(短編2024~)TOKIの世界譚 龍神編③「ツイン ミステリアス ドラゴン」
竜宮へ
寒い寒い一月、雪は降っていない。リュックのような亀の甲羅を背負った、着物姿の謎の少女は友達に会いに行くため、スキップしながら道を歩いていた。
「デストロイヤーは冬眠してるかなー?」
少女はしっかり整備された歩道の坂道を楽しそうにのぼっていく。なにやらすごい名前の友がいるようだ。
のぼった先に古民家があった。
隣は普通の一軒家だが、異色な古いおうちだ。庭も広い。
庭の先に稲荷神社の社がなぜかあった。
「こんばんちは~!」
夕方に近かったので変な挨拶をしながら、古民家の中へ入っていく。古民家の玄関に大きな水槽があり、そこにうんきゅう(イシガメとクサガメのハーフ)が楽しそうに泳いでいた。
今は冬なので外にいたら冬眠しそうだと家主が家の中で飼ってるらしい。
「ですとろいや~、げ~んき?」
少女は顔を出したカメをつつき、笑う。
カメはじっと少女を見ていた。
「あ~、まだ冬だからご飯食べないよね! 差し入れ持ってきたから春になったらどうぞ!」
少女は小エビが入った袋をカメに見せ、水槽横に置いた。
「ん?」
ふと、赤髪の青年がこちらに気付き、廊下を歩いてきた。
「ああ、おはぎちゃんか。ニホンイシガメの……飼い主がおはぎみたいだと言ったんだろ?」
「あー、紅雷王(こうらいおう)、デストロイヤーに会いに来たよ」
赤い髪の青年、紅雷王は千年生きている元皇族である。
彼は未来を守る時神未来神でもあった。
そしてこのカメ、デストロイヤーの飼い主である。
「デストロイヤー、喜ぶぜ。そういやあ、あんた、竜宮の使いではないのか?」
「龍神がいる高天原の娯楽施設竜宮? いやいや、私はカメの神様だから、龍神の使いじゃないよ。長寿を願う神社のマスコット神……というか……」
カメの神、おはぎは紅雷王にはにかんだ。
高天原南にある娯楽施設、竜宮には行ってみたくはある。
しかし、おはぎはまだ、高天原に入れる神格がない。
「まあ、君みたいな時神トップになるような神じゃないよ。小エビが好きなただのニホンイシガメでもあるし」
おはぎは頭をかいた。
「ああ、あんた、ちょっと相談、いいか?」
紅雷王は部屋の中をうかがいながらおはぎに尋ねてきた。
「え? ものによるー」
「中に龍神と歴史神がいるんだよ……。竜宮で調べたいことがあるらしく……」
「え? あたし、関係ある? 竜宮の使いのカメじゃないんだってば」
おはぎは嫌な顔をしたが、紅雷王は顔を近づけてきた。
「あのな、潜入調査をしたいらしい」
「潜入調査!? ムリムリ、帰るわ」
「まあ、あんたは竜宮の使いだと言えば簡単に従業員スペースにまで入れると思う。とりあえず、来てくれ」
おはぎは紅雷王に連れられて、仕方なく部屋に入った。
「なんで私が? 君ね、私は竜宮にあまり帰らない龍神なの」
部屋に入って早々、おはぎと同じように否定している少女がいた。麦わら帽子にピンクのシャツ、オレンジのスカートを履いた少女だ。この少女が龍神らしい。
その少女の前に、奈良時代あたりの着物を着ている幼女が頭を下げている。
「お願いじゃ! ワシのパァパが歴史を見たがらないわけを竜宮で解明したいのじゃ! ワシのパァパは龍神、龍神なのに竜宮に帰らぬ。竜宮の過去を映す建物ということが気に入らぬらしいのじゃ! ヤモリ、調べてほしいのじゃ!」
古風な話し方な幼女は麦わら帽子の少女をヤモリと呼んだ。
「ヒメちゃん、君のお父さんは高天原南の竜宮所属じゃなくて、東のワイズ軍だよ。オモイカネの軍。んー、でも確かに不思議だね。なんで娘のヒメちゃんに龍神の血が流れてなくて、歴史神なんだろう。しかもヒメちゃんは高天原西の剣王軍だし」
「じゃろ? ヒメちゃんも不思議なんじゃよー。この際、解明しようかなと。歴史神だしの。パァパはおそらく、竜宮にも顔をだしておる。竜宮のオーナー、アマツヒコネがパァパを拒んでおらんから、竜宮は怪しい」
古風な話し方をする幼女はヒメちゃんと言うらしい。ヒメちゃんは腰に手を当てると胸を張った。
「竜宮が怪しいのじゃ!」
「まあ、たしかに……知らないけど」
ヤモリが部屋に入ってきたおはぎに目を向ける。
「えー、もしかして、君、竜宮の使い? どうも」
「あ、違いますー。カメではありますが」
「違うの? まあ、いいや。どうもー」
「あ、どうも……」
ゆるい挨拶をかわし、おはぎはてきとうにあいてる場所に座布団を敷いて座った。
「で、あの……紅雷王から……」
おはぎが恐る恐る言うと、ヒメちゃんが嬉しそうに手を握ってきた。
「わあい! 協力者じゃあ!」
「え、いや、えっと……はい」
ヒメちゃんに流され、よくわからないまま、おはぎは返事をしてしまった。
「ではの、ヤモリと共に竜宮の使いカメとして竜宮の潜入を……」
「え? あの……私はデストロイヤーに会いに来ただけ……。そもそもなんで時神の屋敷に歴史神と竜神が集まったの?」
「ああ、ここには時神過去神(ときがみかこしん)がいるんだってさ。過去を写し出す建物でもある竜宮でてっとり早く過去が見れるんじゃないかなって、そこの歴史神が」
ヤモリが横目でヒメちゃんを見る。
「そうなんじゃ! たぶん、過去神栄次も一緒に調査してくれるはず! 優しいからのぅ~」
「は、はあ……」
ヒメちゃんは楽しそうに言い、おはぎはひきつった笑みを浮かべる。
「で、ここで何してるのかっていうと、栄次がおうちに帰って来るのを待ってるんだってさ」
ヤモリがあきれた顔でおはぎを見た。
「えいじ……」
「オーイ、栄次、帰ってきたぞ」
部屋の外から紅雷王の声がし、すぐにサムライ姿の鋭い目の青年が部屋に入ってきた。
顔は戸惑っている。
おそらく、おはぎと同じように突然部屋に連れて来られたのだろう。
「ああ、栄次! 実は~」
ヒメちゃんが何やら先程と同じような説明をし、栄次と呼ばれた青年はおはぎ同様戸惑いの表情を浮かべていた。
「だよね~……」
おはぎは小さくつぶやいておいた。
だが、なんだかんだで話は竜宮へ行くという話にまとまっていた。
「じゃ、おはぎちゃん、栄次とヤモリ連れて竜宮に潜入してくるのじゃ!」
ヒメちゃんに言われ、おはぎは目を見開いた。
「ちょ……行くって言ってない! ヒメちゃんは行かないの?」
「ワシはパァパに見つかりとうないし、ワシが竜宮うろついていたらおかしいじゃろ? 用もないのに、ひとりで遊園地……怪しいじゃろ!」
「竜宮って遊園地なんだ……。私、そこからなんだけど……。じゃあ、過去神の栄次も関係ないんじゃ……」
おはぎが頭をかきつつ、サムライの青年に目を向ける。
「栄次は強い! 故、怪しまれぬ!」
「なに? どういうことなの?」
おはぎが焦りつつ尋ねるが、ヒメちゃんは笑いながら答えた。
「まあまあ、大丈夫じゃ」
「大丈夫な要素は一個もないんだけど」
「さあ、向かうのじゃ! パァパはの……おそらく、消えた三貴神のうちのスサノオに関係しておる」
ヒメちゃんは真面目な顔でヤモリ達に伝えた。眉を寄せたのは栄次と紅雷王だけだった。
おはぎやヤモリには引っ掛かることすらわからなかった。
「はい、竜宮のチケット。高天原南へは神の使いツルで向かうとよいぞい! チケットは一応、渡しておくぞい。ヤモリとおはぎちゃんは従業員でいけるはずじゃが、一応な」
ヒメちゃんは竜がデザインされた高天原南、竜宮のチケットをヤモリに渡し、ツルを呼んだ。
二話
とりあえず、おはぎ達は夕焼けの空を眺めつつ外に出た。
ツルはヒメちゃんが呼んでからすぐに来た。白い翼を生やした全体的に白黒な美しい青年だった。
白い髪はお団子のように結ってあり、垂れる髪の先端のみ黒い。
赤いペイントを目元にしている感じが全体的にツルである。
そのツルが大きな駕籠(かご)を引いていた。
「うわあ……きれいな男」
「よよい! 駕籠へどうぞだよい!」
きれいな男から出ないような言葉が出た。おはぎは少しだけ頭を抱える。
「はあ、とりあえず駕籠に乗ろう、おはぎさん。あ、栄次さんも」
ヤモリが駕籠へ乗り込み、おはぎと栄次もため息をつきつつ乗り込む。
「うわあ! なんじゃこりゃ!」
おはぎは乗り込んでから驚いた。外からではわからないくらい中は広く、電車のボックス席のようになっていた。
「霊的空間だよ、知らないの? 君は」
ヤモリはなぜかけん玉で遊びながらおはぎに答えた。
「高天原は電子世界みたいなもんだから、なんかの空間なのはわかったよ」
おはぎはヤモリの横に座った。
座席もかなり座り心地が良い。
「では、出発するよい! よよい!」
外からツルの声がし、浮いてる感覚もなく駕籠は空へと舞った。
外から見たらなかった窓から外を見ると、ヒメちゃんと紅雷王が手を振っていた。
おはぎはなんとなく、控えめに振り返しておく。
「はい……えー、さっきから寡黙な感じだけども……」
おはぎは手を振ってから向かいに黙って座っている栄次に目を向けた。
栄次は話しかけられてか、少しだけ驚いていた。
「あ、ああ。俺は時神過去神、白金栄次(はくきんえいじ)だ。度々、我が家に来ていたことは知っているが、会ったことはなかったな。いつも飼っているカメと話しに来てると聞いた。カメは冬以外は庭に住んでる故、今まで俺達はおはぎに会ったことはなかったようだ。カメを飼ってから初の冬。おはぎと出会ったのは初めてだ。よろしく頼む」
「ど、どうもー」
おはぎは栄次に頭を下げ、栄次も頭を下げてきた。
「じゃ、自己紹介したところで、栄次の能力を見せてあげてよ」
ヤモリがけん玉で遊びながら続ける。
「過去見であのツルが浦島太郎か調べてみてよ」
「……あのツルの過去を見ろと? わかった。まあ、見たくなくても見えるのだがな」
栄次が頷き、おはぎは驚いた。
「え? ツルは浦島太郎なの? あの助けたカメに連れられてる?」
