、あの様な女性が居たら良いのにな」と笑う久代だった。
しばらくして、廣一は靖子のセダンに乗って、老人ホームから帰って行った。
その姿を長い間手を振って見送る久代の目には涙が滲んでいた。

車の中で「すみません、態々」礼を言う廣一。
「いいえ」
「祖母はどんな人ですか?有馬さんから見て?」
「恐い方ですわ」
「恐い?」
「はい」
「まだ、二週間でしょう?」
「はい、お話するのは少しですが、以前から存じていました」
「じゃあ、祖父も?」
「勿論です、お婆様以上に恐い方だと、聞いておりました」
「そうなのですか?違うホームに勤められていたのですね?」
「まあ、そんな感じです」
やがて車は博多駅に到着して、靖子は態々車を降りて丁寧にお辞儀をして別れた。
丁寧な人だなあ、と驚く廣一だった。

新幹線に乗ると同時にキャバクラの(ゆか)の戸田由佳子が電話で「結婚決まったらしいわよ、叔父さんの報告のお陰かも」
「えー、美由紀の両親許しなのだ!」
「幸宏、大喜びだよ」
「連絡、ありがとう」
廣一は連絡を受けて、これは大変だ!益々お金を用意して早く会わなければ、大変だと思うのだった。

美由紀は結婚の為にマンションを借りる準備を始めた。
僅かな敷金が中々無かったので、敷金の無いマンションを探して、家賃が安くて病院に近いマンションの入居申し込みをする二人だ。
「これで、いつでも結婚出来るわ」
「僕達の新居だね」と喜ぶ二人だったが、翌日断られてしまった。
翌日「何故?」と聞きに行く美由紀に係の人が「判りませんが、駄目の様です」と言うだけだった。
幸宏の名前で申し込んだから、審査で駄目に成っていたのだ。

四面楚歌

   5-19
家で廣一は母眞悠子と喧嘩に成っていた。
それは月に十二万のお金を、毎月払う契約を勝手に決めてきたからなのだ。
廣一には母の怒りよりも、大事な事、それは美由紀が結婚を決めた事だった。
カード会社とかかき集められるだけのお金を持って、美由紀に会いに行こうとしたのだ。
九州から戻って一週間が瞬く間に過ぎて、会社の仕事で東京に行ける時を待っていた。

ようやく出張が決まって(来週、東京に行くので、会って貰えませんか)と美由紀にメールを送る。
(貴方に会う用事は無いわ)
(お金が、少し出来ました)
(何?お金?馬鹿じゃないの?冗談を本気にしていたの?)
(とにかく、来週の木曜日と金曜日にあのホテルに泊まります)廣一は必死だった。
美由紀も此処で決着を付けなければ、病院に行って色々言われても困る。
特にデリヘルの話しでもされたら終わりだ!そう思って(いいわ、最後にしましょう、木曜日に行くから)と返事をしたのだ。

借金までして用意した五百万を通帳にして東京に向かう廣一、その日九州から佐伯が廣一の会社に向かっていたのだ。
契約の確認の為と久代の頼みを叶える為に、それは九州に今の会社会社を辞めて来て欲しいと云う願いだった。
佐伯が会社で廣一の上司加藤に面会を求めた。
最初は断ったが、渋々会って事情を聞いても、加藤は理解に苦しんで、社長が面会をする事に成って一時間の会談の後、
社長はにこやかに「加藤君、柏木さんの今受け持ちの得意先、誰かと変更出来るか?」と尋ねたのだ。
佐伯は社長にお辞儀をして帰って行った。
「どう言う事でしょう?」
「辞めて貰う事に成ったよ」
「えー、柏木君にですか?」
「そうだ、彼は色々陰で問題を起こしているらしい」
「本当ですか?」
「そうだ、借金も多い」
「小金を貯めていましたよ」
「女に使ってしまって、今では先程の方の所にも何千万と借金が有るらしい」
「そんな、驚きですね、確かにあの歳まで独身なら、少し良い女に入れ込むのは判りますね」
「今も東京に出張だと話すと、女に会いに入って居るのでは?と教えられたよ」
「判りました、社長早速後任を探します」
「イメージが悪く成るから、病気で退社、引き継ぎは無しでな」
「判りました」
加藤には少し不思議な話しで、社長が怒っていなかったからだ。

久代の頼みの一つを終わって実家に向かう佐伯、
眞悠子が「何か?まだ用事が有るのでしょうか?」
「恐い顔ですね」
「そりゃあ、そうでしょう、顔も知らないお婆さんの老人ホームのお金を出す、馬鹿な息子に呆れていますよ、今日は居ませんよ」
「例の美由紀さんに会いに行かれたのでしょう?」
「えー、違いますわ、仕事です」
「沢山のお金を持って、行かれた筈ですよ」
「お金?もうそんなお金は持っていない筈ですわ」
「いいえ、借金をして」
「えー、嘘でしょう、何処まで馬鹿なの」
「その、馬鹿、いやその気持ちが気に入られたそうですよ!」
「誰が?」
「お婆様がです」
「そんな事、関係無いわよ、大変だわ、幾ら持って行ったのかしら?」
「五百万程でしょう」
「えー、二千万も使ってまだ五百万も、気が狂っているわ」
「そうですね、彼氏が居て結婚されるのに、狂っていますね、でもそれが良いらしいですよ」
「何が?またお婆さん?」
「はい、そうです」
佐伯が鞄から書類を差し出し「今日はこれを持って参りました」
「何?」
「息子さんが契約された、老人ホームの正式契約書です」
「そんな物、態々持って来て貰わなくても、送って頂ければ」怒った様に云う眞悠子。
「もうひとつ、お願いが有りまして」
「まだ、何が有るのよ」
「お婆様が、廣一様と一緒に住みたいと言われまして、今日はお願いに参りました」
「お金を取って、息子まで欲しいと?」
「いいえ、お母様にもご一緒に来て頂きたいと申されています」
「えー、私も?息子には勤めが有ります、無理です」
「大丈夫です、勤め先は解雇されます」
「何を言っているの?」眞悠子の声が変わった。
「何故よ?」
「仕事中に女性と遊んで居たのを、社長がお知りになられて、お怒りです」
「えー、そんな」
「まあ、そう云う事で私は帰ります、考えて下さい」佐伯は帰ろうとした。
「待って、首に成ったらもう、この契約書も払えません、九州に行くお金も有りません」
「。。。。」
呆然とする眞悠子を残して佐伯は帰って行った。

廣一に眞悠子が電話をしてきた。
「廣一、またあの女と会っているの?」
「えー」
「もう会社にバレテ、貴方は首よ、それにお金を借りたでしょう」
「何故?それを」
「今、佐伯って人が貴方の書いた契約書の原本を持って来て、教えてくれたわ」
「何故?佐伯さんが、僕の借金を知っているのだ?」廣一は頭が変に成りそうだった。
もうすぐ美由紀が此処に来る。
冷静に話せるだろうか?会社も首?
「お母さん、帰ったら、ゆっくり話そう、今夜で決着着けるから」そう言って電話を終わると直ぐに美由紀が来て「部屋で話しをしたいわ」と電話が有った。
人に聞かれる事を避けた美由紀だった。
しばらくして、部屋に来た美由紀は「もう、いい加減に止めてくれない、もう貴方とは別れたのよ」いきなり怒りながら言った。
「私も美由紀さんと戻ろうとは思っていません」
「じゃあ、お金なんて持って来ないで」
「一千万有れば、また会うと言いましたよ」
「もう、あの時と状況が違うのよ、私達結婚するのよ」
「それを、辞めて欲しいのです」
「貴方、馬鹿じゃあないの?もう両親にも許して貰ったのよ」
「あの、柴田さん以外なら反対はしません、美由紀さんの不幸が見えています、だからあの柴田だけは辞めて下さい」必死で言う廣一。
「もう、三十二歳よ、彼を逃したらもう結婚出来ないわ、それに愛し合っているのよ」
廣一は通帳を差し出し「此処に五百万有ります、一千万には足りませんが、後五百万は近日中に用意しますから」
「馬鹿じゃないの?お金じゃあ無いのよ、私達は愛で結ばれているのよ、こんなお金は要らないわ」とテーブルに置いた通帳を右手で払い除けて、通帳は壁際まで飛んで行った。
「判った!、お金では買えない物も有るのよ、もう私を忘れて今後連絡しても出ませんから、今夜限りにしてよね、一度自分の顔をよく見て考える事よ、変な事したら警察に通報しますからね」捨て台詞を吐いて美由紀は部屋を出て行った。
呆然とする廣一
「愛はお金では買えないか。....そうじゃあ、無いのだけれどなあー」
別に買おうとした訳では無いよ、美由紀さんの不幸を助けたかっただけなのに。。。。。と思う廣一だった。

