「春夢」
枕に眠る男が居た
春のある夜のこと
天狼星のみが
季節外れに瞬いて
冷たい風
それは川の水の冷たさ
澄んで冴えた雪の町の川の冷たさ
空が使わした風は
寂しく満ちて
春の夜の眠りのひとま
騒がしい人間は
夜の静けさを知らず
ただ繁華な昼に懸けるばかり
哀しい夜の寂間の音は
眼を閉じ黙する男に聞えた
「…
… 」
遠くいつぞやの記憶が
と…と…と…叩く
誰れが引いたか深い水の色した羽織が
胸の上の手に触わる
ぴくりと動いた正気の呼び声
星の記憶は山の奥へと逃げ去って
短き夢にしばたく瞳
枕元には気配だけ
ほのかな温もり絹は浅瀬に薄らいで
羽織は今まで通り見えなくなりぬ
カアテン引裂きて
硝子に縋れば
頬に冷たく接吻をして
春の夜空は更けてゆく
シリウスの居る筈も無く…
「春夢」