practice(83)


八十三






 窄めた傘の様子のように,歩く人。
「足元にはお気を付け下さい。」と言われた。雨脚は弱くても,覆っている雲の厚みが濃くなっている様子からはこれからが本降りになると予測できた。肌で感じる気温に変化はないけれど,ここら辺りはざっとくる,コンクリートの地面までもその時を待つ雰囲気。小さい傘なら厳しくなりそうで,靴先も少々浸みたりするか,いつも混んでいる専用駐車場を避けて,一番近場の駐車場に停めた今日にあっては水捌けが悪いところが昔っから変わらない,裏口めいたデパートの小さな入り口までの距離が帰りがけに一層大変になるから。買い込んだ物を片手に吊るすように持って,出てすぐ左手側にある薬局屋さんのマスコットが雨に打たれる姿が妙に印象に残るのは,そういう気合の表れなのかもしれない。荷物を入れ,タオルで拭い,車内に座ってから思い出す橙色のあの姿。後部座席に目をやってから,カセットテープを押し込むみたいな感覚。様変わりする通りの各店舗の中で,変わらないのはそこと先の赤い自動販売機ぐらい,だったと思う。キーホルダーに付けていた『もの』をこの通りで確かに落として,そこの前の排水溝は上手く覗き込むことが出来ず,前に行った雑貨屋とか,手始めに食べたカスタード入りの鯛焼き屋さんも回ってから再訪した時に買ったのは諦めに似たコーンスープ。温かいひと缶を,でも顔の近くに置いてでももう一度『窺って』からその日の雨は降り始めて,足元から出会い始めた。キーホルダーに付けていた『もの』と人。
 黒く綺麗な靴から見上げた。
 窄めたように,デパートに隣接していた人気の複合型施設が閉鎖してからも,通りに足を向けていた理由は小型店舗の形で人気のあった店々がそこで営業を再開したということもある。新店舗も負けじと出店をしたりして,活気は前以上になった。端っこで目立たなかったレコード屋さんにもスポットライトは,ぼんやりとだけれども当たって,外から見える店内で選ぶお客さんの姿は在ったのだ。そういう雑踏と空気が入り混じるところを,薄暗くなれば明るい照明が漏れる店頭を通り過ぎながら,その時になって出来た駐車場のポールとかに腰掛けて,荷物を置いた。クッキーをよく食べた。炭酸水と一緒に,甘さが抑えめで,さくさくと美味しかった。枚数は五枚前後。確か,多めに焼いたり配りすぎてしまってと言って,そんな変化が生じたんだった。
 今の私よりも,背が高かった人。若い頃にバレエでもやっていたのですか,と一度聞いてみたらそんなことはないけど,どうして?と尋ねられて妙に返事に窮した。しどろもどろに手の動きも加わって,言葉はとっ散らかってしまったけれど,微笑み一つで片付けられた。それからよく言われるわね,と付け加えて,それ以上は言わなかった。私もきっとそうだったと思う。一緒に歩くときには横を向かない横顔で。
 カセットテープを押し込む感覚。荷物を入れ,タオルで拭い,車内に座ってから思い出すのはあの姿と,橙色のマスコットの名前。見たままに,『さん』を付けていたんだった。




 



 

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-04-19

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