週末、会社に戻ると、上司の加藤が廣一に「お前、仕事中に女と遊んで居たらしいな、社長に知られたから、もうこの会社では無理だよ」
「はい、聞きました、来週辞表を書いて来ます」と心も身体もボロボロの状態の廣一だった。
帰り道、携帯が鳴って「廣一かい?」
「ああ、お婆さん」
「九州に来て私と一緒に住んでくれないか?」
「今、勤めて居た会社、首に成ったから、仕事を探さないと、お婆さんのローンも払えなく成るのだよ」
「それは困ったね、私の知り合いの会社で空きが有るか聞いてやろう、九州で仕事見つかれば来てくれるかい?」
「この歳で使ってくれる会社は中々無いよ」
「聞いてやるよ、昔から知っているから、使ってくれるかも知れないからね」
「はい、お願いします」廣一は期待もしないで、電話を切った。
廣一は失意の底だった。

しばらくして「廣一、使ってくれるらしい、面接に来なさい」久代の明るい声。
「えー、早いですね」
「昔から知っているからね」
「何と云う会社なの?」
「柏木興産と云う不動産の会社だよ」
「あっ、そうか、親戚の会社だね、僕の様な年寄り使ってくれるなら、行くよ!」急に元気に成る廣一だった。

変わった面接

5-20
自宅に帰ると母の眞悠子がもう怒るを通り過ぎて失意の底だった。
「お金、借りてまであの美由紀って女に会いに行って、会社を首に成って、身寄りの無いお婆さんにお金を払って、お前程、めでたい子供は居ないね、奥さん居なくて正解だよ、気が狂うよ!」
「会社は首に成ったけれど、お金は使わなかったよ、返済直ぐにするよ」
「会社、首に成って、支払いどうするのよ」
「来週、辞表を出して、面接に直ぐに行くよ」
「何処に、面接に行くのよ、お前の歳で使ってくれる所無いだろう」
「お婆さんが、知り合いに頼んでくれたのだよ」
「九十過ぎた叔母さんが?どうせ、三流企業だろう、ガードマンかい?」
「決まれば九州に行く事に成るかも知れないね」
「今更、九州に?あのお婆さんの思うつぼだわね」
「でも働かないと、借金払えない」そう云いながらインターネットで調べ始める廣一。
「柏木興産って不動産の会社らしいよ、多分親戚かな?」
「町の不動産屋がお前の様な素人を雇わないよ」調べていた廣一が「何よ!これ?」と叫んだ。
「どうしたの?変な会社かい?」
「いいえ、大会社だよ、売り上げ二千億って書いて有るよ!」
「大会社でガードマンをするのかい」
「社長は柏木孝吉さんだって、書いて有る」
「じゃあ、あのお婆さんの遠い親戚の会社だわね、ガードマンでも給料さえ貰えれば良かった事に成るのか?」
「そうだよ、この歳だから、使って貰えるだけで感謝だ」
直ぐに電話を久代にする廣一「来週ならいつでも行けるよ、お婆さん」
「そうかい、火曜日にするかい?」
「良いよ、面接が終わったら、お婆さんに会いに行くからね」
「そうかい、そうかい、楽しみにしているよ、お前を見ていたら孝さんを思い出すよ」
「お爺さんだよね」
「本当に若い時にそっくりだった」懐かしそうに話す久代なのだ。

病院で由美に美由紀が「先日ね、あの、禿げ親父がお金を持って来て、幸宏さんと別れてくれと頼むのよ」
「何故?もう別れたのでしょう、柏木さんとは」
「私が、一千万持って来たら、考えると言ったのを本気にしたみたい、かき集めて来て五百万だって言うから、追い返してやったわ」
「まだ、好きなの?」
「勘違いしているのよ、お金も無い、禿げの年寄り、顔も悪い、最悪じゃん、私が幸宏との結婚を辞めてくれたら、五百万くれると言うから、
愛はお金では買えないのよ、二度と来ないで、警察呼ぶわって、言ったら泣いて帰ったわ」
「本当に、貴女の事好きなのね、だから心配なのよ」
「何が心配なのよ、幸宏とはもう結婚するのよ、住む場所見つかれば、入籍して、結婚式は友達呼んでさささやかに」
「でも、柏木さんにそこまで言わなくても、彼も柴田さんと貴女の結婚に疑問を感じたのよ」
「由美まで、大反対なの?」
「好きに成れないわ、柏木さんの方が数段上よ」
「由美は顔も見てないのに、デリヘルで遊ぶ男なんて最低よ」
「柴田さんも、私の主人も遊んで居るわよ、偶々貴女は柏木さんと会った!それだけよ、中々デリヘルの女性に此処までしてくれないわ、
柏木さんは美由紀をデリヘル嬢とは思ってないのよ、なのに貴女が拘って色眼鏡で見ているのよ、逆よ!」
由美にそう言われて初めて気が付く美由紀、自分が拘っている?自分の過去に確かに拘っていた。

廣一は会社に辞表を提出して、社長に挨拶に行くと「長い間ご苦労さんだったね、いつ、九州に行くの?」とにこにこして聞いた。
首に成ったのに、笑えない廣一は「明日、面接に行きます」
「そうか、頑張って仕事をしなさいよ、嫁さんも貰わないと、いかんな!」
「は、はい」
意味のよく判らない会話で別れて会社を後にした。
加藤が最後に「元気で」と肩を叩いた。
加藤には意味が判らない柏木の退職だったからだった。

翌日、廣一は九州に向かった。
母には一泊してくるかも知れないと話していた。
それは久代に会いに行けばまた、引き留められると思うからなのだ。
柏木興産の本社ビルは博多の駅を降りると目の前に有った。
新幹線の改札口にあの有馬靖子が待っていた。
「いらっしゃいませ」と軽く会釈をした。
「お迎えに来て貰えるなんて、思っていませんでした」
「お婆様が出迎える様に言われまして、案内致します」
「えー、お婆さんに忠実なのですね、ホームのヘルパーさんでは無いですよね」
「はい」
「事務員さん?」
「秘書です」
「秘書?誰の?」
「会長の秘書をしています」
「老人ホームの?」
「まあ、そうですね」そう言うと笑った笑顔が美由紀に似ている。
先日のホテルの出来事を思い出していた。
酷い言葉だったなあ。。。。。。。。

「行きましょうか?」
「お願いします」
靖子が先導して徒歩で僅かな距離を歩くと、見上げる様なビル「こちらです」中に入ると、職員が靖子にお辞儀をしているのか?
自分にしているのか、判らないがエレベーターに乗ると、靖子は最上階のボタンを押した。
「最上階ですか?」
「景色が良いですよ」
「はい、今日は景色を見る余裕は有りませんがね」と笑う廣一に微笑み返す靖子だ。
エレベーターを出ると真っ直ぐ社長室に連れて行くと、ノックもしないでドアを開く靖子に驚く廣一。
「どうぞ」と廣一を招き入れた。
入ると応接セットと窓の側に社長の大きな机、横の小部屋にはお茶を作る場所が有るのだろうか?靖子はそこに消えた。
しばらくして、ドアを誰かがノックする。
自分しか居ないので「どうぞ」と言うと、佐伯が入って来た。
「お立ちに成らないで、お座り下さい」と廣一に言う。
「何処に座れば?佐伯さんは何故?此処に?」
「社長のお手伝いに来ています」
「ああ、お婆さんの知り合い?社長さんなのですか?」
「はい、そうですよ」
「凄いですね、こんな大きな会社の社長さんと知り合いだなんて、面接を社長室でするなんて、私の様な年寄りの採用をどうしてですか?」話していると、靖子がコーヒーを持って出て来た。
応接のテーブルに並べて「お座り下さい」と案内した。
「面接でコーヒーが出る何故?、凄いですね」と驚く廣一。
ソファに座ると同時にドアをノックする音、六十代の重役風の男性が廣一にお辞儀をして、分厚いファイルを机に置いた。
「阿倍常務、コーヒーですか?」靖子が声を掛ける。
「恐縮ですね、将来の社長婦人にコーヒーを入れて貰うなんて。。。」と言うと、廣一が靖子は会長の秘書、社長夫人?変な顔で見た。
「常務、冗談でしょう、まだ何も決まっていませんのよ」そう言って笑う靖子。
佐伯が置かれたファイルを見ながら「人事名簿が無いか?」と尋ねる。
「はい、持って来ます」阿倍常務は再び部屋を出て行った。
「先程の男が阿倍常務で総務の責任者です」と佐伯が話した。
「はい、ところで、私の面接は何方が?」と怪訝な顔で聞く廣一に「社長の面接出来るのは株主位でしょう」そう言って笑った佐伯。
社長の面接?考えていたらドアがノックされて、若い女性が車椅子の久代を連れて入って来た。
「廣一、この部屋は気に入ったかい?」
「お婆さん、何を言っているの?」
「お前のお嫁さん候補まで用意したのに見向きもしない、有馬さんが悲しんでいたよ!」笑顔の久代。
廣一は呆然と聞いて、何が何だか判らないからなのだ。
変な雰囲気に成って、廣一には夢でも見ている様な気分に成っていた。

しんじられない話

 5-21
「佐伯専務、説明して」久代が命じる様に言った。
「はい」佐伯が説明を始めた。
「この、会社の事は後々話すとしまして、半年前孝吉社長が亡くなられて、久代夫人が会長職に成られました。孝吉社長が一代で築かれたこの柏木興産を他人の手に委ねるのは忍びないと会長が申されまして、子供さんはお二人いらっしゃったのですが、長男孝治さんは若い時、前社長と喧嘩をされて勘当状態、弟さんの孝介さんは結婚前に事故でお亡くなりに、その後は会社の発展の為に前社長は力を注がれて、九十七歳の大往生でした。その後孝治さんの、消息探しが始まりました。ようやく探し当てて、孝治さんがお亡くなりに成られていた時はショックで声も出ませんでした。
会長はお孫様に継承させるか悩まれて、テストをしてみようと考えられて、色々無理難題を与えられたのです」一気に話した佐伯。
「そうなのよ、すまないね」と謝る久代は廣一にお辞儀をした。
廣一は唯、唖然としていた。
「これだけの会社と資産を継承出来る孫でなければ、個人資産は寄付、会社はしかるべき人に委ねる覚悟だったのです、廣一さんの事は色々調べさせて頂きました、誠に申し訳ありませんでした」佐伯が立ち上がってお辞儀をした。
「そうよ、女性の好みも調べて、有馬さんに白羽の矢を立てて、私の秘書に来て貰ったのよ!勿論有馬さんの意見を尊重してね、お前を見て話しをして気に入れば、なのだけれどね」
呆れて聞いている廣一が「じゃあ、私が此処の会社の社長?」ぽつりと言った。
「そうよ」
「出来ませんよ!帰ります、元の会社に戻して下さい、帰ります、何も要りません」と立ち上がろうとする。
「孝治を奪ったお前の母が私は憎かった、今回も少しだけ意地悪をしてしまったが、今、社員がお前の母親を迎えに行っている、廣一!お前は優しい、捨てられた女にまだお金を、それも借金をしてまで助けようとした、身寄りの無い私にもローンでお金を払おうとしてくれた。会社を首に成っても、それを払う契約に愚痴も言わなかった。私は廣一にこの会社と財産を継承して欲しい、社員を愛せるお前なら任せられると思った、確信もした。
頼むから継いで欲しい、私ももうすぐ、お爺さんが迎えに来るから安心させておくれ」そう言うと涙を流して「普通の男なら、断らないだろう、資産だけ貰ってから逃げても充分間に合うから、だがお前は断った、だから出来る最後のテストも合格なのだよ!」久代は涙を流して説明をした。
「お婆さんーー」廣一も泣いていた。
久代の車椅子に駆け寄って肩を抱く廣一に、部屋の中の全員がもらい泣きをしていた。
「私が、生きて居る間に、ひ孫の顔でも見せてくれたら、最高よ!この有馬さん嫌いかい?」
「そんな事、考えた事無いですよ!有馬さんに失礼ですよ、若くて綺麗な女性なのに」
「もう、確かめてある、お前の事は悪い印象ではないそうだ」
「そんな、年寄りの禿げの叔父さんでは気の毒ですよ」
「靖子さん、廣一があの様に言っているが、どうする?」
「会長、恥ずかしいですわ」と頬を赤くする靖子だった。

佐伯専務と阿倍常務に色々と会社の現状を教わって夕方に成った。
「お母様が博多に到着されました、夜は会長の自宅で夕食に成ります、私がお二人をお送りします」靖子が社長室に入って来てそう告げた。
「お袋は今、何処ですか?」
「応接室でお待ちです」
「じゃあ、また、明日にしましょう、社長!」佐伯にそう呼ばれて照れる廣一、その後応接室で母の眞悠子に会うと「廣一、凄い事に成ったわね、もうびっくりして、腰が抜けそうよ」嬉しいのか恐いのか判らない真悠子の表情だ。
「僕もだよ」
「反対した私が悪かった、これからは何でもお前の言う通りにするよ」
そこに靖子が入って来て「お待たせしました」と会釈をした。
「廣一、何故?あの女が此処に?」
美由紀の写真しか見ていない眞悠子は驚くと「違うよ、よく似ているけれど、別人、有馬靖子さんだよ」
「有馬靖子と申します、どうぞ宜しくお願いします」と深々とお辞儀をした。

廣一にはようやく、この有馬靖子の事が理解出来た。
久代が廣一の好みを調べていて、社内と関係先から美由紀に似た女性を捜したのだ。
多分化粧、髪型、服装で美由紀に似た様にすれば、廣一が気にいると思ったのだろう、祖母は独身の廣一の事が不憫だったのだ。
しばらく自分の側に靖子を置いて観察して、これなら大丈夫だと思って自分に紹介したのだ。
そしてそれは専務達にも了解されていたのだと、先日町を走ったのは自分のビルを見るのと、廣一に見せる為だったと、先程の佐伯専務の説明で知ったのだ。

その日の夜、大きな久代の家で、自分と瓜二つの孝吉の写真を見て驚く親子、和やかに四人は食事をして久代は九時には眠った。
充分孝治の話しを聞いて満足をしていた。
「お母さん、これからどうなるのだろう?」
「判らないわ、でもあの靖子さんって素敵な方ね、お母さんは気に入ったわ、あの人もお前を気に入っているのだろう」
「そう、言っていたけれどね」
「まだ、あの女が気に成るのかい?」
「うん、助けてあげないと」
自分の息子が大金持ちに成ったのに、何故いつまでも、風俗の女に気が行くのか、理解出来ない眞悠子だった。

美由紀は柴田が全くお金の無いのに驚いて、少しお金を貯めてから、結婚しようと決めたのだ。
その間は贅沢を謹んで、ひたすら貯めよう、ラブホも行かない、と決めたのだった。
それは幸宏には地獄の試練だった。
戸田由佳子の家に行ってSEXをする。
美由紀はバイトの時間を増やすから、幸宏に会う時間は減る。
相変わらず怠け者の幸宏は、MMSの成績も上がらない。
美由紀はMMSの購入も控えたから、益々売り上げは減少していた。
メールと電話が多い(愛している)と美由紀が送ると(俺も、頑張っているよ、美由紀)と送る。
女は自分を頼りにしてくれる男に弱いから、甘えろ、これも魚篭に入れた女の扱い方としてMMSで教わっていたのだ。

半年が瞬く間に過ぎて、廣一と靖子は毎日会わない日がない、何故なら靖子が廣一の秘書に成って居たから自然と仲が良くなる。
始めは財産重視の靖子も、廣一の優しさに触れて、本当に好きに成って居て、廣一も靖子の事に好意を持って接していた。
だが廣一には、美由紀の事が頭から離れなかった。
もう美由紀に話しても無駄だろう?試しにメールを送るが反応は無かった。
それなら、柴田幸宏はどの様に反応するのだろう、昔聞いた電話番号に思い切って掛けてみたのだ。
「私は、美由紀と昔付き合っていた、村田と云う者だが」
「村田?誰だ?」話し方からして駄目な男だと直感した。
「聞いた事ないかい?」
「思い出した、美由紀に付きまとう、爺か?」
「今日は、柴田さんに良い話しをしたいと、思ってね」
「良い話しって、美由紀と別れたら金でもくれるのか?」
「おお、中々察しが良いね、その通りだよ」
「安くはないで!」
「幾らだ?」
「三百万出すか?いや五百万だ」
「そんなに安いのか?それじゃあ、一千万出そう、それならどうだ」
「一千万!あの女に一千万だすのか、お前は馬鹿だな、騙される筈だ」
「でも、お前が芝居をする可能性が有るから、確実に別れたと判れば、払うよ」
「お前も、俺を騙すのでは?」
「騙していたら、戻れば良いじゃないか」
「本当に貰える証明は?」
「来週東京に行くから、その時渡そう」
「何をくれるのだ」
「通帳だよ」
「先に、くれるのか?」
「印鑑は確認後だ」
「判った、来週待っている」
電話が終って馬鹿な男に騙された美由紀に涙する廣一だった。

