
百合の君(54)
夜に鍬形の金が浮かんでいた。馬上で抜かれた太刀は、月光を舐めるように妖しく輝き、そしてすぐに血を求め、城を取り囲む兵を薙ぎ払った。元から統制の取れていなかった喜林の兵は、蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。
まずい! 義郎は舌打ちした。そして馬に跨ると、とうとう自らの兵に刃を向けた。
「逃げるな!」
六尺に余るその刀と怪力は、同時に四人を斬った。しかし、遅かった。
「我こそは別所沓塵が嫡男、別所来沓である! いざ勝負仕らん」
噴き出した溶岩のように、その声は怯える兵を飲み込み義郎の元に届いた。義郎は、まとった毛皮の震えをさえ感じた。戦場でも道場でも、あのような若武者に出会ったことはない。しかし兵を押さえるのに必死だった義郎は、出遅れた。
「我こそは出海浪親! 五明剣が一つにして、上嚙島城が主! 元服もされぬ乳飲み子は下がられよ」
夜目にも振り上げた刀と武者と馬が一体になっているのが分かった。白馬の大腿は緊張し、跨る主人を己の武器ででもあるかのように振り上げている。義郎は國切丸を鞘に収めた。兵も逃げるのを止め、二人の騎馬武者の決闘を見守っている。
二人は弓を引き絞った。それは月の泉に交わされる二杯の盃のようにも見えた。弦は、あたかもそれが本来の姿であるかのように、緊張の極限で静止していた。その解放への欲求が限界を超えるまでの五劫は、刹那に満たなかった。義郎の目は、二本の矢がお互いの心臓目がけて飛び立つのを見た。そして数百人の兵の胸板を突き抜けて、それが空中で衝突、弾ける音が響いた。
どよめきが波紋のように広がった。揺れる水面に棹を差すように、二人の鞘から再び刀が抜かれた。今度は、矢よりも速く二人が衝突した。ぶつかり合う力は虚数の時間を実数に変えて、生まれた光は二人の顔を照らした。
義郎の視力は、燃える二人の眉の一本まで捉えた。そして浪親の氷柱のような瞳が陽炎のように揺れているのを見たとき、全身に鳥肌が立った。その目は、五年前とは全く違っていた。あの時の目は暗く、本当に氷のようだった。自分で打ちのめしていながらも、義郎が視界に入るのを拒んでいるようだった。しかし今、その瞳のゆらぎは紅炎のように来沓を飲み込もうとしている。
二人は引かれ合い、離れ合い、流星群のような剣筋が夜空に舞った。剣撃がぶつかり合う度に、新たな命がそこから生まれた。義郎は二人が自分よりも強いとは決して思わなかったが、圧倒されていた。風も空気も、黙って身を任せている。
二人の命を賭けた野心は激しく燃え上がり、灰さえも焼き尽くす炎は、核融合を始め世界を再び造り替えようとしていた。
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百合の君(54)