プー子の逆襲

届かなかった手紙

届かなかった手紙

平成10年。半年の入院生活を終え佐久間浩介35歳は明日桜ヶ丘精神病院を退院する。埼玉から実家のある熊本へ転勤でやって来て、統合失調症を再発この病院へ担ぎ込まれ入院となった。短いスポーツ刈りにたくましい身体つき一見病人には見えない肉体病院内のサロンに美咲留美27歳と最後の珈琲を注文する。留美の瞼には屋上に上がる階段で留美にとっては初めてのファーストキス。留美は浩介を止めようとはしなかった。
「私はこの病院から退院する事ない」
浩介は察していたのか、次の言葉を添えることはなかった。留美は流れ出る涙を小さな手で拭った。
「浩介さん。嫌、佐久間浩介さんの夢をもう一度聞かせて」
浩介は自信満々の笑みを浮かべながら喋り出した。
「東京に帰ったら昔の親友である東京理科大学を卒業して今はインターネットを使った仕事を模索している友達。俺もパソコンは得意でね。彼とビジネスをやろうかなあとね」
すると留美は尋ねた。
「画家になるのは辞めたの」
「絵の才能はないから諦めた。うんとお金を稼いでピカソの絵でも落札するかな」
「もひとつ聞かせて、どうして統合失調症になったの」
「大都会に呑まれたのかな」
留美は東京が何処にあるのかなと留美の頭では日本地図が把握出来ないが日本の大都市と言うのは理解できた。
「留美はパープリンだからね」
「そこが留美ちゃんの魅力かな」
「いつか俺、留美ちゃんを迎えに来るかもね」
留美は満身の笑みをこぼして
「きっとよ。忘れると承知しないからね」
熊本県の小さな街の桜ヶ丘精神病院。佐久間浩介35歳は半年の入院生活を終え。退院の日を迎えた。朝起きると美咲留美27歳のベットの棚に大きなリボンに身を包んだ箱が置いてある。留美の目元には昨晩から眠れずに涙で目が真っ赤になっていた。箱には佐久間浩介から留美ちゃんへと書いてあり、中には留美ちゃんの好きなクィーンの音楽CDが入っていてそして一枚の添え書きの紙。
「俺は東京に行く。退院したら遊びにおいで留美ちゃんが作った皮工芸の財布はありがとう」
留美が添え書きの紙を覗いていると、看護士の佐藤さんがやって来た。留美は佐藤さんとは大の仲良しだ。それに比べて新見キネコ看護士50は最悪の看護士。食後の精神薬の服用を拒否すると。
「飲まんと保護室にぶち込むよ」
留美は保護室は怖かった。何人もの患者が首を吊り死んでいる。三畳の便器がひとつある部屋。壁には血の跡がこびりついていて一度うんこをすると4時間は流されなくて悪臭が漂う。看護士は監視カメラを事務所で覗いていて女性にとってはこの世の地獄である。
留美は生活保護の申請が7年目にやっと決まった。片親の父親が拒否するおかげで認可が下りない。時だけが経った。留美は15時のおやつの時間が嫌いだ。お金のない留美は皆んなが食べてるお菓子を横目で羨ましそうに眺める日が続いていく、留美が生活保護が申請できたのは佐藤さんが親戚に何度もお願いしての認可である。しかし生活保護が降りても7年間の入院費の返還がつづく。留美は浩介との半年の出来事が嘘のようだ。留美の友達は次々と死んでいった。。
留美は退院したい。それにはお父さんの存在が必要である。留美は外出の度にお父さんを探した。留美は一度病院からの脱出を計画する。留美はその日。看護士がいない時間に必死にタオルをかき集めてひとつずつ繋いだ。そして実行の日に二階の事務所の詰所の窓からタオルを垂らし外へ出た。外へ出た留美は国道に出ると運良くタクシーがやって来た。すぐさま止めて自分の家に戻る。家は親父が帰って来た様子もなく部屋の中は荒れている。留美は疲れたのかそのまま深い眠りについた。翌日眼が覚めるとドアを叩く音がする。やって来たのは看護士が五人。抵抗する留美をみんなで取り押さえ、そしてビンタを何発もくらい、骨が折れる寸前にまで何度も足蹴りをされる。この後遺症で今も留美は歩く時にビッコを引く状態だ。病院に戻ると保護室にぶち込まれ、今度は一週間も監禁された。
「留美は何も悪い事はしていない。なのに何故。こんな留美は看護士さんの奴隷なの」留美は一週間涙が止まらなかった。
浩介がいなくなり1ヶ月が過ぎようとしている。留美はぼんやりと窓の外を眺める日が続く。2病棟。女性の閉鎖病棟である。朝ご飯を食べて検診が終わると1病棟の男性らとの壁が解放される。留美はこの9時から閉鎖される16時の間に浩介とのアバンチュールを楽しんだ。久し振りに小さな運動場に出ると患者らは思い思いに外の空気を吸っている。
「留美ちゃん。音楽聴く」