知ってしまった過去

 5-22
久々の東京に廣一は来ていた。
取り敢えず美由紀の病院に行ってみよう、以前の廣一とは見違える姿、服装は一流、歩き方まで堂々として、人間を大きく変化させていた。
七階に到着して、もし今の自分に美由紀が会えば、態度が多少変わるのでは?
もし変わって話しを聞いてくれたら、柴田に渡すお金を美由紀に渡そう、もっと沢山でも良い、彼女が不幸から救われるのならと考えていた。
看護師の最上が「何方かお探しですか?」
「あの、須藤美由紀さんって看護師さんは?」
「あっ、美由紀ね、今日は遅番ですよ」、
「そうですか、じゃあ私が尋ねて来たと、名刺をお渡し願えますか?」
廣一は名刺を差し出し最上に渡して、お菓子の包みを「これ、九州のお土産です、皆さんでお召し上がり下さい」そう言って病院を後にした。
「紳士でしたね」最上が饅頭の包みを開けながら話していたら、由美が病室から戻ってきた。
「美味しそうなお饅頭、誰が貰ったの?」
「私が、先程の紳士に貰ったのよ」
「祥子のお客様?」
「美由紀さんよ、この方よ」と由美に名刺を差し出した。
「柏木興産代表取締役社長、柏木廣一」と読み上げて「あっ、何処に行ったの?」
「もう帰ったと思うわよ」
「柏木興産?」
「由美さん、大きな会社よ!」とスマホで調べて加山が言うと確か三流の会社の筈だと思い出す、何故?
「それも、代表取締役よ、美由紀さん顔広いわね」と言う加山の声に由美は何が何だか判らなかった。
半年前、五百万のお金で苦労していた柏木が大企業の社長?これって?

勤務に来た美由紀に「今ね、柏木さんが病院に来たわよ」
「えー、また来たの?」
「何か話して帰ったの?」
「何も言わなかったらしいわ、饅頭を持って来たのと、名刺を貴女に届けて欲しいと言ったそうよ」
「変なの、まだ未練が有るの?困った人ね」
「それより、変なのよ」
「何が?」
「凄い、紳士だったって祥子さんが言っていたわ」
「あの顔が紳士?目悪いね、祥子」
「それだけじゃあないわ」
「何が?」
「貴女に渡してと頼んだ名刺よ」
「名刺がどうかしたの?」
「読むよ!株式会社、柏木興産、代表取締役社長、柏木廣一」
「小さな会社の社長に成って自慢に来たの?相変わらず馬鹿ね!」
「何を言っているの?この会社大企業よ、加山さんがスマホで調べて驚いていたわ」
「冗談でしょう、半年前五百万で泣いていた禿げ男よ」
「でも、貴女も調べて見たら」
「気味悪いね」
電話が終わると、早速PCで調べる美由紀。
「えー、本当だ、柏木廣一」
美由紀は驚いたが、もしかして自分を取り戻す為に同名の名前を使って来たのだと解釈したのだ。

その日の夕方、廣一は柴田幸宏に会う為にホテルのロビーに待っていた。
ラフなスタイルで柴田はやって来た。
「柴田さん?」廣一は顔を知っていたので声を掛けた。
廣一の服装を一目見て、柴田は金持ちを感じ取った。
「場所を変えましょう」
個室の飲み屋に入る二人。
「早速ですがこれが、通帳です」と手渡した。
「貴方の様な金持ちなら、幾らでも綺麗な女は来るでしょう、美由紀に拘らなくても良いでしょう?」
「六年近く付き合いましたからね、情が移ってね」
酒と摘みが運ばれて、飲み始める二人。
「どうしたら、別れたと信じてくれるのだ」
「まず、メールも電話もしない、別の女性と入籍する」
「別の女性と入籍?」
「お金を出せば、引き受ける女性は多いでしょう?」
「その分、俺のが、減るが?」
「その分は別に支払います、五百万迄なら」
「えー、まだ五百万も貰えるのか、それなら一杯居るよ!」
「柴田さんは、美由紀さんを愛しているのでは?」
「愛より金だよ、村田さんは金持ちだね」
「いえ、そうでも無いです」
「服装を見れば判るよ、一流の生地にその仕立てだ、美由紀はアホだな、こんな金持ちを袖にするなんて信じられない馬鹿だ!」
「私は、美由紀さんと交際を戻したいとは思っていませんので、誤解の無い様に!」
「じゃあ、何だ?」
「貴方と一緒に成っても不幸だからです」
「何を言うのだ!」と怒る。
「本当の事でしょう?じゃあ、この話し無しにしますか?」
「いい、確かに俺は美由紀の紐に成ろうとしているから、当たって居るな」
廣一の強い言葉にも柴田はお金と廣一の服装に負けていた。
「連絡は、先日の携帯に下さい」
「村田さん、美由紀をどうするのだ?」
「元に戻してあげますよ、貴方に会う前にね」
「美由紀と何処で知り合ったのだ?」
「デリヘルですよ」
「えー!」顔色が変わって驚く柴田に、携帯の美由紀のデリヘル時代の画像を見せた。
「あの看護師デリヘル嬢なのか?」
「そうですよ、知らなかった?」
「知らないよ、そんな仕事していたのか?上手な筈だ」
「顔も身体も整形を一杯していますよ」
「えー、女は化け物だな」
「柴田さん、先程教えた事は私から聞いたとは言わないで下さい、それと私に会った事も、もしそれが判ったら貴方にはお金は入りません」
「判った、俺も騙されていたのだから言う訳無いよ」と怒りの表情に成ったのだ。

幸宏には、もう美由紀に対する感情が無くなっていた。
沢山の男性とSEXをしてお金を稼いだ不潔な女以外のなにものでも無かった。
お金を稼ぐ女は幾らでも居るから、結婚の対象からは完全に消えた。
後は村田から一千五百万を貰う為に誰かと入籍をする必要に迫られていた。
柴田は実家に「俺、もう美由紀とは結婚しないから」
「何故?急に、お前には丁度良い女性だと家族で話していたのに」
「あの女、昔、売春していたのが判ったのだ」
「えー、売春?看護師では?」
「看護師と売春していたのだよ」
「何故?そんな、仕事を?」
「可愛く見える顔も、整形の固まりだったよ」
「本当?」
「今でも、サイトに写真が掲載されているよ、誰でも見られるよ」そう言ってサイトを教えた。
「判った、幸司に調べてもらうよ、もう少しで恥をかいたね、判って良かったよ」
「それから、近日中に別の女と結婚するから安心してくれ!」
「嘘、違う女性とも付き合っていたの?」
「まあ、そんな感じかな?」
幸宏は実家にその様に連絡して、入籍の相手に戸田由佳子を選んだのだ。
その日から、幸宏は美由紀にメールも電話もしなくなった。
美由紀から連絡しても反応の無い、美由紀は何が起こったのか?心配になり始めていた。
メールに(連絡無ければ、自宅に行きます)と送ると(何の用?)と味気ないメールが返信されて来た。
(会いたい)と送ると(話しをしよう、病院の近くのいつもの喫茶店で夕方)と返事が来た。
美由紀はいつものメールと異なる気配を感じたのだ。
幸宏は由佳子に「結婚して欲しい」といきなり言って困惑されていた。
「貴方には美由紀さんが居るでしょう?」
「彼奴は駄目だ」
「何故?」
「売春していた女だ」
「えー、看護師なのでは?」
「昔、していたのだよ、デリヘル」
「デリヘルって売春じゃあないでしよう?」
「表向きはな、でも美由紀はしていたらしい、それにあの顔も身体も作り物だ」
「ほんとうなの?」
「ネットに今でも掲載されているから、間違い無い」
「それなら、無理よね、幸宏嫌いだものね」
「当たり前だ、自分の女が売春して、喜ぶ男は居ないだろう」
「大した、女だったのね」
「だから、お前と結婚したいのよ」
「私も嫌よ、あんな女の後釜」
「入籍をして、あの女に諦めさせるのさ」
「そう云う事ね、美由紀さん普通では離れないからね」
「そうなのだ、だからお前に頼みたいのさ」
「幾らくれるの?」
「金とるのか」
「助けてあげるのよ」
「じゃあ、五十万で」
「もう、一声」
「仕方が無い、奮発して百万だ」
「いいわ、半年で籍を抜いてよ」二人の話は終わった。