「浦島太郎は今は神になってて別にいるんだけどね、レジャー施設竜宮で遊んだ太郎さんは人間の寿命を忘れて遊んでしまって玉手箱をもらうよね、玉手箱には太郎さんの時間が入っててあけたらおじいさんになるけど、その後に太郎さんは鶴になって助けた亀の乙姫さんと夫婦になるの。派生が多くて、古事記の海幸やら中国の仙人やら、元ネタもよくわからない話だけど、神は人の想像で生まれるから、あのツル、気になる。神々の使いとか言って、神なんじゃないの?」
ヤモリは長々と語った。
「鶴亀……」
おはぎが意味のない言葉をつぶやいた刹那、栄次が眉を寄せつつ話し出した。
「ああ……浦島太郎の……派系のツルであることは間違いないが……浦島太郎ではないな」
栄次が答えた時、ツルが口出しをしてきた。
「よよい! やつがれの詮索は止せやい」
「すまぬ」
ツルに言われ、栄次はそこから黙ってしまった。
「栄次さん? まあ、いいか。あんまり興味ないし。でもこれが過去見だよ、わかった?」
ヤモリに言われ、おはぎははにかんだ。
「いやあ、よくわかんなかったけど、まあいいよ」
「……お前達は何をしに竜宮へ行くのだ……。俺の能力を使うのではないのか……」
栄次があきれた顔を向けた時、ツルが声を上げた。
「竜宮につきましたよい!」
「え、もう?」
おはぎは窓の外を見た。
先程まで枯れ木ばかりの森を飛んでいたはずだが気がつくと砂浜に着陸していた。
「はーい。神力確認したよい。チケットいただきます~よい!」
ツルが駕籠から顔を出し、チケットをそれぞれから受け取った。
おはぎも慌てて渡す。
「おはぎちゃんはややグレーだなァ……ま、いいよい!」
ツルは楽観的に笑った。
「……そりゃ、そうっすよ……。高天原に入る神力ないし」
おはぎは小さくつぶやきながら駕籠を降りた。栄次とヤモリも降りる。ツルは三人が降りるとさっさと飛び去っていった。
「では、よよい!」
「……忙しいのかなあ」
飛び去るツルを眺めつつ、おはぎはため息混じりに言った。
「はいはい、竜宮いくよ」
ヤモリが手を叩きながら注目を集める。きれいな砂浜に寄せる波。美しい海に青い空。
冬でなければ最高の観光地だろうか。地上より高天原のがあたたかい気もする。
「……ていうか! お城! ないんだけど!」
おはぎは驚いた。海はどこまでも広く、竜宮らしきものはない。
「……初めて来た子は皆言うんだよね。でもさ、良く考えてよ」
ヤモリは人差し指を海に向ける。
「竜宮城って、海に浮いてる?」
「……う、浮いてない」
ヤモリはひとつひとつ確認していく。
「助けた亀はどうやって太郎を竜宮へ連れてったわけ?」
「海の下に、もぐって……」
「そう。つまり?」
ヤモリは指を海の下に向ける。
「海の下に城がある……」
「せいかい!」
ヤモリは毎回誰かに説明しているのか、説明が慣れていた。
皆、この海辺にきて同じことを言うのか?
「では……竜宮に行きたいのだが、海を泳いでは行けぬぞ」
栄次が困惑しながら言い、ヤモリは眉を寄せた。
「……君、竜宮行ったことないの?」
「ない」
栄次もおそらく同じ疑問を持っていたようだ。
「はあ……竜宮には太郎は何で行っていた?」
「……亀か?」
「そう! 龍神の使い、カメかツアーコンダクターが連れていってくれるの」
ヤモリの発言におはぎはさらに驚く。
「ツアーコンダクターがいるの!?」
「当たり前じゃない。娯楽施設と遊園地だよ?」
ヤモリに言われ、おはぎはそれはそうかと納得した。
「ただね、私はいやーな予感がするの」
ヤモリはけん玉で世界一周をやるとつぶやいた。
「……え?」
「ツルが高天原南のチケットだけじゃなくて、竜宮のチケットまで持っていってしまったでしょ。竜宮にはこれから入るんだから客としてまず潜入するならチケットいるじゃない?」
「あ……」
「でもこれはツルの過失じゃなくて、竜宮がツルにそう命じていたわけよ」
ヤモリは頭を抱えた。
「それはどういう……」
おはぎはなんだか嫌な予感がした。
「竜宮は今、普通のシステムで動いてない」
ヤモリがそう言った刹那、不思議な格好の怖そうな青年が歩いてきた。黒地に金の竜が描かれた着物を片方だけ脱ぎ、頭にシュノーケルをつけた、パイナップルの葉のような髪をした変な青年。
ただ、顔は目付きが鋭く、怖そうである。
「よう、地味子! 竜宮に帰ってきたのか?」
怖そうな見た目の青年はヤモリに向かい、愉快に話しかけてきた。
「誰が地味子……私はヤモリ! 家之守龍神(いえのもりりゅうのかみ)!」
「あー、わりぃ! いつものクセで……あはは」
「それより、お客さんを竜宮に入れたいんだけど、チケット持ってかれたよ? 何してるわけ?」
ヤモリは青年を睨み付ける。
「え~、まあ、毎度のことだが、俺様は悪くないぜ! ツアーコンダクターはな、竜宮に従うんだぜ!」
怖そうだと思った青年は怯えつつ、ヤモリに言い訳をしていた。
「で? 何してるの? 君は」
ヤモリの冷たい視線に青年の目が泳ぐ。
「リュウ、もしやまた飛龍(ひりゅう)が……」
ヤモリにリュウと呼ばれた青年は顔色を悪くした。
「飛龍だね」
「……ツアーコンダクターとして、言うが……今は竜宮はベリーハードモード……なんだぜ!」
リュウはどこかやけくそに言ってきた。
「……もういい加減にしてよ、あの女! こないだ天津(あまつ)様なしに勝手にハードモードに変えたばっかじゃない!」
「えーと、じゃあルールを……」
怒っているヤモリに怯えつつ、リュウは現在のルールとやらを語る。
「現在竜宮はベリーハードモード。竜宮に入るにはゲームに勝つこと。ツアーコンダクターの俺様と対決し、勝てれば竜宮に入れる入城券(にゅうじょうけん)を渡す。対決はリアル戦闘ゲームだ。過去を映したり、巻き戻したりする建物竜宮の特徴をいかし、戦闘ゲームをあの女が作りましたー。ほら、頭に緑のバーが……」
「これがゼロになった方が負けなんでしょ? HP じゃなくてDP(ドラゴンポイント)って書いてあるのが腹立つ 。あのバイオレンス女」
ヤモリが苛立ち、隣にいた栄次が恐る恐る尋ねる。
「なんだか嫌な予感がするのだが……」
「栄次、霊的武器、刀を抜いて。あのツアーコンダクターをボコボコにすれば終わるから。あいつの頭に緑のバーあるでしょ? あれをなくしたら勝ち」
「社長のアマツヒコネはこんな暴力的な内容を通すのか?」
「通すわけないでしょ。あいつがまた勝手にやってるだけ。今、オーナーが竜宮にいないんだね、きっと」
ヤモリの言葉におはぎが慌てて口を挟んだ。
「じ、じゃあさ、オーナーが帰ってきてから……。なんかヤバそうなんだけど」
「……オーナーがいないのは都合がいいかもしれない。オーナーは完璧に従業員を把握してる。たぶん、出会ってしまったらバレる。いないなら従業員として禁止区域にも入れるはず」
ヤモリはけん玉を回すとリュウに向けた。
「このてきとうなツアーコンダクターはきっと、最初に客として入った君達を覚えてないよ。だから、堂々と従業員になれる」
一瞬、場がしんと静まった。
「……そ、そうかもだけど、これ、なんか危険そうなんだけど……」
「……なんだか……やらねばならぬようだ」
心配そうなおはぎの横で栄次が刀を抜いた。
「え、なにこれ……」
「あの龍神がじゃれてくるようだ」
「ちょ……龍神なんて強すぎて私らが相手に……」
おはぎが栄次を止めようとした刹那、リュウが持つ柄杓(ひしゃく)が栄次の頬をかすった。
栄次の頬から血が流れ、頭のバーが少しだけ減った。
「ちょ、ちょ……ゲームなのに物理的じゃんかあ!」
おはぎが焦るが栄次は落ち着いている。
「あまり……やりたくはないのだが……」
栄次は刀を構え、リュウの柄杓を今度は軽く避けた。
リュウの攻撃は早くて見えないのだが、栄次は淡々と避けている。
「さすが剣客。つばぜり合いが起こらないぜ! 実は危険だもんな!」
リュウは水の弾を多数出現させ、鉄砲玉のように栄次に放つ。
栄次は水の弾をまたも軽く避けるとリュウに斬りかかった。
良く見ると峰(みね)にしている。
「なめられたもんだぜ!」
リュウが刀を避け、柄杓を振るが栄次には当たらない。
「あたんねー……」
「栄次、ほんとに強いね」
ヤモリがけん玉をしつつ、戦況を見守っている。
「あのさ、ヤモリは戦えるの?」
おはぎに聞かれ、ヤモリは頬をかくと、「ぜんぜん」と答えた。
「まあ、でも手助けはしようかな」
ヤモリはけん玉のけんに玉をさすと、水の柱をリュウに向かい出現させた。
「うおっ……マジか!」
リュウが危なげにかわすと、栄次の刀が目の前に迫っていた。
「あっぶねっ!」
リュウは避けたがかわしきれず、胸を薄く斬られた。
緑のバーが減る。
「すまぬ。風圧だ」
「ふ、風圧……!? あんた、時神だよな! 武神神格持ってるか?」
「どうだか……」
栄次が再び攻撃を仕掛ける。
まわりに赤い神力が舞い、リュウは焦り後退りをした。
「強すぎる……」
リュウは神力で水の柱を鞭のようにしならせ、栄次にぶつける。
栄次は鉛のように固く重い水の柱を軽々と斬っていった。
「嘘だろ……俺様の神力をそんな簡単に……」
「頑張れ、えいじっ」
ヤモリが間から応援し、おはぎはヤモリの影に隠れて戦況を見守っていた。
「ちょうど、我々従業員と客みたいな構図ができてる!」
応援していたヤモリはおはぎの頭を軽く撫でた。
「た、たしかに」
ヤモリは審判の立ち位置、おはぎはヤモリの使い、そしてツアーコンダクターと戦う客の栄次。
「こりゃあこのままいける。栄次、さくっと倒しちゃって」
「なめられたもんだなっ!」
リュウは柄杓を振り抜き、栄次が初めて刀で受けた。
甲高い金属音がし、せりあいが始まった。
「龍神の力、なめんなよ?」
リュウは力を込めたが栄次は逆に力を抜いた。
「はあ? 腕飛ぶぞ?」
