「駈落」
鏡に映るは仮初の命
鏡に映るは我が命―
丑三時の鏡台に座り
黒々とした獣の横雲が立ち込める
むらむらと湧き立つ黒雲の背中
その人を何処へ連行する、
その人を何処へ連れてゆく
丑の背中に跨がらせられるあなた
しとやかなワンピイスの裾が肌けて
膝元あらわに傷は疼く
なつかしき万華鏡も
渺々たる雑草の根に埋れていよう
聞け、土に伏して泣く呻き声――
いとしいものと何故肌身をよせて生きられぬ!
ワンピイスを陰火で燃やして
ふたつのひと魂は青く、白く燃え咲いた
大きな羽織をなよ肩に着せて
自らは寒い浴衣のまま
男と娘はただ逃げた
花に守られ落ちゆく先は
清水の銀鱗ささやき
紅椿が囲む祠であれ…
凍える風も樹々の御前では
すなおなそよ風となろうから
「駈落」