デリヘル嬢

5-23
夕方、品川総合病院の近くの喫茶店で待つ美由紀、十分遅れて柴田がやって来た。
「遅いわね」
「会っただけでも、感謝してくれよ」
「それ、どう言う意味よ」
「もう、お前との結婚は辞めたのだよ」
「えー、今更何を言い出すの?結婚資金が無いから少し延期しただけじゃあないの、何故よ?」
「胸に手を当てて考えて見たら、判るだろう」
「何の話しよ、私が昔の男と浮気でもしたと言うの?」
「違うよ、お前の正体を知ってしまったの
よ」
「私の正体って?何よ」
「とにかく別れよう」
「そんな、最近会う回数が減ったのは、結婚資金を貯める為に、寝ないで頑張っているのよ、確かに最近は貴方の会社の物も買わなくなったけれど、それも資金を貯める為よ、後半年待てば、私達結婚出来るのよ、両親の許しも貰ったし」
「それがね、我が家の両親がね、反対に成って無理だって、言うのよ」
「嘘、でしょう」
「疑うなら、此処で聞いて見たら?」
直ぐさま携帯で自宅に電話をする幸宏。
「お袋、美由紀が別れてくれないのだよ、両親が反対だと言っても信じ無いから、教えてくれよ」
そう言って電話を美由紀に渡すと「美由紀さん、幸宏を騙して結婚するのは辞めて、この話しは無かった事にして下さいね」
「あの?」と話す間も無く電話は切れた。
「騙すって?何を騙したの?私貴方の為に蓄えていたお金も統べて使ったわ、今更何を騙したと言うの?」
「看護師に騙されたのだよ」
「看護師が悪いの?前からでしょう」
「とにかく俺は由佳子と結婚するから、お前とはおさらばだよ」
「何を?言っているのよ、キャバクラ嬢の友達と?何故?急に結婚って?」
「じゃあーな」そう言うとさっさと出て行った。
「待ってよ」と追い掛けると店員が「支払いを」と言いながら追い掛けて来て、支払いをしている間に幸宏は消えた。
何が有ったの?正体って何?幸宏の為に既に一千万以上使っていた。
美由紀は目の前が真っ暗に成った。
喫茶店に戻って、ぼんやりと窓の外を見ていた。
そうだ、由佳子さんに会って話しを聞いて見よう、確か五反田の(ドリーム)だったと記憶を蘇らせた。

「今、別れて来ました」と廣一の携帯に幸宏の電話。、
「入籍の女性は見つかりましたか?」
「由佳子にしました、昔からの友達なので、頼み易かったので、五百万ですよね」その言葉に殆ど由佳子にはお金は払ってないと廣一は感じた。
「いつ貰えますか?」
「入籍が終わって、完全に美由紀さんと別れたのを確認してからに成りますよ」
「判った」もう柴田は一千五百万を受け取った気持ちに成っていた。

九州に帰った廣一に久代が「もう、そろそろ、靖子さんと結婚しないのか?ひ孫の顔が見たい」
「もう少しで、肩の荷が降りますから」
「百歳迄待てないよ、廣一」
「はい、頑張ります」と笑う。
久代は同じ事を靖子にも眞悠子にも話して催促していたのだ。
廣一にはもう美由紀の事を考える必要は無いのに、どうしても助けたい気持ちが有ったのだ。

夜に成って恐い顔の美由紀が店を聞き歩いて、五反田の由佳子の店を訪れた。
「此処に由佳子さん、いらっしゃるの?」
呼び込みに聞く「由佳子と云う子は居ませんが?(ゆか)なら?」
「その人よ、呼んで頂戴」
呼び込みの男はまだ時間が早くて客も少なかったので、由佳子を連れて来た。
「由佳子さん?」
「そうですが?貴女は?」と言うといきなり「バッシー」と平手打ちを由佳子の頬に放った。
「何をするの?貴女、美由紀?」
「そうよ、私の彼氏を取ったでしょう」と恐い顔に由佳子は刃物でも持って居て、刺されるのでは?の恐怖に成った。
「貴女が悪いじゃあないの、幸宏を騙すからよ」
「何を騙したの?」
「此処で、言っても良いの?」
「言いなさいよ」
「売春していたでしょう、幸宏が嘆いていたわ」
「売春って何よ」
「いかがわしい、デリヘルで働いて男からお金を貰っていたでしょう?」
「何の話しよ、知らないわ」
「幸宏ショックで、私に泣きついたのよ」
「。。。。。。。」美由紀は項垂れて、デリヘルで働いたのが幸宏に見つかったのだ。
判らないと信じていたのに「もう、結婚は諦めなさい」そう言われると美由紀は踵を返して、デリヘルが見つかったのか?
「み。つ。か。っ。た」とぼそぼそと言いながら、項垂れて歩いていた。
やがてトボトボと駅に向かって歩いて帰って行った。
一番知られて困る人に知られてしまった。
何故?何故?見つかったの?知っている人間の顔が浮かんだ。
由美、廣一、この二人が一番なのだが、他にもデリヘルのサイトは幸宏の友達なら見る可能性は有る。
今更判っても、もう幸宏の気持ちが戻らないと美由紀は思う、どの様に帰ったのか判らない。
寮に帰ると真っ暗な部屋で唯、呆然としていた。

翌日由美は出勤してない美由紀に電話をしたが、反応が無い、不思議に思って寮の自宅に行った。
管理人は外出の気配が無いと言うので、扉を開けて貰う事にした。
「美由紀、居るの?」
呆然と、座って壁を見ている美由紀に「どうしたの?」と言うと「わーーん」と大声で泣き出した。
「幸宏に捨てられたの、もう私には何も無いのよ」
「どうして?捨てられたの?」
「デリヘルで働いていた事が知られてしまったのよ」と泣き喚く。
「彼、知らなかったの?」
「そんな事話す訳無いでしょう、もう彼の実家もみんな知っているわ」
「美由紀、彼の為に尽くしたでしょう?」
「もう、何も残ってないわ、結婚の資金も今必死で貯めていたのよ」
「不思議ね、柏木さんが貴女に総てを捧げて、貴女が柴田さんに総てを捧げたの?」
「今、あんな、禿げ親父の話をしないでよ!」
「でも、これで良かったと思うわよ、あの柴田さんは貴女の事、愛していなかったのよ」
「嘘よ、愛して居たわ」
「本当に愛して居たら、もう随分前に少し働いたデリヘルの事で別れたりはしない筈よ」
そう言われて、泣き止んで美由紀が「そうね、変よ、私がデリヘルで働いて居たのが判って、何故?由佳子って女と結婚するのよ、変だ!」と急に元気に成った。
「彼、結婚するの?」
「そうよ、私に別れを言った後、由佳子ってキャバ嬢と結婚すると言ったのよ」
「それは、余りにも手回しが良すぎるわね、美由紀!騙されたのね」
「そうだわ、騙されたのよ、結婚話は始めから無いのよ」
「そうだわ、きっと無いわ」
この時二人は全く反対の事を考えていた。
美由紀は由佳子と幸宏の結婚が嘘だと、デリヘルの事も口から出任せ?
由美は幸宏と美由紀の結婚は仕組まれたものだと思っていたのだ。
由美はお金を巻き上げる為に、幸宏は美由紀に近づいて結婚を餌に釣り上げたと思った。

翌日美由紀は幸宏に(貴方の魂胆は判ったわ、もう一度会って話しましょう)とメールを送る。
(魂胆って何?)
(会った時に、話すわ)
(明日は無理だから、明後日なら)
(その日は、夜勤のバイトだから、週末に)
(判った、先日の喫茶店で良いか?)
(由美の家で会いたいわ、聞いて貰うの)
(何を?)
(貴方の本心を)
(本心????、判った)
幸宏も第三者が居た方が良いと考えた。
二人なら冷静に話せないが、第三者が居たら意外と冷静に話せると思ったのだった。
美由紀は「二人の話の証人に成って欲しいの」と由美に話した。
由美はもう二人は決着をと思っていたので快く引き受けた。

狂気

   5-24
廣一に幸宏が「今日、役所に届けを出してきます、コピーを送りましょうか?」電話をかけた。
「写メで貰えれば、大丈夫です」
「美由紀とは週末に彼女の友達立ち会いで決着を付けます」
「おお、そうですか、宜しく頼むよ」
廣一はようやく、美由紀は解放されるのだ良かった、今後は陰から応援してやれば良いだろうと考えたのだ。

