practice(185)




 私はスニーカーを脱いで来たっていうのに,彼はブーツでどかどか,桟橋が怯えてるんじゃないかってぐらいの足音を,彼の立派な体格は普通って捉えてるんだ。そういう所の違い。普段なら受け止めて,何を思ったりもしないんだけど,こんな突端にまで足を伸ばして,すぐそこの湖面を蹴ってる機嫌の私にとっては,とても広がる。頭上の青に白い溜息を,早朝に肌寒く伸ばして消す。はぁーっと,もう一回。彼の到着。タオルと犬も,ついて来てる。
「泳いでるとでも思った?」
「君なら。身体は丈夫だし。泳ぎも上手い。」
 はぁ,と短い息に,頭を撫でて欲しいという望み。わしゃわしゃと叶えてあげる。
「ちゃんと直せた?」
「うん。」
「元どおり?」
「うん。出来る限り。」
「私が座れる?」
「もちろん。君のだから。そのサイズだよ。」
「そう。でも,まだ。私はここにいたいから。いいでしょ?」
「いいよ。」
 そうして無言になった。一人分の席は開けてるはずなのに,傍が陰った感じ。存在感なのか,本当にそうなのか。きっと遠くの木に打ち込んでいるはずの,木こりの音に景色を消したから。
 朝の光は照り返す。シーズンオフで,ボートが一隻もない。それか,みんなで山を見に行ってる。近付いても,大きいから。
 水面を蹴って,冷たい感じ。
「朝は,どうする?」
「もっと時間を過ごしてから。」
「お腹は空かない?」
「空いてるよ。」
「作ってこようか?」
「そんなことしたら,食べて戻らない。」
「じゃあ,分かった。」
「何が分かった?」
「どうしたいかってこと。」
「そう。それで,どうするの?」
「市場に寄って,買い足そう。付き合ってくれる?」
「いいよ。もっと,後でね。」
 彼が大きなブーツを脱いで,私が靴下入りのスニーカーを引き寄せた。犬が嗅ごうとして,ちょっと止めてよと拒否をして,不思議そうな顔で見られた。二,三の言い訳で説明をしても,結局舌を楽しげに出されて,私はいつものように抱きしめた。暖かくて,きゅっとしてた。
 遠くの山の向こうから,鳴き声だけが聞こえてた。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-21

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