practice(106)


百六




 
 胡座をかいた椅子の上で,お姉ちゃんはスプーンを口に咥えるばっかり。ときどき雑誌をぺらぺらと捲って,シリアルに加えたいからその牛乳をパックで取って頂戴という私の言うことを聞いてくれない。敷かれたマットに足を乗せて,そこから足を組み替える以外は家の中に用事がなく,お皿に容れられたふにゃけた時間も気にしてない,生ぬるさだってきっと掬えば感じられるだろうに,私のものにはそれさえも訪れないのだ。箱をかしゃかしゃと振って,底をちょっと隠して,金色のリボンみたいものが縁を回って結び付いてる,背伸びしたお皿は今日しか借りれないのに。ずんぐりむっくりなテレビジョンが,コメディドラマの後半を流し始めて,それを離れたキッチンから私は見つけて,もう自分で取りに行こうと決めた。そうしたら,庭から帰って来たママが空いたカゴを抱えて,
「これ?」
 と言いながらパックを片手で取って,キッチンから出たばかりの私に渡した。随分と軽い中身になって,私の手の中にある牛乳。新しいものは無いけれど,明るいキッチンの最奥に戻った気分で私はそれを全部注いだ。お皿はいっぱいにもならないで,でも溢さないように気を付けて,閉められていない庭に向かった。その間にお姉ちゃんとは目が合って,何も言わないで別れた。
 スプーンを取りに戻るときにはもっと何も言わなかった。
 違いを教える山々に囲まれて,走って来た飼い犬にはジョンというその名前を呼んだ。裸足に芝生はくすぐったくて,貰われて家にあるビーチチェアにはお皿を持ち上げて慎重に座った。
 数える気にもならない山の上の背景をぼんやりと聞こえるまで眺めながら,頬張るスプーンと甘い牛乳が冷たくて,離れ小屋みたいな出っ張り方をした二階の部屋の窓から,ぎゅっと押し込めたような明かりが漏れてる。あの山の暗がりをほんのちょっと台無しにして,でも近くの影を一層濃くして,公平な分配みたいなことをしているみたいだった。側に控えるジョンには一口もあげない私からはそう見えた。開けっ放しのリビングにだって,例えばスリッパ掛けの後ろにもちょっとしたものがあるでしょ?と,ジョンの丸い瞳に簡単な同意を求めてみた。
「はい。」
 と外掛け用のサンダルをほっぽといて,ママはわざとその手にしたタオルケットをビーチチェアと私の背中の間に押し付けながら,私に言っていた。
「念のためね。一応。外はまだ肌寒いかもしれないし。」
 虫の鳴き声もまだ聞こえなくて,お昼の暑さもさっさとお出かけと決め込んでいるみたいなのは本当だった。暑い時間に合わせて,身軽な格好のままの私になっていた。浸したシリアルに時間が経つにつれて,生温かさも混じりそうな気がしていたけど。柄を持つところに変わりはないけど。
「ありがと。でも,これ,どこから?」
 タオルケットと呼べるものはさっきまで見てなかった。近いものといえば,幅が余っても買い替えてない,バスルーム前のあのマットぐらいだけれど。
「あの子が。自分に部屋から取って来たらって。」
 とママが親指で指す。それから,
「さあ,問題です。こうして取って来たママとあの子,どちらが良い子でしょうか?」
 と私に質問するのだった。
 椅子の上で胡座をかくお姉ちゃん。ママは目の前でいたずらしてる笑みを浮かべる。リビングにある雑誌は捲られて,私はどっちも見ていない。
 洗剤の匂い。そういえば,洗濯に使われたカゴは空だった。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-06-04

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