practice(167)


 朝食の前,白い息を被せて間近の街灯を消し,この辺りで道路らしい道路の上に引かれた幅の狭い白線とガードレールの間に,斜めに入ったピンクのラインが素敵なシューズとワンポイントの靴下,ゴムがちょっとキツイけど,私が見てマッチしていると思った組み合わせで走っている。シャカシャカするパーカーに,重ね着をした上で,しょうがなく妹のものから短いズボンを借りている。ウエストがきつい。それは走る事実になる。強張る足をそれぞれ叩いて,動かしやすく,ほぐれてきた感覚に汗はまだ付いてきていないけれど。登りから下り,下りから登りのきついコースの一つ目をさっき終えて,スモールライトを強く瞬かせる,右車線の対向車を見送った後に,正面に並ぶ景色が一晩のひきずり方をして,本当に明けるということは,という事実をじっくりと教えているのを今日も見据える。呼吸が整えられつつあって,スポーツウォッチを着けながら,が苦手な私としてはこれで大体の見当をつける。カラスの爪が,街灯の頭の傘をカンと踏んづける音を耳にするのもこの辺りであったりするんだけれど,と見回してみて,一羽も居ないのをハズレのように受け取る。胡桃を割るとか,そんな器用なところを披露してくれる訳でもないのだけれど。シューズの靴紐が蝶々結びで跳ねている。パーカーの紐が胸のあたりであっちにいったり,こっちにいったり。じんわりとする気配が,もう少し奥のところから浮かび上がってくる気がしてきたところで,お尻の小さなポケットに入れてあったポケットベルの信号が,何回か震えて伝わる。見せれば毎回,「まだ生きてるんだ!」と驚かれる代物は,液晶表示が壊れていて,メッセージは伝わってこない。発信したことだけに意味がある,受信できたことに安心する。まだ使えるし,そこにいるみたいだし。通信会社がどこなのか,サービス停止もそろそろかなんていうことは,心配にはなるんだけれど,こうして朝,いつも大体この辺りで,目が覚めたことなのか,今から寝るということなのか,安心したいことか,相談しようか,それとも報告のつもりなのかが分からない,了解済みの発信がある分だけ,あればいい。ラジオかCDか,音楽をぐっと引っ張ってきて,後方から窓を開けたまますっ飛ばしていく若い車がぴかぴかと過ぎて,よりかたかたと車体を震わせて,よりかっ飛ばして行く軽トラックとすれ違い様に入れ替わり,道路に引かれた白い線とガードレールの内側をほっほと走る,その先に,二つ目の登りが見えてくる。私の背中を汗がするり。予定では,三つ目までと決めていて,疲れを残さないようにするには,妹の経験的なアドバイスをそのまんま採用したゴールラインになっている。でも,気分がいい。身体も温まりを覚えてきた。整えつつあった呼吸を増やして,減らせたはずのものを,さらに置き去りにした気になって,足を速める。ポケットの感触を忘れる。
 『カラス』の次,は『スイカ』。ふと思いつく,でも時季が早いかと,頭から思い直す。山のところが明るくなる。ふっ,ふっ,ほっ,ほっ。



 胸のあたりが踊り出す。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-02-10

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