週末、由美のマンションに早めに到着した美由紀は予想もしない事を由美に言ったのだ。
「幸宏ね、私にあの様な事を言ったのはね、確かめたかったのよ」
「何を?」
「勿論私達の愛情の深さをよ」と嬉しそうに言う。
「何故?」
「だって、私達はもう婚約して入籍を残すだけに成って居たでしょう、急に彼女が出来て入籍の話しに成るのは変よ」
「そうね、入籍待ちの状態が急に別の人と入籍は確かに変よね」美由紀は幸宏に試されているのだと言う。
デリヘルの事も由佳子との結婚も自分が美由紀に愛されているかを知る為の作り話だと、由美も由佳子との結婚には疑問を持っていたので、今日で決着が。。。。。
由美は美由紀が傷つかないで、柴田と別れてくれる事が理想だと考えていた。
今日話がまた元の鞘に戻るのは嬉しくないし望まないのだ。
「私、先日の柏木さんって、本当に社長さんに成って居ると思うのだけれど」
「由美も騙されたのね、あの禿げの叔父さん私に未練が有るから、今度は有名な人を捜して、所謂成りすましよ、犯罪よ」
「そうかなあ?」
「顔も品が無いでしょう、私に未練だけ有るのよ、そんな会社の社長なら私に看護師なんてさせないわ、直ぐにでも奥さんにしてくれるわよ」
「それは、貴女が柏木さんを毛嫌いするからでしょう?」
「そんな、夢の様な話しは止めよう、早くお金を貯めて幸宏と結婚して、二人は子供産みたいわ」
美由紀が未来の夢を語るその時、チャイムが鳴った。
「幸宏だわ」
ソファに座り直す美由紀、扉を開けに行く由美。
「凄い、マンションですね」と驚きながら入ってくる幸宏。
「。。。。」
何も言わずに美由紀を睨む幸宏、微笑む美由紀。
「ソファにどうぞ」由美に言われて座ると「先日の話って私を試したのよね」と美由紀が話しを切りだした。
「試した?何を?」
「私の愛を」
コーヒーを持って由美がテーブルに置いた。
「目出度い女だな、だから自分を本当に愛してくれている男が判らないのだよ!」
「誰の話よ」
「まあ、沢山男を咥えたお前では判らんか、石ころもダイヤも見分けが出来ないからな」
「何の話し?」
「まあ、俺が石ころ、彼はダイヤだったがな」
「誰の事よ」
「柏木とか云う男の事だよ」
「あの人とは何も無かったわ、彼が一人で私に未練が有るだけよ」
「だからダイヤを捨てて、石ころを拾うなって言っているのだよ」
「何故?禿の年寄りと私が付き合うのよ」
「金持ちでお前がデリヘル嬢なのに、付き合って結婚も考えていたのだろう?」
「誰がデリヘル嬢なのよ?」
「これを、見れば判るだろう」と携帯の画面を見せると、美由紀の顔色が変わった。
「柏木さんが教えたの?」
「知らないよ、話しもしていないよ」
「何故?これを」
「由佳子に言われたのだよ、幸宏!知っていて結婚するのかってね、初めて見た時、我が目を疑ったよ」
「少しの間、お金が無くて働いたのよ、許してよ、半年程よ」
「売春婦を嫁にする程、俺も馬鹿じゃない、あのおっさんとは違うのだよ」美由紀の想像は完璧に外れた。
本当にデリヘルの事が幸宏に知られてしまったのだと思って項垂れた。
「貴方始めから、美由紀のお金が目当てだったのでしょう?」由美が言うと「その通りだよ、MMSの商品を売るのが目的で近づいたのだよ」
「でも、好きに成って結婚を。。。。。」
「違うよ、美由紀の看護師の給料が魅力だったのだよ」
「私から、離れようとして、悪い事を言っているのでしょう?お願いだから戻ってよ、もう私には幸宏しか居ないのよ、お金も少し貯まったから結婚出来るわ」訴える様に頼む美由紀。
「未練がましい事を言うな!お前に未練の有る男には冷たいのに、俺に縋るなよ、もう金には困って無いのだよ」
「えー、どう言う事よ」
「由佳子はお金持ちと云うより打ち手の小槌に成るのだよ」
「キャバクラ嬢もデリヘルも大差ないでしょう?」と由美が怒って云うと「これを、見れば納得するだろう」
テーブルに婚姻届けと戸籍謄本コピーを置いた。
目を皿の様にしてみる美由紀に「判ったか、それ欲しければやるよ、じゃあな、元気で暮らせよ」そう言うと立ち上がって玄関に向かった。
「これは、何よ!」と大声を上げる美由紀、完璧に逆上していた。
「落ち着きなさいよ」と由美が宥める。
幸宏は外に出て行った。
美由紀は台所に走って行って「許さない!」と叫んで幸宏の後を追い掛ける。
由美は唖然としていたが、美由紀の手には包丁が握られていた。
「止めて!」と叫んで追い掛ける由美は「止めて」と何度も叫ぶ。
エレベーターの前で待つ幸宏に「死ね-!」と叫びながら襲いかかる。
振り返る幸宏の顔が恐怖に変わる。
包丁で斬りかかる美由紀。
「止めろ、美由紀」
「許すか!」もう止められない、各部屋から顔を出す住人。
「警察だ」
「救急車よ」と叫ぶ、エレベーターの前に倒れる幸宏、美由紀も同じ様に倒れ込む、赤い血が廻りに飛び散る。
マンションでの惨劇に成った。
由美が近寄ろうとするが、異様な雰囲気で恐い。
「美由紀」
「。。。。。」
呆然と倒れて二人は血に染まって居る。
床は血の海に、サイレンの音が近づく、警察と救急車が現場に到着して、ようやく美由紀は包丁を手から離した。
「美由紀-」と由美が叫ぶと、不気味な笑いを残して警官に抱えられて、現場から去った。
幸宏は担架に乗せられて救急車に向かった。
現場を警官が封鎖して、綿密に調査を始めた。
「この、包丁は、貴女の家の物?」
「そうです、大丈夫でしょうか?」
「男性は、出血が多いから、助かるか?」
「そうですか?」
「事情を聞きたいので、来て頂けますか?」
「はい、用意をしてきます」由美は自宅に戻った。
警官が付いて来て「写真を撮らせて下さい」
「はい、此処で話しをしていて、柴田さんが帰ったのを美由紀が追い掛けて行ったのです、包丁を持って」
エレベーターの前は幸宏の血で染まっていた。
それを避けながら由美は警官と一緒にエレベーターに乗った。
「美由紀どうなるのでしょうか?」
「男性が助かれば、良いのですが」
警官はそれだけ言うと、別の警官と色々な話しに成っていた。

警察に連行された美由紀は放心状態で話が出来る状態では無く、病院に収容されて由美が主に状況を聞かれたのだ。
由美は一貫して、美由紀が柴田に騙されて、総てを失った事実、婚約をしていたのに、いきなり別の女性との婚姻の事実を突きつけられて逆上したと、美由紀の哀れさを訴えた。
その日の夜遅く柴田幸宏は亡くなった。
包丁が肝臓を突き刺していた。
名古屋から両親が駆けつけて、宮城からも美由紀の両親も深夜到着したが面会が出来なかった。
由美に事情を聞いて、美由紀の両親はやがてはこの様な事態に成るのではと落胆した。
テレビ、新聞の報道陣が大勢押しかけた。
由美は積極的に取材を受けて美由紀の心情を訴えたのだ。
美由紀の罪を軽くする為に、柴田の両親は息子が看護師の肩書きに惚れたが、事実は売春行為をしていた女に騙されていた。
その事実を知って別れようとしたら殺されてしまったと嘆いた。
夜のニュースに事件が報道されて、廣一はその事実を知って、自分の意図と全く異なる結果に愕然としていた。
「廣一、お前、別れて良かったね、恐い女だったね」と眞悠子がニュースを見て言ったが、殆ど聞いていなかったのだ。

信じられない展開

 5-25
翌日、廣一は優秀な弁護士を探す様に指示して、自らは出来るだけ早く東京に行こうと考えていた。
祖母を始めとして、佐伯と靖子も事態を知っていたので、廣一がどの様に対応するのか心配をしていたのだ。
「予期せぬ結果に成ったわね」
「その様ですね、社長は弁護士を用意して、助けるみたいですが、宜しいのですか?」
「納得いかないと、終わらないでしょう、廣一は立ち直りますよ」久代が佐伯に言った。