リュウが柄杓を振り抜く。栄次は力を抜きながら後ろに下がり、ありえない角度から柄杓をかわした。ぶつかり合った刀は弾かれて下がったが、栄次はそのままリュウめがけて斬りあげた。
「ひっ!」
リュウは神力結界で防ごうとしたが、栄次は途中で斬るのをやめた。
「う?」
「緑の棒をなくせば良いのだな」
栄次はせりあいから、がら空きになっていた腹に蹴りを入れる。
「ぐふっ……」
リュウが呻き、バーが半分減った。
「こいつ……つええ……」
リュウは涙目でつぶやき、頑張って少しでもバーを削ろうと必死になり始めた。
「くそ! なんであたんねーんだよ!」
「動きが荒い。それではすぐに読まれるぞ」
栄次がリュウの後ろにまわり、峰打ちを食らわせた。
「うっ!」
リュウは呻くとその場に倒れた。緑のバーはゼロだ。
「つえー、負けた」
リュウは竜宮の巻き戻しですぐに元に戻り、座り込んだ。
「では、入城券とやらを」
「うーくそぅ……」
リュウはツアーコンダクターとは思えない言葉を発し、龍の描かれたチケットを渡した。
ベリーハードモード
入城券を手にした栄次はけん玉をしているヤモリと怯えているおはぎを見る。
「勝ったぞ」
「おつかれさま。じゃあこれで竜宮に……あ、リュウ、カメは呼ばなくていいよ。君が連れていってくれる?」
栄次が刀をしまうのを眺めつつ、ヤモリはリュウに頼んだ。
「……俺様はツアーコンダクターとして忙し……」
「忙しくないでしょ。誰がベリハードモード竜宮に行きたいのかな? 君を一瞬で倒すようなおかしな連中しか来ないはずだよ。そんな暇ある戦闘狂はそんなにいない。しかも観光客が集まる夏ではなく、今は正月過ぎた冬。君も暇でしょ?」
「ま、まあ……たしかに」
ヤモリに言われ、リュウは落ち込みつつ苦笑いを向けた。
「さあ、連れていって。私は自分だけなら竜宮に入れるけど、栄次を連れてはいけないからね」
ヤモリに言われ、リュウは頭をかきながら海に飛び込んだ。
「さあ、いこう」
ヤモリが海に向かい走り、栄次とおはぎは戸惑い立ち止まる。
「本当に海の下にいくのか……」
「……栄次は、泳げる?」
「泳げるが……海底となると話は別だ……」
「まあ、だよね。私もきれいな浅い川や水場のが好きでさ、深い海底は溺れる自信あるよ」
お互いに話していると、ヤモリが海面から顔を出した。
「何してるの? ツアコンのリュウがいるから大丈夫だよ? 色んな神をまとめて連れていけるのは龍神の使いカメとツアーコンダクターのリュウだけなの」
ヤモリは眉を寄せながら言うと再び海へと潜った。
「……いくか」
「うん……」
栄次とおはぎはお互いに見合った後、海へと歩いていった。
白い綺麗な砂浜から澄んだ海へと入る。海は驚くほど静かで生き物が住んでいる感じではなかった。生命を感じない、驚くほど静かな海である。
「おせーぞ……」
リュウが海中で怒っている。
「すまぬ」
栄次は普通に海中でリュウに答えた。
「あれ? 息できるね?」
「ツアーコンダクターやカメがいないと海に適応している神以外、おぼれちゃうからね」
ヤモリの言葉におはぎは「それはそうだ」と思った。
「ところで……地味子が竜宮に帰ってくるのはわかるが、過去神栄次が客として来るのはとてつもない違和感だが。しかもひとりで。まあ、ほとんど竜宮に帰らない地味子が帰ってくるのも違和感しかないんだがな」
「たまに帰ってくるくらいいいじゃない。私が栄次を誘ったの。たまたま会ったからね」
ヤモリは半分本当のことを話す。リュウは納得がいかないまま、深海へと動き出した。
海はどこまでも深く見え、生き物がいないため澄んでいて静かで、不変だ。
「……あと、そこにいるカメ、竜宮に就職希望か? あれ? お前、元からいたっけ?」
リュウに睨まれたおはぎはカメらしく首を縮こめ、怯えた。
「あ~、彼女はこないだから働いてるらしいよ? たまたまそこで会ったの」
「……たまたま会ったって……そいつ、高天原に入る神格が今もないような……」
リュウがつぶやいた時、ヤモリが顔を近づけて睨み付けながら言った。
「最近、入った新入社員なの。わかったね?」
「……ひっ、わかりました~」
「ヤモリ、強引……。『侵入』社員の間違いみたいなもんなような……」
おはぎは小さく独り言を言っておいた。
「で、着いたぞ」
リュウはいつの間にか超高速で海を下降しており、おはぎ達は気づくことなくただ立っていただけであった。
リュウが突然地面に足をつけると、おはぎ達も強制的に地面に足をつけた。
「……って、なんで普通に地面に立ってるの?」
おはぎが驚いたので、ヤモリはすばやくおはぎの口を塞いだ。
「竜宮についたの! 上が海でここは地上っていうわけわかんないと思うけど、そうなの! リュウに新入社員って説明してんだから、初めてみたいな感じに驚くのやめて」
「あ、そっか……って、なんで空に海がっ!」
「はあ……」
ヤモリはため息をつくと、もう好きにさせておいた。
地面に立っているここは間違いなく地上であり、上にある結界の先は海である。つまり、空に海が浮かんでいる構図だ。
完全電子な世界、高天原を知らない者はこういった謎の現象に驚くだろうが、神も幻想、つまり電子データなため、本神も媒体を使いワープしたり、テレパシーで電話できたりしていることを忘れている。
「いやー、しかし、お前、初めてみたいな反応すんのな」
リュウに言われ、おはぎは慌てて口を閉じた。
「まあ、とりあえず行くけど、ツアーコンダクターはもういいや。ここまでありがとう。後は私がゲストの栄次さまの担当するから」
ヤモリはそう言った後に再びリュウを引っ張り耳元でささやく。
「ベリーハードってアイツはまた何をしてるの?」
「な、なにって……いつもと同じで……強い神々とゲームして狂ったように笑ってるぜ」
「……あ、そう……。関わりたくないね……。他の龍神はいる?」
「まあ、いるぜ。オーナーに怒られたくないやつらは竜宮外に避難してるけどな」
「……なるほど」
うなずいてからリュウを解放したヤモリはおはぎと栄次のそばに寄った。
「今、竜宮は手薄。オーナーも不在。飛龍っていう頭オカシイ龍神が仕切ってるんだけど、あの龍神、オーナーの許可なくやってるわけ。つまり、栄次は……」
ヤモリは辺りを見回してからまた、小さな声で言った。
「飛龍を止めた英雄になってもらい、裏で君……おはぎが色々探る……。適度に栄次の過去見で竜宮本体の記憶を覗いてヒメちゃんのパパが過去来ているか探る……私達に罪がいかない!」
「私が探るの!?」
おはぎが驚き、ヤモリは再びおはぎの口を塞ぐ。
「君は従業員! 私もめったに帰らないけど従業員! わかった? 飛龍を止めに来たことにすればオーナーからもほめられる! 私!」
ヤモリは飛龍を止められそうな栄次がいることで強気だ。
とりあえず、リュウとわかれて竜宮への門をくぐる。
門をくぐると遊園地が見えた。
観覧車、コーヒーカップなどのよくある遊具の他、何をするのかわからないものまで様々だ。
そして門前まで空が海だったのだが、門を入ると青空の上に海があった。
「もう、わからん……」
おはぎは眉を寄せつつ、ヤモリについていく。栄次も同様に眉を寄せている。
ヤモリは遊園地の入り口の道路を歩き、竜宮へと向かった。
竜宮は和風のお城だが、なぜか自動ドアになっており、中に入るとホテルのロビーのようにきらびやかだった。
「あー、竜宮はね、宿泊施設、宴会の会場、室内遊戯場、それと従業員の宿舎があるの。竜宮を運営するオーナーの部屋の付近は竜宮を動かす機械やシステムが沢山ある」
「うわあ……高級ホテルみたい……」
おはぎはのんきにそう言ったが、栄次は眉を寄せていた。
「なんだか、強力な力を感じる……」
「……ああ、たぶん飛龍……かな」
ヤモリはうんざりした顔で栄次に答えると竜宮受付に栄次の入城券を出しに行こうとしたが、受付はいなかった。
「はあ……オーナーに怒られたくないから逃げたか」
ヤモリはとりあえず受付にチケットを置くと、近くにある階段に登って行った。
二、三段登ってふたりを手招いている。
おはぎと栄次はヤモリについていった。
二話
仕方なく階段をのぼり、室内アトラクション地帯に突入した。
階段をのぼった先で「ドラゴンクワトロ」という名前のアトラクションに当たった。
どっかのゲームのような危ないアトラクションは楽しげに客を迎えている。
待機列のヒモは張られているが、誰もいない。上についた大きいテレビに闘技場らしきものが映っていた。
「入りたくないけど、ここを通らないと従業員スペースに行けないんだよね」
ヤモリがけん玉で秘竜のぼりをやりながらうんざりした顔を向けた。
「なんかやばいこと、起こりそうなんだけど……」
おはぎは震えつつ、栄次の影に隠れた。
ヤモリは辺りをうかがいながらアトラクション内の様子を見ている。
「あいつ、いないよね」
と言いつつ、エレベーターを起動し、栄次とおはぎを手まねいた。
栄次とおはぎは言われるままにエレベーターに乗り込む。エレベーターで上がった先は闘技場だった。
「いらっしゃい! 闘技場へ! ドラゴンクワトロへ~!」
エレベーターの扉が開いた刹那、楽しそうな女の声が響いた。
「ちっ、いた」
ヤモリが苦い顔をし、闘技場の真ん中に立つ赤い髪の龍神を睨む。豊満な胸が着物からはみ出ており、足もかなり出している女。顔は喜びに溢れていて、少し見た目がクレイジーだ。
「ベリーハードモード竜宮へようこそ~!」
「客じゃないよ! 従業員!」
ヤモリが強く言うが、女は喜んでいる。
「やあやあ、ベリーハードモードのデモプレイ、してって!」
「やだ! 飛龍、また竜宮勝手に……」
ヤモリが言い終わる前に赤い髪の女、飛龍は拳をヤモリの足付近に突き立てた。爆風と衝撃波が舞い、ヤモリの足元が爆散した。
