practice(180)
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箱を持った子供が落とした,形が砂に残っていた。
枝を拾えばすぐに何でも描く,美術の成績がいまいちの女の子が読み上げた文章は,男の子の鼻をくすぐって笑わせる。トンチが効いた言葉遊びみたいな箇所は,お伽話みたいな身近で不思議なドタバタ劇を駆け抜けて,アコーディオンの伴奏がくっ付いた。それは楽器屋さんのお父さんとお母さんの間に生まれた,その子と同じ学年の女の子の話で,一年に何回かある発表会の裏側の話だったからだ。タヌキが走って,キツネが転がる。ネコの見事な鳴き声に,バックダンサーとして練習を重ねた,ネズミがラインダンスを踊る。楽しそうで,はしゃげそうで,男の子はそれがどこで行われてるかを知りたがったけれど,女の子は私も知らないというばかり。ともに「知りたいね。行ってみたいね。」と思い,女の子は大きく,大きく走り出す。絵に,長い直線が必要だからで,足が速いことを自慢にしていたから,男の子は堤防に座ったまま,それを眺めて応援する。女の子の足が伸びて,枝が太くなっていく。足で蹴られる砂のちょっとした固まりが落ちて,軽い体重の足跡が絵の内側に増えていく。男の子は堤防に立ち上がって,絵が,どんな感じに仕上がっているかを確認した。遠くを見るみたいに,手を庇の代わりに使って,目をまあるくした。扉が開いた,お家みたいな屋根から,ホクホクの暖炉のお出かけが始まっていて,描いている鳥の羽ばたく格好がある。平坦な地面が続く。でもそれは女の子が描いているそれとは違って,完成している。女の子が描いているのは,それだけでは分かりにくい。息急き切って,女の子が止まったところで,男の子はそれを大きな声で聞いてみた。
「これー,なぁにー?」
おーい,と手を振り,男の子に,女の子がおーい!という感じで手を振る。堤防の上に立って,その場で誰よりも高いところで視界を広げた男の子が,両手で庇を作った。サイダーの瓶を蹴っ飛ばして,石の上に中身が浸み込んでいった。からんと鳴る。飲み干したといっても,可笑しくなかった。甘い匂いの,気にしないフリ。
大きな丸を両手で作る。だって聞いた話だもん,と。
紐についた砂を落として,自転車の鍵とかをなくさないように気をつけて,拾った箱のどこの面もひっくり返して,ごしごし擦る。名前が書いていないか,とかお届け先を教えていないか,を真剣に見た男の子は,堤防に立って,指で形を作る女の子に声をかけて,手に付いた水を切った。冷たい気持ちが乾いていく。きらきらしてる箱の金属な部分。
そこの跳ねっ返り。
帽子を忘れた男の子がお母さんに手を引かれて,日傘の中に入っている。この子がしているお話は,今日あったとことと朝,夢に見たこと。楽譜を忘れたお姉さんが困った顔をして,男の子に頼みごとをした。ねえ,これくらいのもの。見なかった?
「それで,なんて答えたの?」
「分かんない。覚えてない。」
でもね,と続けるその子の笑顔に釣られて,その子のお母さんは話を聞いていた。堤防の側の長い道で,男の子と女の子の二人が顔をくっ付けあって,何かを一所懸命にしているのを不思議に思いながら。
「ねえ,聞いてる?」
手を引っ張られて,その子のお母さんは,その子を見た。お話は再び始まって,長いものになりそうだった。足を引きずり,足を上げながら。白に青が綺麗な着物は,傘を持っている。
からん。
小枝が優しく砂地に受け止められる。描かれている絵になっている。それを眺めるひとの影が行く。上手いこと,跡を残さない。気を付けて,それを消さない。
「カニってどんな感じ?」
こんな感じ,と動く指が宙を彷徨う。それを見つめる視線がもっと,先を見つけて口を開く。
わぁ!
追いかけ出すのはそれからになる。地面が長く続いている。水が冷たくて,泡が残る。潮の満ち引きが原因だそうだ。消えたりしない,
「へんてこな形ー!」
それはまだ完成していない。女の子が小枝を手にして,砂を形に残す。男の子が,下りてお話をしていた,ある日ある日のこと。
金属に付いていた粒を払った。
practice(180)