やって来たのは太刀山守35歳だ。運動場にクィーンの音楽が流れる。この自由な時間に女性陣らは思っいきり外の空気を吸う。男性陣の大半はニコチン中毒で精神科に入院すると煙草を吸う人達はパイプを購入する。煙草を根っこまで吸うのと、年老いた人達や長年入院してる人達は、マンゴロ。人の吸った煙草の破片をパイプに突っ込み煙草の根っこまで吸う。男性陣の親指はヤニで黄色に肌が変色してさらに酷くなると真っ黒に変形する。太刀山守は煙草を吸わないが、一日一箱煙草を注文する。煙草一本でジュースやお菓子と物々交換をする為である。女性病連に行くと、煙草を吸わない代わりに盗人が出現する。毎日。「あたしのお菓子を返せと争いが絶えない」
昔の精神病院は大畳の部屋に何十人とぶち込まれ就寝の布団の場所取りで喧嘩が勃発し部屋にひとつあるテレビのチャンネル争いが始まる。喧嘩はどちらか悪い方嫌、権力のないものが反省として保護室に入る運命で三日は出てこない。精神科の入院病棟は喧嘩で始まり喧嘩で終わる。留美はこの日見てはいけないものを見た。太刀山守と足立啓介60が、誰もいないのをよそに男同士抱き合っていた。留美はサッサと姿を消す。
「太刀山さん」留美は太刀山守を捕まえた。
守はもうこの精神病院に20年間入院している。
「留美ちゃんお父さんは見つかったかい」留美は首を横に振った。
「それより見たわよ」
「足立さんと」
守は苦笑いをしながら言葉を続けた。
「看護師の福田さん」
「あの唇の分厚い」
「若い患者を捕まえては男の唇を奪ってるぞ」
「そんなに男同士はいいの」
「この狭い世界じゃ男女の差なんてないよ」
留美は異性同士でトイレの中でお盛んな環境よりましかなあと思った。
「昔は知ってるね騒ぐ男の患者はおとなしくさせるために詰所で下半身をあらわにさせられて一発二発抜いてくれる。それも看護婦だぞ」
留美はそんな世界から早く脱したかった。
今日は1ヶ月に一度の診察の日である。留美は高田先生であった。高田先生は自分自身も統合失調症を患っている。
いつもベットに来て患者の人達と将棋を打つ。
「外出させて下さい」
高田はいいよと返事をする。
留美は友達の美鈴さんのアパートを訪ねるつもりだ。
美鈴のアパートは市内にあり高田先生から詳しく地図を描いてもらいバスへの乗り方が理解できないので1時間かけて徒歩で歩いてたどり着く。
「ここか」
家賃二万円の木造のアパートだ。美鈴の部屋は二階である。その隣の部屋の表札を見て驚いた。美咲正一。お父さんの名前である。その扉を叩いて出て来たのはお父さんである。
お父さんは留美を見捨てた訳ではなかった。ただ女性の元へ走った。中へ入ると愛人と見られる女性がお茶を入れた。
「病院から出してお父さんはひとつ返事で承諾した」
留美は入院してから7年間行方不明のお父さんを外出の度に探し歩いていた。留美に奇跡が起こり留美の執念が実った。その後。お父さんのはからいで院外に隣接するグループホームへと移り住む事になる。この日から10年と言う歳月が経った。平成20年。留美はグループホームから抜け出す事はなかった。もう37歳である。社会的入院17年。
「男子病連に新入りが来たよ」
「若い子」
「中年よ」
金田徹50歳留美が挨拶をすると年齢に似合わない声で「おはよう」留美はお父さんを見た感じがして嬉しくなった。
「留美さんはもう長く入院してるのかい」
「もう17年です」
「金田さんは」
「発病したのは20歳の頃で幾度と入退院を繰り返してこの歳になったよ」
「仕事は」
「事務。一筋さ」
「カッコいい」
留美の言葉に照れる徹である。
「奥さんは」
「五年前に病気で亡くなった」
「がん」
「そんなところかな」
「どうして又入院して来たの。再発???」
「人生にくたびれて精神科に任意入院。3ヶ月位のんびりしようかとね」
「留美さんは酷く手首が揺れて震えてるね」
「精神薬の副作用。先生に言っても上の空。精神科なんていいかげんな世界よ」
「精神科医なんて信用したらいかん」
「昨日も知り合いがやっと退院出来たのに翌日に橋の上から飛び降りて自殺したよ」
徹が留美の手の震えを止めようと手首を掴んだが捕まえた腕にも逆らってなお震えは止まらないでいる
「精神病院は頭がいいものが勝ちさ。留美さんも病気の知識を磨かんといかん今1番やりたい事はあるかい」
留美はまんべんの笑みを浮かべた。
「グループホームからの脱出。ホームなんて寝る所が院外で生活するのは精神病院だよ」
そこへ佐藤看護師さんがやって来た。留美さんと声をかけてくる
「事務所を掃除してたら留美さん宛てのハガキが出て来たの」
「ハガキ。何処にあったの」
「先日。病院を退職した新見キネコの机の引き出し」
それは佐久間浩介が退院した年に精神病院の美咲留美宛てに届いている年賀状である。
住所は東京都のマンションになっている。しかしこの手紙が届いてからもう10年の歳月が流れていた。