闘技場の地面のかけらが舞い上がる。ヤモリは慌てて後ろに下がった。
「まあまあ、やってってよ」
飛龍はにやつきながら赤い目を光らせる。
「やだって! 命足らないし!」
ヤモリは栄次の影に隠れた。
栄次はため息をつきながら飛んできた飛龍を刀のみねで弾く。
神力を纏っているのか異様に固い。
「なんか強いのいるー!」
飛龍は楽しげに笑いながら強烈に固い蹴りを栄次に放った。
栄次はわずかにさがってかわす。
「かわした!」
「……龍に勝てる気はせん……」
「ていうか! 潜入捜査だったのでは!? 普通に目立ってるけど!?」
おはぎはヤモリを泣きそうな顔で見て叫んだ。怖い、とにかく怖い。
「とりあえず、今は栄次は客で、私たちは従業員だからね?」
「そ、そうだった……」
ヤモリの言葉になんとなく頷くおはぎだったが、考え直した。
「いやいや、こんなヤバいのをお客さんにすすめるのも何か変な気もするけども……」
「普通はすすめないけどね……。平和なレジャー施設が竜宮だし。あいつは竜宮を操ってるだけだから、今のところ」
ヤモリはあきれつつ、栄次の戦闘を眺める。
「栄次、クレイジー龍神と渡り合ってる……こわっ」
爆風を飛んでかわし、火炎弾を走り抜け、落とされる雷まで避けている。なぜ、当たらないのかヤモリもおはぎも不思議に思った。
「毘沙門天でもついてるんじゃないの?」
ヤモリは飛んでくる岩に悲鳴をあげながらおはぎの後ろに隠れた。
「ヤモリ、やだよ! 私が後ろにいたい!」
二人で後ろに交互に動いているうちに、従業員用の入り口に近い壁まで来ていた。
「いつの間にか従業員用扉前まで来てるじゃないの!」
ヤモリが叫び、おはぎは涙目で扉を開けようとした。
「おはぎ、ちょっと待って! お客さんを見てなくちゃ!」
「ええっ……もうムリー!」
上から多数の落石。
落石の真下にいかないよう、必死で逃げる。ちなみに栄次は何事もなかったように立っていた。
彼は化け物か何かだろうか?
「栄次、強すぎない? いまだ、ダメージゼロ!」
ヤモリが栄次の頭の上にある緑のバーを指差す。栄次のDP(ドラゴンポイント)は減っていなかった。
「てか、竜宮って、どうなってるの? 仕組み!」
「竜宮は過去を常に映し出している建物、過去の世界、参(さん)の世界への扉を保有中! それの影響で一部巻き戻しの力があったりして、このゲームは竜宮の巻き戻しシステムを利用したもの! だから実際この変な格闘ゲームは怪我する! ただ、巻き戻しシステムで怪我が治るってわけで!」
ヤモリは落ちてくる雷に悲鳴をあげながらおはぎに説明をした。
「うわあ……」
おはぎは栄次のすばやい動きを眺めつつ、顔を青くした。
飛龍が拳を地面に突き立てると、なぜか地面が割れ、天井が崩れる。しかし、竜宮の巻き戻しシステムで壊れたことにならない。
栄次はうまく避け、まだ攻撃を食らっていない。
飛龍を攻撃できるはずなのだが、彼は逃げているだけだ。
「ちょっと! 栄次、早く倒してよ……」
「……相手がその……女故……その……」
ヤモリの言葉に栄次は言いにくそうにつぶやいた。
「何言ってるの! こんなヤバい奴、レディでもなんでもないんだから! 戦闘狂!」
「そうは……言っても……だな……」
栄次は眉を寄せつつ、軽々と飛龍の攻撃を避けている。
「すげぇ! 全部避けてる! アーッハッハッハ!」
飛龍がとても楽しそうに笑い、鉄の棒をぶん回したかのような蹴りで栄次を襲い始めた。
栄次は避けたが風圧で着物が裂け、腕を薄く切られた。緑のバーが少し減る。
「当たった、当たった~! やっぱ、もう一段階上げても平気そうだ、あんた」
「もうレベルを上げんな! これ、体験! そう、体験だからっ! このアトラクションをやりにきたわけじゃないんだから!」
ヤモリは飛龍を睨み付けながら叫んでいた。今でもじゅうぶんに強い飛龍がもう一段階強くなるのは考えたくない。
「……なんで逃げた奴ら(龍神達)、誰もオーナーに報告してないの! あいつの勝手を許してるなんて! 私が報告してやる」
ヤモリは飛龍に見つかる前にオーナーアマツヒコネに危険信号とSOSを同時に神力電話でおこなった。スマホについている緊急ボタンと同じか。
「ヤモリ、オーナーを呼んだら私がヤバイんじゃ……。そもそも、あの龍神さんを倒して平和になったのをオーナーに報告するんじゃ……、え、英雄の話は?」
おはぎが半泣きでヤモリを見ていた。
「それは忘れて。オーナーは従業員把握してるもんね……。えー、とりあえず、従業員のドアから中に入って従業員として隠れてて!」
ヤモリはおはぎを従業員用扉を開け、おはぎを押し込んだ。
「ちょ、ヤモリ!」
「こっちはなんとかしとく!」
ヤモリの後ろで爆発音と砂塵が舞い、栄次が頑張っているのが見えたが、おはぎはヤモリに閉め出されてしまった。
「なんか、情報掴んどいて!」
無理難題を最後に言ったヤモリの声を背に、おはぎは半泣きで従業員用の階段をのぼった。
情報①冬
おはぎは階段をのぼり、従業員用の廊下を歩いていく。
見つからないか緊張していたが、誰もいなかった。
「誰もいなくて良かった……」
堂々と歩いていた方が見つかりにくいはずだが、おはぎの心はそんなに強くない。
従業員ではないので、どこに何があるかはまるでわからない。
とりあえず廊下を歩くと宴会場のホールへ出た。竜宮は宿泊施設もあり、宴会場もある。
「真っ暗で怖い……」
現在は飛龍が暴れているため、お客さんどころか龍神までもがいない。
真っ暗な宴会場を恐々抜けて再び従業員用の廊下を通る。
どこにいくかはわからない。
情報はどこにあるかもわからない。
「なんのために歩いてるのか……」
怯えながら進むと龍神の宿舎に当たった。
「……龍神はここで生活してるんだ……」
小さくつぶやきながら、ネームプレートがかかった質素な扉達を眺めていると奥に広い場所があった。
「……広場?」
おはぎはさらに廊下を進み、広い場所に出た。天井が高く、あちらこちらに椅子がある。
宿泊客の休憩スペースなんだろうか?
おはぎは堂々と真ん中を突っ切れず、はじっこの壁つたいに歩き、広場を抜けた。
そのまま歩くと階段に当たり、階段の下階段には「立ち入り禁止」のヒモがかかっていた。
下に何やら文字が書いてある。
「えー、竜宮の機械システム作動中……機械システム……怪しいな」
おはぎは辺りを見回すとゆっくり下の階段を降り始める。
……怖い……。
足が震えるが、ここまで来てしまったことに変な自信もついていた。
下に降りたら真っ暗だった。
何かの機械のランプだけが光っている。
あちらこちらにコードが規則正しく張り巡らされており、一際輝く箱形の機械に謎の電子数字が常に変動して動いていた。
おはぎは震えた。
あることに気づいてしまった。
その配置、謎の機械、コードが五芒星になっていること……。
「……封印……」
おはぎはつぶやいた。
……ここはなにかが封印されている!
電子数字の奥から強い神力を感じた。雰囲気は邪悪。
真っ暗でよくわからなかったが確かに神力を感じた。
怖くなったおはぎは階段に直行し、慌てて上にはいでた。足が震えている。
「なんで、私がこんな目に……」
泣きながら天井の高い広場に来て、近くのベンチに腰をかけた。
……しかし、竜宮で封印とは物騒な……
おはぎが頭の整理をしていると、ヤモリが慌てて神力電話をしてきた。
「オーナーが帰ってくる! バレる! はやく撤退! 飛龍は戦いをやめた! 飛龍と戦っていた栄次が妙な過去を見たみたい。あの神は過去神だから竜宮は過去ばかり見えるはずで! まあ、いいから撤退!」
「……ヤモリが高天原会議中のオーナーさん、呼んだんでしょ……」
「うん、まあ、ごめん! オーナーは龍だから雷みたいに早く帰ってくる! はやく出よう!」
「わかった」
おはぎは慌てて従業員用の廊下を走った。走って走って、従業員用扉を開け、飛龍のコロシアムまで出る。
「こっち!」
急にヤモリに手を引かれ、無理に走らされて、すぐに横から栄次がおはぎを抱えて走り出す。
おはぎは目が回った。
飛龍は苦笑いをしながら頭をかいていた。帰ってきたらオーナーに怒られるからだろうか。
「ヤモリー! 覚えてろよな!」
「すぐに忘れてやるわ」
ヤモリは飛龍に悪態をつくと、栄次の後ろを走っていった。
※※
さっさと竜宮から出て、竜宮の門前でうろうろしていたリュウを見つけ、無理やり浜辺へ連れていかせたヤモリ達はすぐにツルを呼び、地上へと帰った。
高天原南はあたたかかったが地上は一月で寒い。
「はあはあ……怖かった」
ヤモリが時神の家の前で青い顔をおはぎに向けた。
「私だって怖かった!」
「俺は疲れた……」
それぞれ感想を言った後、成果を話し合うことにした。
「封印……」
おはぎの話を聞き、ヤモリは眉を寄せる。横で栄次も口を開いた。
「俺が見た記憶は銀髪の龍神と橙の髪の龍神がいた記憶だ。銀髪は流史記姫(ヒメ)の父だろうか」
「イドさんのこと?」
「イドさん?」
おはぎに尋ねられたヤモリは頷くと話し始めた。
「イドさんは龍雷水天神(りゅういかづちすいてんのかみ)という神でヒメちゃんのパパ、井戸の神でもあるからイドさんって呼ばれてる。キーマンが出てきたじゃない」
「ヒメちゃんのパパ……。あ、さっきのなになにじゃ! って言ってた子!」
「君、内容が理解できないまま、ついてきた? ヒメちゃんにパパの秘密を探れって言われたから竜宮に行ったんでしょ……」
「そ、そうでした」
色々、理解が追い付いていないおはぎは顔をひきつらせて笑った。
「ま、とりあえず、オーナーが帰ってきたんで調査はまた後日かな。オーナーをうまくかわせる竜宮安全日を考えてみる」
「また、行くのか……」
おはぎはヤモリの言葉を聞き、肩を落とした。
春の探偵イベント!
