practice(70)


七十





 足腰の強い祖父の,長い旅路を見送るための三番線で出会ったシャーロックというネズミはアイロンの効いた水色の短パンを履いて,しかし上半身は素のままで赤いネクタイを締めていた。「寒くないの?上の服は着ないの?」と聞けば,「ああ,ヒトにはよく聞かれるんだ。」とどちらのことも指差して,灰色のシャツは着ているんだと言った。それからチョッキは脱いで脇に抱えていると,体の向きも変えて『見せて』いるようにしてくれたけど,結局また見えなかった。「温かいからね。」
と言って顔の向きを変えなかったけど,シャーロックというネズミは「そうだね。」と短めに相槌を打った。それと機会を合わせてホームに止まる汽車は勢いを吹く,白い固まりは留まることを嫌って硝子張りの一番上部で雲のような顔をした。下の地面のアスファルトはその場の革靴でコツコツと踏む。足の届かない彼は『チュチュッ』と鳴いた。
「アーガイル柄の靴下なんだ。」
「履いてみたいね。」
 思えばベンチはチョコレートの色に似ていた。
 背が高くなってしまう観葉植物を低いカートに二つ三つと乗せて運び入れることを最後にして,車内に姿を現した祖父が座る予定のない席の窓際からのっそりと身を乗り出して,手を振った。振りかえした。『旅路はもう始まっているような顔をして,遅らせようとするのは見送る側の片思い』なんて唄を流す(ところを一緒に聞いたことがある),テープレコーダーとイヤホンの姿はちらっと見えていた。今度また何時会えるか分からない,祖父はとても楽しそう気持ちを隠していなかった。
「元気だって,思えるね。」
 シャーロックというネズミはそう言った。
 ヒトであるものには見えないというチョッキを着たという彼は,電光掲示板の時刻表を改めて見てから到着予定が早まったとしてベンチを跳び下りるように離れた。歩き方は二足で,すたすたとしていた。
 その小説は読んだことがないという彼を,呼び止める言葉にはまたシャーロックが混ざって,ホームのあたりによく響いた。「じゃあね。」と交わした,「またね。」を乗せた。





 

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-23

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