「春夢」

 枕に眠る男が居た
 春のある夜のこと
 天狼星のみが
 季節外れに瞬いて
 冷たい風
 それは川の水の冷たさ
 澄んで冴えた雪の町の川の冷たさ
 空が使わした風は
 寂しく満ちて
 春の夜の眠りのひとま

 騒がしい人間は
 夜の静けさを知らず
 ただ繁華な昼に懸けるばかり
 哀しい夜の寂間(しじま)の音は
 眼を閉じ黙する男に聞えた
「…
  … 」
 遠くいつぞやの記憶が
 と…と…と…叩く
 ()れが引いたか深い水の色した羽織が
 胸の上の手に()わる
 ぴくりと動いた正気の呼び声
 星の記憶は山の奥へと逃げ去って
 短き夢にしばたく瞳
 枕元には気配だけ
 ほのかな温もり絹は浅瀬に薄らいで
 羽織は今まで通り見えなくなりぬ
 カアテン引裂(ひさ)きて
 硝子に縋れば
 頬に冷たく接吻(キス)をして
 春の夜空は更けてゆく
 シリウスの居る筈も無く…

「春夢」

「春夢」

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-11-28

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