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六十







 Bのパートと顔見知りになったとき,それは厳密に言えば数学の先生が教壇にチョークが入ったあの木箱を忘れていることに僕らが気付いて,なんとなく二人でそれを届けに移動教室の途中にある離れ校舎の,別のクラスに足を向けたことに当たる。間に合うかどうか分からないからいつも通りの歩く速さで家庭科の時間に向かいながら,前から気になっていたBのパートの兄弟関係を聞く。特に兄か,姉。僕はBのパートが二番目以降であることを期待していたのだ。しかしBのパートはそれを否定した。
「僕には兄も姉もいないよ。弟はいるけど。」
「嘘だ。」
 とこちらも否定した。
「嘘じゃないよ。こんなことに,嘘なんてつかないよ。」
「えー,なんで?」
 と追いすがる。Bのパートは分かりやすく眉をしかめた。
「なんでもなにも,知らないよそんなこと。『順番通り』がそうなっただけだ。というか,こっちが『なんで?』だよ。なんで僕に兄か姉がいるって決め付けてるんだ?」
「だって,君は『Bのパート』だろ?それなら『Aのパート』が居てもいるはずだと思ったんだ。」
 当然,とばかりに答えた事だった。呆れ顔もこの時初めて見せたBのパートは頁を捲るみたいにそれを鼻で笑った。
「『Bのパート』は『Bのパート』。それに後も先もないよ。」
 それから家庭科の時間には遅刻した。
 袋詰めの,外国製で小さいチョコレートが好きだったというBのパートは食べ終わった後で本体(とBのパートはいつも言った)を包んでいた小さい銀紙を使って鶴を折った。ノートか何かを上に敷いて皺も伸ばす,左利きで無いということも休み時間の時に知った。ただしそれを必ず折り終えて完成させたわけでない。一番早くて,あの三角形のところで終えたこともあった。廊下側の席の,後ろから二番目と一番目を二人で占めた時期にBのパートの内にある,法則性を探ろうと天候を国語のノートに纏めて記載し,その相関関係を調べていた。雨の日,あるいは雪の日だと確実に折られることがなく,晴れの日であれば鶴は息を吹き込まれた机の端で,両方の羽を広げた。日本製のガムを静かに噛みながら,後方の席でノートを広げBのパートにそのことを告げれば,Bのパートは肘を十分につきながら「何を調べてるかと思ったら,」と呆れながらも「へえー,本当だ。」とも言ったのだった。
「な,言った通りだろ?で,なんで?」
 さっと聞けば,Bのパートは今朝からの未完成な銀紙を左手で摘み,指の上でくるくると半回転をさながら予報通りの曇り空を眺めていた。
「さあ,なんでだろう?気分か,その気分を決めてしまう因果関係か。よく分からないけど,あのさ,こんなもの見せられたら却って意識するだろ。せっかく今日は完成させようと思ってたのに。」
 とBのパートは下手くそな睨みとともに,困った気持ちを浮かべた。持ってきた傘は二人とも折り畳み傘で,今は鞄に仕舞われていた。
「大丈夫,問題はない。記憶によると,曇りの日はどっちでもいいから。」
「記憶によると,なのか。」
 聞いたBのパートは言った。
「そう,記憶によると。」
「目の前に,広げたノートがこうしてあるけど?」
「あとで見ていいよ。」
 とBのパートに言った。これにはBのパートが軽く笑い,次の時間を知らせるチャイムにノートを引き寄せながら返事をした。
「別にいいよ,と言いたかったけど見てみるよ。どうせ次は暇な時間だ。」
 その日は雨が降らなかった。
 歩道橋を渡り,折り畳み傘を一本ずつ手に持って道を歩く会話は逆光現象をクリアする写真の撮り方から虹の色の数の話,夕景は暗がりにも注目すべきことなど妙に長く,屈折したように曲がりに曲がって,終わりまで続いた。方角は上手く背負っているから二人とも眩しくて,細めることをしていなかった。一回は信号機を待つ。それから先はすんなりと行けそうであった。
 Bのパートは教室を出てからずっと手にしている紙を二つ折りにしたりせず,頭からきちんと覚え直したりして顔を上げていた。それを横から時々覗いて,何かあることを,何も言わなかったりした。
「藍色がいいな,無くならないなら。」
 横に立つBのパートが呟く。
「何が?」
 横に立つBのパートに聞いた。
「虹の色の話。藍色がいいよ,無くならないなら。」
「何で?」
 と言ったのは信号機がもうすぐ変わりそうな前になった。何かを読む余裕なく,小走りになったBのパートは聞こえたように答える。それは人を選ばないのだった。
「好きだから。その色が。」
 好きなのだ,その色が。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-12

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