その後初めて由美は廣一に会ったのだ。
もっと早く会っていたら最悪の結末は回避出来たかも知れなかった。
廣一の雇った弁護士が由美に会う寸前電話を掛けて来て「美由紀さん、罪は軽く出来ますよ」と言った。
「何故?」
「病院で判ったのですが、子供が出来ていました」
「柴田の子供ですか?」
「そうです、流産してしまいましたが」
「そうか、子供が居た事実は大きいですね」
「はい、美由紀さんの意見が殆ど通るでしょう」
廣一がこれは少し救いだと思った。

由美は廣一に初めて会ったがもう随分昔から会っていた錯覚に成っていた。
「初めまして、柏木廣一です」差し出した名刺には柏木興産、代表取締役社長の肩書きが有った。
「山下由美です、初めまして、本当に柏木興産の社長さんでしたのですね」
「はい、新米ですが」そう言うと弁護士の話を由美に教えていた。
「妊娠していたのですね、美由紀の罪は軽く成りますか?」
「顧問弁護士の話のまま進めば、罪は相当軽く成るでしょう、世間の評価が今は二つに割れていますが、美由紀さんが柴田に騙されて、MMSの商売の為に付き合いを初めて、上手にお金を使わされてしまった事、渾身的な態度は印象を良くするでしょうね」
「本当に馬鹿な美由紀です、私は最初から騙されているからと注意をしたのですが。。。。」
「私は美由紀さんの罪を出来るだけ軽くしたいのです、部屋での話しを出来ませんか?もっと美由紀さんに有利に成る様に話して貰えないでしょうか?」
「例えば?」
「別れ無ければ殺すと脅されていたとか」
「えー、まあそれに近い状況でしたけれど」
「包丁も最初は、柴田が持っていたとかね」
「指紋が無いから、無理でしょう」
「手袋履いていましたよ」
「あっ、そうでした、その手が有りますね」
「もう、事情聴取は終わって居るでしょうが、まだ何度も聞かれますよ」
「何故?そこまで美由紀に色々してあげるのですか?」
「僕には、初めて好きに成った女性だからですよ」
「えー」由美は驚きだった。
五十歳を超えた廣一が、今まで好きに成った女性は美由紀が初めてだと話した事が驚きだった。
「びっくりされた様ですね、六年もお付き合いした女性は美由紀さんが初めてです」
「彼女とはデリヘルで知り合ったのでしょう?」
「始めは遊びでした、一度別れてから、本当に好きに成りましたね」
「今でもですか?」
「今は、もう諦めました、唯彼女が幸せに成って欲しい、柴田との結婚は許せなかった、騙されて居る事が判りましたからね」
「今、彼女の気持ちが戻ったら?どうしますか?」
「最初から、彼女の気持ちは僕には向いていませんでした、お金だけの付き合いと割り切っていたでしょう」
「そんな。。。。」
「じゃあ、何故?此処までしてあげるのですか?」
「それは、自分が好きに成った女性だからですよ」
「柏木さんの自己満足の為にですか?」
「そう、理解して頂いて構いません」
「そんなものですか?」
「もうすぐ、彼女も柴田の事に気が付くでしょう、目が覚めるのですよ」
「でしょうね、私は彼女の罪が軽くなる様な証言をもっと考えます」
二人は今後打ち合わせをしながら、裁判を進める事で一致した。
美由紀には由美が援助する事にして、廣一は陰に隠れて見守る事にするのだった。
不思議にテレビのワイドショーとか週刊誌に、この事件がその日を境に取り上げられる機会が増加していた。
勿論由美にも取材が沢山来るのだった。
柴田と美由紀の間に子供が出来たのに別れ話が起こった。
それは美由紀に子供が産まれると仕事が出来ないから、中絶を強要した柴田、部屋にて包丁で脅された。
そして当日、別の女性と入籍をした書類を見せられて美由紀が逆上をして、エレベーター前まで追って刺し殺したに成っていたのだ。
精神障害の疑いも起こったのでは?と成っていた。
柴田の両親も最初は嘘だろうと思ったが、幸宏ならあり得る事だと認めたのだ。
入籍をして、話題の渦に居た筈の戸田由佳子もお金で幸宏に頼まれたと、全く幸宏を弁護しなくて、勿論廣一の手が廻っていた。
由佳子の証言も幸宏が悪行の数々をしている事、美由紀が病院の夜勤のバイトをして、食べる物も食べず、着る物も始末して尽くしていたと証言をしたのだ。
マスコミも美由紀に同情の放送に成って、世間もいつの間にか、美由紀が素晴らしい渾身的な女性に作り上げてしまったのだ。
拘置所にラブレターが数多く寄せられて、犯罪者から哀れな被害者に変身してしまったのだ。

由美はこの現実を美由紀はどの様に思っているのか、久々に拘置所を訪れた。
「お久しぶりね、元気だった」
「ようやく判ったわ、手紙に一杯書いて有ったわ、MMSの事も私は騙されていたのね」
美由紀はようやく気が付いた様で、廣一の話の通りに成った。
「そうよ、世の中そんなに楽をして、儲かる事は無いのよ」
「私宛に品物から、現金、ラブレター凄いのよ、婚姻届けまで来るのよ、印鑑を押してね!もうびっくりよ」
「良かったね、目が覚めた?」
「由美の忠告をもっと早く聞くべきだったわ、世の中にはデリヘルで働いた事隠さなくても良かったのかも」
「そうよ、柏木さんも貴女の過去には全く拘って居なかったでしょう?」
「柏木?」
「六年も付き合ったでしょう?」
「ああ、禿の叔父さんか、興味無いわ、不細工な爺さんには」
(「そうなの?これは、みんな柏木さんが貴方の為にしたのよ」)そう言いたかったが言葉を飲み込む由美だった。
(「良い人に巡り会っていて、良かったわね」)そう思う由美だ。
すると「由美も一度会えば、私が言う意味が判るわ」
「そうかな?会ったわよ」
「えー、病院に来たの?私が犯罪を、犯したからね、面白がって来たのね、私がデリヘルで働いて居たと病院で喋ってもみんなもう知っているから、無駄だったから、悔しがっていた?」由美は美由紀の言葉に呆れていた。
「貴女を地獄から救った人が居たらどうする?」
「私を地獄から救った人って?」
「だって、貴女は柴田さんを刺し殺した、なのに今では天使の様に世間で云われているのよ」
「そうね、由美の証言かな、ありがとうね、感謝しているわ」
「私以外の人でよ!」
「私、あの時気が動転していて、幸宏に包丁で脅されたのだね、由美の証言の時まで思い出さなかったわ」
確かに人が、それも愛して居た人を刺し殺すには、気が変に成って居ないと出来ない行為かも知れない。
美由紀はあの部屋での出来事は何も覚えていないかも知れないと由美は思った。
血の海に呆然としていた美由紀の眼差しが、何処を見ていたのか判らなかったのは事実だった。
「美由紀、柴田さんとの子供流産したのは、知っていたの?」
「後で教えられるまで知らなかったわ、でも良かったわ、幸宏との子供が流産で」
「戸田由佳子さんも柴田さんに頼まれて入籍していたと証言したから、美由紀の罪は軽減されるわ、世間にも注目されているからね」
そう云うと微笑む美由紀だった。
廣一の事は一時も頭に無かった。

気持ちの場所

  5-26
廣一は靖子との結婚を決めた。
顔は少し美由紀に似ているし頭も良い、廣一の事を理解していた。
久代は大いに喜んで、これで柏木興産も三代目の誕生が期待出来ると、本当に優しい孫だと目を細める久代、孝吉の若い時の顔そのままの廣一。
息子二人に先立たれて、二人は一世紀生きた事に成る。
息子は二人共若死に、長男は喧嘩して家を出て次男は嫁も貰わずに若死に、今、孫の廣一だけが楽しみの久代、会長室で外の景色を眺めて車椅子で昼寝をするのが最近の日課に成って居たのだ。

廣一は靖子とその一月後結婚をした。
新婚旅行から帰ると久代に、子供が出来たと報告した。
結婚式迄に二人は既に関係が有った。
廣一は美由紀が事件を起こした事で結婚が伸びた時点で靖子の了解を得ていた。
「自分成りの決着を付ける迄間って欲しい、靖子さんとは祖母の勧めが無くても結婚します」その言葉に靖子は廣一を信頼したのだ。

