「帰れずの身」

 弱りきって寝つかれずに
 体ばかりが未熟のまま
 耳ばかりが冴えている
 憎む声
 恨む声
 怒る声
 愚知る声
 罵る声
 夢の中にしか居ないからと
 笑って私を憎む声は
 死体を語る方がまだ優しい
 恐ろしくて
 まばたきも出来ないで
 両手で口を覆って
 震える手で押さえ込んで
 悲鳴をあげそうな咽に
 なんとか泪を流し込ませた
 どうすれば殺されずに済む?
 そればかりを考えた
 だけれどすっかり恐れに弱って
 もう今ではあの川のことばかり思ってる
 雪枯れぬ町荘厳な女山(めやま)
 うつくしい川古い木の橋
 三味線と鼓と赤提灯
 それにも劣らぬ緋の長襦袢
 生きてるうちに逢えぬなら
 いっそあなたが連れて逃げてください
 もう望みは持てぬから
 いつかのやうに背中にくくって連れて帰って

「帰れずの身」

「帰れずの身」

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-04-22

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted