「密会」
遠くでサイレンが鳴る
サアベルの慌立だしい軋みの音と
足に馴染まぬ革靴の硬いインソール
床に鳴り
空を切る
音は虚しく
から回りにはずみを打ってもうと倒れる
騒ぎは遠い
壁一つ隔てた向かうの部屋
音も無く
声も無く
明かりも無く
互いの背に両拳握って
片方は震え
片方は重く沈む
月の糸にも縋れない
星の燃えさしも手に出来ない
二つは互ひに何も持てず
ただ互ひを抱けるのみ
遠くでサイレンが鳴る
二つの影無き魂を躍起になって探している
サイレンは遠くなり行く
サイレンは遠くなり行く
とうめいの袂触れあう衣ずれも
一瞬とて音は鳴らさず
水の沈黙をその身に溶かす
丑三時…サイレンは聞えぬ
「密会」