連星想-カミの来訪・星のねがいを2
目の前のそっくりさんはカップを手に取ってひと口啜ると、僕に向き直る。その顔の無機質さは星くんに近づいてきたけれど、まだまだだ。緩くなった彼の口元は、なぜか笑いを堪えているようにも見える。でも、次に飛び出した言葉はまさにほんとうの剣のように響いた。
『おまえは星に肉体を与えることを。星人としての生を肯定してくれるか?』
やっぱり、星くんはずるい。目の前にいるのは星くん自身ではないと十二分にわかっていても。その声に、目に希われて僕は首を縦に振らざるを得なかった。
いやそれ以上に、問われたその中身が嬉しかった。星くんと同じ淡白な色合いの声、その内に秘められた剣幕から、きっとこのひとは星人のことを大切に思っていることが伝わってくる。だから父さんではなく、僕に会いにきてくれたのだろうか。
胸のあたりにつっかえていた思いが、僕の身を乗り出させた。このひとを信じてみたい。
「生きるって、すばらしいことだ。それを勝手に奪うなんて酷いと思うんです」
初めて見た星人のことを思い浮かべてみる。透明な硝子窓で隔てられた向こう側の世界で、夜空にいっとう輝く青白いひかり――こいぬ座のα星と同じ瞳を、同じ名前を持つ少女が、まさしく青く燃える炎のようなひかりをもって僕の脳裏に焼きついたままだ。彼女だけではない、いつか望遠鏡越しに見た色とりどりの星を瞳に宿した人々を、僕らは観測した。それもほんの一部で、きっと他にもたくさんの星人がいるのだろう。
僕ははっとした。星人と、星くんは似ているのだ。星くんの瞳を見るといつも、初めて彼を見つけた時のことを思い出す。凍てついた宇宙空間に浮かぶ、赤と青の二つの連星。思い出せば瞼の裏に広がる懐かしくて愛おしい景色は、膨張する宇宙のようにどんどん広がり、星人の瞳も夜空の星になって、夜空の星から星人へと逆行するように連想が巡る。
そこから繋がった想像は、僕にある景色を突きつけてきた。星々の巡りはひかりの線を描き、軌道はやがて円になる。ではその中心は――そう、あの不動の星、こぐま座のα星だ。
耐えられなくなって目を見開いた。星くんの姿をしたひとが、顔の前で指を組んで僕をじいっと見つめていた。続いて溢れ出るように開いたのは僕の口だった。
「僕、きっとずっと忘れられないと思うんです。α星のひかりを奪った時のこと。正直、あまり覚えていないのだけれど、僕がやってしまったことだ。それに、ポラリスのひかりが奪われて、泣いて怒ったひとがいた。それほどまでにα星のことを思って……愛していたひとがいたのに」
息が詰まった。
同じことなのだ。星くんの瞳を見て、彼を初めて見た時の思い出を想起するように。僕はきっとこれから、星人のひかりを奪うたびに彼らの瞳が焼きついて、夜空の星を見るたびに彼らの最期を思い出す。北の果てに輝く不動の星を、僕はもう真っ直ぐに見れそうにもない。
「α星だって、泣きたかったし怒りたいかもしれない。でももう、それすらもできないんだ。僕のせいだ」
鼻の頭が沁みて痛い。でも、目から零れ落ちそうなものをなんとかぐっと堪えて、僕の顔を瞬きひとつせずにまじまじと見ている相手を見つめ返した。そうして我慢していた何とも都合のいい疑問を、縋るように搾り出した。
「ポラリスに。星人にひかりを戻すことはできないのですか?」
連星想-カミの来訪・星のねがいを2