practice(41)





四十一







 ムートンは離れていかなかったという。ただ,水辺でふかふかに乾かされたマフラーに手袋は咥えられて租借とともに盗まれていった。
 それを聞いたオウムは声を失った。せっかく籠の扉が開いているというのに,止まり木から飛び立つことを忘れて。飼い主に聞けば,パクパクとする嘴を見ていると餌を求めているように見えるそうだ。実際にあげると食べないから,あげるフリをして上げているという。指で表現するつまみ具合は(といっときの間を置いて),こんな感じと見せてくれた。一回で食べられそうにもない程の大きさに見えた。丸いのか,四角いのかも分からない。オウムは数回にわたって食べられるのかと尋ねると,日によって違うけれど概ねはそうねと返事がする。今日はどうですか,とも確かめた。今日は一回ね,と聞かされた。
 遊歩道が進み,縦に店が閉まる。
 腰掛けたベンチは街灯の明かりに照らされて,常緑樹に囲まれる。雲を真下に見下ろす車道に面していて,目の前に停めた年代の古い車の内装は革張りで統一されていた。隙間風も見逃す可愛いやつで,譲ってもらった時から施された手入れを短期間で駄目にする仕様だ。工具箱はトランクに勿論常備していて,応急処置にも手慣れている。一般道を不真面目に走る,まるでラリーカーだねと評した猫とは助手席に寝そべる仲で,実は仲がいい。設計から携わっていたと嘯くだけあって,その指示に間違いはない。従えば不良箇所は一応の機能を発揮して,家のガレージに付くまでもつから大したものである。着く頃にはそのまま眠るから,猫を褒めたことがないけれど,お礼ならしてる。木の机を叩くツナ缶には,発泡スチロールで梱包されたプチトマトがドレッシングなしで,必ず並ぶ。
 そうして磨いたばかりのボンネットの上に乗せられて,重ねられたところを重視した資料は風に靡いて閉じていく。それを聞きながら,ラジオから流れたゴムを動力とする,小型の飛行機を飛ばすための準備をしている子供の影のことが途切れた。暗闇に比して,羽毛が目立つフクロウが羽ばたきとともにランプをかちゃかちゃさせて,上部に綺麗に消えていくところだった。それからラジオも復旧して,番組は忘れ物をお知らせするコーナーに移っていた。トンカチと釘,それから梯子のお忘れ物,道端に放置して,通りすがる天気予報士はとても困っているそうだ。幸い,持ち主は判明している。アナウンサーは言う。「緑のカエルさんは,早く早く!」。
 じめじめしている時季とはいえ,緑陰に見られる違うことだ。吹かれる毛並みを舐めながら,緑影と戯れる猫に行こうかと声をかける。
『報告は,どうするんだい。』
 開いた窓から助手席に滑り込んだ猫は,尾を立てながらそう聞きたそうな目を向ける。ボンネットから車内に資料は戻して,座った運転席で回したセルによってエンジンは無事に,一回でかかった。
ボロンボロン,と心許ない音。しかし着実に強くなる。
「まずは出だしかな。」
 だから報告書に書くべきは手袋は片方でも,残しておくのが宜しいでしょうと,いうことだ。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-01-26

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