4月になった。突然ヤモリから連絡が入る。
「竜宮で探偵ゲームイベントが開催される」といった内容だった。時神さんの家の亀、デストロイヤーと花見を楽しんでいたおはぎは再び、頭を抱えた。
あたたかくなり、桜が一気に咲いた。ちなみにお花見場所は時神さんの家から丘を降りたところにある川岸の桜並木だ。
「せっかくデストロイヤーと小エビ食べてたのに……」
おはぎは仕方なく、デストロイヤーを両手で持つと時神さんのおうちへと向かった。ヤモリはまた栄次もつれていくらしい。
おそらく今回も前回同様に言っていることとやっていることが変わっていくパターンか。
つまりヤモリは計画性があまりない。
「桜の花びらはきれいだなあ……」
おはぎは落ちてくる桜の花びらを眺めつつ、遠い目で丘を登った。
時神さんのおうちの庭にデストロイヤーを帰し、おはぎは玄関へと向かった。
「やあ、来たね!」
「うわっ……まだピンポン押してない……」
扉から顔を出したのはヤモリだった。また、おはぎを中に入れる。
屋敷に上がり、部屋に着くとすでに栄次がいた。なぜかヒメちゃんも一緒にいた。ふたりで麦茶を飲んで三色団子のおやつを食べている。
「また栄次を客にするの?」
おはぎは来て早々にヤモリに尋ねた。
「うーん、今回はヒメちゃんにも来てもらおうかなって。ヒメちゃん、栄次がお客さんになってくれたらちょうどいいのよ、イベント中だから。ヒメちゃんにねだられたと栄次がしぶしぶついてきた感じで……」
「……またそういう……」
「ほら、ヒメちゃんも」
ヤモリは三色団子を頬張るヒメちゃんを見た。
「探偵イベント! 燃えるのじゃ! 行きたいのじゃ!」
幼女のヒメちゃんはとても行く気満々であった。
「まあ、いいんじゃないかしら? はい、お茶どうぞ……あ、亀はお茶大丈夫かしら……」
ふと、台所から茶色のショートヘアーの少女が顔を出した。手にはお盆と飲み物を乗せている。
「えーと……」
「アヤよ。時神現代神、アヤ」
「アヤ……あ~、お茶は大丈夫……。私は雑食だからね」
「そう」
アヤはおはぎに微笑むとお茶を机に置いた。その後、お団子もすすめられたが断っておく。
今食べたら喉に詰まりそうだ。
「栄次、おかわりは?」
「もう良い。美味だった。ありがとう」
「ヒメは?」
「お団子もう二本! 緑茶を頼むぞい!」
「あなたは調子に乗りすぎじゃない? まあ、いいわ。持ってくるから。ヤモリは?」
「あ、お茶を一杯」
「わかったわ」
一通り聞いたアヤは再び台所へ去り、また色々と持ってきた。
「そういえば、イドのことを調べてるんだったかしら? 水とか川とか井戸とかの神に雷がついている理由がわからないのよね」
アヤはお団子をヒメちゃんに渡しながら不思議そうに言った。
「確かに。龍雷水天神(りゅういかづちすいてんのかみ)。雷神のいわれもないのに、なんで雷ついてるんだろう」
ヤモリは険しい顔で唸る。
「ワシも神々の歴史を管理しているナオにパァパを検索してもらったんじゃが、結局わからなかったのじゃ。まあ、それよりの、竜宮周辺は今頃、桜が満開じゃろうて! 早く行きたいのじゃ!」
ヒメちゃんがお団子を頬張りながら楽しそうに笑う。
行きたいだけなのか。
「栄次も行くのかしら?」
「ああ。彼女達だけでは、なんだか……不安故……」
栄次は行きたくなさそうだったが、一緒に行ってくれることになった。
今回はヒメちゃんも一緒に行くようである。
二話
高天原南のチケットを使い、神々の使いのツルを呼んで竜宮城下町へ入る。南だからかだいぶん暖かい。
まさに春。
竜宮城付近は桜が多いらしく、現在は桃色の花弁が舞い、とても美しい。
「最高じゃ! 風流じゃ!」
ヒメちゃんは桜を見上げながら跳びはねて喜んでいる。城下町ではお花見用お弁当も販売されており、賑わっていた。
「なるほど、この観光客の多さならごまかせそうではある」
栄次は花見客を眺めつつ、呟いた。
「まず、ツアーコンダクターにヒメちゃん、栄次が竜宮城ツアーを申し込む」
ヤモリは古めかしい屋敷を指差した。屋敷には墨字で「ツアー組みます」の文字が。
「まさか、こないだ襲ってきた龍神のとこにいくの?」
おはぎが怯えつつ尋ね、ヤモリは頷いた。
「ザッツライ!」
「その通りとツラいをかけた感じだよね? やだわ、それ……」
おはぎはため息をついたが、ヤモリはさっさと屋敷に入り込んで行った。
「リュウ、いるんでしょ?」
ヤモリが屋敷に入るとリュウが書類に埋もれていた。
「なんだ! ツアーはいま、イソガシイデス! おとといきやがれ」
リュウはげっそりした顔で叫んだ。
「まだ飛龍の始末書終わってないの? ツアーコンダクターの仕事しないとまたオーナーから怒られるよ!」
「わかってるぜ!」
リュウは苛立ちながら立ち上がった。
「探偵ツアー申込み。ヒメちゃんと栄次。竜宮案内は私とカメちゃんがやるからね、竜宮に連れていくだけでいいよ」
「あー、そう。だから、そのカメは龍神の使いじゃねぇだろ……」
「いいの!」
ヤモリに圧されてリュウは黙り込んだ。吹っ切れたのかツアーについて話し始める。
「えー、探偵ツアーな……。竜宮内を歩いて虫眼鏡を見つける子供向けのツアーだぞ?」
「子供はいるからね?」
ヤモリはヒメちゃんを全面に押し出す。ヒメちゃんはにこやかに手を振った。
「あ、はい。そのサムライはあれなのか? 保護者的な」
「そう!」
「栄次、大変だな。龍雷(イドさん)に丸投げしときゃあいいのに」
「……良いのだ。暇だった故」
栄次は深く語らず、小さくリュウに答えた。
「じゃ、ツアー組んだんで、竜宮送迎開始ー」
リュウは面倒くさそうに立ち上がるとおはぎ達を連れて竜宮の海へと向かった。
「変な戦いはないよね?」
竜宮の海辺まできたヤモリはリュウに念押しで尋ねる。
「ないぜ、ほら、見ろ。観光客いっぱい! 大変なんだよ、今」
竜宮近辺の海は観光客でいっぱいだった。まあ、すべて神であるが。
「皆楽しそう! これなら混ざってもバレにくそう!」
「何がバレるって?」
「あ、気にしない、気にしない! 竜宮内に連れてって!」
ヤモリの言葉に眉を寄せたリュウだったが、竜宮に行くべく海中に潜っていった。
※※
「やったのじゃ! ついたのじゃ! みるのじゃ! 虫眼鏡もらったぞい!」
竜宮について早々、入場ゲートで虫眼鏡をもらったヒメちゃんは大喜びで走ってきた。
「賑わってる……ね?」
おはぎは前回のことがあり、警戒中である。
「じゃ、案内しまーす、という名の調査、始めるよ」
ヤモリは虫眼鏡を持った子供達を眺めつつ、さっそく封印があったという機械室に向かう。
「ねぇ、パンフレットに虫眼鏡の使い方、載ってるよ!」
「ん? 使い方?」
おはぎの発言にヤモリは首を傾げた。ただの虫眼鏡ではないのか。
「……虫眼鏡に何か細工がしてあり、過去を映す建物という特性を生かして形跡を見つけていくらしいな。宝探しか?」
栄次が横から説明を読んだ。
「細工……」
ヤモリが虫眼鏡についていたボタンをなんとなく押した。
すると、何やら映像が流れ始めた。緑の髪のかわいらしい少女がこちらに向かって手を振っている。
『皆さん! 私を見つけましたね! えー、探偵担当のタニリュウチノ神です! 実はこの竜宮内ではすごいオタカラがあります! えーと……なんだっけ……』
「タニグチさんだ」
ヤモリは彼女と知り合いなのかそうつぶやいた。タニグチさんとはあだ名なのか。
どもっているタニグチさんの横からリュウが何やら紙を差し出した。
『あ、そうです! 竜宮内のオタカラを見つけられたら受付で景品交換してね! これは過去の映像になります! こんな感じで気になるところをボタン押し! 過去を見よう! お宝を隠すとこが見えるかも!』
映像はにこやかなタニグチさんの笑顔で終わった。
竜宮の入り口で虫眼鏡のボタンを押すとこのチュートリアルみたいな映像が流れるらしい。
