practice(86)
八十六
緑色に,欠けた文字。肩掛け紐に腕を通して,腰で結び目を作れば皺を伸ばす前掛けの辺りをぽんぽんとはたいて,もう一度,ただ今度は皺を伸ばすようにやんわりと手が動く。空気の入れ替えのときに部屋の中だけを行ったり来たりする布みたいに,床の上で整えられた時間が姿を見せて,膨らんだところから居なくなる。日溜まりの中で,袖は涼しげに捲り上げられて,十分に纏められた髪にある輪ゴムは新しくなったことを知っている。出番を待つ食器を迎える,爺の家の振り子みたいに,横の動きが幅広い。風に揺れて踊っている。止まったりして,準備している。小さな小さな喧騒。端っこの部屋の,あちこちで,起き上がるのは昼寝を済ませた猫だという。暗がりに鳴いて,明るくする。読んでる絵本が片付けられた。代わりに並べられる小匙。ちょこちょことくっ付いて離れない,さじ加減が甘いと評する。真四角のテーブルに隠れて,飛び出したりしないように。覆うところの,分かりやすい約束。短く書くための長い鉛筆で描かれた矢印に,ほんのちょっと跳ねる気持ちはシーツの中からそこの一番星を見つけたと言ったという。指で摘まめる程度,でも,くだけた笑顔について来るレモン味は美味しく冷たく喉を通る。注がずにからんと鳴らすのは,忘れないでいるからと,背を伸ばしている。毛布とお髭と数えるものに,壁に掛けられた絵は塗られた空が綺麗で,トントントンと聞きながら,覚えているお話が好きになれる。まるで一緒,と言われることに不思議はなく,いつも一緒,と言われることに結ばれた髪が揺れる景色。雲はだいたい遠い。
便箋に綴った。教わったとおり,ワルツは苦手なままとなり,甘い味付けから,変わらないままに。
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