「おいてきぼり」
いとし君の濡れし髪
ここは何処か?水底か
かつての都が沈む湖
いとし君のうつくし睫毛
白き頬の泣痕は枯れず
長し睫毛ばかりが固く閉ざされて
いとし君のつめたき唇
いつぞやの神の縁日たそがれ提灯
苦しき日暮れの夕傾きを
空に溶けそうな背中に負って
脆いうすい硝子の輪郭押さえ込み
あまい林檎あめの端をくわえた
赤い唇は色あせず
つめたき唇つめたき頬
涙が咲かすは死人花
いとし君は水の底
鏡の向う 水の底
君の姿を見つむれど
この指は君の体に触れぬまま
ただ臆病に生に縋りて
いとし君を抱けぬまま
別れの口づけも贈れぬまま
この身は浮力に従いて
君を過去に沈めたまま
この身は浮力に従いて
この身は浮力を憎み嘆いて
君の末期のゆびさきを
繋ぐさえも叶わずに
「おいてきぼり」