「なるほど……過去を映す虫眼鏡か。竜宮の機械にこれをかざしたらどんな映像が……」
栄次がそんなことを言い、ヤモリは冷や汗をかきつつ、歩きだした。
「見つからないようにやりにいこう……」
「うわあい! さっそくお宝の手がかりを見つけたぞい!」
ヒメちゃんは楽しそうに虫眼鏡を握りしめ叫んでいる。
「はあ……まあ、こう純粋に楽しんでくれるとうまく馴染めるよね」
おはぎが苦笑いをヤモリに向けた。竜宮エントランスから階段をのぼり、飛龍のアトラクション付近に到着。
飛龍はうんざりした顔で幼い神のパンチを軽く振り払っていた。
ただ、子供は嫌いではないのか、どこか楽しそうだ。
「飛龍は忙しそ~」
ヤモリは上から目線でにこやかに笑うと飛龍のアトラクションを通りすぎた。
「よ、良かったあ……戦闘にならなくて……」
おはぎが震えながら続く。
ヒメちゃんは飛龍に向かい、虫眼鏡をかざしていた。
「飛龍は何かを隠しておるな? お宝か?」
「ヒメちゃん、ちょっと栄次といて。私とおはぎちゃんは奥に行くわ」
ヤモリは何かを感じとり、素早くおはぎを引っ張り先に進んだ。
「ええっ! ちょっ……」
おはぎは驚いて声を上げだが、ヤモリに塞がれた。
「見て、あれ」
ヤモリが飛龍から十分離れて耳打ちする。
飛龍は栄次に絡んでいた。
「また来たー! よっしゃあ! チビども見てろ! 本物のバトルを見せてやるよ……」
飛龍の掛け声に子供達も盛り上がる。栄次は顔色悪く頭を抱えていた。
「うわあ……」
「今のうち行こう! 栄次は目立ってもヒメちゃんの付き添いだと言えるから! 私達は堂々とスタッフルーム越えるよ! あ、虫眼鏡あるよね?」
「あ、あるよ」
戸惑うおはぎをヤモリは自信満々で引っ張っていった。
三話
おはぎは恐々とスタッフルームを越えた。虫眼鏡を握りしめて歩いているのがバレそうで怖い。
「おはぎちゃん、もっと堂々と!」
「そ、そんなこと言われても……」
怯えつつ歩くと広い場所に出た。ここは一般神も入れる休憩室のような広場。
ベンチがあり、幼い神達が虫眼鏡をあちらこちらにかざしていた。
「えーと、あの立ち入り禁止の……」
「従業員で行くよ! ……てか、従業員も禁止じゃない。どうしよう」
ヤモリは遠目から注意書きを読んだ。
「ええ……」
おはぎの不安そうな声を聞きつつ、ヤモリは考えた。
「……」
しばらく探偵イベントの探偵のように悩んでいると、突然、瓦礫が飛んできた。
「ええッ!?」
先程から怯えまくりのおはぎから悲鳴が上がる。何かが吹っ飛ばされてきた。
「……竜宮を壊すのは従業員として許されるのか……」
栄次だった。
「栄次……大丈夫?」
ヤモリが尋ね、栄次は平然と立ち上がった。
「問題はないが……相手が狂暴というのか……」
「だろうね」
ヤモリはあきれた声をあげる。
「……アッハハハ! 強すぎる! 武神をみせろ!」
すぐに飛龍が飛んできて栄次に雷をぶつける。
「ああ……やりにくい……」
栄次は再び逃げ始め、悲鳴をあげるおはぎ。逃げ始める神々。
だが、真剣に逃げている者はおらず、半分笑っている。
「ん、今がチャンス! おはぎちゃん、怖がって逃げながら立ち入り禁止に入るんだ! 私はそれを助ける従業員!」
ヤモリがおはぎを走らせ、おはぎは悲鳴をあげながら立ち入り禁止区域に逃げ込む。
「ぎゃあああ!」
「ああ、お客様っ!」
ヤモリも周りが混乱している中、追いかけ禁止区域の階段を降りる。降りたところでおはぎが震えていた。
「ふう、うまくいったじゃない。いい演技だったよ」
「うわああん!」
おはぎが泣きはじめ、ヤモリは首を傾げた。
「ありゃ、ガチ泣き……」
「うう……それで……」
「虫眼鏡、貸して」
「……はい」
おはぎから虫眼鏡を受け取ったヤモリは虫眼鏡のスイッチを押し、過去見を起動させた。
「うーん……」
虫眼鏡に唸る龍神の姿が映る。緑の長い髪に龍のツノ。逞しい身体の男性。
「うわっ! オーナー! ……って、映像か……」
なんだかわからないが知らない記憶が流れはじめた。竜宮のオーナーで龍神のトップであるアマツヒコネ神はこの時何もなかった機械室で一つの機械を見上げていた。小さな四角い機械にモニターが付いており、それに常に変動している数字が映し出されていた。
「一応、封印を霊的空間からこちらに持ってきたが……封印がバレてしまう可能性があるな」
オーナーは誰かに話しかけていた。
「申し訳ありません。僕のせいで……いや、あれと僕は関係ないですけど」
オーナーに男性の声が答える。視界に入ってきたのは銀髪の緩いパーマの若い青年だった。
「イドさん……?」
ヤモリは眉を寄せ、記憶を見る。
「封印が強大すぎてな、霊的空間で管理が難しくなり、機械でデータ化して結界を張ることに成功したことはしたがな、このままだと隠せんな」
「どうしましょうか」
「……遊園地を作り、逆に客を呼び込もう。その方が馴染む。遊園地の遊具の制御をここで行い、自然に馴染ませる」
オーナーはイドさんを見た。
「ええっ……そんなことできます? 怖いなあ……」
イドさんは困惑した顔をしていたが、オーナーはやる気だった。
そこまでで記憶は消えた。
消えたというより、地震のような地鳴りがしたのでやめた。
「飛龍が暴れすぎてて、そろそろオーナーが来そう……逃げよ!」
「ええ……怖いよぉ……」
おはぎは記憶を見ている余裕はなく、ずっとはじっこで怯えていた。
「走るよ!」
ヤモリがおはぎを引っ張り、階段をのぼる。のぼった先で飛龍が栄次と場外乱闘していた。
ヒメちゃんは無事に探偵ゲームのお宝であるオモチャの宝石を見つけ、とても喜んでいた。
情報② 春
封印の機械がある前で飛龍と栄次が暴れており、だいぶん目立っていた。
「栄次! もういいから帰ろう!」
階段をのぼってすぐ、ヤモリは叫んだ。その声に栄次が気づいたが、飛龍に炎を飛ばされ、避けるのに精一杯で逃げられなかった。
「……はあ、戦う気はないのだが……目をつけられてしまった」
栄次が雷を軽く避けながら静かにつぶやく。だいたい軽く避けられるのがすごい。
「ゲッ! オーナーが来る! 逃げろー!」
ふと飛龍が何かを感じ、慌てて持ち場へと走り始めた。
「……ヤバイ! 逃げなきゃ!」
飛龍の言葉にヤモリも焦り、怯えているおはぎをとりあえず引っ張り走った。おはぎは竜宮に来ることができる神格がない。
まわりはだませても、オーナーはだませない。
「ヒメちゃんは!?」
ヤモリはいつの間にか横を走っていた栄次にたずねた。
「……入り口の景品交換所か」
「楽しんでる……。何しにきたのよ、あの子は……」
従業員用の通路を通り、近道をして入り口まで戻ってきた。途中で飛龍がオーナーに捕まっていたのを確認。
「ヒメちゃん! 行くよ!」
ヤモリが入り口付近にいたヒメちゃんに声をかけ、ヒメちゃんは笑顔を向ける。
「おお、景品の竜宮お菓子セットをもらったぞい! 中身を……」
「後にして! いかないとオーナーが」
ヤモリはヒメちゃんも急かし、とりあえず竜宮から出た。
門をうろついていたリュウを捕まえて半分脅しながら竜宮外の海へ戻ることができた。
「なんなんだよ、もう」
砂浜で困惑しているリュウに軽くお礼を言い、すぐに神々の使いツルを呼ぶ。
「なんか行き当たりばったりだからか、そろそろオーナーに気づかれそう……」
ヤモリはヒメちゃんを少し睨みつつ、おはぎと栄次に疲れた顔を向けた。
「よよい! 行き先は?」
ツルが来たので駕籠に乗り込む。
「現世だ、俺達の家あたりまで」
栄次が疲れきったヤモリに代わり行き先を指示する。
「よよい!」
独特な話し方をしながらツルは空へと飛び立っていった。
「それで? なにか収穫はあったのかの?」
呑気なヒメちゃんが竜宮のお菓子を食べながらヤモリに尋ねた。
ツルが引く駕籠は電車のボックス席。ヒメちゃんは旅行気分か?
