熱視線

熱視線

「ねえ、リオンの中の人変わった?」

 隣に座るキラが不意にリオンを振り返った。

「は? 何?」リオンは首をかしげる。

「リオン、知らないのかよ? 〝中の人〟のこと」

 エイトが小馬鹿にするように笑い、しどろもどろで答えるリオン。
 
「中の人って、アレだろ。公式の、アカウント担当してる中の人」

 向かいに座るアオが「ホントに知らないんだ」と意外そうにつぶやき、スマホをササッと操作してTmitter画面をリオンに向けた。

「これこれ。『ニセモノを見分ける3つの方法』」

 何がおかしいのかキラがキャハハと笑い声をあげ、エイトが「シーッ」と口元に指を立てる。屋上に集まった高校生四人は、本来ならそれぞれの教室で授業を受けている時間だ。リオンはアオから見せられたスマホ画面の文字を目で追った。

『中の人がニセモノかどうかを見分ける3つの方法
 ①突然できたシミまたはホクロが3〜7日で消えた
 ②そのシミまたはホクロが移動していた
 ③そのシミまたはホクロが消えた後に他人を凝視するようになった』

「ニセモノって?」

 リオンにはまだ理解できない。

「中身が別人ってこと。よくあるでしょ。異世界の人間に憑依転生するハナシ。あれみたいなもの。人間が異世界から転生してきた何かに憑依されるの。それを見分ける方法ってこと」

「何それ。流行ってるアニメか何か?」

「ちげーよ。リアルにそういう人間がいるんだってさ。まあ、おれも別に信じちゃいねーけど、今Tmitterでそういうのが出回ってんだよ」

「外見は変わらないし、憑依される前の記憶もある。言動も基本的には変わらないけど、それが全部空々しくて演じてるように見えるんだって。それで、ふと気づくとじっとこっちを見つめてるの。う〜っ、怖ッ」

 空々しいのはアオの身震いだとリオンは思う。

「動くホクロの動画なんていくらでも作れるじゃん。アオがそういうの信じてるなんて意外」

「まさか。フィクションとして楽しんでるだけだよ」

「だろうな」

「はーい!」

 キラが元気よく手をあげ、その手がリオンの肩を掠めた。リオンはたったそれだけで鼓動が早まり、キラの横顔から目をそらす。

「あたしの友だちの先輩のお兄さんのカノジョがニセモノっぽいっんだって。急にじっと見つめてくるようになったんだって!」

 キラの言葉にアオが笑い、一緒になって笑ったキラの金髪のツインテールが揺れた。キラは普段髪を下ろしているが、さっきアオが遊び半分で結ったのだ。露わになったうなじに視線が惹きつけられるのを、リオンは理性で耐えている。

「アオ、なんで笑うの?」

「だって、恋人同士で見つめ合ったらそれは、ねえ」

「恋する乙女のラブラブ光線だ」

 彼女のいないエイトが生真面目な顔で腕組みをして言う。リオンの視界の端でキラが不満げに頬を膨らませた。

「そんな感じじゃないみたいだって先輩が言ってたってあたしの友だちが言ってた」

「キラ。何言ってるかわかんない。
 それより、キラはリオンが自分をじっと見つめてくるから中の人が変わったと思ったんだよね?
 でも、リオンがキラを見てるのなんていつものことじゃん。ラブラブ光線」

「ちょ……ッ。アオ、何言ってんの」

「えっ、リオンってキラのこと好きだったのか? なんでおれに言わないんだよ」

「なんでエイトに言わなきゃいけないんだよっ!」

「あっ、自白した! キラ、リオンが自白したよ」

「えーっ、じゃあ中の人は変わってないってこと?」

 天然ぶりを発揮したキラの反応にアオとエイトが爆笑している。

「おい、キラ。せっかくリオンが告ってるんだからなんとか言ってやれよ」

「リオン、あたしのことが好きなの?」

「え……、あ、……うん。うん、まあ。
 いや、そうじゃなくて。じゃなくて、そうなんだけど、なんでエイトやアオがいるとこでこんな話しなきゃいけないんだよ!」

 リオンが耳まで真っ赤にしてうつむくと、アオとエイトが顔を見合わせて立ち上がった。

「しゃあない。先に行くか、アオ」

「そうだね。じゃあ、うまくいくことを祈ってる」

 屋上に二人きりになったあと、リオンは緊張して自分が何を喋ったかほとんど覚えていないが、キラと付き合うことになった。すっかり舞い上がってしまったリオンは、その日キラのうなじに見つけたホクロのことはすっかり忘れていた。

「そういえば、二人が付き合い始めたのって、先週のこの時間だったよね」

 屋上に集まった四人はいつものようにお菓子をつまみながら他愛ない話をしている。ポテチを口に放り込んだエイトが、「あ〜ぁ」と気の抜けたため息を漏らした。

「おれも彼女作ろうかな」

「作ろうと思って作れるなら、もうできてるんじゃない?」

「うるせえよ、アオ。それにしても、キラ。おまえ中の人変わったんじゃねえか?
 いくら付き合いたてだからってリオンのこと見すぎだろ。なあ、リオン。おれも女子と熱く見つめ合いてぇよ」

 アオが「そんなのフィクションだし」と大袈裟に肩をすくめ、エイトとの掛け合い漫才がヒートアップする。

 キャハハとキラがリオンの耳元で笑った。以前とまったく変わりない光景だったが、リオンの耳に届いたキラの笑い声は妙に空々しい。

 さっきからリオンが考えているのはキラのうなじのホクロのこと。あのホクロはまだそこにあるのか、ないのか。

 キラの肩にかかる金髪が風になびいた瞬間リオンは思わず顔をそむけ、ふと目が合ったアオがどこか気不味そうに視線をそらした。キラはまだリオンを見つめている。

熱視線

※表紙はMicrosoftCopilotによるAI画です。

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ホラー短編連作【それ】シリーズ #11

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • ホラー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-11-19

CC BY-NC
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