practice(177)




 ポストカードを集めているタキオに,実際にそれを使ってみた事は何回あるのかと尋ねてみた。
「一回,か二回ぐらい,はある。」
 ちなみに誰に送ったとき?と訊くと,引っ越した近所の女の子(タキオの好きだった)と見知らぬ外国の人の,二名。外国の人に関しては,当時小学生であったタキオが通っていたスクールに,そういうプログラムがあったのだそうだ。両方ともにせっかくだからとお気に入りを送り,それぞれから封筒に入った,普通の手紙を貰った。外国の珍しいポストカードとかを期待していたタキオとしては,それを残念に思ったらしい。スクールを移ったことがきっかけになって,海を越えた送りものはその一回だけになった。女の子とはその後も続けた。タキオも便箋に文章を綴り,女の子もそうしていたから,と言う理由で封筒の一箇所にシールを貼った。シールなんかも集めてたのか?とすぐに訊くと,いいや,姉貴んだよ。勝手に取って,怒られた。
「でも,喜んでたんだよな。相手の子。シールの工夫がメインになってさ,姉貴に頼んで俺んのも買って貰ってた。手数料,なんて言葉を初めて知ったよ。そんときに。」
 文房具コーナーとか,一緒に遊んだりすると必ず寄るタキオには,どこか落ち着いたというか,ちまちました作業を嫌わない雰囲気がある。それをウチの妹が「妙に分かり合える感じがする。」と表現したのも,そんなところに由来するかもしれない。一枚一枚がビニールに入れられて,不思議な絵本のタッチで描かれた傘にカエルに,晴れてるのが付く。作家名を記したプレートが置かれていたりで,特別感たっぷりのポストカードを検討するタキオの横に位置して,水を入れたら蒸気が出てくる紙をイジることにも,落ち着かない。「なあ,トオル?」と呼ばれて,ガチャ!とそれを動かしてしまう。
「どっちがいいと思うよ?」
 と訊かれても,どっちもいいんじゃね?と思う。「い,色味はこっちじゃね?」と違いを感じさせようと言って,うーん,とタキオを悩ませる。シャーペンでも見たら落ち着くかと思い,その辺のコーナーをうろうろとしたら,日記を持った女の子。同じぐらいだろうの歳,今時タイプでナンデモゴザレ,なんてことが頭をよぎったが,一角を見ればまあ,沢山並ぶ。可愛いその子が持っているのは比較的大きいサイズで,赤い表紙がひっくり返って,続く何語かが逆さまだった。立ち止まり,これか,あれかと探してみたが,何故か無い。最後の一冊か,なんて思ってタキオのところに戻ろうとしたら,別コーナーで紹介されていた。ベージュから何からあって,筆記具で有名なメーカーのもの,らしい。フラミンゴみたいな鳥のシルエットが施された,ロゴが説明文と台の上にあった。値段を見るのは忘れていた。
「やべ,タキオ,足りねぇ!あのさ,二千円ばかし,貸してくれねぇ?」
 お前さ,何書くよ?というタキオの言葉は,記念すべき初めての質問として一行目を飾ることにした。タキオはポストカードを一枚だけ,諦めていた。
「迷ったんだけど。まあ,どうせまた行くし。」
 それまでに返すわ,という約束は,放課後の二人の間で必ず果たされることになった。次は何を買うことになるか。早い昼飯を済ませるため,まずはファーストフード店に入った。
「でさ,ポストカードって貼ったりしないの?」
 包み紙をがさがささせながら,訊いてみた。
「何なんだ,今日は。お前,ポストカードにそんな興味無かったじゃん。」
 タキオはポテトを齧りながら,眉をひそめて逆に訊いてくる。
「いやー,日記に書けるかもって思って。」
 ストローから口を離して,喋った。
「マジかよ?」
「冗談だよ。」
 そう言いながらも,同じことを訊いてみた。こっちのポテトからは塩がぱらぱらとテーブルに落ちた。
「お前が集めてる細長いシングルCDと変わんねえよ。仕切ったスペースに,ひょいっという感じ。まあ,たしかに,こっちはボードとかに貼ったりもするけど。」
 タキオはケチャップを拭き取って,容れ物にある残りをこっちによこした。元から使わないこっちとしては,それをほっといた。
「つーか,そのシングルCDって今も聴けんの?」
 聴けるヤツしか買ってねぇよ,と言った。え,視聴できるとこで買ってんの?と驚かれ,つーか,どこで買ってんの?と立て続けに質問が出てくる。親切な中古のお店なんだよ,裏手の。二階建てで狭いけどな,と教えて,タキオにふーんと言われた。
「年代も限定されるよな。お前,そういうの好きだっけ?」
「そういうのって?」
「懐かしのポップソング,みたいなの。」
「うーん,まあ。ジャケットも込み,だな。曲だけならまとめたアルバムがお得だし。」
 ふーん,と二度目。そこはなんか分かるな,と言い,
「ほら。あれ。草原の中で犬がヤッてる,ほら,えー,と」
「『クラシック』な。ジュディマリの。」
「そうそう!」
 とタキオは目を輝かせて,あんな感じな?と分かる分かる,を繰り返していた。まあ,間違ってはいない,と思った。
「お前もよく知ってるな。」
「それはお前に見せてもらったんだろ。覚えてるよ。」
「だったっけか?ケース割ったときか?」
「それまだ覚えてるのかよ。弁償したじゃん。あれ,探すの苦労したんだぜ。」
「まじか。オレは中古屋で買ってるから,苦労したことないな。」
「ああ!?それ,先に言えよ。下手すりゃ金渡して,それで済んだじゃん。俺マジで探し回ったんだぜ。あっちっこっちの店。今時無いって顔されてよ。」
「そうかー。そうなんか?」