小さな希望

小さな希望?

精神病院にはケースワーカーなるものがいる。留美は桜ヶ丘精神病院のケースワーカーの元へやって来た。
「私グループーホームから出たい。街に出てアパート借りて普通に生活する」
しかしワーカーは話をそらすだけである。挙げ句の果てにこの一言は留美を傷つけた。
「グループーホームは天国でしょ、あなた此処を出てひとりで生活できる。死が待ってるでしょ、
グループーホーム。此処での暮らしは天国なのだろうか、朝から晩まで職員に監視され友達がホームに遊びに来て部屋に入るのも禁物。ましてや異性との関係は禁句である。
留美はお父さんを探すのも生活保護になったのも一応退院と言う名目もやり遂げた。次は、シャバでの普通の暮らしである。高田精神科医はもうこの世には存在しない。自ら統合失調症でもあった彼は自殺した。留美は女性の寺本精神科医が主治医相談するも「ワーカーさんに相談しなさい」グループーホームには五人が暮らしている。奇声を上げる人、テレビの音量を大きく鳴らす人。度々、救急車に搬送される人。留美は嫌でたまらなかった。
留美の保護者である。父親との相談。父は女性の元へ走りパチンコに飽けくれている。それでも強引に病院に連れて来て話し合いの段取りとなる。個室にはワーカー,看護士、精神科医を交えての懇談となり話し合いが行われた。。留美は泣いた。涙が止まらない。
父は「留美を宜しくお願いします」と帰って行く。するとワーカーの今井がやって来て「あんまり、しつこく。言ってると病院にぶち込むわよ」
金田徹と出逢ってから3ヶ月が経とうとしていた。徹は老いた両親のいる市内の実家に帰るつもりだ。留美はグループホームから単独での外出、外泊はご法度である。保護者に身寄りのない留美には縁のない行動だ。留美は退院の準備をしている徹のいる部屋にやって来た。
「徹さん。私と結婚したら、留美は出れるよ」
「結婚。それは出来ないな」
すると、留美はこう答えた。
「形だけよ。そう言う口実だと私は出れる協力して」
留美はその場で徹の手を握る。ケースワーカーのいる事務所へ引っ張っていった。
出て来たのは美咲の担当の今井であった。
「あっそう。結婚するの。まあ勝手にしてね病院や私らは何も協力はしません」
これが精神医療の現実である。決して精神医療にたずさわっている人達は自ら親身に協力しようとはしない。また白黒を付ける判断は決してやらない。留美はそんな精神医療に感謝した。
しかし困難が待ち構えていた。留美は生活保護である。市役所の窓口である。
2人は役所の窓口に行き福祉課を訪ねた。するとグループーホームからの移転には理由がいるそうである。そして役所が判断を下す。留美は咄嗟に閃いた。
「私には幼い頃に別れたお母さんが熊本市内にいる」しかしお母さんが市内の何処で暮らしてるのか留美は知らない。留美は五年前に知り合う足立啓介55歳。その日留美は市内にある高橋稲荷神社に来ていた。ひとりでバスに乗ってすると1人の中年に出逢った。中年は生きる希望もなく自殺を考えていたらしい。話を聞き留美は足立啓介の自殺願望を止めた。この日は留美も生きる希望がなく悩んでいた。留美は早々に足立に電話をした。明日。会う。約束をする。足立啓介に事情を説明する留美。啓介は親父さんの住民票を当たる事にした。留美のお母さんは長崎市に移転している。早々啓介は留美を連れて長崎の市役所を目指す。留美はパチンコきちがいの父親。もしもお母さんが引き取っていたら留美の人生も変わったかもしれない。留美はパチンコに狂い女に走る父親の存在があるが恨んではいなかった。しかし食べる物の生活費もままならない、留美はその日飢えに苦しみ精神科の門を叩く。