「まったく……。あのね、冬におはぎちゃんが行った竜宮の結界は何かの神が封印されているらしく、イドさんとオーナーがそれのカモフラージュのために遊園地を作ったことが判明したの」
「なんじゃと!」
ヒメちゃんは口のまわりにお菓子をつけて叫んだ。
「うん、だからさ、旅行しに行ったわけじゃないじゃん……」
「まあまあ、なんとかなったんだし……」
おはぎは小さくヤモリをなだめ、ヤモリはため息をついた。
「……それで次は?」
栄次がヒメちゃんにどうするか尋ねた。
「そうじゃなあ……できればパァパとオーナーが何かを封印する前を見たいのぅ」
「それはすぐには無理ね。今回はかなり危なかった。バレたかも。あそこスタッフも立ち入り禁止だったの」
ヤモリはヒメちゃんのお菓子をつまみ食いしながら答えた。
「じゃあの、次は過去を見る栄次をそこに連れて行こうぞ!」
「話、聞いてた?」
話を聞いていないヒメちゃんにヤモリはうんざりした顔を向ける。
「あ、えっと、じゃあ私、もう関係ないよね?」
おはぎがこの際だからと抜けようとしたら、ヤモリとヒメちゃんに首を横に振られてしまった。
「よっ、竜宮御用達! 情報を運ぶのだ!」
「じゃ!」
「ちがうからね!?」
二人に半泣きで答えたおはぎはまだまだ協力は続くのだと肩を落としたのだった。
夏のお祭りイベント
セミが姦しく鳴き、生命が活動を始める夏。暑すぎたおはぎは友達のデストロイヤーを連れて神社にあるキレイな池に浸かっていた。
名物がカエルらしく、池に水を入れているのはカエルの置き物だ。ただの池なのになぜか賽銭が散らばっている。
「デストロイヤー、次、何しよう……か」
おはぎが言いかけた刹那、上からヤモリが覗いていた。
ヤモリは今日も麦わら帽子にピンクのシャツ、オレンジのスカートを履いている。
「やあ、どうも。また竜宮の調査にいける、いいイベントが開催されるんだよ!」
「えー、私は嫌なんだけど……」
おはぎは直接イヤを伝えたが、拒否権はなかった。
「行こうか」
「えー……」
おはぎはデストロイヤーを連れて池を出て、暗い顔でヤモリと時神さんのおうちに向かった。
二話
「で……」
おはぎはげっそりした顔で竜宮のビーチに立っていた。暑い。
結局、特になんの話もないまま、時神のおうちにて、冷たいお茶にせんべいを食べていた栄次を無理やり連れ出し、ヒメちゃんも追加で付いてきて、今ここにいる。
ビーチは神で溢れていた。
さすが夏。海水浴。
「ちょっと海で遊びたいのぅ」
ヒメちゃんがつぶやき、ヤモリはあきれた。
「全部あんたの要件なんだけど」
「わ、わかっておるわい! ちょっとだけ、足つけてくるのじゃ!」
「あのクソガキ……」
去っていったヒメちゃんに悪態をついたヤモリは近くで屋台運営に駆り出されていたリュウを見つけ、歩きだした。
「リュウ、どーも」
「うわっ! なんだ、地味子か。お前、なんか今年やたらと帰ってくるじゃねぇか」
リュウは驚いて飛び退きながらアイスの補充をしている。
「地味子じゃなあい! ヤモリ!」
「な、なんか気が立ってるな……」
リュウはヤモリの隣にいた栄次に目を向けた。
「ああ、色々あってな……。俺も駆り出されて夏祭りにきたのだ」
「なんかお前もげっそりしてんなー」
「突然だった故」
「飛龍が宴会の余興を探していたぞ? 祭りは派手な水鉄砲祭りだとかなんとか」
「……帰っても良いか?」
栄次は顔を青くしてヤモリに目を向けた。
「ダメだよ。今回はこれを利用するんだから」
「……なんだと」
「リュウ、竜宮に連れていける?」
ヤモリは大量のアイスの在庫を抱えているリュウをわずかに心配した。
「行けるか! 見てわかんだろ? 俺様はここでアイスを売るんだよ! スイカシャーベットとかな!」
「スイカシャーベットだけ食べて帰りたい」
小さくつぶやいたのはおはぎである。
「じゃあ、カメに頼むか。竜宮に連れていってくれるでしょ」
「また全員で行くのか? 何をたくらんでんだよ? 高天原に入れない神格のカメ神まで連れて」
「まあ、いいの!」
ヤモリがてきとうに答えた時、隣で作業手伝いをしていたカメの少女がこちらにきた。ヒト型で舞子さんのような格好だ。
「ああ、ヤモリ様、どうも。わちきは今も忙しいさね。でも、仕方ないからいくさね」
「相変わらず……口の悪いカメちゃん……」
このカメは竜宮の使いのカメで沢山いるカメのうちの一匹だ。
竜宮の使いはすべてウミガメである。特徴は大きな甲羅の盾をいつも装備している。軽いらしい。
「で……あれ? 君はどちら様さね?」
カメは案の定、おはぎに目を向けてきた。
「あー、えーと」
「か、カメのコスプレしてるだけ!」
おはぎが言いかけたところで、ヤモリがすばやく答えた。
「あー……そう? ま、いいさね、いくさね」
カメはため息をつくと歩きだした。
「やった」
「おい、ヤモリ……やべぇことは持ってくんなよ?」
「リュウ、もう私、ヤバいことに荷担してんの。残念だけど。アイス、今日は売れそうだね」
ヤモリはそう言うとリュウに背を向けてカメを追った。
「俺もな……」
「わ、私もね……」
栄次とおはぎも眉を寄せたままヤモリについていった。
「あーあ、ビーチにお祭りなのに、なんだあの顔は」
リュウが汗を拭いながらあきれた声をあげた。
三話
海辺でガッツリ遊んでいたヒメちゃんを連れ戻し、ヤモリ達はカメに連れられ海へ入った。
海中に竜宮はあるがカメが先導すると息ができる。これは毎回不思議だが、カメのデータが水というデータを弾いているようだ。
だから濡れない。
いつの間にか海底の先に進み、地面に足をつけていた。
上を見上げると海がある。
これも不思議現象だ。
「ふぅ、これでよしさね? じゃあ、夏祭り、楽しんでー」
カメは笑顔で地上へと帰っていった。
「さあ、行こうか。おはぎちゃんはあの使いのカメを真似するの」
「え、ええ……わ、わかったさね?」
ヤモリに向かい、とりあえず真似をしたおはぎは顔を真っ赤にして恥ずかしがった。
「いいじゃない」
「夏祭りじゃあ!」
ヒメちゃんはひとりで盛り上がっている。
「今回は栄次、あなたに頑張ってもらうね」
「……俺はいつも頑張っている……」
一同は竜宮内を歩きだした。
スタンプラリーに屋台、遊具はなんだか華やかだ。夏のアトラクションの水を頭からかぶるジェットコースターが人気らしい。
ちょうちんが灯り、なんだか本当に祭りだ。
「夜は花火もやるらしいぞい!」
ヒメちゃんはいつの間にかパンフレットとスタンプラリーの紙を持っていた。
「……ここではね、もうひとつ、大変人気なアトラクションがある」
ヤモリが冷や汗をかきながら飛龍がいる建物の階段をのぼる。
この受け付けを抜けた先の階段の一発目でかち合うのが飛龍。
「この飛龍が人気なアトラクションをやり始めたわけ」
ヤモリが階段をのぼった先に飛龍の闘技場アトラクションがあった。とりあえず、中に入る。
アトラクションはめちゃくちゃ混んでいた。
「よーう!」
すぐに飛龍が声をかけてきて、おはぎは縮こまる。
「アズマカタ ゼロウスへようこそ~!」
「……ふう、なんかシューティングゲーム色々混ざっているような気がするけど……」
飛龍は水鉄砲をヤモリに投げてきた。おはぎ、栄次が顔色青くなり、ヒメちゃんは水鉄砲のひとつをとって撃ってみた。
すごい勢いで水が飛んでいく。
「ああ、それをあたしに当ててみろ! 皆! すごいゲストが来たゼー!」
飛龍は栄次を見て楽しそうに笑い、観客が沸いた。
「さあ、現れたのは四柱の勇者達! あたしに勝てるかな?」
四柱はとりあえず水鉄砲を持つ。
「嫌な予感がするのだが……」
栄次が眉間にシワを寄せたまま、つぶやいた。
飛龍は水流を纏い、栄次達にぶつかってきた。
「お前らは死なないようにしな! あたしに当たれば勝ちだ! 水鉄砲は竜宮の巻き戻しシステムで何回も水が補充されっから安心だな!」
栄次がおはぎを抱えて慌てて後ろに下がる。
飛龍の水流は当たったら一撃で大怪我確定なくらい固かった。
なぜか地面が抉れている。
「ひ、ひぃぃ!」
おはぎが悲鳴を上げ、飛龍が笑う。
「また上にバーがあるから、なくなったら負けな!」
飛龍が再び水流を纏わせ、今度は渦潮を発生させた。
「あーもう」
ヤモリが手をかざし、結界を張り、かわす。
「で、で、これどうするの!」
おはぎが悲鳴をあげながらも作戦を聞こうとした。
「このまま、あの封印があるところまで走れたら走って」
おはぎはヤモリにそう命じられたが首を激しく振った。
「ワシはここで水鉄砲を楽しむぞい!」
ヒメちゃんは神力を放出し、水鉄砲に神力を纏わせて放った。
水は鋭い針になり、飛龍を襲う。
「やるな!」
飛龍は軽く避けて着地。
壁に神力が刺さり、壁にヒビが入った。
「もう、尋常じゃないよぅ!」
おはぎは怯えていた。
「目標は栄次をあの封印の場所まで吹っ飛ばすこと!」
「なんだと!」
栄次が目を見開いて焦っていた。
「た、確かにこないだの戦闘であそこまで吹き飛ばされたが、あれは壁を貫通してだな……」
「……なんかうまくなんでもいいから自然に貫通できるようにして!」
ヤモリは水鉄砲に龍神の神力を入れ、飛龍に向かって放った。
弾は飛龍を追尾し襲う。
「そ、それはどうやってるの!」
ひとり戸惑うのはおはぎだけ。
「おはぎちゃん、龍神の使いらしくして」
「わかんないってば!」
「栄次が壁を貫通したら、私と龍神の使いらしく、栄次をお客様として扱うの、わかった?」
「その、俺が貫通とは……」
栄次が困惑しながら飛龍の水流を斬っている。
「あれ、斬れるのかの?」
ヒメちゃんは楽しそうに飛龍から逃げ回っていた。
「うん、イイ感じ。お客様の栄次とお子様のヒメちゃん。おはぎちゃん、私らは一応従業員。飛龍と戦う必要はないからね!」
ヤモリがおはぎをすばやく背中に回し、ヒメちゃんと栄次の戦闘を見守る。
「水鉄砲……使い方がわからぬ」
栄次は水鉄砲片手に刀で水流を斬っている。そのうち飛龍が肉弾戦に入った。栄次が水鉄砲で飛龍の蹴りを受け止めて受け流す。
「さあさあ! 過去神栄次は強いんだ! 見ろ!」
飛龍が盛り上げ、観客の歓声が響く。
「ここ最近、あたしに会いに来てくれるじゃないの! 戦闘にハマってきた?」
「……そうではないが……」
栄次は飛龍に深くは話せない。
