「哀しき愛」

 いとしきひとを見てしより
 眼の水晶玉に映るは暮れもみじ
 昼の陽沈みし泡が
 夜の星一欠片となる音
 葉脈の赤き血に沁みさせては
 心臓の揺らぎ自らはやめん
 切なし 切なし 血管の収縮
 我が身体を余すとこ無く
 責めたてる
 追い回す
 捻れさせる
 それでもまだ刺して来る
 ずぶり ずぶり
 苦し 苦しや 血のほとばしる
 あゝ木の葉の裏も表も朱に染まった
 血管が鋭く声引く長い叫び
 ―――――――…
 血管は弱りし
 震えし
 なれど心底は微笑めり

 臆病な心は眼を塞ぎ
 口を覆って声を抑えた
 涙ばかりをぽろぽろ流し
 首を横に振り続ける
 その頬が染まる色はくれなゐか
 貫きとおせなかった初心の契り
 白い菫はもう夕暮の荒々しい飛沫に見えない…
 沈黙だけが支配していた
 夜の星を屹と睨んで
 わなわな震えて
 拳を白く握りしめて
 紅い唇を滴らせた。
 いとしいひと…
 せめて冥土の夜道を灯す
 螢のまなざしでもあれば
 星が絶えることも無いのに
 どうか螢よ生きのびて
 そしたら小指でなぞりましょう
 虫の息の星屑つなげ
 海蛇の面影辿りましょう

 潮風に顔を背けて咲く白百合
 清らに咲ける一輪のうす(べに)
 哀しき愛の一念で佇むのだろう
 もう、夜になる。

「哀しき愛」

「哀しき愛」

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-11-16

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