力尽きた留美は外来の玄関にそのまま倒れた。これが精神科との出逢いである。その後精神薬を服用され回復するはずがだんだん精神薬に犯され心を病んでしまった。そして17年の月日が経つ。車の中で走馬灯のように頭を駆け巡る。2人は長崎からふたたび熊本の地へ移転している母の行方を追い場所を突き止める。団地のドアを開けると眉毛の形がそっくりの娘らしき女性が出てきた。奥にいるお母さんに目がいく実に30年ぶりの再会だ。ひとりぼっちだった留美には妹が3人に、孫までいる。留美はお菓子を買いにコンビニ行く。帰って来た留美は驚いた。足立啓介とお母さんが口論になっている。お母さんはドアをバタンと閉めた。何があったのか帰る車の中で留美は涙が止まらない。しかし一言啓介に「ありがとう。お母さんに会えただけでも嬉しいわ」
留美ちゃん。金田徹が退院の日を迎えた。徹は留美を捕まえて「金貸して」留美は突然の徹の言葉に「ノー」と返事をした。徹は本当は働いた経験がない留美はそのことを知り少し幻滅した。そして言葉を返した。
「ちんちん野郎かい」
徹は留美の言葉にあたふためいたが留美は病院に存在する患者が仕事する元気がないのに、ちんちんだけは元気がいい人間の集まりだと言う価値観を抱いている。金田徹もその1人かと。そして「お母さんに会わせてくれないの」徹には荷が重い。シャバにも出れない状態なのに段取りができるはずはなかった。それに母親はドアを閉めて消えていったと聞いている。そして言葉を続けた。
「今月の生活費を貸してくれ」
「返せる当てはあるの」
徹には生活保護を申請しようとは考えてもいない。
留美は一言。
「さようなら、徹さん。金田徹さん」
翌日金田徹は帰らぬ人となった。自宅の風呂場で首を吊った。留美は涙をこぼしたがそれ以上の涙を流す事はなかった。今度は足立啓介がやって来た。
「お母さんを探したんだ報酬は貰うよ」
「なんで」
留美はお金を払うとは言ってない。
「ちんぽ。切るよ」
性格の強い留美に啓介はそれ以上の言葉を吐けない。1ヶ月が過ぎ久し振りに留美に会った啓介はこう言葉を告げた」
「お金は払うから消費者金融から借りてくれ」
留美はそんなにお金に困ってるのかとひとつ返事をした。
「いいわよ」
留美は消費者金融なるものはあまり理解してなかった。翌日留美の通帳に30万が振り込まれる。そして啓介はそのお金を懐に入れる。次の日ようやく留美は消費者金融の存在がなんとなく理解でき、トイチと言う言葉が頭をよぎる。トイチで利息を払うなんてとんでもない。留美はすぐさまワーカーに相談した。足立啓介もこの病院の患者である。ワーカーに呼ばれた啓介は「留美さんに返しなさい」
留美は縛りがとれ啓介は障害年金から返済する事に一件落着する。
「やあ」
留美が振り向くとそこに立っているのは拓哉である。
「どうしたの」
「再発してしまった」
留美はまた会えるなんて想像もしてなかった。
拓哉は未だに手の震えが止まっていない手を見て大声で笑った。
「その貧乏ゆすりの手止まらないの」
「拓哉さん止めて」
留美は拓哉にはちんちんをあげてもいいと思っている。しかしちんちんを口にする事はなかった。
今日は診察に来たらしい。
「倒れたの再発したの」
「いや職場で過労で倒れて危うかったが危機一髪で入院はしなかった」
「留美ちゃん退職手続きでまた東京に行くからまたゆっくり話そう」
「うん。きっとだよ」
留美から数メートルの所にいる足立啓介の姿が気になっていた。
何か留美を見てブツブツと唱えてる。
「留美ちゃん。知り合いかい」
「ちんちん野郎だよ」
「そういやあいかわらず病院のトイレで中絶する人が多いの」
「病院にはプレイボーイな男が多いからね。賑やかでお祭りだよ」

