practice(96)


九十六






 
 テーブルの端に置かれた硬貨が傾けたものは,数枚のカードとそれを使ってする気難しい遊び。「特別」のルールの数は多くて,平凡な手で上がれるのが珍しいぐらいのものと聞かされた。一枚を配り,一枚を配って,それから何事かを話し合う。互いの了承,それから一枚を配り,もう一枚を配って最後の五枚になるまでそれを繰り返す。揃った手札の条件を探って,お互いの顔は,でも見せ合って構わない。笑むのも勿論悪くない。好意は絵柄に影響されないで,彼の背後の鏡に綺麗に写る。悪くない,という思いをより一層にしてから「私」は彼,彼から私に帰って来てから始まる。捨て札の可能性で見直すには,手持ちのカードは中途半端に手が伸びすぎた。迷いなく手を整える彼の流れに,コースターの上で冷たさが溶ける。一室の空調には触れもしないで,設定温度はご提供のまま。バッグはシーツに寛いでいる。広い枠で高い景色は点滅を暗さに浮かべて,移動するものが多かった。ただ飛んでいるものは見えない。あれば手を振るように思えた,「イッテラッシャイ」か「オカエリナサイ」かのどちらかで,空いた手は見えるまで,そこに向かって振られる。
「見えるのかな?」
「見えるんでしょ?」
「美人だといいね。」
「格好良ければ。」
「手櫛で髪を掻き上げて。」
「髭が生えていても構わないわ。」
「それじゃ,男になっちゃうだろ?」
「あら,最初っからその話をしてたのよ?」
「気付かなかった。」
「あなただけがね。」
「あとは君しかいないけど?」
「だから『あなただけが』。ね?」
「仰る通り。」
「悪くないでしょ?」
 肩を竦める彼は居た。手札は少しも見えなかった。
 コンコンと,こちらの扉を叩く音に私は当然に彼を見れば,元の位置に肩を戻して,彼は手札の角を揃えて手の中に収めるところを私にきちんと見せた。ジャケットの内ポケットに入れてしまえば,不正は直ちにその蔦を私たちの間に伸ばしてしまう。それはないとするのは彼が私に示す誠実だった。そしてそれは私も同じである。手札は彼に背を向けて伏せた。それから彼は私に一緒に来るように言い,ドアに一緒に向かった。近付きながら,向こうに返事をした彼は空いた手を使ってチェーンロックを外し,空いた手でノブを下ろしてドアを開け,手札を持った手はここで隠さずに見せながら,ノックの主であるルームサービスを届けにきた青年を室内へと招き入れて,労う言葉を丁寧に包んで早速渡していた。
「すまないね。お腹は空くもので。」
 ルームサービスを乗せた車輪が室内を静かに進み,そう言うことで,私の同意は勝手に得たものとしながら,ルームサービスを届けにきた青年が軽い会釈とともに室内唯一のテーブルに並べ始めた,数枚のお皿に盛られた一種類ずつのおつまみに目立つ主役のサンドイッチを彼は私にも勧めた。「自分はきっと主役を狙っている」,ということを包み隠さずにアピールしながら,彼は空いた手を器用に使ってナプキンで指先を拭いている。それを見届けて,私は「お生憎様。」を彼に伝えてから,手札を持たない方の手で上品にもそこら辺に添えられていたフライドポテトを摘まんだ。カリカリのもので,「美味しくない」ことがまずない,フライドポテトとして上出来だった。
「頼んでおいて良かっただろ?」
 彼は手札の背面を見せながら,「そうだろ?」と追加の同意も求めて,サンドイッチは隣り合うものと分けられてから彼の口に運ばれる。シャキッと鳴った。それはレタスである。
「そうであるかどうかは,すべて美味しく頂いてから決めるわ。」
 そう,と身体でとぼけて返事をする彼は口を動かして忙しそうだだったので,仕事を終えてソファーを挟んだ私たちの間に控える,ルームサービスを届けにきた青年には私が空いた手でチップを渡した。テーブルの上の数枚で,「失礼かもしれないわね,」と断りを入れつつ「でも他意は無いわ。有難うね。」と言いながら,彼の手を軽く握った。
 その青年は今度は深い会釈を一度行い,感謝の意を私たちに表した,しかしその目は私たちの手札,そしてテーブル上で増えつつあった捨て札に興味という重しで,しっかりと落とされていた。
「興味,あるのかい?」
 彼は咀嚼を終えた口角を上げて,笑みながらその彼に聞いていた。
 その青年は言う。
「はい,実は僕も行うもので。」
「ほう!」
 と漏れた関心は彼だけのものじゃなく,フライドポテトを摘まんでいた私も同じだった。ルームサービスを届けにきたその青年は細身に包んだ制服の皺を直すようにその身を正して,帽子を一つ脱いでから言った。
「祖父から教えて貰いました。気難しい遊び。『特別』のルールが多く,平凡な手で上がることが珍しい。」
「その通り!」
