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百十七




 シンバルを叩けないおもちゃのすぐ隣にはミニチュアの風車が置いてある。建物自体の煉瓦も積まれ方までよく再現されていて,羽根は最上部を回ろうとしている部分が「十一時」の辺りで止まっている。最下部でいえば「五時」,あとは「二時」か「八時」かを示す左右の帆布とともに午前の店内の棚の上で,作り物に興味を示してくれる趣味な方を待っている。それから別の棚との間の数cmの隔たりを挟んで,そこの新しい棚では手を叩いてダンスする電気式のものからひときわ小さい肌を焼いた踊り子の人形が三体と並び,そこから国内・国外で足を運ぶべきスポットをクラシックに,あるいは絵の具のチューブを空にしたと分かるほど色鮮やかな文字を踊らせて紹介していく。ここのそういうコーナーは上にも下にも続かない。右方向の端っこまで横歩きで突き進めば子供だけが横目でこちらを向いた象の親子に迎えられて,この棚の段だけで終わる。右を向けば,出版業界主導のキャンペーンとしての読書月間のポスターすらも貼り付けない壁に,分かりにくいと有名だった店内のトイレットへの最初のご案内を伝えるB5の矢印。テープによる貼り付けは一度,直されたことが剥がし損ねた透明の切れ端から気付いてしまう。指を口に当ててする内緒の仕草ぐらいなら二本足で歩く人気キャラクターもここじゃない,店内のどこかで今もしている,はず。大きなお尻の象の足下の埃を小指で取ったあとは,擦り合わせて,平積みされている外国語の絵本の表紙にあった洞穴の中を明かりひとつでゆっくりと進む三人の姿が気になった。作者を知っているはず,と思いながら象の親子から上の棚を探し始める。アルファベットで『Z』,『Y』,『X』と遡りながら横歩きに戻っていき,『U』と『T』の間を行ったり来たりしながら堅い背表紙を取り出し,別々の頁を二度開き,元のところに戻して横歩き。空調の音に混じって聞こえては消えるCDが調子を疑われている古いラジカセで流されているところで,視界の端に踊り子の三人目の焼けた肌が入りだす。『U』はまだ続く。でも,唐突に終わる。そうだ,彼はレモネードが好きで,新しい絵筆をコップに入れた写真を一枚残していたことがあった,苦手な写真のポーズの代わりだったかなんだか。使った後の絵筆を本当に浸してしまって,色が泡と弾けたというドジな話もまつわる。背表紙を取る。表になるように本を動かせば正式な名前は区切りをもって,最後まで綴られていた。
 シンバルを叩けないゼンマイは動かずに,新米のベルボーイみたいな赤い帽子を身につけている。あごひもを首にかけて,それ自体を被っていなかった。だからそのことには手に持ちながら気付いた。それは置いて向かった。
 購買欲をそそる小さな広告のために,小さなハサミを使う店員さんはそれを買い換えなければいけないね,ということを手元だけ見ながら紙の切れ端を手の平に乗せた。カッターシートの上のスペースに代金を控えさせる。店員さんはごみ箱を探して居なくなってしまった。ラジカセはチューニング前の音を最小にしている。タイトルとともに出入口付近の背後のワゴンで,『古い新刊』ともいうべき本を漁っている人と目が合った。お互いに笑顔で肩をすくめて,けれど言い合う。
「でも,POP代わりに厚紙で作られたヤシの木は上手に動いていたのよ。こう,振り子か何かの原理でね。大したものよ。そう思わない?」
 そう思います,とはその人に言って,レジスターと直結しているようなプラスチック箱いっぱいのチョコをつかんで広げた。勢いついて,落としそうになったものを含めて計算した後で本を置く。代金はシートの上に控えさせている。色やデザインに違いはあるけれど,サイズも名前も同じだから味も同じと決め付けた。端の一個を摘まむ。その袋を破いて,そのかたちが指に溶ける前に口の中に頬張った。久し振りの味に,とても美味しいと思うことが付いてくる。それからもう一個を渡そうか食べようか,摘まんだ後で決めかねて,トスとキャッチは一回で終わった。他のチョコの側に置く。
 ミントの味は感じなかった。他のもそうかは今は知らない。
 

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-06-26

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