シャバ

シャバ

拓哉ももう45歳になっていた。実家では愛車のマーク2の助手席に母のチヨ60が乗っている。これから埼玉まで高速の旅である。退職した埼玉にある会社だ。母親と2人の旅行はこれで3度目である。1度目は20歳の頃。東京で統合失調症を発症して田舎に戻る時に東京見物をした。そして2度目の再発は名古屋の岡崎市で名古屋から大阪まで親父の運転する車トヨタカリーナでドライブ旅行。今回の再発の源は2年前の失恋だった。会社の女性に告白したがあっさりプッツンされる。その後遺症に悩まされた2年後にとうとう精神的に限界が来た。やがて正月休みと言う事で二週間前に有給休暇をとり1ヶ月田舎で休養したがそのまま自己都合で退職した。しかし理由は統合失調症の再発。埼玉に戻った拓哉はその日退職願を課長に提出して翌日から「ドタキャン」して仕事を放棄した。マーク2は広島の宮島を通過だ。アタマに宮島の思い出が頭をかすめる。会社の上司と出張で広島に行った時の帰りの高速道での出来事。突然「今、宮島の鳥居の上から人がふわっと出て来ただろうあれは神様だ」
その後意味不明な事を熊本へ帰るまで車の中でその上司は喋り続けた。表面的には異常に見えなかったが本当はこの人も統合失調症の一種なのかなあとこんな人達は一杯いて精神科と縁のある人はほんのひと握りなのかもしれない。
部長と出かけた時はこの宮島通過中に仕事の事で口喧嘩になりおまえ降りれと高速道を走行中にどなられたなあ。埼玉に着いた。その足で会社へ。幸いに同僚や上司には察する事もなく挨拶する事もなく退職手続きを終える。帰りは観光して岡山で一泊し熊本に辿り着いた。充分休養したおかげで体調が良く元気だ。車の運転も支障なく、病気統合失調症が出現するともう働ける状態ではない。頭の中は異次元の世界にいる。人に危害を加えた事はないがとにかく被害妄想が強烈に酷く現実の世界がわからなくなる。
しかしこの時はまだ精神障害者の認定を受けてはいなかった。発病から23年の年月が過ぎていた。1ヶ月が過ぎ診察に桜ヶ丘精神病院にやって来た。外来で順番を待っていると駆け足で留美が拓哉の前に現れた。
「東京でインターネットビジネスやるんじゃなかったの」
苦笑いした。
「人生は波乱あり苦難あり。予定通りの人生にはならないさ」
すると留美が突然。
「シャバで生活したい。もうこんな生活限界結婚して」
しかし拓哉は横に首を振った。今は仕事もしてないし貯金もないし出来るわけがない。だけど留美をグループホームから救いたい気持ちはある。
「お母さんを探したの」
「じゃそこに行けば」
「場所を忘れた」
留美は超が付くほどの方向音痴。17年も社会的入院。それも頷ける。
「お父さんは」
「音信不通。何処にいるのやら」
留美はもう徹はいない。頼るのは拓哉である。
「ワーカーさんには亡くなった金田徹さんと結婚するって言ってあるの。そしたら返事は勝手にしなさいと」
浩介は何の為にいる福祉関係者かと思ったがそれ以上は考えなかった。
「市役所には誰と結婚するとか言ってない。この街を出るのは自由だって」
「出てどうやって生活するの」
「生活保護」
2人はとにかく熊本市の市役所へ相談に行く事にした。
「生活保護の申請は出来ますよ。しかし熊本市の住民で現在住んでないといけません」
咄嗟に閃き留美を連れて熊本市内にある不動産屋に電話した。
しかし、移転してない身では話にもならない。車を動かし走行してると一軒の不動産屋の看板がある。
「ごめんください」
出て来たのは頭が禿げてる60を過ぎた初老風の男性である。事情を説明した。
「生活保護は問題ありません。障害でも問題はありません。しかし熊本市で生活保護を受けてないと収入の保証がありませんから役所でまず手続きしてからちなみにどのような障害ですか」咄嗟に留美の口から
「内臓の障害です」
不動産屋の人はそれ以上は聞いてこなかったのは幸いした。精神障害者なんて言ったら話にもならん事は充分、察知していた。市役所に戻ると今度は「現在熊本市にアパートがあり住んでないと契約出来ませんし。生活保護の申請は出来ません」
ドクドク次の手を考える。とにかくまた不動産屋に戻る。
「生活保護は出ます。だから契約して下さい」