飛龍の拳をうまく避けながら栄次は迷う。
「じゃあ、なんだよ? なんかやべぇこと、してんの?」
飛龍が笑いながら回し蹴りをし、栄次が慌てて反ってかわした。
気がつくと後ろの壁が崩れていた。
「あー、避けて正解。ちょっとかまいたちが出ちゃった!」
「……ふぅ」
栄次が冷や汗を拭いながら崩れた壁を見た。壁が崩れたが、不自然なく向こう側に行かなければならない。
「なんだよ、壁が気になるのか?」
「……いや」
栄次が言った刹那、飛龍のかかと落としが勢いよく落ちてきた。
栄次は後ろに下がりかわす。
「なんだよ? なに隠してんだよ、なあ?」
「……仕方ない」
栄次は霊的武器刀を消し、水鉄砲を構えた。銃は使ったことがない。なのでただ構えただけだ。
飛龍は楽しそうに笑うと栄次に向かい神力の拳を振り抜いた。
「撃ってみろよ!」
栄次はわざと飛龍の拳に当たった。勢いよく壊れた壁に突っ込んで飛んでいった。
「あー! お客様!」
ヤモリが慌てて走り、おはぎもついていく。
「えー、お客様ぁ! てか、あれ生きてるのー!?」
闘技場に残ったのはヒメちゃんと飛龍だ。
「で? なにしてんのさ?」
「何にもしておらぬが……」
ヒメちゃんは水鉄砲をクルクル回して笑顔を向けた。
「なんかあるんだろ?」
飛龍が栄次の方へ向かおうとしたので、ヒメちゃんが神力を放出した。
「どこにいくのじゃ。ワシはまだ遊びたいぞい」
「ああ、そう!」
飛龍が水弾を指から発射させた。ヒメちゃんは結界で軽く弾く。
「まあ、ワシもそこそこ、強いぞい?」
ヒメの含み笑いに歓声が沸いた。
情報③夏
ふっとばされて別の壁に激突した栄次は血を流しながらよろけつつ立ち上がった。
「……受け身をとらなければ危なかったな……」
「おきゃくさまー! ……栄次、大丈夫?」
ヤモリが心配そうに栄次のそばに寄った。
「大丈夫だが……この作戦、本当に良かったのか? 飛龍が怪しんでいたが」
「とりあえず、栄次をここまで来させられた。ちょっと栄次には悪いけど、ここの階段を降りるよ」
周りがまだ飛龍の闘技場方面を眺めている間に栄次とヤモリとおはぎはすばやく、封印がある階段を降りた。
「ここか……む?」
栄次が封印を瞳に映した刹那、なにか映像が見えた。
古い記憶だ。
「あいつはスサノオが斬ったぞ、龍水天(りゅうすいてん)」
目の前に立つのは竜宮オーナー天津彦根。彼の姿は今と変わらない。
「そうですか。僕は別の神なんです。あいつとは違います! 私はあいつのせいで竜宮の龍神からここを追い出されました。また、この場にあなた直々に呼んでくださるのはなぜですか? 私は弱小だ」
オーナーと話しているのはイドさんだ。彼もたいして変わらないが顔が必死で余裕がなさそうだった。一人称は僕ではなく、私になっている。いつの記憶なのか。
辺りは暗く、竜宮の設備はない。
「お前を完璧な別の神にしてやろうと思ってな。このままではお前がいくら人々を救っても、虐殺の記憶が残る人々の信仰は得られない。消滅するだけだ。龍水天神(りゅうすいてんのかみ)よ」
オーナーは後ろに控えていた黒髪の青年に目配せをする。
「そこで、わあの力をなあに与える。わあは雷神(らいじん)、常に若くある必要がある賀茂別雷(かもわけいかづち)だ」
「雷神……。常に若く……」
「わあは年老いた。若く戻る必要がある。この古い雷の力はいらない。なあが望むなら……この力を渡そう。ただ、覚悟がいるが」
賀茂別雷はしっかりとイドさんの目を見ていた。イドさんは悩んだ後、頷いた。
「お願いします。僕はまだ消えられない。娘が……いるんです」
「では、この雷の力で別の神となり、もう一度信仰を取り戻せ」
賀茂別雷が雷の力をイドさんに渡した。雷は突然暴れ、イドさんを締め付ける。
恐ろしい光の中、イドさんの悲鳴が響く。
「耐えられなければ消滅だ。わあと同じように」
賀茂別雷は口角を上げて笑うと溶けるように消えた。
「はっ!」
「栄次! なんか見えてたよね?」
ヤモリに言われ、栄次は数秒止まっていたことに気づいた。
「ああ、見えた。あの龍神に雷の名がついている理由が見えた」
「後で詳しくお願いね」
「ヤモリ! そろそろ出た方がいいかも……」
階段から上をうかがっていたおはぎが冷や汗をかきながら言ってきたので、ヤモリは栄次と共にエンジンルームから出ることにした。
慌てて階段をのぼると水浸しだった。壁が壊れて場外乱闘になっているが、ヒメちゃんはいない。
なぜか客同士で水鉄砲を撃ち合っている。
「どうなってるの?」
ヤモリは目を見開き、立ち尽くした。
「楽しいのぅ! と観客をあおっていたら、こうなってしもうた。おっと飛龍が来るぞい!」
「逃げなきゃ!」
ヤモリはヒメちゃんとおはぎを引っ張り走り始める。
「オイ、どこいってたんだよ?」
飛龍が飛んできて道を塞いできた。
「……はあ。俺が引き受ける。走れ」
ため息混じりの栄次が刀を構え、飛龍に飛びかかった。
「ああ、先程はなんでわざとあたったのー? 痛いの好きなのー?」
飛龍はおどけたように笑いながら栄次の刀を軽々避けた。
「んん……」
栄次は唸る。
「あんたには手加減いらないよな! 雷、炎なんでもありだ!」
「やりにくい……」
栄次は不規則に飛ぶ雷を素早く避け、火柱を飛びながらかわしていく。上からのかかとおとしを華麗に避け、回し蹴りを体をそってかわす。
「はあ、やりにくい……」
ヤモリ達は逃げてもう見えない。どう自分は逃げるか。
「どこみてんだよ?」
……面倒だな。
栄次は心の中でつぶやいた。
「……すまぬ。やるぞ」
栄次の神力が急に跳ね上がり、飛龍は驚いて栄次から離れた。
「へぇ……」
「女とはやりたくないが……仕方あるまい」
栄次は一瞬でその場から消えた。後ろから雷の電気が音を立てて消えた。
「はやい! 雷のようだ! 雷神か?」
飛龍は楽しそうに真後ろに来た栄次に笑いかけた。
「これくらいしないとお前より速くなれぬ」
栄次が刀を振りかぶると電気と風が舞い、飛龍は慌てて避けた。
速くて大きな攻撃だとわかったからだ。
案の定、飛龍の遠く離れた壁が大規模に破壊され、水鉄砲をしていた面々は何かの余興かとさらに楽しみ始めた。竜宮はイカれている。
栄次は飛龍が離れた隙に先程の力を使い超高速で走り出した。
飛龍が追いかけようとした刹那、オーナーが飛龍の前に立ちはだかった。飛龍は苦笑いをして攻撃をやめた。
「助かった……」
栄次が肩を上下させておはぎ達の待つ竜宮エントランスに戻ってきた。
「栄次、無事だった? 本当にそろそろ、私がオーナーから呼び出しくらいそうだよ……」
ヤモリが半泣きで深呼吸をした。
「まあまあ、楽しかったのじゃがな、ヤモリはそろそろ見つかるとまずいのぉ……」
ヒメちゃんが答え、おはぎは頷いた。
「そうそう! もう危険! 危ない! 私も意味をなしてないし、いらないって!」
「いや、君はいるね。私は次は神力電話で指示して竜宮にはいかないかもしれないけど、おはぎちゃんは使いのカメとして旅行客を導かないといけないから」
ヤモリの言葉におはぎは半泣きで頭を抱えた。
一同は何事もなかったかのように竜宮を後にした。ビーチは何事もなく賑わい、熱気もすごく、リュウが手伝うアイス屋さんは大人気。とても忙しそうだった。
呼んだ鶴の引く駕籠に乗り込み、栄次からの報告を聞いた。
「パァパが雷の文字を持っているのは賀茂別雷からか……、なるほどのぅ。今のシャウじゃな」
駕籠に乗りながらヒメちゃんがつぶやく。
「しゃ、しゃう?」
おはぎは全く知らないので聞き返した。シャウとは……。
「現在の破天荒な別雷(わからい)じゃ。シャウシャウ言いながら蓄電するため、そうあだ名がつけられておる」
「またヤバそうな神……」
おはぎはあまり深く聞かなかったが、できれば遭遇したくはないと思った。
帰る頃には夕暮れで、まだ暑かったがデストロイヤーと涼みに行く時間はなさそうだ。
秋の遊園地
暑い夏が終わり、少しだけ冷たい風が吹き始めた頃、おはぎは時神のおうちに招集された。
温かいお茶を前におはぎは怯えながらヤモリを仰ぐ。
「あ、あのー」
「今回、私は行かないけれど、有力な情報を手に入れたの」
「なんか、嫌な予感」
「大丈夫大丈夫! 一年に一回のいちだいイベント! カムハカリにオーナーが出るからオーナーが不在になる!」
「あ、あの……」
ヤモリが興奮気味にいうのでおはぎは苦笑いを向けた。彼女が一番竜宮の謎を解きたいのかもしれない。
「私、そろそろ冬ごもりの準備を……」
おはぎが控えめに言うが、ヤモリは鼻息荒くお茶を飲み干し言った。
「君、冬に元気だったじゃない」
「うっ……」
おはぎが冷や汗をかいていると、肩に手が置かれた。
「あきらめろ。ここまで来てしまったら流史記姫(りゅうしきひめ)にのろう」
「そんな……」
おはぎに諦めた顔を向けていたのは栄次だった。
「栄次もこんなことしていたら、罪にならないの?」
「わからぬが、流史記姫は高天原西、剣王の側近だ。もしかすると、彼女の意思ではないのかもしれぬ」
「どういうこと?」
おはぎはすぐ横にいたヒメちゃんに目を向けた。
「どういうことじゃろ? ワシもわからぬぞい!」
ヒメちゃんはみたらし団子を頬張りながらお茶を飲んだ。
「剣王タケミカヅチが関わっているなら、俺達が罪に問われることはないはずだ。指示を出したタケミカヅチが竜宮と戦うだろう。そうではないのか」
「……」
ヒメちゃんは黙り込んだ。
「え、じゃあ! ヒメちゃんはお父さんについて調べたいとも思ってないの? 西の剣王さんの命令でお父さんの謎を解明したいの?」
おはぎに問われ、ヒメちゃんはため息をつきながら二本目のみたらし団子を食べ始める。
「……そんなことはないが……知らなくてもワシのパァパはパァパのままじゃ。タケミカヅチがワシに、知りたいなら知ればいいんじゃないの~って」
「てきとう……」
「ただ、竜宮オーナーは知らんだろうがの。あの封印の謎を解いておるのは」
ヒメちゃんはため息をつきつつ、からになった湯飲みを見つめた。
「ま、まあ、とにかくね、今回は私抜きで行ってもらって」
ヤモリは苦笑いを浮かべつつ、栄次とおはぎとヒメちゃんを見た。
おはぎはため息をつき、立ち上がった。
(短編2024~)TOKIの世界譚 龍神編③「ツイン ミステリアス ドラゴン」