「こっちが知るか。ったく。」
「大事にしてるぜー。」
「中古屋で買えるんだろ?」
「セットでな。」
 ったく,と言いたげなタキオが外を見て,通りを歩く女性が綺麗な格好で一人,二人と歩いていく。トレンチコートの紐が垂れて,髪が流れて,目が合った。固定した視線の先には,歩行者向けのLEDの点滅が続く。あれはタキオのタイプだな,と思ったら,「タイプだろ?」と聞かれた。まあ,そうだな,と答えると,「だろうな。お前,あんな風に目がくりくりしてるの好きだしな。」と言い,よく見ているタキオの印象が述べられる。正直,口もとのほくろぐらいしか,はっきり思い出せなかった。が,これも余計なことになりそうで,言わなかった。
 あの人に似てるんじゃね?
 と,芸能人の名前を挙げたぐらいだった。そうか?という疑問が残り,この話が先に出て行き,さっきの通りにサラリーマンの男性が現れて,ガラスの向こうに消えた。ジュースをすする音が,ストローになって,そろそろ行くかという頃合いは,自動ドアの後ろに立っていた。
 いらっしゃいませー!という声が続いた。
 外に出て,タキオが「今度なんか貸せよ」と言ってきた。別にいいぜと答えた。「何がいいよ?」と訊くと,「ノリのいいやつな。それか,聴かせるやつ。」とトオルセレクションだとか名付けた。
「聴かせるやつって,泣けるやつ?」
「いやー,まあ,それも含めてだな。けど持ってんの?そんなの。」
 問われて思い出す。けれど,よく聞くやつの中にパッとしたものは見当たらなかった。きちんと仕舞ってるところには,ある気がした。
「まあ,バラードはあるでしょ。探しとくわ。」
 探しといて,と頼むタキオは店の袋をがさがさとする。留めているテープを剥がさないようにしているから,余計に手間取った。その間に信号が変わったが,走らず向かい,赤で停まった。車がじっと,走り出した。警備員が後手に手を組んで,黒に黄色のラインの服を着て,ライトが当たれば蛍光イエロー。夜も安心。
「さっきの話でさ,文通してた女の子。」
 ビニールに入ったポストカードを,タキオは取り出し分けながら,二回ぐらい実際に会って告白し,フラれた後も文通を続けたという詳細を教え始めた。
「フラれた後で,何を書けばいいか思い付かなくてさ,下書きに時間かけて,まあ苦労した。」
 距離感の難しさをタキオは語った。まあ分かる,とこっちは頷いた。かける言葉が見つからない,ってこういう場合も当てはまるよなとタキオが訊いてきたから,
「そうなんじゃね?」
 と言った。国語のタナカなら,ばっちし答えるんだろうけど,とも。文通の終わりはタキオが提案して,女の子がそれに応じて迎えた。言い訳というか,理由というか,事情は適当にでっち上げたんだろうけど,そこまでタキオは口にしなかった。封筒は手紙と一緒にある。ポストカードより少ない。
「買ったやつって,全部取ってるんだよな?」と,タキオに訊いた。
「そうだな,部屋に収まりきれない分は,昔のやつとかは大体,親戚の家に置いてもらってるけどな。その人は切手マニア。」
 安心して預けられる,とタキオは言った。お,これこれ,と取り出したポストカードはとんがり帽子の,身軽な格好をした子供が編みかごを持って山道を歩いている,そんな感じの絵が描かれていた。下手ウマなタッチ。その子が男の子か判らなかった。
「作者が言うには,これは男の子らしいぜ。その辺りが魅力なんだよ。」
 ポストカードをぴらぴらと摘み,カタカナの,名前の苗字を読み上げられたその作者は亡くなっているらしいが,人気は衰えない。例えばこの人が描く家族の絵があって,どっちが両親なのかを含めて,性別に関する解釈をめぐって繰り広げられる議論など,面白いらしい。
「俺はA説,その五番目な。」
 具体的には明かされなかった,その中身には三人の姉妹が居る,らしい。その部分だけフォーカスされたポストカードも売っている。
「あの店には無かったけどな。」
 空白の郵便番号に,白いスペースが目立つそれは,表にも見えたし,そうでないようにも見えた。メッセージを書くにしても,それは短いものになるのは仕方ない。たくさんのことを書こうと思えば,たくさんのものが必要になる。
「国語のタナカに訊いてみっか?」
 変わった信号に渡りながら,右折車を少し停めていた。ショッピング店舗が多く入ったビルの裏手の歩道を広く歩く。ときどき見かける人が,財布だけを持っている。
「で,お前は今日,何を書くよ?」
 タキオに顎で示された日記は,ぶら下げる袋の中に,慣れた重さで付いてくる。ベージュの表に書かれていた外国語は用途を知らせる,親切なものであった。アドバイスは無し。
「買ったことでも書くか,それか,」
 それか。オフィス街に近く,ちょっとした十字路みたいなこの辺りも,車は結構通るものだから,短い間にも立ち止まり,小走りにもなる。先を行く女の子に,似ているところを見つけたものだから。ひっくり返った表紙に,さっと歩く感じ。
「俺は付き合わねえぞー。」
 遠ざかるタキオの声援を背に受けた。足早にシャカシャカいうのは仕方ない。

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  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-15

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