すると不動産屋の人は
「わかりました。いいでしょう」
生活保護から出る、敷金、礼金は後払いで承知してくれめでたく留美は熊本市への転入が決まった。これまで狭い狭い世界しか知らない留美がついに憧れの熊本市内に住める事になり引越しの準備が始まった。引越しと言っても軽自動車に詰め込める荷物である。桜ヶ丘精神病院。ここで暮らす人達は病院の中で友達が生まれ病院の中で恋愛したり年に数回の熊本市内への買い物や旅行も病院から仕事をやるにも病院内の喫茶店や病院で出される洗濯。地球は大きな宇宙の中の小さな存在。それから見れば素粒子の世界である。職員は引越しの手伝いもやろうとはしない。心の中ではまた精神病院にいずれ戻るとでも思っているのだろうか。精神医療で働く人達は精神障害者がいるからマンマが食えるのだ。精神障害者の為に働く義務があるのだ。精神障害者がこぞってストライキを起こしたら生活が脅かされてローンも払えずマンマも食えないのだぞ。
いつの頃からか精神病院では患者にたいして様と患者を様で呼ぶようになる。
精神科医なんてほとんどがヤブ医者だ。1分もしない診察で精神薬を調合し服用させる。お前は神様かと言いたくなるそんな事を口にするとやれ入院だ隔離室だ。
「お前らは、患者あっての職員だぞ」
留美は精神薬に犯され副作用に副作用に重なり身体は精神薬でボロボロ。精神病院もこの田舎町から市内の近代的な病院に転移が決まった。
「ラーメンが食べたい」
留美はラーメンが大好きである。病院のラーメンの味しかしらない。寿司も素人が作った寿司である。留美は車に乗り込み桜ヶ丘精神病院に「さよなら」と手を振った。新しく通院する立山精神病院。まだ立て直しをしたばかりで綺麗な建物だった。浩介はこれまで五つの精神病院を渡り歩いた中では設備はピカイチである。建物の良し悪しは精神病院のランクに比例するようにも思う。やはりそれなりに金が掛かってる病院には優秀な精神科医が多いものである。最近はやたら2年おきに病院をまるで会社の転勤のように渡り歩かせるのが方針と聞いた事もある。患者にとってはたまったものではない。精神科医あっての精神病院が理想であるが現実は患者あっての精神病院である。留美も最近は調子がいいみたいである。浩介は留美をショッピングモールに連れ出した。大きなショッピングモールに行くのは留美は産まれて初めて。ワクワクしていた。映画が好きでいつもテレビで映画を見ている。留美はこの日をきっかけに自分で熊本駅から電車に乗ってショッピングモールに映画を観に行くようになる。
しかし方向音痴は相変わらずである。身体に紐でも付けてないと浩介は不安で仕方ない。ちょっと車からトイレに行くと出かけたっきり二時間は帰ってこない。広いモールで迷子になっているのだ。偶然にも見つけたから良かったものである。留美は繁華街の下通、上通りにも自分で行く。またアパートにも自力で帰れる。
毎日のように電話で呼ばれ実家から車で一時間を往復する毎日だ。病院もワーカーさんや市の民生委員さんが週に一度伺う。留美は阿蘇の高森。大観峰。とあっちこっちに出掛けた。もちろん拓哉とだが。こんな日が3ヶ月は続く。安定した留美を見ていると励ましになり仕事を探そうかと身をしきしめる。そんな日が半年程続いた。
ある日の事。留美の様子が何かおかしい。シャバに慣れてきたのか時折自分の要求が拒否されるとかんしゃくを起こすようになる。元来気性の激しい性格がたまに出る傾向ではある。その日。車の中で結婚とかの話題になった。
「もしも、子供が出来たらどうする」
留美の問いに拓哉は
「こんな身体だから中絶だろ」
すると留美の顔の表情が見る見る化け物のように変わっていく。
突然。車の中で喚きだした。そして車のアクセサリーを叩き引きちぎる。ついに買ったばかりの車のナビをめちゃくちゃに壊した。
この時。拓哉は心の中では。
「じっと耐えないと、俺が怒ると留美はふたたび精神病院にぶち込まれる。それだけは阻止しなければ」
二時間は罵声が飛ぶ。
おとなしくなった。留美は
「ごめんね、中絶とか言うものだから、子供の命は大切だからね」
この日を境に留美は時折機嫌が悪くなる事がしばしば続いた。そして一年が過ぎようとしていた。