久代は廣一の事を調べた中で、好みの女性のタイプを佐伯達に社内と関係先から数名探し出して、有馬靖子を廣一の花嫁候補に決めたのだが、双方が気に入るかが問題だった。
靖子は柏木興産の財産に目が眩まない様に、廣一は社長にはするが、お飾りなので生活は質素にしなければ苦しいと教えていた。
それでも廣一が気に入れば結婚して欲しい、それは久代が提示した条件、但し男の子供が誕生すれば柏木家の跡継ぎにする。
それでも財産は自宅と僅かの株券、久代は出来るだけお金に執着しない嫁を希望していた。
しばらく自分の秘書をさせて、観察をしてこれなら大丈夫だと廣一と会わせたのだ。
元来女性と縁の薄い廣一は女性に優しくされると、直ぐにその気に成る事を承知していたのだ。
廣一は直ぐに靖子を気に入った様子に、久代は靖子の気持ちが心配だったのだ。
デリヘルの女性で、お金目当てで廣一の気持ちには目もくれない美由紀に此処までする孫を靖子が好きに成るのかが心配だった。
久代の心配は美由紀が事件を起こして、廣一がそれに対応した時の靖子の気持ちだったが、廣一の言葉に身を任せたのに驚いたのだった。
普通は去るのだが、靖子は廣一の中に本当の優しさを感じていたのだ。
自分を相手にしない女性にそこまでする廣一、殺人者を助ける為に隠れて画策する姿、信じられないのだ。
それも相手には一切教えていない、この人は何なの?
多くの借金を抱えても自分の祖母の面倒を見る為に頑張る。
多分お金が無くても必死で助けたのだろうと思った。
この様な人は自分の人生の中では居なかったから、だから好きに成ったのかも知れなかった。

廣一達が久代に報告のしばらく後に、美由紀の判決が出た。
マスコミも注目していて、殺された柴田幸宏に同情の声は皆無だった。
いつの間にか真実とまるで異なる事件が作られていたのだ。
看護師の美由紀の金を目的に近づいた柴田幸宏、美由紀はお金を貯める為に一時期デリヘルでバイトを一年程していた。
それは学費と生活費を得る為だった。
整形の為の話しは消えていて、柴田は看護師のお金とMMSの拡販の為に、巧みに美由紀に近づき関係を持った。
由美の結婚に焦りを感じていた美由紀は、柴田の巧みな言葉に柴田を愛してしまって、サプリとか化粧品の購入に蓄えを使ってしまった。
それでも柴田の販売を助けるのと、二人の生活の為に病院の夜勤のバイトを品川総合病院に内緒で始める。
その後は柴田との結婚をする為に時間を増やし昼夜を問わずに働いた。
服も食べ物も節約して、両親の許しも得て結婚が近づいた。
その時、美由紀に子供が出来た事を知った柴田は、美由紀に子供が出来ると働けないので収入が無くなる。
その為中絶を迫って拒否をすると柴田は別れ話を持ち出した。
過去の美由紀のデリヘルのバイトを理由に、由美の自宅で包丁を持ち出して、子供を処理しないから別の戸田由佳子と結婚したと入籍の書類を美由紀に投げつけて、そして笑いながら部屋を出て行った。
その時の美由紀はもう考える能力が残って居なかった。
由美の気が付いた時はテーブルに有った包丁を持って柴田を追い掛けて行った。
慌てて追ったが、エレベーターの前で柴田を刺し殺して、呆然と立ち尽くす美由紀の姿だった。。。。。。
この事件の内容に柴田の両親も納得していた。
幸宏なら有り得る事だから、誰一人不審感を持たない事件に出来上がってしまった。
犯行時、美由紀は一時的に精神の病を発症していたと医師が証言した。
由美は包丁で美由紀が殺されるのではと恐怖を覚えたと証言していた。
戸田由佳子は美由紀と別れる為にお金を貰って入籍を頼まれたと証言した。
マスコミの力と世間の話題に判決は、美由紀の正当防衛、犯行時の精神状態の異常を認めて、執行猶予が付いた判決で決着したのだ。
美由紀は一躍スターに成った。
由美が「慎まないと駄目よ、助けてくれた人に悪いわ」
「世間の人が助けてくれたのじゃあないわ、私が正しいのが判ったのよ」と週刊誌に取り上げられてご満悦、テレビ、新聞に取り上げられて、上機嫌、看護師の仕事はまた新しい所に勤めようとしたが、中々採用されなかった。

しばらくして美由紀の話題も消えた頃、廣一に待望の子供が誕生した。
男の子が生まれたて、久代は曾孫の幸太の寝顔を見て「良かった、孝治が戻って来た様だ」と呟いた。
それから一月後会長室の車椅子で久代は眠る様に亡くなった。
統べての遺産は廣一夫婦が継いだ。
靖子に話した事は統べて嘘だった。
靖子を試すのが目的だったが、それ以上に靖子は廣一の人柄に惚れていたからその心配は必要無かった。

由美も妊娠を境に病院を退職した。
今は関西に住む美由紀が久々に由美を尋ねて来た。
話題が消えるまで何処にも就職出来なかった美由紀は、奈良の中心から遠く離れた小さな町の内科に就職をしていた。
年寄りの医者は美由紀の事を全く知らなかった。
唯、看護師が欲しかったので、美由紀を重宝していた。
老人相手の内科医院では美由紀の話題は「この田舎の町医者に別嬪の看護師が来た」それだけだった。
美由紀にもようやく判った様だ。
話題に成っても意味の無い事が、有名に成ってこの二年間何処にも就職出来なかった事。
「大きなお腹ね」と由美のお腹を見て言うと「美由紀も誰か良い男性見つけないとね」由美が慰めた。
「もう、男性は嫌よ、中々良い人居ないしね」
「そうなの?柏木さんの様な人を探さないと駄目なのよ」
「今、考えて見れば、柏木さんと付き合っていた時が一番良かったのかも、知れないわ」
由美は美由紀が初めて柏木さんの事を悪く言わなかったのに驚いた。
毎回、柏木さんの事には無茶苦茶な事を言ったのに、どうしたのだろうと思った。
「あの人、本当に大会社の社長さんだったのね」
「信じていなかったの?」
「そうよ、医院の待合室の雑誌に、彼のインタビューの記事が載っていたのよ」
「へー、雑誌にね」
「その中に、私の事が書いて有ったのよ!」
「何て?」
「好きだったと、私達二人しか知らない事を彼は話していたわ、今も私の事を愛しているのよ」
「嘘でしょう、子供も奥さんも居るわよ」
「だから、彼の心の中に私が住んでいるのよ、もっと早く気づくべきだったわね」美由紀は嬉しそうに、そしてしみじみと語った。
由美は今だと思って「貴女を助けたのは、柏木さんよ、一生懸命に美由紀を助けたのよ、殺人者からね。。。。。。」
経緯を話す由美の言葉に頷きながら、涙を流す美由紀~~
愛するより、愛されている幸せを感じていた。
本当の事を知った時、美由紀の廣一に対する気持ちは霞の様に見えていたのかも知れなかった。


     
                        完
 
                        2015.1.13

春霞

春霞

東北宮城の仲良し女子高生二人が東京の看護学校に入学して、学生時代と正反対に成ってゆく二人。 お金を得る為にデリヘルに勤める美由紀とその行動を危ないと注意しながら見守る由美の物語。 デリヘルで知り合った真面目な中年の独身男性柏木からお金を出させて、僅かな蓄えで遊ぶ美由紀。 本気の柏木は真剣だったが、美由紀にはその気は全く無く、本気で愛せる人を捜すが相手は札付きの男だった。 それを知った柏木は必死で止めようとするが、意外な展開に、由美は一見不良の男性の本当の姿を見て、結婚する、見守る由美の目から見た、親友美由紀の姿の物語です。 彼女が見つけた愛は春霞の様に感じた時にはもう存在は無かった。

  • 小説
  • 長編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-05-19

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 宮城での年明け
  2. ダブルデート
  3. 垢抜けした二人
  4. 運命の出会い
  5. 出会いは一目惚れ
  6. パトロン
  7. 東日本大震災
  8. 海外旅行
  9. 楽しい時
  10. 焦る美由紀
  11. 再開、再会
  12. 知った秘密
  13. 露見
  14. 反対!
  15. 両親の苦悩
  16. ネットワークビジネスはネズミ
  17. 祖母との対面
  18. 博多の町
  19. 四面楚歌
  20. 変わった面接
  21. しんじられない話
  22. 知ってしまった過去
  23. デリヘル嬢
  24. 狂気
  25. 信じられない展開
  26. 気持ちの場所