 そう言う前から,ルームサービスの青年の言葉に気を良くしていた彼はその手の内にあった手札を彼に向け,その一枚目の背をトントンと指で叩いてもう一度,「まさにその通り。」ということを示した。ルームサービスを届けにきた青年は,それに笑みで答えていた。
「そのお爺さんとは,今も?」
 そんな彼を見ながら私が聞くとその青年は,脱いだ帽子の何処かを直すようにくるっと見回し,そのつばの先は足音が立たない厚手のカーペットに向けてから,私を見て,彼も見て,小さく笑みを作って言った。
「いえ。今はもう。またいつか出来ればいいのですが。」
「ああ,それはすまない。」
 私が言う前に彼がそう言ったものだから,私も同じことを繰り返すしかなかった。それから伏せている手札をさらに伏せる。例えばここで,捨て札もまとめて,ルームサービスを届けにきた青年も加えるカード遊びは,他にあるのだろう。支配人などには内緒にして,その彼が受け取ったチップを上乗せにしたポーカーとか,きっとそういうものが。しかし私たちの間にはあるのは「特別」のルールの数が多くて,平凡な手で上がれるのが珍しいぐらいのものだ。そして彼は祖父を思っている。彼の祖父は,もしかすると遠くでカードを配っているかもしれない。私にしてはいささかセンチメンタル過ぎるかもしれず,そして対面する別の彼は「きっとそう思っている。」という顔をしている。私と彼は,だからその彼を見る。その彼は私たちを見ながらも,十分に分かっていた。慣れた手つきの,右目でするウインクも付けて,その彼はついさっきの誰かさんと同じように,肩を竦めた。
「次の機会に。それは是非。」
 その彼を含めて私たちは,ルールに則って,「次に」という約束を次々に交わした。
 せっかくだからと私と彼は,相手からは必ず見えないように,各々の手札をその青年に座るソファーの背後から「覗いて」貰うことにした。ルームサービスを届けにきたその青年は,届けにきた時と同じように恭しく会釈を軽くしてから,私たちが彼に示す手札の中身をじっくりと検分する。ときどき頷き,「おおっ」という表情を山なりの眉毛で表しながら私のものまでを見終わって,ソファーに座る私たちの間という元の位置に立ちながら,つば付き帽をしっかりと被り,私と彼の間にあるテーブルまでも含めながら,彼は私たちに「実にいい勝負です。」と言った。
「ただし,それはおよそ便宜としか思えない,あの通常ルールに則った場合です。これは気難しい遊び。『特別』が多いのです。だから,」
「おっと,ストップ!みなまで言うな。」
 と,彼もウインクをしたのだから仕方が無い。私も沿って,それに従った。
「ええ,その通り。『特別』が多いのよ。だから,ね?」
 ルームサービスを届けにきた青年はその室内に入ってから最後の会釈と笑みを見せ,「ご健闘を。」という祈りの言葉をどちらにも取れるように置いてから,ルームサービスを置いた車輪とともにゆっくりと動き始めた。ドアを開けに,座っていた彼が立ち上がってついて行ったけれど,私は室内の高い点滅を眺めて席を立ったりはしなかった。ドアはかちゃっと閉まって,彼は出て行き,彼はきちんと戻って来た。
「じゃあ,続きを始めようか。」
 彼は私に言った。
「ええ,始めましょう。」
 私は彼に言った。
 ピーナッツの殻は重なったり,喉を乾かしたりしてから,話し合い,一枚を配り,一枚の前に喉を潤し,一枚の前に「WIN!」の文字が消える。備え付けの電話機の横にあるメモ用紙から切って取った数枚,それをさらに破いた紙が窓際のテーブルの上で室内の空調に触れて,何点取ったのかを「それぞれ」という風に残していた。減らずに増える,細かい落着は縦に並んで「数字」している。私が書いて,彼が書いた。聞き取れないラジオは手櫛で掻き分けながら,移動する点滅には視線を送った。
「なあ,あいつ。いい子だったな。」
「ええ,そうね。いい子だったわね。」
「もしかしたら,惚れてた?」
「惚れてたって,あの子に?」
「ああ,あいつに。」
「さあ,分からないわね。」
「分からないか。」
「分からないわね。」
「妬いてるのかな?」
「分からないわね。」
「だとしたら,どうする?」
「さあ,詳しくは分からないけれど,悪い気はしないわ。それでもいい?」
「分からないな。」
「じゃあ,続けましょう。」
「そうだな。」
 何気ない会話に,捨てられたカードは多く,手札の一枚一枚はそうして意味を持つ。「ハローハロー!」,歌を歌う,あれば手を振るように思えた。「イッテラッシャイ」,あるいは「オカエリナサイ」かのどちらかで,空いた手が見えるまで,そこに向かって針が振られる。
 

practice(96)

practice(96)

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-05-15

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted