秘密の児戯
ふふふ、くすくす。京極正宗と審神者の少年は真昼時の一室で戯れあっていた。
「京極、ここ、くすぐったくないのですか?」
「ええ、残念でしたわね、あるじさま。あるじさまはどうかしら?」
「きゃあ! ふふっ、うふふ、そこダメ……あははっ」
京極正宗の脇腹をこちょこちょと指でくすぐっていた審神者は、同じ力でやり返され、きゃらきゃらと鈴を転がすような声で笑った。くやしいですと審神者は笑い涙を滲ませて言う。京極正宗は審神者から見て、欠点の無いひたすらに美しい存在なのだ。だから、幼い審神者は彼なりに彼の弱点を探していたのだが、それもさらりとかわされてしまっている。別に弱点を見つけて、悪用する気は審神者には無いのだが、自分だけの秘密が欲しかったのだ。
この審神者は、京極正宗のことを好いているのだから。
「うふふ。あるじさまはどこもかしこも弱くて柔らかいですこと」
「あ、ひどいです。京極……えいっ」
「あら」
ぽすんと、審神者が京極正宗の胸元を押すと、彼はなんとも呆気なく畳の上に倒れてしまった。
「あっ、ごめんなさい。京極、……京極?」
京極正宗の切り揃えた黒髪が畳に広がっている。京極正宗は体を投げ出した姿勢のまま、両腕を広げ、その赤い瞳でじっと審神者を見つめた。
「……」
「……、……」
そうだ、刀剣男士が自分なんかの力で倒れるわけがないのだ。京極は、わざと倒れたんだ。と審神者は京極正宗のその姿にごくりと湧いてくる唾を飲んだ。
そして、審神者は京極正宗のその『わざと』に乗ることにした。
両腕を広げる彼に上から覆い被さり、ぎゅっとその細い体を抱きしめた。身長差もそう無いふたり。ぴったりと体がくっついて、しばし時間が流れた。
「あるじさま」
「……何です? 京極」
自然と互いに囁き声になった。それでも、京極正宗は楽しげな声音のまま、審神者の長く伸ばした銀色の髪を撫でる。
「わたくしとあるじさまがこうしているの。皆さまには内緒ですよ」
「……石田や日向にも?」
「ふふっ、あのふたりにはもっとダメです」
「わかりました。僕と京極の……ふたりだけの秘密です。……これ、京極の弱点になりますね?」
「あら、あるじさまはわたくしの弱点を探していたの?」
「う、だってぇ……京極はとっても綺麗で強いから、僕……憧れてて。でも、僕だけの秘密がほしくて、ずっと探していたんです」
「まあ、可愛らしいこと」
「うう。笑わないでください」
「うふふ、ごめんなさいね」
審神者は少しだけ身を起こし、京極正宗の非の打ち所の無い整った顔を見つめた。いたずらっぽく笑う唇は、紅を塗ったかのように赤い。
ちゅ。
くすくす笑いを止めるように、審神者は京極正宗の唇に自身の唇を触れ合わせた。啄むような一瞬のそれには、京極正宗も「あら」と目を見開いた。
「あるじさまったら」
「……これも、皆さんには内緒にしましょうね」
「……ええ、ふたりだけの弱点、内緒のこと。ね、あるじさま。もう一度してくださらない?」
「今度は……京極からしてください」
「まあ。ええ、どうぞ、その可愛らしいお顔をよく見せて」
ふたりはお互いの指でお互いの髪を撫でて弄りながら、触れ合うだけの口付けを何度もした。わずかに荒くなった審神者の呼吸の音だけが、部屋に微かに響いていた。
遠くで小鳥の囀りが聞こえる。まるでからかっているかのように。小鳥も京極も意地が悪い、と審神者は頭の隅で思いながら、唇に触れる柔らかさと甘さ、鼻腔いっぱいに広がる薔薇の香りを、心で抱きしめるのであった。
秘密の児戯