practice(71)
七十一
中古屋で手に入れたMDプレイヤーで流す曲名から『か』と『の』の文字が出て行き,そこを埋める他の文字もなくスペースキーの入力が代替的に字数を埋めている中で,軌道エレベーターに乗って送られてきたほうれん草に埋れていた「イマドキ」とも言える叔母からの手紙には達筆で大雑把な挨拶と,見つけた本の詳細,それから好きになった花が増えた三つ子のことが写真とともに長く書かれていた。追伸は勿論なし,文面の彼女はもう向きを変えて畑の前でタッチパネルを必要最小限で操作している。さきの写真で三つ子の真ん中が持っていたキャベツまで押し付けるように贈ってこないか,少なくともお礼と野菜はとても充実していることだけは早めに伝える必要がありそうだった。それから黄色い靴のこと,山登りの際に用いたリュックサックが聞いていた以上に丈夫で助かったこと,積もらなかった雪が降って,そっくりだった兄という人が止んだ雨の最後を覚えていたということも。
『追伸』の機能を開いて,つなぎを選んでいるうちに芝生を刈り込むAI搭載の管理ロボットは僕を認めて,寝転がっている形のままに周囲を予定通りに刈り込みながらクリアな音声で,尋ねたかったのだと思った。
(『摂氏は十四度になるようです,それから』。)
建物と空は低かった。ひとすじも跡を残さないという足回りは近くにあっても『ヒューッ』と静かで,スプリンクラーの時間は終わっていた。影も濡れてはいない。
銀色の本体も四角く,録音機能は重く。
外しているイヤホンが二つともお腹の上で,違う方向を向いて,良いところや控えめにいってイマイチな箇所を『キュイン』と効かせて,ワイヤレスの『わたりどり』が個体を代表して記録のために鳴く。この耳以外に,集音器の機能を果たすものはなく,まぶた裏のイメージでは羽ばたきが大きくなってしまう。スペースを生む改行は,とても控えめに頷く。
『ノイズが多くて,食べ切るのが大変そうですが,でも,』
レシピが手に入るのは来月号の発売前であると決まっている。カラフルなページに彩られた,美味しい味に変わりはない。
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