消息を断つ

留美ちゃんはバスに乗り継いで40分の病院までも一人で行けるようになる。街中で複雑な迷路の道なのに大好きなパチンコ屋さんにも一人で行く。しかし留美ちゃんは話せる友達はひとりである。元来人見知りも強く自分から話しかける事は滅多にない。2度目の春を迎えようとしてる。深夜に突然携帯のベルが鳴り響く、画面を見ると留美からである。受話器を取るといきなりせわしい声が聞こえてきた。
「留美臭い」
意味不明の言葉に動揺した。返事は臭いばかりである。そして通話が途切れる。翌日アパートを尋ねると留美はひとりでいた。存在を確認するとチャイムの音が鳴る。誰かとドアを開けると大家である。
「昨日。深夜に隣の部屋をノックしたそうで気味が悪いという通報でやってきました。大家は言葉を続けた。
「もしかして精神障害のある方」
すると後ろにいた留美は奥の方に隠れる。突然の言葉にいいえと答えたが。幸いにそれ以上の言葉は大家からは返ってこないホッと胸をなでおろした。ドアを閉め昨日の出来事を留美から問い詰めると。
「警察が来て留美のお金十万を奪っていった」
留美の様子がおかしいのに気付くがそれ以上は追求しなくアパートを後にする。
3日が経ち電話もないので一件落着かなあと思ったのがいけなかった。翌日留美のアパートを尋ねると鍵が掛かって留守である。パチンコでも行ったかなあと思い帰る事にした。しかし心配になって翌日もアパートを尋ねるが鍵が掛かって留守である。1週間尋ねるが留守、留守である。嫌な予感が脳裏をかすめる。
「亡くなったのかなあ」浩介は諦めて帰り自分の中にもう留美はこの世にいないのかなあと。留美の安否を心配するのは警察に届けると言う行為は頭に描く事が出来ずにそのまま放置した。帰りにパチンコ屋に行くと大勝ちした。天国から留美がプレゼントしたのかなあと言う事を考えるだけでその場をあとにした。1ヶ月後またアパートを尋ねるが鍵がかかり留守である。
一年後に瑠美から電話が鳴った。精神病院にぶち込められていました」これからも、宜しくね。

ここまで読んでくれてありがとうございました。

プー子の逆襲

プー子の逆襲

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-05-03

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著作権法内での利用のみを許可します。

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  1. 届かなかった手紙
  2. 小さな希望
  3. シャバ